第42話 夏祭り:小春と碧斗 ①


 何とか、「引きこもる」という悲しい結末を回避した碧斗は、小春との夏祭りの為、"さくら神社公園"という場所にいた。


 今日は夏祭り、花火大会が同時開催される日だ。

 その中でも、碧斗達が行く予定の"さくら神社公園"の面積は、一番の大きさを誇っている。

 人の数も多く、何より公園内には"さくら神社"が併設されている為、通路が長い。

 その分、屋台の数も多くなっており、楽しむ為には最善の場所だ。


「こりゃ噂不可避だな……」


 流れゆく人、そしてそこに居る華月学園の生徒の数を見て、碧斗はポツリと呟く。

 三大美女の一角である夜桜小春と二人で行けば、完全に「付き合ってるだろ」なんて噂が流れるのは不可避だ。

 それを危惧して、一応「場所を変えないか?」とは言ったのだが、小春がどうしても「ここがいいです」と言うので、変えなかった。


 神社公園の入口にあるベンチに腰を下ろしながら、碧斗は小春を待つ。

 ちなみにこの男も、親に何故か「せっかくなんだから」と浴衣を着させられた。

 まあ、一発ギャグを転校初日にやれと言う程の母なので、予想はしていたが。

 すると、スマホが鳴った。


 小春:『碧斗くん、もうついてますか?』

 碧斗:『おう。入口で座ってるよ』

 小春:『そうですか。お待たせしてすいません』

 碧斗:『いやいや全然。気をつけてきてくれ』

 小春:『はい。ありがとうございます』


 落ちゆく夕日を浴びながら、碧斗は小春を待ち続けた。


「――わっ!」


 唐突に、後ろから肩を揺すられ驚かされる碧斗。

「おおっ」と、少し驚きながら、その方向へと視線を向ける。


「――お待たせしました、碧斗くん」


 紫を基調とした浴衣を身にまとい、肩には和柄のショルダーバッグ。

 そして、いつもなら下ろしている美しく黒髪も、今日はおしゃれに結ばれ、アレンジされている。

 ――三大美女の一角、夜桜小春の登場だ。


「……」


 あまりの美しさに、碧斗も言葉を失った。

 普段の小春の"和"の風情と、「夏祭り」というイベントの雰囲気が、ありえない程に合っている。

 そして何よりも、浴衣姿が世界一似合っており、通りすがる人の中にも思わず視線を奪われる人がいるほどだった。


「やっぱり……待たせてしまいましたか?」


 言葉を失う碧斗を見て、小春は不安そうに問う。


「ぜ、全然。んなことより似合いすぎだろ……」

「ふふ、ありがとうございます。碧斗くんもお似合いですよ」

「小春に比べたら全然だ」


 謙遜する碧斗だが、全く過言では無かった。

 本当に、日本人形が実在しているような美しさを、小春は持っている。


「さあ、行きましょう」

「お、おう……」


 こんな人の隣を歩いていいのか、という罪悪感と、ほんの少しの嬉しさが混じった声で返事をすると、碧斗はおもむろに立ち上がる。

 程なくして、二人はさくら神社公園の中へと進んだ。


 ◇◇◇◇◇


 公園内に入ると、大勢の人が歩いていた。

 勿論、華月学園生も多い。

 そして予想通り、小春と共に歩く碧斗へと、羨望と嫉妬の視線がちらほら。


「……見られてるなあ」


 小春の隣を歩きながら、ポツンと碧斗が呟く。


「どうしましたか?」

「いや、すげー見られてる気がする」

「そうですか?」

「うん。あそこにいる人たちなんか、露骨にコソコソ話してるぞ」

「ふふ、私はなんだか嬉しくなってしまいます」

「ドMなのか……?」

「もう……違います。碧斗くんの隣を歩いてるからですよ」


 バカな碧斗へと、小春は頬を膨らませながら怒る。


「あ、ああ。そういうことか。なるほどな」

「次そういうこと言ったら、勝手に手を繋ぎますからね」


 何とも、強欲すぎる条件を突きつける小春の頬は、少しだけ赤らめいていた。


「わ、わかった……気をつけます」


 意外とあっさり、というか「気をつけます」と言いきる碧斗に、少しだけ拗ねる。

 とはいえ、碧斗も嫌な訳ではなく、噂のレベルが大きくなることを危惧した発言だ。

 が、それは小春にすれば、嬉しすぎる噂だった。


「……気をつけなくていいんですけどね」


 頬を赤らめ、気付いてくれない碧斗には聞こえないように呟いた。


 それから少し歩き、二人は「チョコバナナ」と書かれた屋台へと並んだ。


「小春、甘いの好きなのか?」

「好きですよ。でも、バナナって甘くないと思いますが……」

「ん、小春さん……普通のバナナ食べようとしてる?」

「違うんですか……?」

「いや、"チョコ"バナナだからな!?」

「あ、そうでした。すいません」


 軽く微笑みながら、そんな会話を交わす。

 普通のバナナが突き刺さって売られていたら、それはそれでシュールなので見てみたい。


「碧斗くんは甘いの好きなんですか?」

「俺は好きだよ。意外か?」

「まあ、はい。小学生の頃は、甘いのよりもしょっぱいのを食べてた覚えがあります」

「よく覚えてるね。昔はイカとか好きだったかも」

「ふふ、なんだか懐かしいですね」


 軽く感慨に浸りながらいると、順番が回ってきた。


「小春、何がいい?」

「え……いいんですか?」

「まあ、うん。誘ってくれたしいいよ」


 さすがは碧斗、男は廃れていないようだ。


「うーん……碧斗くんから決めてください」

「え、あ、分かった」


 予想外の返答に少し驚きつつも、碧斗は棒に刺さるチョコバナナを見つめ、選び始めた。

 

