第23話 碧斗の秘密


「俺がよ……忘れ物を取りに帰った日、あるだろ?」


 翔に「大事な話がある」と言われ、碧斗は放課後にとある教室へと出向いていた。


「ああ、あったな。それがどうした?」

「その時に、だ……」


 普段、あまり見せないような表情をしている翔に、碧斗は少し身構えるように「うん」と返事をする。


「まずな、勉強道具取りに行く為に教室に向かったんだよ」

「うん」

「そんでさ、着いたらよ、中から声が聞こえたんだ」

「声?」

「そう。声」

「なんか怖いな」


 怪談話のような語り口調で、翔は淡々と見た事実を並べていく。


「中に不審者が居たらどうしよう、って思って、俺は声の主を特定することにしたんだ」

「うん」


 神妙な面持ちで語る翔に、碧斗は少し不安になった。

 何を言われるのか、何をされるのか、と。


「んでよ、聞いてたらすぐ分かったんだよ。声の主が」

「うん、まさか本当に幽霊とか?」

「ちげーよ。よく聞いとけ」


 碧斗が冗談を言っても、翔の表情に変化は無い。

 いつもならノって共にふざけ合うのだが、それを越す事実を翔は持っている。

 ふざけ合う気力もない程の事実を。


「――三大美女だったんだよ。その声の主は」

「あ、ああ。そうか」


 予想外の事実に、碧斗は困惑する。

 翔のことだから夏鈴の話題だと思っていたのだが、出てきた言葉は三大美女。


「それが、どうかしたのか?」


 とはいえ、三大美女は表面上仲良くしているので、何も不自然では無いはず。

 放課後に残って話し込むことなど、よくある話だ。


「まずひとつ、三大美女は仲が悪いらしい。めちゃくちゃ喧嘩してた」

「……まじ!? そうなのか……」


 碧斗は既に知っていたので、驚くように見せて誤魔化す。

 だが、――翔には通用しない。


「……お前がこれを聞いて驚かないのは、なんでだ?」


 正直、三大美女には興味が無い翔でさえ驚く事実なのに、碧斗は驚かない。

 不自然に思うのは当たり前だ。


「……いや、驚いてるよ。本当に」

「嘘だろ。ちゃんと答えろって言ったはずだ俺は」

「嘘じゃない」


 詰めても詰めてもしらを切る碧斗。


「そうか。じゃあ、二つ目な」

「……うん」

 

「――三大美女がこぞって、お前の名前を出してた。しかも、デートに行く権利だとよ」


 しらを切る碧斗に、逃げ道を無くす言葉を浴びせる。

 ここまで言われてしまえば、碧斗も隠すことはできない。


「聞かせてくれ。お前は何者なんだ?」


 翔は、碧斗に向けて強い視線を送りながら問う。


「……俺さ、実は――」


 言われた碧斗も、隠すことはしない。

 翔が直々に聞いたことも、それが真実であることも、伝わる。

 普段から翔と仲良くしているからこそ、今言っていたことが嘘では無いことが分かるのだ。


 少しの沈黙が起きた後、碧斗は話し始めた。


「――あいつらの、元カレなんだ」


 碧斗もまた、嘘ひとつない瞳で言いきる。

 翔も、碧斗の言うことが嘘じゃないことは分かっていた。

 

「……元カレ?」

「そう。付き合ってたんだよ」

「付き合ってたって、いつ」

「幼稚園から中学生まで、それぞれと。あいつら、幼なじみなんだ」

「……なんだよそれ、どんだけ誑かしてんだ」

「まあ、乃愛に関しては付き合うっていうか"好意交換"しただけなんだけどさ。……全部、自然消滅だったんだよ」


 初めて、他人に三人との関係性を明かす。


「自然消滅……?」

「そう。特に『別れよ』とかも無く。だから今も――好意を向けてくれてるんだと思う」

「え、嘘だろ!? あいつら、お前のこと好きなのか?」


 男ならば、全員夢見るシチュエーション。

 翔が驚くのも無理はない。

 とはいえ、翔は夏鈴が大好きなので、本当に純粋な驚きだが。

 

