第36話 ひまのあ同盟
紫月の部屋を後にし、自分の部屋へと戻った陽葵は、勢い良くベッドに飛び込んだ。
「はあー! やっぱお姉ちゃんさいこー!」
高ぶる気持ちを言葉にして、陽葵は叫ぶ。
姉の温もりはいつだって偉大だ。
この部屋を出る前にあった不安も、微塵も無くなっていた。
――むしろ、楽しみが増している。
夏祭りだ。
元々は二大イケメンと行く約束だったのだが、夏鈴に相談したおかげで騙されていた事に気付き、それは無くなる予定だ。
――が、どうしても夏祭りには行きたい。
とはいえ、一人では行きたくない。
行きたくないというより、友達がいないと面白くない。
そんなことを紫月に相談したら、「乃愛と行ってくれば?」なんて言われた。
「とりあえず確認してみよー」
そう呟くと、陽葵はスマホを開き、夏鈴へとメッセージを送る。
陽葵:『乃愛も行かないって?』
一分も経たないうちに、既読の文字がついた。
夏鈴:『行かないって! だけど、夏祭りには行きたいんだってー』
陽葵:『ん、わかった! ありがとーね』
夏鈴:『いいえ〜』
紫月の予想通り、乃愛も同じ気持ちみたいだ。
まあ、陽葵からすれば分かりきってはいたのだが、心の準備的な意味で夏鈴に聞いた。
幼なじみだとは言え、不仲であることも変わりないので、こういう時は少し緊張してしまう。
夏鈴とのトークを終えると、陽葵は乃愛を誘う準備をした。
「……何この気持ち」
乃愛のアイコンをタップし、『通話』の文字をタップしようとした時。
恋する男の子、よりも全然複雑な気持ちではあるが、それに近しい気持ちが襲ってきた。
なぜか緊張している自分がいる。
まだ、完全に仲直り出来るとは思っていないのだが、それが逆に緊張の着火剤になっていた。
――てか、乃愛から誘ってくれば良くない!?
なんて、緊張を誤魔化す為に思いながらも、陽葵はゆっくりと手順を進める。
とはいえ、手順は一つしか無い。
ただ単純に、乃愛に電話をかけて伝えるだけ。
「……」
そもそも、この電話自体久しぶりだ。
グループトークでは話すものの、それは声を聞かなくていい"文"だからである。
まあ、ここで手こずっていたら進まないので、陽葵は意を決して『通話』ボタンをタップした。
「ふぅ……」
コールが鳴る間が、一番心臓に悪い。
そもそも、トークで良かったのに電話をかけたのは、陽葵の無意識な友情表現ということにしておこう。
『――ん、もしもし?』
数秒後、電話越しに慣れた声が聞こえてきた。
相手は勿論、如月乃愛だ。
「あーあー。こちら陽葵ちゃんです、聞こえますかー?」
『何バカなこと言ってんの。聞こえてるに決まってるでしょ』
「了解しました!」
不思議なことに、乃愛の声を聞くと、感じていた緊張が嘘のように無くなり、いつもの元気な陽葵へと戻った。
乃愛のいつも通りの挑発的な口調が、逆に安心要素になっていたのだろう。
ちなみに、ドMとかでは無い。
『で、何? なんの電話?』
「んーあのさ、二大イケメンとか言われてる男達の事なんだけど!」
『あー、うん。分かるよ』
「乃愛も、『碧斗の秘密がー』みたいなこと言われてたのってまじ……?」
『うん。まじ。イライラしてる』
どうやら、夏鈴の言っていた事は本当だったらしい。
乃愛の口調に露骨に怒気が混じっているので、疑いの余地は無さそうだ。
『陽葵も言われたんでしょ?』
「そーだよ。激おこぷんぷん丸だよね」
『ほんとね。ムカつく』
お互いに事実確認を済ませれば、後は二大イケメンとの約束を破棄するフェーズだ。
「――あのさ、一緒に断らない?」
『一緒に? どーゆーこと?』
「そのー……ちょっと怖くてですねー……」
陽葵は、明るい性格に反して、意外と臆病な部分もあるので、こういう時の対処法に慣れていない、というか、誰かに頼りたくなってしまうのだ。
とはいえ、乃愛も乃愛。
サバサバしている割に根は優しいので、一人では断るのが実は怖い。
陽葵が一緒に断ってくれるなら大歓迎だった。
