第30話 乃愛と夏鈴の勉強会


 テストまで、残り少なくなった日。

 乃愛と夏鈴もまた、勉強会を開催していた。

 ――場所は、駅前のファストフード店。


「あー、ぜんっぜん分かんないよー」


 難問すぎるあまり、机に突っ伏している乃愛は、子猫のような雰囲気を出している。

 

「……夏鈴も分かんない。てか、なんで夏鈴と勉強会?」

「話したかったの。最近話せてないでしょ」

「確かにそうかも。やっぱり、乃愛からそんなこと言われると嬉しくなっちゃうね」

「仲良くなった時からずーっと言ってるよねそれ」


 向かい合わせで座りながら、軽く会話を交わす二人。


「えへへ、まあね。普段の乃愛って怖いじゃん」

「えーそう? 結構優しくしてると思うんだけど」

「優しいのは当たり前だけどさ! たまーに見せるツン? まあ夏鈴は乃愛のそういうとこが好きなんだけどね?」

「それはどうも。てか、夏鈴にはツンした覚えないよ!?」

「え、してもらっていいですか?」

「なにその小春みたいな頼み方……。まず、お願いするものじゃないでしょ絶対」


 若干ドMのようなお願いをする夏鈴だが、乃愛のツンデレはそれほどに魅力的なもの。

 思わずお願いしてしまうほどに、可愛いのだ。


「そういえばさ、三人でテスト勝負するんだって?」

「ん、そうそう。今ちょうど言おうと思ってたの」

「乃愛が一番頭良いもんね。三人の中だったら」

「まあねー。でも、小春とはほとんど変わらないけどね」


 陽葵は言わずもがなのおバカさんだとして、乃愛と小春では、若干乃愛が上というレベル。

 努力次第ではどちらが勝ってもおかしくない。


「はぁー、碧斗と夏祭り行きたいなぁ……」


 机にダランとし乃愛は、力が抜けたような声色で呟く。

 そんな乃愛を見て、向かい合わせにいる夏鈴は、微笑んだ。


「碧斗ったら、どんだけ幸せ者なんだろ。陽葵にも乃愛にも小春にも求められてさ。男子の夢だよ」

「夢って……。碧斗以外にグイグイ来られても全然嬉しくないもん。碧斗の顔と性格が好きなんだから」

「それも夢、夢すぎる……!」


 思わず、碧斗の立場になってニヤつく夏鈴。


「てか、夏鈴だって可愛いんだから、男子寄ってくるんじゃないの?」

「ま、まあね。たまーにDM来るくらいには」


 夏鈴も、華月学園では中々にレベルの高い顔と雰囲気を持っている。

 全員が全員、三大美女に恋をしている訳では無いし、夏鈴の事が好きになる男の子もいて当然だ。翔のように。


「DM……あ、ねえ、そういえば」

「ん、どうしたの?」


 いきなり何かを思い出し、乃愛はスマホの画面を開く。

 数秒後、夏鈴へと向けた。


「……これ、あの?」

「そう、あの」


 スマホの画面に映るのは、心穏とのDMのやり取り。

 夏鈴は、その内容に思わず声が出た。


「ふむふむ……って……ええ!? 夏祭り行くことになってんじゃん!?」

「違うの、聞いて」

「ち、違う?」

「そう。この男、碧斗の秘密持ってるらしいの。そんなの聞きたいに決まってるよね」


 恋する女の子は、好きな男の子には滅法弱い。

 乃愛の性格をもってしても、こうして手玉に取られている。

 ――そんな乃愛に、夏鈴は一言。


「……乃愛、詐欺とか引っかかるタイプだよね絶対」


 ごもっともすぎる発言だ。

 

