第38話 恋愛大戦争 同盟戦:陽葵


 時は、心穏が起床する少し前。


「ふぅ」


 カラスの鳴き声を聞き、目を覚ます。

 爽やかな茶髪を乱すことなく靡かせ、ベッドから立ち上がったのは二大イケメンの一人――加藤優太だ。

 優太も、いつもよりは少し遅めに起床した。

 とはいえ、二度目の起床だ。

 ある理由があり、一回目では起きれなかった。


「……いい夢だったなあ」


 カーテンを開け、朝の太陽光を浴びながら嬉しそうに呟く。

 ――二度寝をした理由、それは陽葵との幸せな夢を見たからである。

 夏休みに入ると、優太にとって楽しみすぎるイベントがやってくる。

 その事を考えすぎて、夢にまで出てきてしまった。

 ――愛する陽葵との、夏祭りだ。


「可愛すぎたなあ」


 幸福に包まれすぎた夢を思い出し、自然とそんな言葉を口にする。


 見た夢の中には、無邪気にはしゃぐ陽葵、走り回る陽葵、疲れておんぶをねだってくる陽葵など、様々な陽葵が存在していた。

 まあ、優太の妄想シチュエーションなだけではあるのだが。


「さ、朝ごはん食べようかな」


 特にスマホには目を通さず、リビングへと向かう。

 家族は仕事でいない為、自分一人の空間だ。


 朝ごはんを食べている途中も、夢の中の幸せな感覚を堪能し続けた。

 ショートボブの明るい茶髪の隣に、同じく茶髪の自分が立っているということを想像するだけで、優太のニヤケは止まらない。

「これ買って!」なんて、子供のようにわがままをねだってくる陽葵も、容易に想像出来てしまう。

「疲れたからおんぶしてー!」なんてのも、絶対に陽葵が言ってきそうな言葉のひとつだ。

 そんなことを想像しすぎて、碧斗に対して嫉妬さえ生まれていた。


「転校生に負ける訳ないけどね」


 二大イケメンと呼ばれる優太には、文字通りの確固たる自信がある。

 碧斗になど負けるはずがない、と。

 ――自分から求めたことが無い男の、間違った自信だが。


「……そういえば、考えないといけないな」


 考えなければならないこと。それは、「碧斗の秘密」について。

 心穏と同じく、というか、二人で決めた誘い文句。

 陽葵に対してそう言ったからには、何か考えなければならない。

 勿論、碧斗の秘密など微塵も持っていないし、全く知らない。

 そして優太は、ある思考へと辿り着く。


 ――どうせなら、悪い秘密でも教えておこうか。


 心穏と同じく、極悪非道な考え方を展開させる。

 プライドが無い、というよりも、求めた事がない為に、間違ったプライドを優太は持っていた。


 朝食を食べ終えると、優太は自室へと戻る。

 今日は特に予定は無いため、充電器に差し込んでいたスマホを手に取った。


「やっぱり夏休みはすごいね」


 画面を見ると、女の子からの無数の通知が届いていた。

 ただ、優太の感情の中には、何の興味も歓喜も無い。

 あるとすれば、返信する手間に対する面倒臭さだけだ。

 ――ある、一人を除いては。


「……え?」


 もはや、テンプレ化したような、興味の無い女子達からの通知を消していくと、唐突に優太の手が止まった。

 それもそのはず。

 消せない、否、消したくない通知が、画面上にはあった。


『陽葵からダイレクトメッセージが届いています』


 一目惚れした、小野寺陽葵からの通知だ。

 そして、このタイミングで送られてくる事と言えば、夏祭りについての事で間違いは無い。

 

