第31話 陽葵ちゃんだって頑張るもん!


 期末テストを、翌日に控えた日。

 陽葵にも、「さすがに勉強しなきゃまずい」と危機感が生まれていた。

 碧斗を巡る勝負以前に、成績的に進級出来なかったら元も子も無い。


「ぎゃあーむりむりむり!」


 問題集を開いた瞬間、展開される数列。

 ずっと見ていると頭がおかしくなりそうな文字に、陽葵は悶絶する。

 ――だが、陽葵にも切り札があるんです。


「……おねーちゃーん!」


 陽葵が叫んだ数秒後、部屋のドアが開く。

 「はーい」と、召喚された様に入ってくるのは、陽葵の姉――小野寺紫月おのでらしづきだ。

 陽葵がショートボブなのに対し、紫月の髪型はスタンダードなボブヘアで、髪色は深茶色。

 陽葵は、三大美女の中で唯一、姉がいる。


「んもー、どうしたの?」

「頭の良いお姉ちゃんに用事があるのです!」


 紫月は現在、地元では有名な大学に通っている大学二年生で、頭が良い。

 陽葵とは真反対の頭脳を持っている。


「なーに? またゲームだったら私帰るよ」

「ちがう! 陽葵ちゃんが珍しく勉強してるんだよ!? 教えてくれてもいいじゃないですかー」

「……ああえうごご!? ひ、陽葵が!?」


 この通り、性格と、驚いた時に出る怪獣のような声は似ている。

 また、姉妹の仲も非常に良く、暇な時は二人でお出かけしたり、ゲームをしたりする程だ。


「そうだよ!? ……って、驚きすぎだから!」

「あんたが勉強してるなんて、雨と雷と雪が同時に来るのかな……」

「そんな珍しい!?」

「うん……。てか何で? 急にやる気になったの?」

「いやあ、小春と乃愛と勝負してるの」

「あー、小春ちゃんと乃愛ちゃんと! そういうことね」


 勿論、小春と乃愛とも面識はあり、よく遊んでいた。

 家に来た時は一緒にゲームをやったり、トランプをしたり。

 三人のかけっこに紫月が参加すると、年齢のお陰で絶対に一位になるので、「紫月お姉ちゃんはだめ!」なんてよく言われていた。


「ちなみに勝負の内容って?」

「えーとね、誰が一番高得点を取れるか、って」

「あー、陽葵は無理だ。負け! おつかれ!」

「んもう! やる前からそんな事言わないで! 自分でもそう思うけどさ!」

「えへ、ごめんごめん。勝ったらどうなるの?」

「……碧斗と夏祭りに行ける」

「なるほどなぁ」


 碧斗の存在も、勿論知っている。

 小春と乃愛程の深い関係では無いものの、何回か話したこともある。

 なんせ、陽葵の中学生時代の彼氏だ。

 よく、夜な夜な惚気話を聞かされていた。


「だーかーらそんなにやる気なのね〜」

「そ! そゆこと! だから教えてくださいね?」


 陽葵はウインクしながら、紫月を見る。

 三大美女の権能は――残念ながら、お姉ちゃんには通じない。


「んー、じゃあ小春ちゃんと乃愛ちゃんの好きなところ、一つ言ったらいいよ?」


 勿論のこと、三人が不仲なのも織り込み済み。

 そして、仲直りさせたいと思っている。


「そーやって意地悪な質問してさー。小春は努力家なとこ! 乃愛は女の子として可愛いとこ!」

「即答じゃんよ」


 嫌がる割には、満面の笑みで即答する陽葵。

 無意識に、二人に対する愛情が出てしまっている。

 そしてこれが、お姉ちゃん流の、仲直りへ近付ける方法だ。


「じゃあ、今度は碧斗くんの!」

「何個質問するつもり!? うーん……やっぱり性格かなあ。あの顔も好きだけど!」

「碧斗くん、確かに万人受けする爽やか顔だもんね……ってか、にやけちゃってるよ陽葵」

「……うるさい! ばか!」


 恋する陽葵ちゃんは、碧斗のことを考えると顔に出てしまう。

 頬を紅潮させ、無意識にニヤけているのがその証明だ。


「とーにーかーく! 教えてください!」

「はいはい。どこやってるの?」

「これ、二次関数ってやつ」

「んあー、難しい所だよねここ。お姉ちゃんも苦戦したなあ」

「げ……そんなの私が……」


 紫月が苦戦するレベルの単元を、陽葵ができるわけが無い。

 諦めの境地に入りかけている陽葵の顔には、「絶望」と書いてある。

 ――そんな妹の対処法を、姉が知らない訳もない。


「あーあー、小春ちゃんと乃愛ちゃんなら頑張るんだろうなー。私の妹はその二人より頑張るはずなんだけどなー」

 


