第39話 月下、黒髪天使は勇気を出す
夏休みに入り、一週間程経った頃。
言い換えれば、夏祭りが三日後に迫った日。
友達がいないでお馴染みの、悲しき男・流川碧斗は、その夏祭りが近付くに連れて悲しくなっていた。
「行きたい……ああ行きたい……」
ベッドに寝転びながら、泣きそうな声で呟く碧斗。
未だに、友達が夏鈴と翔しか居ない為、夏祭りに行く友達ももちろん居ない。
そして、その数少ない友達も恋関係にあり、碧斗を取り残してデートに行くという、何とも悲しすぎる結末だ。
「……さすがにな」
正直、三大美女の誰かを誘おうとは思ったものの、代償が大きすぎる。
というか、こちらが選んで誰か一人と行けば、絶対に三人の喧嘩が始まるし、かと言って三人で行くのも、今はさすがに無理だ。
後は、二大イケメンと呼ばれているあの二人。
正直、友達と呼べる程の関係値では無いので、誘い辛い。
そもそも、何となく性格が合わない気がする。
そんな訳で、碧斗には勝ち筋が無い。
あるとすれば、夏祭り中に家で引きこもるという陰キャ中の陰キャのような道しか残っていなかった。
「……おおおお!?」
そんな絶望に駆られている碧斗に、救いの手を差し伸べるかのようにスマホの通知が鳴った。
画面を見ると、『小春から新着メッセージが届いています』の文字。
多分、というか絶対に、『一緒に夏祭り行きませんか?』という誘いだ。
そうして、その通知を開くと、予想外の文言が送られてきていた。
小春:『碧斗くん、今何してますか?』
どこか真剣そうな文だ。
三大美女からでもいいので、「誘われる」という行為を受けたかった碧斗は、「誘いじゃねーのかい……」と、少しガッカリした。
とはいえ、無視は良くないし、何か急用だったらまずいのですぐ返す。
碧斗:『いや、特に何も。ゴロゴロしてたよ』
小春:『そうですか。私も同じです』
碧斗:『"あおとくんとこはる"の部屋か?』
小春:『もう、うるさいです』
少しからかうと、小春は文言からでも伝わる程に照れ臭そうな返信をしてきた。
碧斗:『ごめんごめん。で、どうしたの?』
小春:『いえ。なんだか話したくなってしまったんです』
何とも可愛らしい、というか恋する乙女のような願いだ。
こんなメッセージを他の男子生徒が見れば、嫉妬狂うに違いない。
そんな、若干優越感に浸った事を考えていると、小春から追いメッセージが届いた。
小春:『すいません、やっぱり顔が見たいです』
何とも、夢すぎるメッセージが届く。
三大美女直々に、遠回しに"会いたいです"と言われるなど、碧斗しか経験出来ないだろう。
碧斗:『え、あ、どうすれば?』
しかし、鈍感な碧斗にはそれが伝わらない。
本当にバカなのか、身の回りを簡易的に整えて、ビデオ通話をする準備をしている。
小春:『もう。なんでそこまで言わせるんですか』
碧斗:『い、言わせる?』
小春:『本当に分からないんですか?』
そんな碧斗に呆れる小春。
まあ、小春も碧斗のそういう部分が好きだったりするので、「可愛い」とは思っているのだが。
碧斗:『そのー、ビデオ通話的な?』
小春:『呆れます』
頬を膨らませているのが、画面越しでも容易に想像出来る。
碧斗:『ええ』
小春:『女の子を知らなさすぎです。まあ、碧斗くんのそういう所が私は好きですけど』
碧斗:『なんかすいません』
碧斗がそう送ると、既読がついたままになった。
――そして、勇気を振り絞った小春は、本題に入った。
小春:『――会いませんか?』
「……あ、そういうこと?」
鈍感でバカな碧斗は、ここまで言われて初めて「顔が見たいです」の真意に気付く。
この男、納得するのが遅すぎる。
とはいえ、時刻は22時を回ったところだ。
会うにしても、少し時間が遅い気がする。
碧斗:『いいけど、遅くないか?』