『ま、まあいいよ? 陽葵、一人じゃ出来ないもんねー』
そんな気持ちが無意識の内に出てしまい、乃愛の声色には露骨に嬉しさが表れていた。
「なんか乃愛も嬉しそうですけど!?」
『……うっさい』
「やっぱ嬉しいんじゃん!」
『全然嬉しくないし! 別に一人で出来るから?』
強がる乃愛。
――陽葵が、対処法を知らないわけが無い。
「あっそ。じゃあいい」
『で! どーやって断る? 早く決めよ』
こうして、わざと突き放すような事を言えば、乃愛は素直になってくれるのだ。
そんな乃愛に、陽葵は電話越しで少し笑った。
「ほんとちょろー」
『うっさいんだけど。早く決めて』
「はいはい。ごめんなさいねー」
とはいえ、気付けば雰囲気が悪くなっているのが不仲たる所以だ。
まあ、先程までが珍しかっただけで、これが通常運転ではあるのだが。
「とりあえず、DM送ってみよーよ。嫌だけど」
『そうね。電話とか絶対したくないし』
「陽葵ちゃんも嫌だ! 直接話すとかもっともーっと嫌だ!」
『ね。じゃあ電話終わったらDM送ろ』
「わかったー!」
そうして、乃愛と陽葵は、電話が終わった後に二大イケメンへの拒否のDMを送ることを約束した。
その約束が決まれば、次のフェーズへと移行する。
――乃愛を、夏祭りへと誘うフェーズだ。
『でさー』
「でさー」
シンクロ率100パーセントのタイミングで、陽葵と乃愛は同じ言葉を発する。
「え、あ、すごー!」
『なにこの奇跡』
そんな奇跡的な現象に、二人の声色には一気に微笑みが増した。
「じゃあ、乃愛に譲るね最初は!」
奇跡的なシンクロが起こった途端、急に、誘うことに対して羞恥が襲ってきたので、乃愛に発言を促す。
電話越しなのでバレていないが、陽葵の頬は真っ赤だ。
『え、は!? あんたから言いなさいよ』
無論、陽葵と同じ理由で羞恥が襲ってきたので、乃愛も負けじと最初を促した。
ちなみに、乃愛の頬も真っ赤である。
「な、なんで? なんか言おうとしてたじゃん!」
『それは陽葵だってそうでしょ!?』
「そうだけど、乃愛だってそう!」
『はあ!?』
埒が明かない言い合いをする二人は、本当に仲が良いのか悪いのか分からない。
が、一方的に電話を切ったりしないので、無意識のうちに仲の良さが出ているのも確かだ。
「……じゃあ、碧斗の好きなとこ言い合って先に出なくなった方が負け! どう?」
そんな勝負、「どう?」なんて聞かなくても乃愛が断るわけが無い。
というか、やりたがるに決まっている。
『ふん、余裕よ。受けて立つわ』
「陽葵ちゃんの方が強いに決まってるじゃんばーか」
『ばかは陽葵ですー。ばーかばーか』
「ぐぬぬぬ……」
小学生のような言い合いをすると、程なくして勝負が始まった。
これで負けた方が、言わんとした事を最初に言うという内容だ。
ちなみに、被りは負けになるので、別の事を言わないといけないのは暗黙の了解だ。
『碧斗の性格がすき!』
「碧斗の顔がすきー!」
初手、大雑把にも程がある好点を挙げる。
というか、それしか無かったのか、と言いたくなる。
『優しくてかっこいい所!』
「爽やかで良い匂いする!」
『頭良くてたまに可愛い!』
「年上感あって守ってくれる所!」
段々と具体的になっていく好点。
ちなみに、陽葵と乃愛の顔は、どちらもニヤケまくりだ。
即答し合う二人に、終わりは全く見えなかった。
そうして、誇張抜きで30分程言い合うと、陽葵のターンがやってきた。
「かっこよくて爽やかな所!」
『え? あ! 被った! よしよしよし!』
「……え!? うそ……」
『ほんとだもーん! 私の勝ち! やったやった!』
ここに来て、ベタすぎる好点を上げて自爆する陽葵。
というか、あれだけ大雑把なスタートをカマしておいて、被らない訳が無い。
「最悪なんですけどー……」
二人にとって、否、三大美女にとって、碧斗に関する勝負は全て全力だ。
どんなに些細な勝負でも、負ければとてつもなく悔しい。