 小春か乃愛かを対抗に出されたら、陽葵は嫌でも心に火がつく。

「絶望」と書かれていたはずの顔は、「やる気」の文字へと変わっていた。


「ふん、余裕だし? やっぱり本気出しちゃおっかなー。てか乃愛は絶対頑張らないし!」

「ちょろいなあ」


 まんまと乗ってくれる妹に、愛おしさのあまり紫月は微笑む。


「よし! じゃあ頑張るよ!」

「はーい!」


 やる気になった陽葵は、返事をした後、問題集へと目を通す。

 再び頭がおかしくなりそうな数列を目に入れたが、今度は諦めない。


「……うおおお」

「お、陽葵すごいよ。もっと頑張って!」

「……おらおらおら」


 問題文を読んでいるだけなのに、この熱量だ。

 

「よし、一回自分でやってみよっか!」

「うん……頑張ります……」


 綺麗な字を、問題集へと書き込む。

 ただ、解き方も考え方もあやふやなので、直ぐに手が止まった。


「もうわかんなくなっちゃった?」

「うん……助けて……無理だあ……」


 泣き縋るように、紫月の体に凭れるもたれる陽葵。

 そんな陽葵の頭を撫でてから、紫月は説明を始める。


「まず、このグラフの座標は……」


 出来るだけ分かりやすく、陽葵に理解できるように、紫月は説明を続ける。

 陽葵も、何とか頭に叩き込んで、折れそうになる所を我慢して、必死についていく。

 そうして、何問か解いた後、陽葵は死んだように倒れ込んだ。


「……死ぬ……一生分解いた……」

「陽葵、まだ2問しかやってないよ」

「……」


 何問か、とは2問だ。

 ――陽葵には、2問でもきつい。

 とはいえ、紫月も教育学を専攻しているので、こういう時の対処法はお手の物。

 無理にやらせるものではない。


「じゃあ、ちょっと休憩しよっか!」

「うんうんうんうん!!」

「嬉しそう……」


 思いっきり目の色が変わる陽葵に、紫月も微笑む。

『こういうとこが可愛いんだよね』なんて思いながら、二人は休憩タイムに入った。


「ねーお姉ちゃん」

「ん?」

「ちょっと見てほしいんだけど!」


 休憩中、不意に陽葵が言葉を発する。

 そうして、スマホの画面を紫月に向けた。


「……誰?」


 画面に映るのは、『優太』と名乗るアカウントとのDMのやり取り。

 その内容を見た瞬間、紫月は「ええ!?」と声を出した。


「ちょっと、え? 陽葵、夏祭り行く約束してる?」

「うん。なんか碧斗の秘密を知ってるって」

「あ、あそう。陽葵は仲良しなの? この人とは」

「私はまだ全然話したことない!」

「なのに約束したの!?」

「碧斗の秘密知ってるって言うから……」

「碧斗くんの力やばすぎない……?」


 陽葵の行動力、というか盲目すぎる行動に、紫月も驚愕する。

 そもそも、陽葵が知らない秘密を、優太とやらの男が知っているわけが無いのに。


「てかさ、陽葵が知らないのに、この人が知ってる訳無くない……?」

「……まじ?」

「いやまじ。大まじ!」


 盲目的な愛情と、陽葵の優しい性格も相まって、まんまと悪用されてしまっていることを、教育学部の紫月は余裕で気付く。

 が、それを直接的に言うのもはばかられるし、何より陽葵が楽しみにしているのなら、その気持ちを下げたくない。

 ――とはいえ、そんな可愛い妹を、不埒な男の元には置きたくないのも事実。


「陽葵、お姉ちゃんとテスト頑張るって約束して」

「え、あ、うん! そりゃあ、碧斗と行きたいし頑張るよ?」

「この優太くんと碧斗はどっちが好き?」

「碧斗! 碧斗が大好き! こんなイケメン、いやイケメンでもないし、好きじゃない!」


 唐突に手を握ってくる紫月に、陽葵は目を丸くする。


「よし、じゃあ勉強再開するよほら」

「んええ、もっと休憩しよ……」

「だーめ! シャキっとする!」

「うわーん……」


 凭れ掛かるもたれかかる陽葵を無理矢理起こして、勉強の方向へとシフトする。

 程なくして、陽葵もやる気を出してくれたので、勉強会を再開した。


「……ちょっとできるようになった!」

「すごい! やればできる子だもんね陽葵は」

「そーなんです! えっへん!」


 紫月の教え方の上手さもあり、何問かは解けるようになった陽葵。

 余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。


「勉強って意外と楽しいのかな……?」

「え、陽葵がそんなこと言う日って本当に来るんだ……」

「なんだろ、分かれば楽しい的な?」

「先生が聞きたい言葉ランキング一位だよそれ」


 一生聞くことの無いと思っていた言葉を口にする陽葵に、紫月の心の中は驚きと喜びの半々。

 碧斗が懸かっているからとはいえ、妹の成長はお姉ちゃんとしては嬉しいものだ。


「もー疲れたよー」

「そうだね。頑張ったから休憩する?」

「するするするー!」

「はーい」