「んー……じゃあ俺は"ホワイトチョコバナナ"にしようかな」

「ふふ、いいですね」

「で、小春……」 

「私も碧斗くんと同じがいいです!」


 あまりの速さの即答に驚きつつ、小春の顔を見てみると、少しだけ恥ずかしそうだった。

 悩んだふりをしていたのも、碧斗と一緒のチョコバナナが食べたかったからなのだろう。

 そうして二人は、同じホワイトチョコバナナを握りしめ、空いてるスペースへと移動した。


「やっぱおいひいですね、ほへ」


 石の出っ張りに腰を下ろす小春が、バナナを頬張りながら嬉しそうに呟く。

 口元にカラースプレーチョコがついているのに気付くと、舌の先端を少し出した。


「そうだな。やっぱ甘いのはいいね」


 座っている小春に対し、立ちながら食べる碧斗。

 無論、座れるスペースが一人分しか無く、小春に席を譲ったからだ。


「碧斗くん、美味しいですか?」

「うん、美味しい。小春はどう?」

「おいしいです」


 軽く感想を交わしあう二人。

 すると、小春が言葉を続けた。


「……あー、でも、誰かに食べさせてもらう方が美味しいかもしれないですね、うんうん、きっとその通りですよ」


 わざとらしすぎる独り言、否、小春の必殺技だ。


「あー、美味しさ増し増しで食べたいですー、誰かいませんかねー」


 その必殺技を、容赦なく発動していく小春。 

 とはいえ、この手の誘いには、何回も苦しめられている碧斗だ。

 そんな簡単に倒せるわけ――あった。


「……分かったよ、はい」


 似合いすぎている着物姿と、夏祭りの高揚感、そして何より小春の美しさに負け、碧斗はすんなり許容する。

 まあ、負けなかったとしても、時間の問題だったとは思うが。


「え、え、いいんですか?」

「小春が言ったんだろ!」

「ふふ、そうでしたね。じゃあお願いします」


 小春は満面の笑みで、自分のチョコバナナを碧斗へと渡す。

 その喜びはわざとではなく、ドがつくほどの本心だ。


「――ちゃんと、"あーん"ってしてくださいね?」


 小悪魔のような笑顔を浮かべながら、碧斗へと視線を送る。

 無論、その視線に勝てるわけがない碧斗は、「はいはい」と返事をした。

 というか、バナナを食べさせる所を想像したら、何となく危ない気がするが、まあいいだろう。


「……」


 緊張から、少し手を震わせながら、碧斗は小春の口へとチョコバナナを運ぶ。

 さすがに「あーん」と言うのはまずい、というか言える訳がないので言わなかった。

 ――周りからの視線にも、気付かずに。


「ん……おいしいです」


 眼前、頼んだ割に頬が赤い小春が、嬉しそうに微笑みを浮かべた。


「なんだよこれ」

「ふふ、いいじゃないですか。周りを見てください」


 小春に言われ、碧斗は周りへと目を向ける。

 ――そこにあったのは、衝撃的な光景だった。


「……はあ!?」


 碧斗の目に映るのは、順路を歩く人々――だけじゃなかった。

 明らかに、碧斗と同年代の人間が、こちらを見ているのだ。

 中には、嫉妬しすぎて睨んでくる男も入れば、小春の美しさに目を奪われる女もいる。

 まあ、ほとんど前者だが。


「みんな見てますね、私と碧斗くんのこと」

「いや、小春の影響力すごすぎない……?」

「まあ、こんな所で"あーん"なんてしたら誰でもこうなると思いますよ」

「……知っててやったのかよ!?」

「ふふ」


 碧斗の問いに、小春はまたも小悪魔のような微笑みで返答する。

 答えは勿論、「イエス」だ。

 本当に、天性的に男を落とすセンスがある。

 碧斗以外なら、泡を吹いて倒れるレベルなのは言うまでも無いだろう。


 そんな会話を挟みつつ、程なくして二人は再び順路へとついた。


「あ、碧斗くん! あれやりたいです!」


 数分程歩いた後、紫色の浴衣に包まれた小春が指を差す。