小春:『夏休みですから大丈夫です。学校もありませんし』
碧斗:『そうか。それならいいけど』
小春が自分でそう言うなら、きっと大丈夫なのだろう。
碧斗も特に拒否する理由は無かったので、行くことにした。
碧斗:『場所は? どこ行ったらいい?』
小春:『うーん。私と碧斗くんが学園にきて初めて話した公園、分かりますか?』
碧斗:『あー、分かるよ』
小春:『じゃあそこに来てください』
碧斗:『おっけ、分かった』
小春:『なるべく早く来てくださいね。女の子を待たせたら悲しみますよ』
碧斗:『はいはい。小春は泣き虫だから早く行くよ』
小春:『ふん、ばか』
そんなやり取りを挟みつつ、碧斗は公園へと向かった。
「まだ好きです」と伝えられた、あの時の公園へ。
◇◇◇◇◇
あの時の公園は、小春の家からも、碧斗の家からもそこまで遠くない。
暑いのか寒いのかよく分からない気温の中、碧斗は街路灯の下にあるベンチへと腰を下ろした。
時折吹いてくる夏の風は、とても心地良い。
お風呂上がりなら、もっと気持ち良く感じるのだろう。
そんなことを考えていると、後ろから声がかかった。
「碧斗くん、本当に早く来てくれたんですね」
後ろを振り返ると、部屋着を纏った小春がいた。
普段の制服姿とはまるで違う雰囲気と服装は、小春の美人さをより一層引き立てる。
いつもより、美しい黒髪は更に輝いて見えた。
「そりゃーね。小春さん泣きますから」
「ふふ、いつまで言うんですかそれ。もう泣きません」
そんな会話を挟みつつ、小春は碧斗の隣へと腰を下ろす。
風に靡かれ、少しだけ揺れる美しい黒髪は、本当に幻想的だ。
「なんだか、心地良い気温ですね」
「そうだな。日中はあんなに暑いのに」
夏の昼下がりは、なるべく外にいたくない程に暑い。
それに比べて夜は、逆に外にいたいくらいには心地良い。
「私、いい匂いしませんか?」
不意に、小春がそんな質問をする。
理性を削りかかっているような質問だが、表情を見る限り、小春に下心は無さそうだ。
とはいえ、碧斗は男だ。
さすがに「する!」なんて変態みたいなことは言えないので、返答に困った。
「そんなこと言われても……」
「え……私、変なこと聞きました?」
なぜか口を憚る碧斗に、小春はキョトンとした顔で問う。
変かと言われれば、絶対に変な方である。
が、小春は男慣れしていない為に、変だと思っていなかった。
「いや、そのさ。変っていうか……」
「はい?」
「さすがに、うん。普通の男だったらやばいことになるぞ」
「……全然わかりません。というか碧斗くん以外にこんな質問しません」
「そうか。……香水かなんか付けてきたのか?」
確かに言われてみれば、小春からは良い香りがする。
まあ、いつもの事ではあるのだが、何となく今日は違う感じだ。
ちなみに、いつも匂いを嗅いでいる変態とかでは無い。
「いえ、付けてないです。やっぱりいい匂いしますよね!?」
「うん、まあ」
「まあって何ですか」
睨んだような可愛い目付きで、碧斗を睨む。
自信満々に「する!」なんて言ったらただの変態だ。
が、本当に小春が可愛い目付きで睨んでくるので、その価値観は捨てた。
「……正直、めっちゃいい匂いします」
碧斗の言葉を聞くと、小春は随分と嬉しそうに微笑んだ。
「もう、碧斗くんはえっちですね」
「だから聞くのやめろって言ったのに!」
「ふふ、ごめんなさい。からかいたくなっちゃって」
どうやら、小春の意地悪だったらしい。
先程のキョトンとした顔も、全てわざと。
こういう部分のからかい方、というか男の落とし方は、天性の才能なのだろう。
本当に、碧斗以外の男ならば、一瞬で恋に落ちていた。
「で、結局なんでそんなにいい匂いがするんだ」
開き直った碧斗は、何の躊躇いもなくそんな質問をする。
言葉だけで見れば、本当にただの変態だ。