「さ、詐欺?」

「うん、詐欺。オレオレ詐欺とかの詐欺」

「そ、そんなの引っかかる訳なくない!? 絶対引っかかんない自信あるよ?」

「じゃあ、チョコパイ買ってきてくれたら夏鈴が碧斗の秘密教えてあげるって言ったら?」

「買う。何個?」

「ん、ダメだこりゃ」


 即答する乃愛に、夏鈴も笑う。

 盲目的に愛しているのは良い事なのだが、それを悪用されてしまいそうで心配だ。

 というか、実際に悪用されて夏祭りに行く約束を取り付けられている。


「乃愛、絶対テスト頑張るって夏鈴と約束しよ」

「え、う、うん。どうしたの急に」


 急に手を握ってくる夏鈴に、乃愛は驚く。

 

「だって、テストに負けたらこの人と夏祭り行くことになるよ!?」

「そうだけど……」

「夏鈴が許さない! まあ……いいけどさ! イケメンって大体性格悪いじゃんか!?」


 相変わらず、イケメンには良い印象を抱いていない夏鈴。

 が、その通りである。

 夏鈴は詐欺に引っかからなそうだ。

 思わず熱くなっていて、声が大きくなっていた。


「え、でも碧斗は性格良いじゃん」

「碧斗以外! あと翔く……なんでもない!」

「翔くん? え?」


 言いかけた所を、乃愛は逃さない。

 指摘された夏鈴の頬も、ポッと赤くなる。


「か、翔くんも例外!」

「夏鈴……あいつのこと好きなの……?」

「……すき」

「あ、夏鈴可愛い! 乙女の顔してる!」

「ちょと、うるさい……」


 先程まで、大きめの声だった夏鈴と、乃愛の立場が完全に逆転している。


「乃愛だって、碧斗のこと大好きでしょ?」

「そ、そうですけど? そんなはっきり聞かないでよ……」

「あー! 乃愛も乙女の顔してる! 可愛い!」

「ちょっと……」


 どちらもありえないほどに頬を赤らめて、謎の張り合いをしている。

「なにしてんだ……」と言うような視線が、周りの席から飛んできているのも気付かずに。


「とにかく、そのイケメンとは行かせたくない! だから勉強しよ? ね?」


 我に返った夏鈴。

 乃愛は、碧斗のことについて言われるのは意外と嬉しいので、夏鈴がこうして言わなかったら一生続いていた為ナイスプレーだ。


「そいえば夏鈴は、間宮のこと夏祭り誘ったの?」


 少し勉強した後、乃愛は問う。


「んーん。恥ずかしくて誘えない」

「なにそれ」


 可愛すぎる理由に、乃愛は微笑んだ。


「……乃愛も恥ずかしくて目合わせられなかったくせに」

「そ、それ最初だけだし。今は大丈夫だし!」

「ふーん? ふーーん?」 

「……何その目。じゃあ、間宮とは行かないの?」

「んーん。陽葵とテスト勝負して、私が勝ったら陽葵が翔くんに伝えてくれるって」

「え、絶対勝てるじゃんずる」

「夏鈴、結構焦ってるんだけど……」

「そんなバカだったっけ!?」


 この世に、陽葵よりもバカな女の子などいないと思っている乃愛は、想像以上の夏鈴のバカさに驚く。


「うん……。割と負ける気がしてる」

「陽葵、世界で一番バカ女だと思うんだけど……」

「やば、夏鈴が世界一になっちゃう……!?」

「なんでちょっと嬉しそうなのよ……」


 世界一、不名誉な『世界一』だ。

 とはいえ、夏鈴が嬉しいならそれでいいだろう。

 

