第32話 期末テスト:実施日


「なあ……全然分かんねーよ……」


 登校早々にして絶望している翔を見て、碧斗は笑った。

 今日は、来たる期末テストの日だ。


「諦めたら終わりだなあ」

「まず俺とお前で勝負ってのがおかしいだろ! しかもテストで!」

「じゃあ、自分で誘えるか?」

「それは無理だな……」


 翔も、夏鈴を懸けて碧斗とテスト勝負をしている。

 ちなみに内容は、"恥ずかしくて夏鈴を夏祭りに誘えないので代わりに誘う"という内容であり、碧斗には何のメリットもない。

 とはいえ、碧斗も翔には助けられていることもあるので、拒否したりはしない。


「勉強したのか? 翔は」

「盛り抜きでめっちゃした」

「どんくらい?」

「教科書読んだし、教科書読んだぞ」

「うん、してないな」


 自信満々に言う翔だが、同じ事を二回言っている。

 そして、碧斗は勝ちを確信した。


 ◇◇◇◇◇


 小春も、クラスメイトと会話をしていた。

 

「小春〜! おはよ!」

「おはようございます」

 

 今日も小春は、聖女のように微笑む。

 ただ、今日の微笑みは、いつもより上機嫌だった。


「どうしたの? なんかいいことでもあった?」


 明らかにニコニコが強い小春に、クラスメイトは問う。


「いえ。なんだか、勉強しすぎてテストが楽しみになってしまって」

「なにその理由。生徒の鏡すぎない?」

「ふふ。そうですか?」

「さすが小春って感じ!」

「ありがとうございます。千佳ちゃんは、勉強しましたか?」

「まあまあかなー。小春はどのくらいしたの?」

「――私は全然出来ないので、毎日勉強しましたよ」


 勉強が出来ない。小春がそう言うと、クラスメイトは微笑んだ。

 ――無論、嘲笑では無い。


「え、意外かも! でも、そんなことも可愛いよね小春は!」

「ふふ。ありがとうございます」

「小春にも、出来ないことがあるって少し安心したかも」

「いっぱいありますよ。私、完璧なんかじゃありませんから」


 謙虚な小春と、それを聞くクラスメイトの間には、心地良い空気感が流れていた。

 碧斗の言う通り、小春が築いてきたものは、簡単には壊れないのだ。


 ◇◇◇◇◇


「おはよー乃愛」

「ん、おはよ」


 金髪を靡かせながら、如月乃愛は席に着く。

 今日も今日とて、その美貌に衰えは無い。


「うち、テストやばいかも」


 最早、高校生の決まり文句と化した言葉を、乃愛の隣のクラスメイトは口にする。


「私は勉強したから余裕。満点取ったら新作のコスメ買ってね」

「え、そんな余裕あるの……?」

「うん。ありありのありよ」


 乃愛も、この自信がつく程には努力をした。

 たまーにサボってしまう日もあったものの、それは「休憩日」と称したのでサボりでは無いと、自分の中で結論付けている。

 つまりはサボりだ。


 ◇◇◇◇◇


「うおー!!!」


 テストの日でも、小野寺陽葵は通常運転。

 ギリッギリで登校してきた。


「おはよー!」


 そして、クラスメイト全員へと挨拶を向ける。

 勿論、小春と乃愛からの返事は無い。


「ふぅー、疲れた疲れた」


 汗を拭くような仕草をしながら座る陽葵だが、急いできたフリをしているだけで、ゆっくりと登校してきたので汗など出ていない。


「ねね、陽葵ちゃんは勉強した?」


 隣に座るクラスメイトが、陽葵へ言葉を向ける。

 翔は碧斗の席で話している為、不在だ。


「したよー! もうしまくった!」

「ほんと……だね。その顔は」

「え!? なんかついてる?」

「クマがすごいよ」


 陽葵は、完全に一夜漬けタイプな為、昨日紫月とゲームをした後、深夜三時くらいまで勉強していた。

 その影響で、目の下には大きなクマが出来ている。


「クマ!? 陽葵ちゃん、今日は可愛くない……?」

「んーん。可愛いよ大丈夫」

「えへへ、ありがと〜」


 力の抜けた返事に、クラスメイトの心も癒される。

 クマがあろうが、今日も今日とて小野寺陽葵は可愛いのだ。

 それが、三大美女たる所以でもある。


 小野寺陽葵が登校してきたら、即ちそれは小川先生もすぐ来るということ。


「はーいおはよー」


 それを実証するように、小川先生が前のドアから駆け足で入ってきた。

 親のような安心感のある笑顔をクラスへ向けると、程なくして小川先生は教卓へと腰を下ろした。


「今日は待ちに待ったテストだからね! みんな楽しみにしていただろうから、存分に楽しむんだよ!」


