第44話 夏祭り:小春と碧斗 ③
それは、小学四年生の、夏の頃の話。
「……」
耳と頬を真っ赤に染め、自宅の電話機の前に立つのは夜桜小春だ。
プルルル、という呼び出し音を耳に入れながら、流川家に繋がるのを待っていた。
『はいもしもし、流川です』
瞬間、耳に当てていた受話器から声が聞こえてくる。
碧斗のお母さんだ。
「も、もしもし! 碧斗くんのお友達の、夜桜小春って言います! 碧斗くんはいますか?」
唐突な返事に少し驚きつつも、小春はそう返事をする。
ガチガチになっているが、通話越しには伝わらない為幸いだ。
『あら、小春ちゃん! ちょっと待っててね〜』
「は、はい!」
朗らかな音の保留音を耳に入れ、碧斗の返事を待つ。
数秒後、声変わりもまだしていない子供の声が、小春の耳に入り込んだ。
『もしもし碧斗だよー』
気の抜けた様な声色に、小春も安心する。
「小春だよ。ねえ、碧斗くん」
『んー?』
「今日、夏祭りやるから、一緒に行かない?」
ふわふわと言う小春だが、その裏には、四年生にしては大きすぎる緊張があった。
それもそのはず――碧斗に、恋をしてるからだ。
『いいよ! 俺も小春と行きたい!』
「え、あ、う、うん! じゃあ、5時にやなぎ公園で待ち合わせでいいかな?」
『わかった! じゃあまた後でね〜』
「うん!」
ブツッと、電話が切れる音がした。
もう少し声を聞いていたかったが、会えるなら大丈夫だ。
そして『小春と行きたい!』と言われたからか、小春は受話器を置いた後、足踏みして喜んだ。
時は経ち、約束の5時になった。
一足先についていた小春は、心臓をバクバクさせながら碧斗を待つ。
程なくして、走ってくる碧斗に気付いた。
「碧斗、参上っ!」
ラフな格好をした碧斗が、ヒーロー戦隊のようなポーズを取った。
そんな碧斗を見て、小春は「あはは」と笑った。
それから二人は、親から貰ったお金でジュースを買ったり、焼きそばを食べたり、射的をしたり。
お互いの知らなかった一面、得意なこと、不得意なことを知った。
――それと比例するように、前々から惚れていた気持ちも、一気に大きくなった。
小学生となれば、飽きるのも早い。
一通り歩いた二人は、「疲れたー」なんて言いながら、公園内のベンチへと腰を下ろした。
「いっぱい歩いたね、碧斗くん」
「そうだなー。今怪獣に襲われたら勝てないよ……」
「いつもだったら勝てるの?」
「勝てる! 必殺碧斗パンチがあれば余裕だろ!」
「あはは、かっこいいね」
小学生による、小学生らしい会話が展開される。
すると、碧斗側から質問が飛んだ。
「――ねえ、小春って好きな人いるの?」
「え、わ、私?」
予想外の質問に、小春も驚く。
――答えは、目の前にいる君だよ。
「いる……よ。うん」
「へえー。じゃあさ、その人にプロポーズする時は、なんて言うの?」
「えー、難しい……あ、"旦那さんになってくれますか?"とかかな?」
意図が分からない質問だが、小学生は可愛い程に純粋だ。
「なんでそんなことを聞くの?」なんで思わず、素直に答えた。
「なるほどなー」
「碧斗くんは?」
「俺だったら、"俺と同じ家に住もうぜ!"みたいな感じ? ダサい?」
「何それ、ちょっといいかも!」
「言われてみたいなー」なんて心の中で思いつつ、小春は微笑んだ。
格好よくはないけど。
「で、その好きな人は誰なの?」
またも唐突に、碧斗から質問が飛んだ。
「いるよ」と小春が言ったことを確認したからだろう。意外と策士だ。
瞬間、小春の頬はポッと音を立てるように赤くなる。
そして、意識してしまい、目を見れなくなった。
でも、我慢できなかった。言いたかった。
「……私の前にいる人」
今とは違い、ボブの黒髪を垂らしながら、ボソッと呟く。
聞こえていてほしい願いと、恥ずかしいから聞こえないでほしい願いを込めながら。
「……え、俺?」
鈍感な碧斗は、馬鹿みたいな質問をする。
二人で来ているというのに。
「もう、聞かないで! そう!」
眼前、目を見てくれない小春に言われた瞬間、碧斗の頬もポッと赤くなった。
それもそのはずで――碧斗も、小春に恋をしていたのだ。
「あの、俺も小春が好きなんだけど……」
「……え、ええ、え?」
その言葉を聞くと、羞恥など忘れ、嬉しさと驚きから碧斗へと視線を向けた。
すると、今度は逆に碧斗が目を逸らす。
「ねえ、もっかい言って!」
「だ、だから俺も小春が好きだよって」
「きゃあー!」
少女漫画のような純粋な反応をする小春。
座っている足をばたつかせて、声にならない声で喜んだ。
「碧斗くん、こっち向いてよ」
「やだ、恥ずかしいから」
「えー、『参上!』とか言ってたのにー?」
