第43話 夏祭り:小春と碧斗 ②


 近くで鈴虫の鳴き声が響き、遠くからは誰かの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 すっかり日も落ちて、祭り提灯が照らされる場所――にはいない。

 疲労と、慣れない下駄から足を痛めてしまった為、小春と碧斗は抜け道にあるベンチへと腰を下ろしていた。


「にしても、本当に似合ってるよな」


 ふいに、小春の浴衣姿を見た碧斗はそんなことを漏らす。

 座っていても、立っていても、浴衣姿の美しさには遜色が無かった。


「ありがとうございます……って、何回も言ってくれますね」

「本当にそんくらいには似合ってるからな」

「ふふ、そうですか。嬉しいです」

「やっぱり、陽葵と乃愛も似合うのか?」

「陽葵と乃愛……あ、そういえば碧斗くんに見せたい写真があるんです」


 陽葵と乃愛、と言うと、何かを思い出したかのように小春は呟く。

 そして、和柄のショルダーバッグからスマホを取り出し、画面を開くと、碧斗に向けた。

 

 そこに映るのは――別の場所で祭りを楽しんでいる、着物姿の陽葵と乃愛の自撮り写真だった。


「――見てくださいこの二人。可愛すぎませんか?」


 ――そう呟く小春の言葉は、今だけは恋敵というよりも、完全に幼なじみとしての感想だった。


「すげ。予想通り似合ってるな……」


 小春に負けてない程に、陽葵と乃愛も浴衣姿が似合っている。

 写真でさえここまで感じるのだから、生で見るともっとすごいのだろう。


「――どうですか? 二人は可愛いですか?」


 質問する小春の真意は、どっちなのだろうか。

 幼なじみとして、純粋に感想を聞きたいのか。

 それとも嫉妬してしまったから、安心を求めているのだろうか。

 正直、陽葵も、乃愛も、ありえないくらいに可愛いのが本心だ。

 ――碧斗は、その本心に賭けることにした。


「二人とも可愛い。本当に」


 怒られたら怒られたで、仕方ない。

 そう決意して、碧斗は言いきる。

 瞬間、碧斗の言葉を聞いた小春の顔に浮かぶのは――怒りではなく、嬉しそうな笑顔だった。


「――ですよね! 一生見てられますよね!?」


 露骨に声色が明るくなる。

 どうやら、質問の真意は「嫉妬」ではなく、「幼なじみ」としてだった。

 そして、どこか誇らしそうだった。


「そうだな。小春が言うならその通りだ」

「ですよね……はあ、ほんとに可愛いです……」


 碧斗も微笑みを浮かべる隣、小春は再びスマホに目を通し、浴衣姿の陽葵と乃愛を堪能している。

 そんな小春の横顔は、本当に幸せそうで。

 

