第33話 期末テスト:返却日
「ねーやばいかも私」
「うちも。ママに絶対怒られるんだけど〜」
各方面から、そんな会話が聞こえてくる週明け。
今日は、期末テスト返却日だ。
三大美女にとっては運命の、というか碧斗周辺の人物にとっては運命の日である。
「夏鈴、出来たのか?」
朝のホームルームが終わり、夏鈴の方へと向くと、突っ伏している小さな体があった。
「……夏鈴が出来てるわけないよね……」
「そう……だな」
「そうだなってなに……!?」
絶望感溢れる言葉と、自信の無さが溢れ出る雰囲気に、碧斗も微笑む。
余程、出来なかったようだ。
「てか、碧斗は出来たの?」
「うーん、俺はまあまあだな」
「まあまあって?」
「70点くらい?」
「え……夏鈴が知る"まあまあ"は40点くらいなんですけど……?」
「なんだそれ。じゃあ夏鈴の"そこそこ"はどれくらいなんだ?」
「30点」
「赤点スレスレじゃねーか!」
即答する夏鈴に、碧斗のツッコミが入る。
("そこそこ"で30点の夏鈴が言う「出来なかった」は、もう0点だろ……)
「はあ……負ける……」
不意に、そう呟く夏鈴。
「負ける?」
「……あ、なんでもない!」
「そ、そうか」
なぜか、夏鈴は動揺していた。
というか、小テストで伝説級の点数を取ったことを報告してきた時は、そこまで落胆していなかったのだが、なぜ期末テストだとこんなにも落胆しているのだろうか。
重みが違う、と言われればそれまでなのだが、「そこまで変わる?」と思うのも事実。
とはいえ、聞くのはなんとなく野暮な気がするのでやめておく。
◇◇◇◇◇
「席につきなさい」
チャイムが鳴ると、歴史担当の先生が入ってくる。
スラッとした体から放たれる、女性の低音ボイスは、教室内の緊張感を一気に上げた。
「号令してくれるかしら?」
「気をつけ、礼。お願いします」
定型通りの挨拶を終えてから、程なくしてテスト返却が開始される。
出席番号順にクラスメイトの名前が呼ばれていくと、まずは陽葵の番となった。
「小野寺」
「はーいっ」
柔らかすぎる返事をして、陽葵は先生の元へ。
そして解答用紙を受け取り、点数を見ると、『39点』の文字。
陽葵にしては、よく頑張った方、否、頑張りまくった方だ。
その後、何人か挟んだ後、乃愛が呼ばれた。
「如月」
「――」
特に返事もせず、先生の元へと向かう。
緊張しているのか、歩くスピードがいつもより遅くなっている。
そして、解答用紙を受け取ると、すぐに目を通す。
問題用紙には、『41』の文字。
「初めてだ……」
勉強が功を奏し、中学時代を含めて今までで一番の点数を取れた乃愛は、嬉しさのあまりニヤついていた。
その後、何人か挟むと、次に呼ばれたのは翔だ。
「間宮」
「うす」
翔も、緊張から足取りが重くなっている。
恐る恐る解答用紙を受け取ろうとした時、担当の先生から「もう少し頑張りなさい」と言われた。言われてしまった。
そうして、解答用紙を見ると、『28』の文字。
「やっちまったぜ……」
最早悔しいのか悔しくないのか分からないが、教科書を読んだだけなので妥当と言えば妥当だ。
そして何人か挟み、次に呼ばれたのは碧斗。
「流川」
「はい」
特に緊張もせず、普通の足取りで向かう。
勉強もしたし、やれることはやったつもりなので怯えることは無い。
そうして、解答用紙を受け取り、見ると『73』の文字があった。
採算通りの70点前後であり、この時点で翔とは大きな差が開いた。
次に呼ばれたのは、夏鈴だ。
「山下」
「はーい」
絶望を通り越して虚無感に襲われている夏鈴は、だらーっと碧斗の隣を去る。
半ば諦めのような軽い足取りで向かい、解答用紙を受け取ると、ニッコニコの笑顔で戻って来た。
奇跡的に、良い点数を取ったのだろうか。
「夏鈴、まさか……?」
「じゃーん!」
隣の碧斗へと、堂々とテストを見せる。
そして、その点数を見た碧斗は、思いっきり目を丸くした。
まさか、本当に奇跡が――
「20点……!?」
「えへへ、祭りだ祭り!」
起こるわけがなかった。
――しっかり、期待通りの点数を、夏鈴は取ってきました! えっへん!