 その指を追うように視線を送ると、そこには「わなげ」と書かれていた。


「小春、こういうの得意そうだな」

「え、そうですか?」

「うん。何となくだけど」


 並びながら、二人はそんな会話を交わす。


「私、器用そうに見えます?」

「そりゃね。字も綺麗だしそんな感じがするけど」

「そ、そうですか。なんか安心しました」

「安心? なんか不安だったのか?」


 なぜか胸を撫で下ろすような雰囲気を出している小春。

 その源泉は、あまりにも可愛すぎる理由だった。


「いや……この前、『あおとくんの』ってネームプレート見たじゃないですか。それ、結構汚かった気がしたので……」


 勉強会の時、うっかり小春が落としてしまい、碧斗に見られた物だ。

 小学生の時の図工で作った力作であり、碧斗が好きすぎて作った傑作でもある。


「あー、それか。……って、小学生なんだから綺麗な方だろあれも。俺の小学生の時の字、覚えてるか?」


 確かにそのネームプレートには、今と比べれば圧倒的に拙い字が記されていた。

 が、それは"今と比べれば"の話。

 小学生だった当時は、周りと比べても綺麗な方であるのは、ありえない位に字が汚かった碧斗だからこそ分かることだ。


「覚えてますよ。綺麗の反対だと思いました」

「オブラートに包んでるけど結構分かりやすいぞ、その答え」

「じゃあ汚かったです」

「うん、もう隠す気無いじゃん」


 若干心に傷を負いかけたが、事実なので何も言えない。

 すると、程なくして順番が回ってきた。


「よっ! カップルさん、頑張ってちょうだいよ!」


 スキンヘッドの店主が輪っかを渡しながら、二人に向かってそう言葉をかける。

 勿論、カップルでは無いためそれは間違いなのだが、小春の顔はとても嬉しそうだった。


「いや、カップ……」

「はい! 頑張ります! 頑張りまくります!」


 碧斗が拒否をしようとした所を、小春が無理矢理言葉で制止する。

 幸いにも、周りには華月学園の生徒はいなかったので、碧斗も潔く諦めた。


「碧斗くん、先に投げてください」

「……仕方ない、驚くなよ?」

「ふふ、なんだか自信ありありですね」 

「そりゃあ、伝説の輪投げ師と呼ばれた男ですから……よいっ!」


 そうして、自称・伝説の輪投げ師は、三回輪っかを投げた。

 全て使いきり、手元に残る輪っかはゼロ。

 成功した数も、ゼロ。ダサすぎる。


「これが……伝説の……?」

「おい、言うな」


 小春を驚愕させる程、碧斗は下手くそだったらしい。

 そして、碧斗をずっと見ていた小春は、まだ一投もしていなかった。


「はい、次は小春の番な。ちゃんと見といてやる」

「私は本当に伝説の輪投げ師ですからね。見ててください」

「ほう、弟子よ」


 再び、二人目の自称・伝説の輪投げ師が現れる。

 そして、成功数ゼロの割になぜか先輩面をする碧斗の前で、小春も輪っかを投げた。


「これが……伝説の……?」

「ふん、うるさいです」


 そして。小春も成功数はゼロだった。

 二人の伝説の輪投げ師は、見事に初心者へと降格した。


 輪投げを終えた二人は、再び順路へとつき、歩き続けた。

 日はすっかり落ちて、祭り提灯には美しいオレンジ色の光が灯る。

 たい焼きを食べたり、金魚すくいをしたり(1匹も取れなかったが)、たこ焼きを食べたり。

 時折、嫉妬の目線を感じるが、今日はもう気にしても仕方が無いので、碧斗も気にするのはやめた。


「……」


 歩く小春が、少し怪訝な表情をする。

 ――慣れない下駄だ。

 下駄には、前坪まえつぼと呼ばれる、足の指を入れる部分がある。

 そして、その足を全体的に固定するのは鼻緒はなおと呼ばれる部分の布で、どちらも素肌が擦れるのは不可抗力だった。

 色白な素足に、少しだけ赤みが現れ始め、その痛さから黒いマニキュアが塗られた足の爪も、うずうずしていた。