「そうだよ。直々に言われた」

「……まじかよ」


 三大美女達から、独り占めに好意を向けられている。

 なのに、碧斗は自慢げにしていない。

 そんな碧斗に、翔は一つの疑問を抱いた。


「なんで、もっと嬉しそうにすればいいのに」


 なぜ、自慢げにしないのかということ。

 男子達の心をごっそり持っていく美女達に、特別扱いされているのに。


「まあ、最初は嬉しかったけどさ。……よく考えてみたら違うなって思って」

「違う、か?」

「俺が普通の男子生徒だったら喜ぶよ。自慢だってしまくるだろうな。でも……元カレだ。自然消滅させた張本人だ」

「それはそうだけどよ……」


 誰にも言えなかった胸中を、一番最初に出来た友達へと伝える。

 そして、流れのままに、碧斗は言葉を続けた。


「――なあ、俺はどうしたらいいと思う?」


 窓の外を見つめながら、碧斗は翔に問うた。

 一番最初に出来た友達だからこそ、こういう時に頼りたい。頼るしかない。

「誰かを好きになる」とは決めたものの、何かが違う気がするから。


 ――問われた翔には、戸惑いの感情は無かった。


「おい、碧斗」


 真剣な眼差しを返すように、碧斗を見つめる。

 碧斗がこちらに視線を向けたのを確認してから、翔は言葉を続けた。


「俺はな、お前が誰を好きになろうと自由だと思う。陽葵ちゃんでも、乃愛ちゃんでも、小春ちゃんでも、誰でも自由だと思う」


 あくまでも、碧斗の感情。

 そこに介入は出来ない。

 ――それでも、一つだけは言い切れることがある。


「ただよ――絶対に、あの三人の仲はお前が戻せ。他のクラスの奴だとか、他の女子だとか、そんな奴らには"ぜってー"頼るな。お前が、お前自身が、あいつらの仲を戻せ」

「翔……」

「お前が原因であの仲になってるんだろ? それなら元通りにするのもお前じゃなきゃな」


 碧斗が原因で、三人の仲は不穏なものになっている。

 それは紛れも無い事実だ。

 だからこそ、戻すのも碧斗であれと、翔は言う。

 そして、本当に伝えたかったことを、翔は口にした。


「――お前、誰かを好きになるのにビビってんだろ?」


 それは、臆病になってるだろ、という事だった。

 ――その翔の主張は、碧斗の心に容赦なく突き刺さる。

 ずっと、心の中にモヤとして存在していた気持ち。


「……そうだ」


 何か違うと感じていたのは、これだった。

 誰かを選べば、他の二人とは更に険悪な関係になってしまう。

 その事実に、――臆病になっていた。

「ありのまま」でいたつもりが、それは偽物だったのだ。


 真剣な眼差しのまま、翔は言葉を続ける。


「俺はまだあいつらの関係値がどれくらい戻ってるか分かんねーけどよ、お前が"ちゃんと仲直り"させたとしてだな、仮に陽葵ちゃんを好きになったとしても、乃愛ちゃんと小春ちゃんは絶対文句なんか言わないと思うぜ」

「そう、かな」

 

「――だって、幼なじみなんだろ? あいつら」


 翔の言葉に、碧斗はハッとする。

 その通り、敵でもありながら、三人は大切な幼なじみだ。

 だからこそ、――負ける相手は三人の内の誰かじゃなきゃダメなのだ。

 そうして、翔は言葉を続ける。


「とにかく、あいつらの仲はお前が取り持て。その流れで誰かを好きになるのが一番いいじゃねーかよ。あいつらを成長させるのも、 不仲を解消するのも、全部お前が責任持ってやれよ、碧斗」