そして、最後に受け取るのは、夜桜小春。
「夜桜」
「はい」
上品な足取りで、先生の元へと向かう。
ただ、歴史に関しては小春に自信は無い。
というか、数学に力を入れすぎて、他教科を疎かにした。
とはいえ、全くしなかった訳では無い。
「ありがとうございます」
そう言いながら、先生から解答用紙を受け取る。
そして、すぐに目を通すと、『45』の文字。
「……よしゃ」
小さな声で呟く小春の顔には、笑顔が浮かんでいた。
「小春、どうだったの?」
笑顔の小春へ、クラスメイトは問う。
「――45点でした!」
――無論、小春は堂々と、隠すことなく点数を答えた。
「え! 私と同じくらいだ! なんか嬉しいなあ」
「ふふ、嬉しいんですか?」
「嬉しい! 小春と一緒の点数なんて……!」
クラスメイトも、特に罵ったり、嘲笑したり、――幻滅したりはしない。
いつも通りに、小春へと接した。
むしろ、愛情が増したようにも見えた。
そうして、歴史のテスト返却が終わった。
碧斗と翔、夏鈴と陽葵には少し差がついたが、三大美女同士はまだまだ誤差の範囲内だ。
それから、昼休憩を挟み、ほとんどの科目のテスト返却を終える。
そして、残る科目は数学のみとなった。
◇◇◇◇◇
その、数学が返却される時間の前の休み時間。
三大美女は、とある無人の教室へと集合していた。
「ねえ、どうなのよ」
「何? 主語が無くて陽葵ちゃん分からないんだけど」
「それはあんたがバカなだけでしょ?」
「落ち着いてください。結果なんて聞かなくても分かると思いますが」
久しぶりに対面で話す三人。
グループトークではあれ程に雰囲気が良くなるのに、こうして直接話すと、いつも悪い雰囲気から始まる。
もはや、「好きな人には意地悪したい」的なことなのだろう。
「……まあいいから、テストの点数教えなさいよ」
「ふん、計算するから待ってて!」
「私もそうします」
そして各々が、空席の机に自分の指をなぞらせ、文字にならない文字で暗算をする。
陽葵は若干悩んでいるが、答えが出たようだ。
「じゃあ陽葵ちゃんから発表してあげるよ」
陽葵の言葉を聞くと、乃愛と小春は「聞き逃さない」と言外で伝えるように、身構えた。
一番のバカだとは言え、陽葵が努力しているのは幼なじみの勘で知っているし、油断は出来ない。
「私はねー……ちょーど140点!」
小野寺陽葵の四教科の点数の内訳は、歴史39点、現代文40点、化学30点、英語31点の計140点。
なんとか赤点は回避したものの、相変わらずギリギリを攻めている。
「意外と高いんですね」
「……その言い方ムカつく!」
「ふふ。じゃあ次は私が言いましょうか」
恒例になった嘲笑を混ぜて、小春が合計点を発表した。
「私も、140点でした」
奇しくも、陽葵と同じ点数だ。
内訳は、歴史45点、現代文30点、化学32点、英語33点の、計140点。
無論、赤点を攻める具合もまんま陽葵と同じだ。
「意外と高いって言ったくせに! 陽葵ちゃんと同じ点数じゃんか!」
「ふん、だから意外と高いって言ったんです」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。私が発表する番なんだから黙って聞いて」
言い合う小春と陽葵を、無理矢理言葉で制する乃愛は、余裕の表情をしていた。
二人よりも、圧倒的に点数が高かったのか。
それとも――
「何点なの? まさか陽葵ちゃんより高いとか無いよね?」
「何点なのですか?」
つぶらな瞳を細め、猫が睨むような目つきに変わる陽葵と小春。
勿論、そこには敵意の感情しかない。
「――私も、140点だった」
「……え?」
「……はい?」
乃愛の点数を聞くと、驚きのあまり、今度は猫が夜を迎えた時のように目がまん丸になる陽葵と小春。
乃愛の点数の内訳は、歴史41点、現代文35点、英語32点、化学32点の、計140点。
――偶然にも、三大美女の点数は、残る一科目『数学』を除いて、横並び。
「え、ええ!? 一緒なの!?」
運命的な結果に、陽葵が大きく声をあげる。
「うっさい、信じられないけどそうでしょ……」
「どんな偶然ですか……」
乃愛と小春も、同じように驚いていた。