「……碧斗くん、少し人がいない所行きませんか」


 その痛さに、小春は怪訝な表情を浮かべながら碧斗へと言葉を向ける。

 勿論、碧斗も小春の表情に気付き、その願いが恋愛感情から来るものではないことにもすぐに気付いた。


「大丈夫か? 体調悪い?」

「い、いえいえ。……下駄が慣れなくて」

「あー、あるあるだな。ゆっくり行こうか」

「はい、ありがとうございます……」


 碧斗の優しさに甘え、小春はゆっくりな足取りで歩く。

 自分のペースに合わせてくれる碧斗が、本当にかっこよくて、優しくて、愛おしかった。


 なんとか、人がいない抜け道へと辿り着く。

 が、我慢した分、代償が襲ってくるのも避けられない。


「んっ……」


 遠くに、ベンチが視界に入ったところで、小春は弱々しい反射声を漏らす。

 ペースを合わせ、横にいてくれた碧斗は、そんな小春にすぐに気づいた。


「大丈夫か?」

「……やばいかも、です」

「やばいか……どうしようか」


 地べたに座るのもありだと思ったが、折角の浴衣姿を汚すのはやっぱりダメだ。

 となれば、他に何か良策はあるだろうか。

 ――そんなことを考えていると、小春が両手を広げながら、


「……おんぶしてくれませんか」


 と。

 さすがに恥ずかしかったのか、小春は下を向いている。

 が、痛みによるものも少なからずあって、碧斗は断れない、否、受け入れた。


「――いいよ、乗って」


 小春の前でしゃがむと、「背中に乗れ」と伝えるように、手で合図をする。

 ナチュラルにセットされた黒い髪、そして、何よりも頼もしい大きな背中を眼前にする小春は、嬉しそうに「はい!」と返事をした。


 小春を背中に乗せた碧斗は、スムーズに立ち上がり、足を進めた。

 陽葵をおぶって以来の、三大美女のおんぶだ。


「……重いとか言わないでくださいね」

「それ、陽葵にも言われたな」

「え、陽葵にもおんぶしたんですか」

「……まあ、しょうがなくだけど」

「ふん……」


 答えを聞き、少しだけ不貞腐れた小春は、碧斗の背中へと顔を埋める。

 心地よい匂いが鼻を掠め、すぐに嫉妬は安心に変わった。


「……で、私は重いですか?」


 どうしても気になるらしい。

 とはいえ、全く重くなどない。

 

「全く。陽葵と同じくらい軽いよ」

「……そうですか。なんか嫉妬しますけど、一応安心しておきます」

「あいつ、本当に体あんのかってくらい軽かったからな。小春もそれくらいだ」

「ふふ、確かに、陽葵は赤ちゃんみたいな体ですからね。可愛いです」

「……陽葵のこと、可愛いって言ったのか今」

「え、あ……はい」


 不意に、陽葵を褒めた小春。

 無意識に出てきた「可愛い」という言葉は、紛うことなき本心だった。

 そんな小春に、碧斗も安心した。

 どうやら、デートで仲が悪くなることは、本当に無かったらしい。


 そんな会話を挟みつつ、二人はベンチへと到着した。


「降りれるか?」

「はい、本当にありがとうございます」

「いいよ。大丈夫だ」

「……はい」


 碧斗からの優しさを受けながら、小春はベンチへと腰を下ろす。

 今日一日、否、たった数時間の夏祭りだけで、ここまで自分を惚れ直させる碧斗に――触れたくなってしまう。おんぶだけじゃ足りない。

 恋する乙女、夜桜小春は、そう考える。

  

 程なくして、碧斗も小春の隣へと腰を下ろした。


 太鼓の音は聞こえず、代わりに聞こえてくるのは鈴虫の鳴き声と、遠くから聞こえる、内容の分からない誰かの会話。

 

 ――二人の終わらない夏祭り、そして、小春の抑えられない愛情を向けられるのは、すぐ後のことだった。


――――――――


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