「お風呂に入ったばっかりなんです」
「……なるほどな。だから髪の毛も
「そういうことです。というか、私髪の毛のことは言ってないと思うんですけど……」
「あ、やべ、忘れてくれ」
うっかり、変態発言を上乗せしてしまった碧斗を見て、小春は微笑む。
黒髪が輝いて見えたのは、お風呂上がりで乾かしたばかりの影響だった。
「じゃあ、忘れるかわりに頭撫でてください」
「相変わらずじゃあの意味が分からねーな……」
「いいんですか、言いふらしますよ」
可愛すぎる脅しをする小春。
無論、そこに悪意は無い。
そんなことは碧斗も分かっているのだが、「私の事変な目で見てくるんです……」なんて万が一言いふらされたら死ぬので、素直に小春の頭を撫でた。
「ふふ、やっぱり碧斗くんの手は最高です」
「……それはどうも」
「どうですか? サラサラしてますか?」
「え、あ、え……?」
頭を撫でるとは言え、それは脳天の周辺だけ。
まあ、サラサラはしているのだが、多分小春の求めている答えは脳天周辺の事では無い。
「触ってください。すーっ、て!」
垂れる美しい黒髪を、自分の指をコームのようにして滑らせる小春。
「それは流石に……ええ」
「私がいいって言ってるからいいんです。まさかまたえっちなこと……」
「わかった、はい。分かりました」
小春にまんまと言いくるめられた碧斗は、その美しい黒髪に指を通した。
「ふふ」
飼い主に撫でられる犬のように、嬉しさが顔に出る小春。
本当に、何の引っかかりも無く通っていく指に、碧斗も「すげー」と感嘆の声を出した。
男の碧斗でも分かるくらいに、小春の髪質は最高値に達している。
「何点でしたか?」
「文句無しの100点。多分だけど」
「ふふ、ありがとうございます。碧斗くんも100点です」
「いや俺の触ってないだろ……っておいおい……」
笑顔の小春の手は、許可も取らずに碧斗の黒髪を撫でていた。
とはいえ碧斗も、普段から見た目には気を使っている方なので、嫌がったりはしなかった。
「そういえば、碧斗くん知ってますか?」
碧斗の頭を堪能した後、不意に小春がそんな質問をする。
「知ってるって?」
「その、二大イケメン? ていう人達のことです」
「ああ、そういえばあの時いなかったもんな」
二大イケメンが1-Bにやってきた時、小春は夏鈴と外で昼食を取っていた為、姿形を知らない。
そして、碧斗が呼び出された事も知らない。
「そうなんです。だから見た目とかは全然分からなくて……」
「ちなみに、俺も呼び出されて話したよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。しかも、乃愛と陽葵のことが好きだって言ってた」
「あ、やっぱりそうなんですね」
知ってたかのような口調で、小春は返答した。
碧斗の知る限り、学校内で噂になったりはしてないはずだが。
「知ってたのか?」
「まあ、はい。乃愛と小春がグループトークで言ってたんです。『夏祭りに誘われたんだけどー』って。だからそんな気がしてました」
「……まじでやったのかよ、あいつら」
流石は幼なじみのグループトーク、日々起きたことを、言い合いをしながらシェアしている為、お互いに起きた事は周知済みだ。
そして、二大イケメンの予想以上の行動力の高さに、碧斗は素直に驚いた。
しかし、小春が持つ情報はそれだけでは無かった。
「――しかも、『碧斗くんの秘密があるから』って嘘をついて約束したらしいです」
そう告げる小春の瞳には、怒りがあった。
大切な幼なじみを騙そうとした、二大イケメンへの静かな怒りが。
そして碧斗自身も、自分が利用されていることに気付き、困惑した。
「……まじかよ」
「はい。本当に……怒りたいです!」
「小春、多分その顔で怒っても怖くないぞ」