 相変わらず、休憩になると目の色が変わる陽葵。

 その熱量を勉強に持っていけ、とは思うものの、そんな妹が愛おしくてたまらないので、紫月も言ったりはしない。


「お姉ちゃん、またまた見てほしいものがありまして」


 そう言うと、陽葵はテレビの電源を入れ、ゲーム機を作動させた。

 そのゲームとは、よくあるスローライフゲームで、釣りや虫取りをしたり、南の島に行ったり、自分の家を大きくしたりなど、ほのぼのとした時間を過ごせるゲームだ。


「え、陽葵めっちゃ進んでるじゃん!」

「でしょ!? もうデパートまで出来ちゃったんだからね!?」

「そんなやったの!? すっご……」


 中々にやりこまないと、デパートまで改装できないので、紫月は感嘆の声を出す。


「今日も元気かな〜」


 そう言うと、陽葵は自身のアバター的なキャラを動かし、村の方へと操作する。

 村の中の住人は陽葵だけでなく、他にも五人ほどいる。

 話しかけると、たまにお小遣いをくれたり、家具をくれたりする。

 とはいえ、陽葵は物目的で話しかけている訳ではなく、純粋に会話がしたいという理由だ。


「お、いたいた!」


 ちなみに、村の住人達の名前は、自分で決めることが出来る。


 A:話しかける


 ある住人の元に辿り着き、画面にそう表示されると、迷いなく陽葵はAボタンを押す。

 ――ちなみに、話しかけた村の住人の名は、『のあ』だ。勿論、如月乃愛が由来。


 のあ:『こんにちは、ひまりちゃん。今日はいい天気だね!』


 リアルなら絶対に言わない。


「『のあ』は元気そう! なんかくれないかな?」

「もう一回話しかけてみれば?」

「そーする!」


 のあ:『こんにちは、ひまりちゃん。そういえば、こんな物を拾ったの! よかったらどうぞ』


 再び話しかけると、『のあ』は"ワックス"を『ひまり』へと渡す。

 何とも、女の子らしくない。

  

「わあー! 『ワックス』くれた! やさしー」


 とはいえ、陽葵は何かくれるだけでも嬉しくてたまらないので、素直に喜んでいた。

 そんな陽葵の横顔を、紫月は微笑ましく見つめていて。


「つーぎーは……いた!」


『のあ』との会話を終わると、再び別の住人の場所へと向かった。


 A:話しかける


 迷いなく、Aのボタンを押す。

 ――名前は、『こはる』。


 こはる:『あ、ひまりちゃん! 今日ね、お散歩してたらこんなの見つけたの! あげるね!』


 すると、『こはる』は"ほうき"を『ひまり』へとプレゼントした。

 というか、落ちてる"ほうき"を拾ってくるとは、中々の強者だ。


「やったあ! ほうきくれた! 嬉しい」


 無論、陽葵はそんな物でも大喜び。

 満面の笑みで画面を見つめる陽葵は、本当に子供らしくて、可愛くて仕方がない。

 そんな陽葵を見て、紫月が口を開いた。


「なんか、ゲームでも性格出てるよね。この二人」

「え、確かに」

「乃愛ちゃんは二回目でくれるあたりとかさ、"本当はあげるの恥ずかしい"とか思ってそう」

「えへへ、そう考えたらめっちゃ面白いかも」


 ワックスをあげることを一回躊躇ったということは、ゲーム内の乃愛はワックスを使っているということだろう。

 ポニーテールにワックス……新鮮だ。

 

「小春ちゃんは一回目でくれるあたり、優しさがあるって言うか」

「……道に落ちてたほうきをくれる優しさ、も悪くない!」


 まあ、衛生面で見たら中々に悪いものだが、ゲームなのでそれは無関係。

「くれた」という優しさが大事だ。


「ていうか、本当に二人のこと大好きなんだね陽葵は。ゲームの中でも名前つけちゃって」

「……うるさいなあ、いいでしょー」

「そうだね。可愛いからいいよ」


「もう、仲直りすればいいのに」と、紫月は思ったものの、恋心が邪魔するのも理解できるので、言うことはしなかった。

 仲直りは、時に任せるのが一番良かったりする。

 無理矢理させても、それは刹那的なものでしか無く、完全な修復とはいかない。

 それを、紫月は理解していた。

 さすが教育学専攻と言ったところだ。


 その後は、ゲームを少しだけプレイした後、勉強会に戻った。

 ちなみに、『こはる』に話しかけた後は、『あおと』にも話しかけたのだが、何もくれなかった。

 ゲーム内では、何とも薄情な男である。

 

 そうして陽葵は、紫月のおかげで、何とかスタートラインに立てるくらいには解けるようになり、乃愛と小春に負けない可能性も出てきた。


 ――三人の、碧斗を懸けた期末テストが、幕を開ける。

 乃愛も、頭の良いクラスメイトに質問をして、なんとか頭に叩き込んだ。

 勿論、完璧とは言えないものの、出来るだけのことはした。

 争点は、五科目の総合点。

 数学、現代文、英語、歴史、化学だ。 

 

――――――――


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