「あー、分かったよ! 見ればいいんだろ!」
そう言うと、碧斗は持っていた金魚袋を目の前に出し、袋越しで小春の顔を見た。
好意交換をした後は、なぜこんなにも恥ずかしいのだろうか。
それまでは仲良く、普通に話せていたはずなのに、今では金魚袋越しでないと、目を合わせられない。
それは小春も同じで、金魚袋越しでも分かるほどに照れていた。
「……って、小春のほっぺた赤いよ」
「うるさいなー。金魚がオレンジ色だからそう見えるだけだし!」
「絶対そんなことない!」
金魚袋越しに、可愛い言い合いをする二人。
――すると、横からぴょこと、頬を赤らめたままの小春が顔を出した。
「だいすきだよ、碧斗くん」
小悪魔のようなささやき声と、ズルすぎる言葉をかけて、碧斗を落としにかかる。否、そんなつもりではなく、ただ純粋な小学生の気持ちを伝えている。
無論、効果は抜群で、碧斗はすぐに目を逸らした。
が、小春は止まらなかった。
「――将来は、私の旦那さんになってくれますか?」
齢九歳、小学四年生にして、夜桜小春は、初めてのプロポーズをした。
――打ち上がる花火に、赤く染まった頬を照らされながら。
◇◇◇◇◇
「ふふ、懐かしいですね」
「だな。なんか恥ずかしくなってくる」
「まだ戦隊ヒーローは好きなんですか?」
「さすがにもう見てない。というか、今でも参上とか言ってたらヤバい奴だろ」
「私は可愛いから良いと思いますけどね。むしろ見たいです」
「絶対嫌だ」
感慨に浸りながら、あの頃のようにベンチに座る二人。
「碧斗くんのプロポーズの言葉、今考えたらちょっとダサいかもしれないです」
「……うるさい。あの頃は小学生だから」
「じゃあ、今だったら何て言うんですか?」
「えー……"お家で待ってます"的な?」
相変わらず、全然格好よくはない。
が、碧斗のそんな所も小春は大好きなので、「ふふ」と笑った。
「小春だったら何て言うの?」
言われっぱなしも嫌なので、今度は碧斗が同じ質問を小春に問うた。
そして、「うーん」と考えた素振りをして、言葉を発しようとした時だった。
唐突に、上空が色鮮やかな光に包まれる。
時刻は19時を過ぎた所だ。
――プロポーズの言葉を考える小春を他所に、綺麗な花火が打ち上がり始めた。
「――」
その音の方へ、彩る光の方へ、小春は視線を向ける。
隣に座る碧斗も、音に釣られて視線を向けた。
「綺麗だな……」
「そうですね」
あの頃と、全く同じ状況だ。
二人でベンチに腰をかけ、隣に座り、花火が打ち上がる。
金魚袋こそもっていないが、そんな事は誤差だろう。
不意に、花火を見つめる小春の横顔を見てみると、さすがは三大美女と言いたくなるほどに綺麗で、美しかった。
まさに「絵になる」女の子と言った感じで、花火との相性も抜群だった。
――そんな碧斗に気付いたのか、「恥ずかしいです」と言わんばかりに、碧斗にもたれかかり、肩に頭を乗せた。
「――」
碧斗も、止めはしなかった。
周りには誰もいないし、陽葵も乃愛もいない。
今日くらいは、小春の為にこうするのも良いのかもしれないと。
なんせ、テストで頑張ったご褒美なのだから。
「――プロポーズの言葉、考えました」
花火を見つめながら、小春はポツンと呟いた。
そしてそのまま、言葉を続けた。
「――"旦那さんになってくれませんか?"ですかね」
「変わってないな……」
「ふふ」
自分の肩に感じる、小春の頭。
小学生の頃はあんなに恥ずかしがっていたのに、今ではすっかり、小春もこうして碧斗に触れることが出来る。
金魚袋は、無くて正解だったのかもしれない。
「――」
ドンドン、と、鳴り響く花火の音。
花柄や星柄など、様々な模様に変化するその蕾は、本当に美しい。
儚く散りながら、確かな存在感を空に残す。
――それは、三大美女の心の中にある、碧斗という存在そのものを表しているようで。
無意識にそれを感じたのか、小春は少しだけ微笑んだ。
そして、花火が散り、瞬間的に来る少しの無音の時間。
――そこに合わせて、口を開いた。
「――今もだいすきだよ、碧斗くん」
それは、あの頃のような口調だった。
それでも少し違く感じるのは、碧斗の肩に頭を乗せているからだろう。
そして、成長したからだ。
その言葉は空気に消えず、しっかり碧斗の耳元へと届く。
「……顔は見ないぞ」
「ふふ、いいですよ。今は付き合っていませんから」
「……そうか」
美しい空気感が、二人の間には流れていた。
テストのご褒美としては、大満足だろう。
――そして、花火に照らされる小春の頬は、あの頃のように紅潮していた。
――――――――
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