 少しの沈黙が起きた後、碧斗は口を開いた。


「小春、二人に言ってあげたらどうなんだ?」


 スマホを見せてもらった時、特に小春は返信していかった。

 というより、碧斗に夢中で返信する暇が無かった、と言うのが正解だ。


「……え?」


 碧斗の言葉を聞き、目を丸くする小春。

 何らおかしくない発言だったと思うが、何か思うことがあるのだろうか。


「ど、どういうことですか」

「そのまんまだよ。二人に言ってあげたら、もっと嬉しいんじゃないかなって」

「あ、ああ……なるほど」

「文面だけでも嬉しいと思うよ。特に小春に言われたら」


 直接じゃなくても、電話じゃなくても、嬉しいはず。否、嬉しい。

 そして何よりも、陽葵と乃愛だって「可愛い」と言ってほしくて、小春に自撮り写真を送っているはずだ。


「……」


 ここで初めて、恋敵としてのプライドが小春の邪魔をした。

 ――が、不意に見えるスマホの画面には、陽葵と乃愛の浴衣姿がまだ映っていて。


 すると、再びスマホに目を通した小春は、何かを決意したような顔をした。

 ――否、幼なじみとしての想いが、強制的に決意させた。


「――こんな可愛い写真見せられたら、嫌でも『可愛い』って送りたくなっちゃいます」


 それは、幼なじみとしての想いが、恋敵としてのプライドに勝った瞬間だった。

 瞬間、小春は文を打つ。


 小春:『可愛いです!!!!!!!!!!』


 と、想いが溢れすぎている文を。


「……碧斗くんが『送信』を押してください」

「え?」

「いいから! 碧斗くんも二人のこと、可愛いって思ってるんですから」


 ここにきて、恋敵のプライドが再び攻めてくる。

 細かい部分を攻めてくる、なんとも厄介な敵だ。


「なんだよそれ。こんなにビックリマークつけてるのに?」

「うるさいです……そんくらい可愛いんです。と言うかそれは関係ありません!」

「その想いなら押せるって。頑張って」

「……はあ、なんだか緊張します」

「どういう緊張だよそれは」


 緊張に対して、送る予定の文の熱量が合って無さすぎる。

 まあ、小春らしいのだが。


「はい」


 瞬間、意外とあっさり小春は送信ボタンを押した。


「え? さっきまでの緊張なに?」

「……分かりません」

「ええ……」


 若干意味不明な小春だが、送れたならいいだろう。

 すると、陽葵と乃愛から「待ってました」と言わんばかりの速さで返信が来た。


 陽葵:『陽葵ちゃんは小春の浴衣姿も見たいんですけどー』

 乃愛:『私もー。勿論送ってくれるよねー?』


 相変わらず、嫌味ったらしい言い方に、碧斗は小春のスマホの画面を見ながら「ふ」と笑った。

 小春も小春で、「ふふ」と笑いながら、『はいはい』と返信をした。


「じゃあ、自撮りしますね」

「おう」


 二人に送る為、小春はスマホのカメラを自分の方へと向ける。

 その間、特にすることが無い碧斗は、小春の顔をただ見ているだけ――では無かった。


「何してるんですか、碧斗くん」


 中々にシャッターを切らないな、と思っていた所に、小春の言葉がかかった。

 ――鈍感な碧斗には、それが何の意味かも分からず。


「ん、撮らないのか?」

「こっちのセリフです。碧斗くんこそもっと寄ってください」

「……え?」

「――もう、一緒に撮るに決まってるでしょう?」


 ここまで言われて、初めて碧斗は自撮りの誘いだと、理解する。

 そんな碧斗に呆れつつ、小春は頬を赤らめた。


「……分かった」

「はい、寄ってください」


 甘い匂いを鼻で感じつつ、その源泉の方へと碧斗は体を寄せる。

 ベンチに座る二人はゼロ距離でくっついていた。


「……」


 瞬間、小春の腕が碧斗の腕を絡めた。

 大きくも小さくもない小春の胸に、自分の腕が当たる碧斗。

 なんとなく、小春の心臓の速い鼓動が、腕を介して伝わってくる。


「……碧斗くん、やっぱりいい匂いしますね」

「そ、そりゃあどうも」


 破壊力抜群の小春の上目遣いに、碧斗も思わず目を逸らす。

 そして、小春はカメラを開くと、程なくして自撮りをした。


「……終わりか?」

「いいえ。今のは陽葵と乃愛に送る用です!」


 何枚かの自撮りを終えると、そんな会話が展開された。

 

「よ、用?」

「そうです。だからもう一枚撮らせてください」

「え、次は何用?」

「……私の宝物用です」


「聞かないでください」と言わんばかりに、羞恥に襲われ、碧斗から目を逸らす。

 というか、本当に碧斗は鈍感すぎる。


「そ、そういうことか」

「……いいですか?」


 頬を赤らめた黒髪天使は、逸らしていた目線を再び碧斗へと向けた。

 絡めている腕の密度を上げるように、腕に力も入れて。

 その上目遣い、そして小悪魔的な行動に、してやられた碧斗は、「分かったよ」と返事をした。


「ふふ、ありがとうございます。今までで一番カッコイイ顔になってくださいね」

「そんな器用じゃないぞ俺は」


 そんな会話を挟みつつ、二人は自撮りを済ませた。

 写真を見てみると、辺りの暗さのせいで、二人の顔も暗めに写っていた。

 が、それが逆にいいアクセントになっており、小春は満足したようだった。


「……そういえば、聞き忘れていたんですけど」


 陽葵と乃愛へ送る為の写真を選びながら、不意に小春は呟く。


「ん?」

「いや、その、陽葵と乃愛が可愛いのは、本当にその通りなんです。だからそのー、なんて言うか……」

「お、おう」

「え、えーっと……」 


 何かを言わんとする小春が、露骨に動揺していた。

 言葉を選び、模索するように。

 すると、その言葉を見つけたのか、スマホの画面を向けていた目を碧斗に向け、言いきった。


「――私も、可愛いですか?」


 小春も、実は少しだけ嫉妬していたのだ。

 幼なじみとしての想いを聞きたかったのは紛れも無い本心なのだが、いざ碧斗から「確かに可愛い」なんて言葉を聞いてしまったら、嫌でも妬いてしまう。

 

 頬を赤らめ、熱い視線を送る小春は、緊張した面持ちで碧斗からの返答を待っている。


「一番似合ってると思うよ」


 瞬間、その答えが小春の耳には入った。

 まあ、嬉しい。嬉しいけど、違う。

 小春が求めてるのは、その答えじゃない。


「それはいっぱい聞きました! 嬉しいですけど!」


 それを伝えるように、可愛く怒る小春。

 とはいえ、本当に嬉しいのは確かだ。


「え、ええ?」

「もう、碧斗くんは本当に女の子を分かっていませんね。言われたら嬉しい言葉ってあるんですよ」


 何も分かってない碧斗に呆れ、そっぽを向く小春。

 横顔を見てみると、まだまだ頬は赤かった。

 鈍感な碧斗も、必死にその答えを探すように、考えを巡らせた。

 ――そして、見つけた。


「――可愛いよ。小春も」


 改めて口に出すと、とても恥ずかしい。

 それも、好意を向けられてる相手に対してだ。


 その言葉をくらった小春は、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、それです。聞きたかった言葉」

「……そうか。なら良かった」

「何か、少し恥ずかしそうですね。まあ、可愛いからいいですけど」

「……うるさい」


 そんな会話を挟みつつ、二人はベンチに座り続けた。


 周りには誰もいない、二人だけの空間。

 夜の中、ベンチに座るのは、浴衣を着た普通の男と、浴衣を着た三大美女の一人。

 実は、碧斗と夏祭りに来るのは――初めてでは無い。


「――少し、昔の話をしませんか?」

「昔……か。あの時の?」

「はい。"あの時の"です」


 あの時の――小学生にして、好意交換をして付き合った時の、話をしよう。 

 

――――――――


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