 ――幸せな夢の中の感覚が残り続ける優太は、断られるなどと、微塵も思っていなかった。

 優太の心を占めるのは、肯定された約束だけ。

「行けない」可能性など、優太の心には存在していない。

 ある種の盲目的な愛情なのだが、それ程までに、否、嘘をついてまで隣に立ちたい程に、陽葵が好きなのである。


 そんな期待を込めて、優太は嬉々として陽葵からの通知をタップした。


「……」


 ――内容を見た瞬間、言葉を失った。


 陽葵:『夏祭り行けなくなったー!』


 たった一言、されど一言の、悲痛すぎる宣告が送られてきた。

 これまで、行ける期待に胸を膨らませていたのを、呆気なく裏切る一言が。

 ――少し嬉しそうとも取れる言い方、そして裏切りを、優太は受け入れられない。


 優太:『え、なんでかな?』


 若干イラつきながら、そう送る。

 陽葵の隣に立っているという幻想を、陽葵にねだられているという妄想を、陽葵と手を繋ぐという期待を、一瞬にして裏切られたことを、どうしても受け入れられなかった。


 ◇◇◇◇◇


「ふわぁ……」


 体を起こし、ベッドの上でちょこんと女の子座りをしながら、眠い目を擦るのは、陽葵だ。

 日差しに照らされる茶髪は、幻想的な程に綺麗な色をしている。

 乃愛と話し込んだせいで、寝るのが遅くなってしまった為に、起きるのが遅くなってしまった。

 まあ、夏休みなので元々早く起きるつもりも無いのだが。


 時間を確認する為、陽葵は手を伸ばしてスマホを取る。

 ――すると、一件の通知が届いていた。


『優太からダイレクトメッセージが届いています』


「はぁ……」


 あくびではない、ただ純粋に嫌な気持ちが陽葵を襲う。

 朝から何故こんな男と会話をしなきゃいけないのか、と。

 とはいえ、昨夜に送ったのは陽葵だ。

 そして、この会話を終わらせないと、ひまのあ同盟を裏切ることになってしまう。

 そう考えた陽葵は、嫌な気持ちを抑え込んで返信をした。


 陽葵:『予定できちゃったの! ごめんね〜』


 とにかく、柔らかく伝える。

 下手な言い方をして、会話を増やしたくないからだ。

 すると、陽葵からの返事を待っていたかのように、すぐに既読が付いた。


 優太:『そうなんだね』

 陽葵:『うん!』

 優太:『わかったよ』

 陽葵:『ごめんね!』


 無意識の内に、嬉しさが出ちゃっている。

 まあ、予定があるのは本当なので、言っていることは間違っていない。

 ――すると、空気が変わったような優太の文が送られてきた。


 優太:『それならさ、早い内に言ってほしかったんだけど』


「……え、こいつ陽葵ちゃんよりバカな人?」


 あまりの理不尽さに、陽葵は思わず呟く。

 早い内に、と言われても予定が出来たのは昨夜であり、むしろ最短で言っている方だ。

 とはいえ、陽葵も中々のバカなので、"優太がそれを知らないのは当たり前"だと気付いていなかった。


 陽葵:『んーと、昨日の夜に出来たから』

 優太:『そうなんだね』

 陽葵:『うんー』


 極力、無駄な会話はしたくない陽葵は、らしくない冷たい口調と内容で、淡々と返信をする。

 ――が、期待を裏切られたイラつきが抑えられない優太には、それが無効だった。


 優太:『その、こっちは行く気だったからさ』

 陽葵:『そっかー』

 優太:『そっか、じゃなくて』

 陽葵:『あ、うん。ごめん』

 優太:『なんだろう、この裏切られた感じ』


 淡々と醜い嫌味を並べていく優太。


 陽葵:『裏切った訳じゃないよ。でもごめんね』

 優太:『裏切りだよ。僕は行く気だったんだから』

 陽葵:『そうだよね。うん』


 陽葵は、性格的には明るいものの、少し臆病な部分があるので、こういう時に強く言えない。

 "ボコボコにしてやる"くらいの気持ちはあるものの、それを上回る根本の優しさが、陽葵にはあった。


 優太:『どうしようかな。傷付いたよ』

 陽葵:『んーと、そのー、ごめんしか言えない』

 優太:『そんなの何回も聞いたから大丈夫だよ』

 陽葵:『そっかー』


 度重なる嫌味を、優太からぶつけられる。

 ――とはいえ、陽葵の中には、嫌悪感や不快感など、微塵も存在していなかった。


「もう長いなー、眠いんだけど……」


 退屈な返信と、しょうもない言い草。

 陽葵が一言の返信をしても、終わらずに嫌味を浴びせてくる。

 そんな優太に対して、陽葵の心の中にあるのは「適当に返してれば終わるよね」という義務感だけだった。


 優太:『ちなみにさ、その予定とやらは何なのかな?』

 陽葵:『予定は予定!』

 優太:『また、別の男?』

 陽葵:『……何それ。違いますけど』


 デリカシー皆無の優太の質問に、義務感だけで返信していた陽葵にも怒気が混じった。

 これほどまでに、恋愛観が終わっているとは。


 優太:『違うなら、断って僕の方に来てよ』

 陽葵:『むりー! 嫌だ!』

 優太:『嫌じゃなくてさ』

 陽葵:『嫌だ! 断固拒否!』


 先程の言葉を皮切りに、陽葵の言葉と少しずつ感情的になっていく。


 優太:『そう』

 陽葵:『うん、そう!』


「あー、ムカついてきた! なんなのこいつ……」


 優太の余裕ぶっている態度、というか文面が、感情的になっていく陽葵を更に刺激させた。

 そこまで余裕そうな雰囲気を醸し出すなら、最初から嫌味など言ってこないでほしい、と。

 

 ――そんな陽葵などお構い無しに、優太は切り札的な言葉をぶつけた。


 優太:『――なら、碧斗の秘密も教えてあげられないね』


「碧斗の秘密」だ。

 それがまだ、優太は通用すると思っている。

 まあ、それもそのはず。

 ――陽葵の事を、浅い部分しか理解していない為に、紫月という大きな存在がいること、そして何よりも"ひまのあ同盟"を組んだことを、知らないからだ。 


 陽葵:『あーあ、また嘘ついちゃったね』


 空気感の変わった陽葵の文。

 再びつかれた嘘に、感情的だった陽葵の怒りは最大値へと到達した。

 いくら優しい陽葵でも、流石に我慢出来なかった。

 ちなみに、三大美女の中で怒らせると一番怖いのは、意外にも陽葵なのである。


 優太:『ん? 嘘? なんで言い切れるのかな?』


 自分の行動が微塵も悪いと思っていない優太は、わざとらしくとぼける。

 モテ人生を歩んできた男の、歪んだ恋愛観には、男らしさというものが存在しない。

 華月学園の女子生徒達がこんな姿を知れば、一気に幻滅してしまうだろう。

 