そして、横並びということ、それはつまり、言い換えれば――
「数学が一番高い人が、碧斗くんと夏祭りに行けるということですね」
頭を整理した小春が、大きめの声で呟く。
陽葵と乃愛にも勿論聞こえており、二人も理解していた。
「……なんか、一気に緊張してきた……」
「私もやばいかも、怖い……」
よりにもよって、残る科目はあの数学だ。
暗号のような数式と、意味不明なグラフに苦しんだ。
夏鈴と勉強しても、お姉ちゃんに聞いても、さわりの部分しか理解出来なかった。
――そんな中、小春は堂々としていた。
「私はそんなに心配してませんけどね。やっぱり、陽葵と乃愛よりも出来ちゃうっぽいです」
相変わらず、中々に棘のある言葉を口にする小春だが、決して強がっている訳では無い。
積み重ねてきた努力が、自信となっているのだ。
「んあー……碧斗と勉強したからって……このやろ……」
そんな小春の自信に気圧されたのか、陽葵は悔しそうな顔を浮かべる。
「紫月お姉ちゃんの思いは無駄にさせまい!」なんて思いながらも、少しだけ自信が無さそうな雰囲気だ。
「ふん。私だって……自信あるし? ばーかばーか!」
若干言い
乃愛に関しては、多分、勉強会の相手が悪すぎた。
多分というか絶対。なんせあの夏鈴だ。
数学でも、「えへへ」なんて笑いながら、期待通り(もちろん悪い意味)の点数を取るだろう。
「次の時間が楽しみですね。文句無しですよ?」
二人を傍目に、小春の自信は変わらない。
そんな会話を交わしていると、始まりを告げるチャイムが鳴った。
「あ! やば! 教室まできょーそーっ!」
そう言うと、茶髪の妖精は無人の教室を勢いよく飛び出した。
いつも、陽葵のかけ声で、こうして突発的な勝負が始まる。
今日は、教室に一番乗りで到着した人が勝ちだ。
「うわずる! じゃーね小春っ!」
先走った陽葵を追いかけるように、金髪の女神も勢い良く飛び出した。
乃愛も乃愛で、意外とこういう勝負には付き合ってあげている。否、断れないだけだが。
「……もうっ!」
そんな二人に勝つ為、黒髪の天使も走って飛び出す。
陽葵と乃愛が勝負するということは、即ち小春も参戦するということ。
そうして、無人の教室には鼻腔をくすぐる甘い香りを残して、三大美女の可愛すぎる前哨戦が始まった。
◇◇◇◇◇
「遅いぞ小野寺」
「すいませーん!」
一番乗りにゴールしたのは、陽葵。
軽ーく返事をして、席に着く。
その後、程なくして乃愛と小春が教室に到着し、着席した。
「テスト返却の時間だからな。間違えた場所は赤ペンで直すように」
号令を終え、厳かな口調から放たれる言葉に、クラスの大半が姿勢を正す。
碧斗の隣に座る夏鈴は、ニッコニコ。
三大美女達の様子は、陽葵と乃愛はド緊張、小春は少し緊張、と言ったところだ。
「神様なんでもします100点であってください……」
祈るように、目を瞑って独り言を呟く陽葵。
そもそも、空欄があったので100点などありえない。
「小野寺」
「は、はははい!」
「どうした?」
「ななな、なんでもないでふ!」
緊張のあまり、噛んでしまった陽葵は、「ふぅ」と深呼吸をしてから、数学の先生の元へと向かう。
そして、受け取り、解答用紙を見ると『48』の文字。
「やーったあ!」
「喜べる点数ではない」
「えへへ、すいませーん」
緊張から解放された陽葵は、自席へ戻るついでに乃愛と小春へ、勝利宣言混じりの視線を向ける。
紫月との勉強が功を奏し、中学でも取ったことの無い点数を取った。
その後は、滞りなく乃愛と小春も受け取った。
ちなみに、碧斗と翔の勝負は、碧斗の圧倒的勝利。
そして、陽葵と夏鈴の勝負も、圧倒的に陽葵が勝利した。
――よって、どちらかが勇気を出さなければ、夏祭りは共に行けない状況に陥ってしまった。
◇◇◇◇◇
時は経ち、夜。
いつもと違う空気感で、グループトークが開催される。
――運命の時間だ。
小春:『そろそろ答え合わせしませんか?』
乃愛:『そうね。胸騒ぎがすごいから早くしよ』
陽葵:『ふふん、いいよいいよ』
過去最高得点を取った陽葵からは、文脈でも伝わる程に余裕が溢れ出ている。
乃愛:『陽葵、なんか余裕そう』