 なぜに、教師というものはテストになると性格が悪くなるのだろうか。

 永遠の謎である。

 そうして、逃れられない現実を口にした後、朝のホームルームを終わらせ、小川先生は教室を後にした。


 ◇◇◇◇◇


「カンニングは即ゼロ点な。消しゴム落としたら自分で拾わずに呼べよ」


 一限目。

 全く知らない先生の全く聞いた事の無い声が、1-B教室に響き渡る。


「おい、勉強道具しまえ」


 先生の低い声から放たれる言葉に、教室内の緊張感は一気に上がる。

 この言葉がかかれば、テスト開始まで長くない。

 離れた場所に座る三大美女は、「ふぅ」と同時に深呼吸をした。


「はじめ」


 程なくして、チャイムが鳴り響く。

 ――期末テストが、幕を開けた。


 ◇◇◇◇◇


「……陽葵に負けるかも……」 


 夏鈴、絶賛苦戦中。

 勉強したとはいえ、自分で「努力する才能が無い」と言う程なので、所々で妥協してしまったのも事実。

 そのつけが、容赦なく襲いかかってきていた。

 特に英語が壊滅的で、和訳問題は、答えの日本語文すらおかしくなっている。


「……」


 勿論、翔も苦戦中だ。

 まあ、教科書を読んだだけなので、当たり前の言えば当たり前ではあるのだが。

 化学のテストには、正直に『わかりません』と書いたほどである。


「……意外といけるな」


 一方、碧斗はこの通り。

 地頭の良さと、努力により、スラスラと解いていた。

 満点、とまではいかないものの、全教科70点くらいの採算だ。

 翔に勝つには十分すぎる点数である。


「ぐぬぬぬ……」


 陽葵は、正解だと確信する問題もあるものの、分からない問題も多くあった。

 ちなみに、お姉ちゃんへの感謝が強すぎて、名前欄に『小野寺紫月』と書いていたが、何とか気付く事が出来たのでセーフだ。


「……はあ?」


 乃愛も、陽葵と同じく、分からない問題も多くあった。

 心の中で「こんなの習ってなくない!?」と叫んでいたのも、何とも学生らしい瞬間である。

 ちなみに、余裕で習っている単元だ。

 

「……よしゃ」


 らしくない口調で、小さく呟くのは小春だ。

 ――『初めてこんなに手が進みます』と思う程に、解くことが出来ていた。

 分からなかった二次関数も、解答の正否は別として解答欄は全て埋まっている。

 小春の元には、精一杯努力した結晶が、優しく降り注いでいた。


 そうして、各方面で色々な感情と成果を感じながらも、三日間に渡る期末テストは幕を閉じた。

 勝負の結果が出るのは、週明け月曜日の、テスト返却日だ。

 とにかく、五教科の点数さえ高ければそれでいい。

 専門科目などどうでもいい、訳では無いが、三大美女達の心意気はそれほどまでに熱くなっている。


 ちなみに、碧斗と翔の勝負内容は、碧斗の苦手な歴史であり、陽葵と夏鈴の勝負内容は、お互いに苦手な英語だ。

 まあ、後者に関しては苦手と言えるレベルでも無いが。

 

 ◇◇◇◇◇


 期末テスト終了日の夜でも、グループトークは稼働中。


 陽葵:『ねえ! テスト出来たの!?』

 乃愛:『陽葵よりかは絶対できた!!』

 陽葵:『は!? 小春はどうなの!?』

 小春:『余裕でしたね。二人よりも出来ました』

 乃愛:『はあ!?』

 陽葵:『はあ!?』


 陽葵は、文でも伝わるくらいにテンションが高い。

 とはいえ、それは興奮ではなく、焦りのせいだ。


 小春:『陽葵は出来たんですか?』

 陽葵:『出来なかったよ! くそ!』

 乃愛:『ふん。どーせ勉強してないんだから当たり前よ』

 陽葵:『めっちゃしたし! お姉ちゃんにみっちり教えてもらったもん!』

 小春:『ん、紫月お姉ちゃん! 懐かしいですね』

 乃愛:『あの紫月お姉ちゃんをもってしても陽葵はバカってことね……。にしても、久しぶりに会いたいなあ』

 陽葵:『うっさ……何も言えないけど』

 小春:『まあ、碧斗くんと夏祭りに行くのは私で決まりですね』

 乃愛:『んなわけない! 私よ!』

 陽葵:『陽葵ちゃんです……』


 なんとなく、陽葵は文脈からいつもの自信が感じられないが、結果が出るまでは分からない。

 ――碧斗と共に夏祭りに行けるのは、誰になるのだろうか。

 そして、夏鈴と翔は、共に行くことが出来るのだろうか。

  

━━━━━━━


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