『はい、陽葵から言ってねー』
そんな陽葵などお構い無しに、乃愛は言葉を向ける。
白熱しすぎて忘れていたのか、陽葵は「あ、そういえばそうだったー」と、不貞腐れたように言ってから――本題を切り出した。
「そのー……陽葵ちゃんは夏祭りには行きたくてー……」
『うん』
「でもー、夏鈴ちゃんは翔くんと行くらしくてー……」
『うん』
「だからー……そのー……乃愛は友達いないじゃん……?」
『……いるんですけど。まあいいや。で?』
言い返しそうになったが、そんなことをしたらまた面倒臭くなりそうなので、なんとか乃愛は我慢した。
――そして、陽葵は少し電話から離れたのか、小さくなった声で言った。
「あのー……陽葵ちゃんと一緒に夏祭り行きませんか……?」
なんとか、勇気を振り絞った。
とはいえ、乃愛と電話が始まった時点で、恥ずかしさは消えている為、羞恥から来る勇気では無い。
勝負の名残の、悔しさから来る勇気だ。
陽葵からの言葉を聞いた乃愛は、驚きからか、少し黙り込む。
そして、程なくして話し始めた。
『……それ、私が言おうとしてたのと一緒』
「え、え?」
『私も夏祭りは行きたいからさ。それを夏鈴にも言ったら、「陽葵といってくればー?」って言われたの』
そう、夏鈴が乃愛に提案した内容は、奇しくも紫月と一緒だったのだ。
「そ、そーなんだ。びっくり」
『私もびっくりよ。……まあ、断る理由も無いから行ってあげるけど』
乃愛の内心は、勿論大歓迎だ。
断る理由があったとしても、陽葵を優先していた。
が、乃愛の性格的に、素直にそんなことが言えるわけもなかった。
「何その言い方! 陽葵ちゃんは勇気出したのに!」
『うっさい。負けたんだから当たり前でしょ?』
「はあ? じゃあもう一回勝負する? 全然受けて立つけど!?」
負けた側が言う言葉では無い。
受けて立った結果、負けているのだから。
『……しない。眠いのもう』
「ふん。じゃあいい!」
『……ありがと』
乃愛が断ると、陽葵も素直に受け入れる。
そして、それに対してお礼もする。
こういうお互いに優しい部分があるからこそ、三大美女達の不仲は決裂まで行かないのだろう。
「んまあ、行くって事でいーの?」
『うん。いいよ』
「そ、ありがと」
こうして、乃愛と陽葵の夏祭りが決まった。
とはいえ、一つ懸念点が存在している。
『あのさ、行き先変えない? 学園から一番近い公園だとさ、あの男達ももしかしたら来るかもじゃん』
華月学園がある地域では、夏祭りが同時開催される公園が多い。
その為、華月学園の生徒も必然的に多くなり、知り合いに遭遇する確率も比例して高くなるのだ。
つまり、陽葵と乃愛が二人で回っている時に、何らかのきっかけで二大イケメンと遭遇すれば、同行を余儀なくされてしまうだろう。
それを避ける為に、華月学園の最寄りとは別の公園に行こう、という乃愛の提案だ。
まあ、そもそも来ない可能性もあるのだが、対策するに越したことはない。
「あー、確かにそうだね。乃愛にしては頭良いじゃん?」
『誰でもわかるでしょこんなの』
「ふん」
『ま、私の言う通りにしてね。あの男達には会いたくないから』
「わかったよ。場所は後で決めよーね」
『うん。そうしようね』
無事に、懸念点についての会話も終える。
二人の通話には、どこか懐かしげな雰囲気が流れていた。
『……もしさ、会っちゃったらどうする?』
不意に、興味本位で乃愛が陽葵へ問うた。
「ん、あのイケメンとか言う奴らに?」
『そう。そいつらに』
「えー、んー、どうしよ……」
優しき美女達は、心の中では怒りが燃えていても、それを人にぶつけることは出来ない性格。
無論、三大美女がお互いに対して向けるのは例外。
関わりが深くない人物に対して「怒る」という行為が、優しさから出来ないのだ。
『もし、本当にもしの話でさ……私が襲われたりしたら、助けてくれるの?』
良からぬ想像をして、自爆するように不安になった乃愛は、神妙な口ぶりになっている。