 ――そして陽葵には、嘘と言い切るには十分すぎる理由がある。


 陽葵:『あのさー、もう一人の二大イケメンとか言われてる子いるよね?』

 優太:『うん。それがどうしたの?』

 陽葵:『そのー、私にも友達はいるわけで。まずそこをわかってくれる?』

 優太:『それはもちろんだよ。その上でだから何?』


 人をイラつかせる天才のような発言と口調で、優太は淡々と返信をする。

 が、陽葵は既に怒気が満タンの為、何ら影響は無い。

 そして、嘘だと言い切れる最大の根拠を、陽葵は提示した。


 陽葵:『悪いけど、友達から陽葵ちゃんの所に情報入ってきてるの。――お前らさ、乃愛にも同じことしてるよね?』


 普段の陽葵ならば、絶対に「お前」なんか使わないのだが、今回に限っては仕方が無い。

 それほどに怒っているのだ。


 優太:『……そうだね。ただ、本当に「碧斗の秘密」を持ってるからそうしてるんだよ』


 この男は、どこまでも浅く、どこまでも薄っぺらい。そして、何も陽葵を理解していない。

 ここまで陽葵に言われて、関係を察することが出来ないあたりに、歪んだ恋愛観の真髄を感じる。

 そんな優太に、陽葵は初耳の事実をぶつけた。


 陽葵:『あー、なんで私はこんなのに引っかかっちゃったんだろ』 

 優太:『何が言いたいの?』

 陽葵:『私は碧斗の元カノだし、乃愛も碧斗の元カノ。それは知ってるんだよね?』

 優太:『そりゃあね。秘密を持ってるくらいだし当然じゃないかな』

 

 陽葵:『じゃあその上で言わせてもらうけど――乃愛は私の大切な幼なじみなの』


 優太は、返信が出来なかった。

 碧斗の元カノであることは知っていたのだが、幼なじみという関係性なのは初耳の事実。

 ――その結果、「碧斗の秘密」という謳い文句が裏目に出たことに気付き、返信が出来なかったのだ。

 そんな優太を差し置いて、陽葵は続けた。


 陽葵:『だから、私と同じ元カノで幼なじみの乃愛も知らない碧斗の秘密なんて、お前らが知ってる訳ないじゃん。分かる? 返事してくれなきゃ分からないんだけど?』


 乃愛が乗り移ったような口調で、優太を詰める。

 先程までの威勢と余裕が、優太には無くなっていた。


 優太:『ごめん。嘘をついたのは謝るよ。別に悪意がある訳じゃなかったんだ』


 苦し紛れの印象直しと、義務感満載の謝罪を文にする優太。

 "悪い噂を流そう"と、悪意しかなかった男は、ここに来てもまだ嘘をつく。

 が、時すでに遅しだ。

 怒らせたら一番怖い陽葵が、そんな事で許してくれる訳が無い。


 陽葵:『いや、謝罪とか大丈夫だから。いらない』


 陽葵が送っているとは思えない程の冷酷な文章だ。

 そのまま、陽葵は送り続けた。


 陽葵:『お前らが嘘つきだって事はよーく伝わったから。じゃ! 二度と話しかけないでね! 陽葵ちゃんはこれにて会話を終了させます!』


 最後、本来の自分に戻った陽葵は、無駄な会話をしない為に、強引にダイレクトメッセージを終わらせる。

『ちょっとまって』的なメッセージが来ているが、待つわけない。

 何の迷いも無く、陽葵は優太のアカウントをブロックした。


「言い過ぎちゃったかな……」


 正直、今も怒りは収まっていない。

 が、言い過ぎた気もする。

 ここに来て、本来の優しい陽葵が、ニョキっと顔を出してきた。


「んあーー、んおー……」


 もはや、意味がわからない謎の感情に苦しめられる陽葵。

 そういう部分での潔さ、というか切り替え方は、乃愛の方が得意そうだ。

 ――が、陽葵には、こういう時に頼りになる人がいるのです。


「おねーちゃんのとこいこーっと!」


 そう言うと、陽葵はすぐに紫月の部屋へと向かった。

 ちなみに、一連のDMを見せたところ、紫月は「よくやった!」と頭を撫でてくれたので、陽葵の中にあった謎の感情は、「幸せ」の感情に塗り替えられた。


 こうして、"ひまのあ同盟"の下、二大イケメン軍と夏祭りに行く事はギリギリで回避した。

 ――つまり、勝利だ。

 その代わりに、陽葵と乃愛で夏祭りに行く事にはなったが、どちらかと言えばそれも勝利だろう。


――――――――


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