目を細め頬を膨らませ、胸を張りながら怒りをアピールする小春は、逆に可愛かった。
とはいえ、怒りは本物だ。
「うるさいです。本当に怒ってるんですからっ!」
「そうだな。ごめんごめん」
「……で、あの、その流れでって言ったらちょっと失礼なんですけど……」
途端、可愛く怒っていたはずの小春の頬が急に赤くなる。
そして、何か言い辛そうに、モゾモゾとした態度を取っている。
「ん、どーした? まさか小春も何かされたのか?」
「い、いえいえ。私は何もされてないです」
「……じゃあなんでそんなにモゾモゾしてるんだ」
尚も、雰囲気が謎な小春へ碧斗は問う。
すると、頬を赤らめたままの顔を碧斗に向け、視線をしっかりと合わせてから小春は言った。
「そ、その! 嫌だったら全然いいんですけど、いや良くないんですけど……!」
「……ん?」
「わ、わた、私と……その、夏祭りに行きませんか……?」
艶やかな黒髪の天使は、夜空の下で最大限の勇気を振り絞る。
突き刺さる程に純粋な目線を碧斗に向け、夜でも目立つ程に頬を赤らめている。
聞き取れない程に早口になっていたが、その誘いは、しっかりと碧斗の耳に届いていた。
――が、碧斗には一つの懸念点が浮かび、すぐに肯定の返事が出来なかった。
「嫌ですか……?」
そんな碧斗を見て、小春は不安そうに問う。
「……嫌じゃないよ。それより、また三人が不仲にならないかなって」
碧斗の懸念点。
それは、この公園に来る前に考えていたことだった。
――が、碧斗にそう言われた小春の表情は、特に変わることも無かった。
むしろ、その質問を待ってました、と言外で伝えるような、嬉しそうな表情になった。
――なんせ、夜桜小春はその為に努力をしたのだから。
「そ、それは大丈夫です! 期末テストで一番取った人が碧斗くんと夏祭りに行けるっていう勝負をしたので!」
「そう、なのか」
「そうです。だから……そのご褒美がほしくて、いっぱい頑張ったんです……」
碧斗と夏祭りに行く為に、碧斗と二人でデートをする為に、遅い時間まで勉強して、眠くなっても頑張った。
そんな事実を伝え、小春は恥ずかしそうに下を向いた。
――が、努力する小春の姿は、碧斗も十分に理解していた。
「なるほどな。まあ、小春が努力してる姿は俺も近くで見てたからよく分かるよ」
「……はい。頑張りました」
月下、街路灯に照らされるベンチの雰囲気は、どこか青春チックで、ロマンチックで。
そのベンチに腰を下ろすのは、黒髪の完璧天使と、友達がいない一人の男。
が、その完璧天使とやらは、友達がいない男の前でだけは、完璧ではなくなり、一人の可愛い女の子と化す。
そして、頬を赤める黒髪天使の横で、友達がいない男は言い切った。
「――行こうか、夏祭り。俺も行きたかったからさ」
碧斗からの嬉しすぎる返事を聞き、小春は口を手で抑えながら、目を見開いて立ち上がって驚く。
声にならない声、そして表情で、嬉しさを体現していた。
「立つほど驚く?」
「お、驚きますよ! うれしすぎますから……」
「そうか。俺も友達がいないもんでね、嬉しいよ」
立ち上がった小春は、その場で足踏みをするように喜んだ。
そして、いつもなら心の中で呟く「よしゃ」も、今日ばかりは我慢出来ずに口に出して。
そんな小春を、碧斗も微笑ましく見つめていた。
「――今日は、眠れなさそうです……!」
嬉しさと、照れが混ざった言葉を、小春は満点の笑みで呟く。
そんな小春を、碧斗も微笑ましく見ていた。
小春の努力を知っているからこそ、テスト勝負が嘘では無い事が分かったし、小春が勝利した事もちゃんと伝わったのだ。
そうして、小春と碧斗の夏祭りは、正式に決定した。
――――――――
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