 そうして、合間の休憩で雑談をしていると、


「ねね、今二人?」


 見知らぬ男が、話しかけてきた。

 いかにもチャラ男、というような見た目をしており、両耳にピアスのロン毛だ。

 服装は制服だが、華月学園のものでは無かった。

 その怪しすぎる風貌に、夏鈴は若干体を竦める。


「何ですか?」


 気圧される事無く、乃愛は返事をする。


「いやいや、可愛いなあって思ってさ」

「そうですか。それはどうも」

「そーんな怖い顔しないでさあ。まあ、怖くても可愛いからいいんだけど」


 饒舌な口振りで口説く男だが、乃愛には何も響かない。

 そもそも、本当に誰か知らない。


「君ら、高校どこなの?」

「華月ですけど」

「あー、学園か! 俺、桜ヶ丘商業だよ!」


 桜ヶ丘商業高校、略して桜商業。

 位置的に近くは無いものの、華月学園とは最寄り駅が一緒である高校だ。

 そのため、このファストフード店も、よく利用している姿を見る。


「だから何? 聞いてないです」

「そんな顔しないでってば。気楽に話そうよ。そこの君もさ」


 桜商業の男も、乃愛の威圧に負けず、口説き続ける。

 一方、目線を送られた夏鈴は、俯いている。

 その男は、遊べるなら乃愛でも夏鈴でも構わないというような雰囲気を醸し出していた。


「何年生なの? 君ら」

「一年」

「あーね。俺、二年だから」

「あっそ……って、何やってんの!?」


 乃愛たちの年齢を知り、急に先輩面をし始める男は、許可も取らずに乃愛の隣席へと座った。


「ねえ、あんた先輩のくせに恥ずかしくないの? 後輩に断られてるんだからさっさと帰ったら?」

「だからそんな怒んないでって。楽しく話そうよ」

「うざい。どっか行って」


 何度言っても退く気のない男に、段々とイラつく乃愛。

 少しずつ、語尾に怒気が混じっていく。


「そんな威勢いいならさ、ネットカフェとか行かない? 可愛いし」


 ネットカフェ。

 完全個室制の、狭い空間。

 行けば、淫らな行為に発展することは、乃愛にも容易に想像できた。


「行くわけないじゃんあんたみたいな奴と」

「悲しいなあ。どうしたら行ってくれる?」

「行かないって言ってんの。どっかい……きゃ!?」

「行こうって。ね?」


 無断で席に座る男は、乃愛の腕を無理矢理掴む。

 思わず悲鳴を上げた乃愛に、夏鈴の肩はピクっと動いた。

 元々、目立ちたがり屋では無い夏鈴は、事なかれ主義だ。

 可能な限りこういう問題には関わりたくない。

 