「……そう、だよな」

「そうだ。――だから、誰かを好きになることに臆病になるな」


 自分が原因で不仲になってるなら、それが原因で好きになれないのなら、一つずつ解消していけばいいのだ。

 そうすれば、臆病になることなんて何も無いのだから。

 翔だからこそ、かけられる言葉。

 夏鈴に一途な翔だからこそ、言える言葉。


 ――そんな翔の言葉に、碧斗は確かに救われた。

 窓から差し込む夕日を背に、碧斗は再び決意する。


「――ありがとう翔。お前の言う通り、まずは三人の仲違いを無くせるように頑張るよ。……んで、今日から本当に『ありのまま』でいくから! その中で、誰かを好きになりたいと思う」

「そうだな。お前らしくていいと思うよ俺は……って、なんか恥ずかしいなオイ」


 心の中に存在していた『臆病』を取っ払って、本当の『ありのまま』に任せると、碧斗は決意した。

 ――そして、三人の仲違いを解消するのも、必ず自分でなければならないと。

 時間をかけて、ゆっくりと三人を元通りにして、誰かを好きになって。

 そう過ごしていくと、碧斗は決めた。


「……でさ、流れって言っちゃあれなんだけど、もう一つお願いがあるんだ」


 少し照れ臭そうにしながら、碧斗は言う。


「お願い? なんの?」


 勿論、何の事か分からない翔は、不思議そうに碧斗を見つめている。

 その視線を感じ取り、碧斗は"お願い"を口にした。


「……秘密にしてくれ! お願いします!」

「秘密……?」

「そう、秘密だ。バレたくないんだ」


 なるべくバレたくない。

 碧斗が抱く、当たり前の感情。

 ――翔には、分からなかった。


「――なんでだよ、まあ俺がバラすことは無いけどよ、別に聞かれたら普通に答えればいいじゃねーか」

「え……何で?」

「いやだって、隠す必要なんてあるか? お前自身、それが障害になってたんじゃねーの? まさか、優越感に浸ろうとしてる……?」

「優越感には浸ろうとしてないやめろ」

「大体な? 噂になってんだから隠す方が不自然だし、明かしたって皆受け入れてくれんだろ」


 もう、実行委員やら、クラス内での立ち回りやらで、周りでは噂になっているのだ。

 それが三大美女の影響力であり、周りを巻き込む力。

 だからこそ、隠す方が不自然だし、疲れるだけ。

 翔は、"自分から言え"と言っている訳では無い。

 "聞かれた時は隠さない方がいいだろ"、と言っているだけだ。

 

 そして、返事をしようとした時だった。


「――話、終わりそー?」


 柔らかい口調で、前から入ってくる人物。

 そこに居たのは――山下夏鈴だ。


「か、夏鈴ちゃん? どうしてここに?」

「んやー、たまたま通ったら二人がいてさ。で、私は碧斗に用事があったからちょうどよかったって思って聞き耳立てちゃった」


 あの時の翔と同じように、隠れて聞き耳を立てていた夏鈴。

 ――それはつまり、会話を聞いていたということ。


「う、嘘だろ? まさか全部聞こえてた?」


 焦燥する碧斗が、夏鈴へ問う。

 そして、夏鈴は申し訳なさそうに苦笑いすると――


「まあね。三大美女と碧斗がどういう関係なのかとかは全部聞いてたよ――でも、私もその事で碧斗に用事があるからさ」

「……俺は、帰った方がいいのか?」

「んや、翔くんも知ったなら大丈夫だよ」

「そうか、じゃあいさせてもらうぜ」

「まさか、こんな内容を話してるとは思わなかったなー。違かったら翔くんには帰ってもらわなきゃいけなかったけどー」

 

 夏鈴の用事、それは三大美女のこと。

 そしてそれは――碧斗に向けてのことらしい。


「じゃあ、早速話しちゃうけど――」


━━━━━━━


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