――答えは勿論、大切な幼なじみの危機を、見捨てるわけがない。
「当たり前じゃん。バカなの?」
『そ、そうだよね。今のは私がばかって認めてあげる』
「……乃愛はどーなの。陽葵ちゃんがピンチだったら助けてくれるの?」
陽葵も陽葵で、乃愛の言葉を聞いた瞬間に不安になっていた。
勿論、乃愛の答えも、決まっている。
『当たり前。……って、陽葵こそばかなの?』
「だ、だよねー。今のは陽葵ちゃんもばかだったー……」
結局、二人とも自分がバカだと認めた。
しかし、そのバカから向けられる言葉には、何よりも厚い信頼感と、安心感があって。
どこか不安な雰囲気に変わりつつ、通話は続く。
「ま、"ボコボコにしてやる"くらいの気持ちじゃないとダメだよねー! 陽葵ちゃんは強いし? 乃愛は子供だから?」
『うっさい、絶対逆でしょ! ……でも、気持ちはその通りかも』
「えへへ、そうでしょ? 陽葵ちゃんは元気がトレードマークですから!」
その不安な雰囲気を、陽葵の声色が簡単に払拭する。
本当に、陽葵の特殊能力だ。
紫月仕込みの元気印は伊達じゃなく、いつも通りの雰囲気へとすぐに戻った。
『……今だけ同盟ね。イケメン達を倒すって』
不意に、乃愛がそんなことを呟く。
乃愛の言葉を受けた陽葵は、どこか嬉しそうな表情に変わっていた。
「勿論、陽葵ちゃんがリーダーですよねそれ」
『そんな訳。私がリーダーに決まってるでしょ』
「はあ!?」
『なに!? 文句あるの!?』
しょうもない理由で言い合いになるのも、勿論いつも通りの部類。
が、それはつまり、"締結"の方向へと進んでいるということだ。
「んもう……じゃあ同盟の名前は私が決めるから!」
『期待してないけど聞かせて』
「んー……"陽葵が一番同盟"とか?」
『バカすぎない……? あとダサすぎない……?』
意味不明な名前だ。
同盟と言う割に、陽葵の名前しか入っていない。
呆れるほどのバカさに、乃愛も笑った。
「はあー。じゃあ何か良い名前でもあるのー?」
『まずさ、同盟なんだから二人の名前入れなさいよ。入れないにしても私の名前にしてくれる?』
「それは断固拒否! ばーか!」
『ふん。じゃあ私が決めるから。うーん……"のあひま同盟"なんてどう?』
乃愛もなかなかのレベルだとは思うが、陽葵よりかはマシだろう。
"のあとひまり"という文字取りだ。
「それでいいから……"ひまのあ"にして!」
『ほんっとわがまま! まあいいけどさ!』
――のあが先、ひまりが後。
ひまりちゃんには、我慢出来ません。
まあ、同じ立場だったら、のあちゃんも我慢できませんでしたけど
「ふん、私が"ひまのあ"って言ってたら乃愛だって同じこと言ってくるくせに!」
『……』
「ほらー! なんも言えなくなってる!」
図星すぎて、乃愛は何も言い返せない。
そんな乃愛を、これでもかと言わんばかりに笑う陽葵。
二人の間には少しだけ、あの頃のような関係性が、顔を出している気がした。
夏休み限りの同盟が、二人の中で結ばれた。
まあ、特に目的は無いが、強いて言うならば二人で夏祭りに行くこと、そしてイケメン達に断りを入れることの二つだ。
後者に関しては、騙して夏祭りに誘ってくる様な人物の為、断れば何をしてくるか分からない。
それでも、乃愛と陽葵ならば、きっと何とか出来るだろう。
――鈴虫の鳴き声が響く夜空の下、"ひまのあ同盟"は確かに締結された。
電話が終わると、陽葵と乃愛は約束通りにDMを送る。
すやすやと夢でも見ているのか、二大イケメンの既読はすぐに付かなかった。
だが、陽葵と乃愛にとってそれは好都合。
時間が経てば経つほど、イラ立ちが増して、我慢出来なくなる。
まあ、こんなことをしてくる相手には、「我慢出来ないくらいにイラつく」気持ちが丁度いいだろう。
――こうして、"恋愛大戦争:同盟戦"が、幕を開けた。
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