小春:『私もそう思いました。満点でも取ったんですかね』
陽葵:『もー見せびらかしてやりたいくらい!』
乃愛:『そんなに余裕そうなら陽葵から教えてよ』
小春:『確かに。陽葵から教えてください』
怖いくらいに余裕そうな陽葵に、一番を促す二人。
そして、数秒後、陽葵から文が届く。
陽葵:『48点! よしゃー!!』
乃愛:『たっか……』
思った数倍高い点数を取った陽葵に、乃愛は素直に感心する。
というか、全然高くない。
小春:『まあまあですね。陽葵にしてはって感じです』
陽葵:『ふん、負け惜しみ?』
小春:『うるさいですね。まだ私は結果を言ってませんよ』
乃愛:『はいはい、まあ二人とも黙って』
陽葵と小春が言い合う所を、乃愛が文で制する。
こういう時、いつも止めに入るのは乃愛だ。
陽葵:『ふん。負け惜しみは最後に聞きたいから次は乃愛が言って』
乃愛:『はあ!? 私は負け前提みたいな扱いしないでくれる!?』
陽葵:『ごめんなちゃーい』
微塵も思っていない謝罪を浴びた後、乃愛が結果を文にした。
乃愛:『私は52点です! 陽葵に勝ったー! よしよしよしよしよし! うりゃー!』
勝ちを確信し、興奮が止まらない。
夏鈴との勉強会だけでなく、頭の良いクラスメイトに聞いたり、個人的に碧斗に聞いたり。
色々な勉強法を試したのが、功を奏して勝利に繋がった。
普段、クールな乃愛とは思えない程に、喜びまくっている。
陽葵:『はあ……もうー! 碧斗と行けないの確定しちゃったじゃん……』
小春:『残念ですね。お疲れ様です』
このタイミングで、小春がその言葉を陽葵にかけても、煽りにしか聞こえない。
――まあ、本当に煽っているんですけどね。
陽葵:『やだ! むかつく!』
乃愛:『うしうしっ! はー最高、碧斗大好き』
もはや愛の言葉を文にするまでに嬉しがっている乃愛だが――小春の存在を忘れている。
小春:『じゃあ、最後は私が言いますね』
陽葵:『どっちも負けろ……』
小春:『あ、本当の"負け惜しみ"さん』
陽葵:『ぐぬぬぬ!!!!』
小春:『ふふ』
今度は、乃愛は止めることはしなかった。
無論、勝ちを確信した嬉しさのあまり、どうでもいいからだ。
というか、小春の煽りスキルが強すぎる。
そして、数秒経った後、小春の結果が送られてくる。
小春:『私は――60点です』
乃愛:『……はあ!?』
陽葵:『ええぇぇえ!?』
まさかの結果に、陽葵と乃愛の感情は驚愕に支配される。
乃愛:『絶対嘘だ! 嘘つき!』
陽葵:『そーだそーだ! カンニングしたんだろー!』
小春:『はあー。負け惜しみはやめてください。気持ち良いので今はいいですけど!』
もう、煽りスキルが限界突破している。
それと同時に、小春の解答用紙の写真が送られてきたので、二人は何も言えなくなった。
それも込みでもう一度言うが、小春の煽りスキルは限界突破している。
小春:『碧斗くんと夏祭りに行けるのは私ですね。やったあ』
乃愛:『あーもう……』
陽葵:『小春、名前のところに陽葵ちゃんって書いてない?』
小春:『書いてるわけないでしょう』
陽葵:『ちぇ……』
静かに悔しがる乃愛と、無理矢理すぎる負け惜しみをする陽葵。
――とはいえ、全員が努力をして、最高得点を取ったのも事実だ。
勝負の結果がどうであれ、努力は消えたりしない。
陽葵:『あーもう陽葵ちゃん泣きそう!! でもお疲れ様! おやすみ』
乃愛:『ふん、おやすみ』
小春:『おやすみなさい』
結局、最後はこうして良い雰囲気になっていく。
いつもの様に、欠かさない『おやすみ』を送って、三人のグループトークは終わった。
「……はあ……良かった……」
暗くなった部屋、ベッドの上で、小春は安堵する。
陽葵と乃愛が努力しているのは、テレパシー的に分かっていたので、実は焦っていたのだ。
安心と、期待を胸に秘めて、小春は目を閉じる。
机の上には、『あおとくんの』と書かれたネームプレートが残されたまま。
こうして、小春の勝利で期末テストは幕を閉じた。
――――――――
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