 ――が、大切な友達が傷つけられそうな時は、例外だ。


「――その手、離してくれません?」


 下を俯いていた夏鈴が、強い語気で言葉を発する。

 俯いていた理由は、怖気ていたからでも、気圧されていたからでもなかった。

 ただ、怒りを抑える為だったのだ。


「おお、喋った。君もやっぱかわい……」

「聞いてますか? 離してください」


 男が喋りきる前に、夏鈴が言葉で制する。

 乃愛も、呆然としていた。


「分かったよ。じゃあ君でいいから一緒に遊ぼうよ」


 そう言い、男は手を離すと、席を立ち、今度は夏鈴の隣席へと座る。


「ゆるキャラみたいに可愛いね。小柄だし」

「えへへ、きもいです」


 感情ゼロの笑顔と、感情マックスの悪口を添えて、夏鈴は男へと視線を向ける。


「じゃ、いこっか」


 そんな無感情の笑顔などお構い無しに、今度は夏鈴の腕に触れようとした瞬間だった。


「――私たち、大好きな人がいるので。あんたよりもよっぽど素敵で、かっこいい想い人が、私たちにはいるんです。だから、消えてください」


 先程の笑顔は消え、夏鈴の顔に宿るのは怒りと、羞恥が少し。

 若干頬を赤らめながら言い切ったその言葉に、男も気圧された。


「……そこまで言うならわかったよ。悪かったって」

「早く消えて。うざったい」


 夏鈴の勇姿を見ていた乃愛が、追撃の一言を浴びせる。

 程なくして男は、不貞腐れながら、乃愛たちの席を後にした。


「……最悪! 触られた! ねえきもい!」

「夏鈴はギリ回避した! あぶなかった」

「やだやだ、洗ってくる……」

「一応夏鈴も行っとこ……」


 男に触れられた腕を洗う為、二人はトイレへと向かう。

 そうして、洗面所に到着すると、勢いよく水を出して洗い始めた。


「おえー、私の綺麗な腕が……」

「夏鈴もおえー……」

「あんたは触られてないでしょ!」

「まあそうだけど! なんか気分的に!」


 二人で、目を合わせて笑う。


「夏鈴、かっこよかったよ」

「えへへ、本当に? 目立ちたくないんだけど……」

「やっぱり、間宮の力はすごいんだなあ」

「それを言うなら碧斗の力だってすごかったじゃん! てか乃愛が最初に言ってくれたんでしょ!」


 恋する女の子二人は、好きな人を想うと何でも出来る気がしていた。否、出来る。

 あの男が仮に、刺青だらけで背も高くて横幅も大きい怖い男だったとしても、二人はガツンと言えた。


「……てかさ、ネットカフェって……」

「……きゃああ、むりむりむり!」


 なぜか、男に言われた単語を自ら思い出して、再び気持ち悪さを感じる二人。


「絶対さ……あれだよね」

「そうだろうね……夏鈴でも分かるよそんなの」

「はあー、碧斗だったらいいけど……」

「翔くんだったら夏鈴も許す!」


 怪訝な顔を浮かべる二人だが、それは表情通りの感情ではなく、「やってやったぞ」という気持ちが込められていた。


 その後は、席に戻り、勉強会を続行させた。

 ちなみに、乃愛も夏鈴も理解しようとしたものの、お互いにバカすぎて問3から全く進まなかったのはここだけの話にしておこう。


 ◇◇◇◇◇


「……よしっ」


 夜。

 自分の部屋で黙々と、参考書へと目を通すのは夜桜小春だ。

 碧斗との勉強会を終えてから、寝る前は毎日勉強している。

 時々、そのまま机に伏して夜を越すこともある。


「ここは確かこうって碧斗くんが言ってたから……」


 苦手だった問1も、問2も、完璧にこなせるようになっていた。

 応用問題でも、正答率は以前と比べたら見違えるように上がり、気付けば乃愛よりも数段上のレベルの問題に悩んでいる。


 クラス内での振る舞いにも、少しだけ変化があった。

 分からない事ははっきりと"分からない"と言えるようになったし、出来ないことははっきりと"出来ない"と言えるようになった。

 とはいえ、クラスメイトはまだまだ小春を神格化している雰囲気がある。

 それは、明確な数値だったり、能力値が出てないからだ。

 それが明かされる時の事を考えると、少し、ほんの少しだけ小春は心の中で『怖いな』とは思う。

 ――それでも、ほんの少しだけ。

 隠すつもりは無いし、堂々と答える気持ちは、何も変わらない。


「……碧斗くん、出来ましたよ……!」


 応用問題を解き、正解を確認した小春。

 消しゴムを碧斗に見立てて、頭を撫でる。

 

 碧斗の説明が無かったら解けなかった問題も、今では一人の力で解けるようになった。

 どれもこれも全て、小春自身の弛まぬ努力。

 乃愛と陽葵も、努力をしない訳じゃないし、むしろ負けず嫌いすぎて、しまくる方だ。

 それでも、小春の努力量には勝てない。

 間違った"完璧像"がもたらした影響は、全てが悪いものでは無かった。


「そろそろ眠いですけど……頑張る……」


 自分の頬を軽く叩き、半強制的に目を覚まさせる。


 "期待を裏切りたくない"という過度な"完璧像"のおかげで、こうして折れることなく努力を続けられるのも事実。

 それは、本当の自分を明かしたとしても、不変の完璧像だ。


「……」


 気付けば、小春はペンを持ったまま、机に頬をつけて寝落ちていた。

 そんな小春を見守るように、消しゴムは立ったままで。 

 

――――――――


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