第24話 夏鈴の勘


「じゃあ、早速話しちゃうけど」


 夕日が差し込む放課後の教室。

 碧斗と翔の話を陰で聞いていた夏鈴が、二人の前へと姿を現した。


「ちょ、っと待って。どういう類の話なんだ」


 状況が飲み込みきれない碧斗が、神妙な面持ちで夏鈴へ問う。


「ん、三大美女の話だよ。……隠れて聞いてたことは謝ります、ごめんなさい」

「夏鈴ちゃん、全然大丈夫」

「いやお前が言うな」


 翔も同じことをしていたはずなのだが、夏鈴が許しを乞うなら仕方ない。

 好きな女の子には優しくありたいのが、男の性だ。


「……で、なんだ。聞かせてくれ夏鈴」


 夏鈴の話を聞かないことには話も進まないので、碧斗は心を決して聞くことにした。

 碧斗に言われ、夏鈴は「うん」と首を縦に振る。

 そして、話し始めた。


「――夏鈴ね、本当はあの三人とすごく仲良しなの」


 夏鈴から告げられる、紛うことなき真実。

 それでも、高校生ならよくあることだ。

 碧斗の知らない所で仲良くなっていただけかもしれない。


「そうなのか。でも、俺が知らない場所で仲良くなってたんだろ? 全然不思議じゃないんだが……」


 当たり前の感想を、碧斗は抱く。

 三大美女にだって友達はいる。

 その中に夏鈴が居たって何もおかしくはない。


「ううん、違うの。それともう一つ、言わなきゃいけないことがあるの」

「……違う?」


 碧斗と翔の会話を裏で聞いていたはず。

 それならば、三人が碧斗の元カノであることも聞いたはずだ。

 それでも、夏鈴がどこか申し訳なさそうな顔をしている理由。

 それは――


「――碧斗が来た時から、三人の元カノって知ってたの」

「……知ってた?」

「……うん。隠しててごめんなさい」


 夏鈴は、碧斗と三人の関係性を既に知っていた。

 驚愕すぎる事実が、碧斗の感情を襲っていく。

 ――そして、あるひとつのことを思い出す。


「じゃ、じゃあ今までとぼけてたり、たまに疑ってきたりしたのって……」

「全部、わざと。陽葵ちゃんが意地悪したかったって」

「あいつ……どんだけだよ……」


 夏鈴の勘。

 今まで、幾度となく苦しめられてきた。

 不意に核心を突いてきたり、散々怪しまれてきた。

 ――それも全て、陽葵のちょっかいだったということだ。

 性格が良いのか悪いのかよく分からないが、「好きな人に意地悪をしたくなる」の究極版である。

 とはいえ、碧斗に不快感は無い。

 陽葵の性格上、多分悪意は無いだろうし、不本意ながらもこうしてまた、事実を知る人が増えたのだ。

 

「ごめんね、隠してて」

「いや……別に大丈夫だけど、隣の人が……」

「……」


 碧斗の隣にいる翔は、碧斗以上に呆然としていた。


「……夏鈴ちゃんってすげーな」

「す、すごい?」


 その呆然は、失望でも、幻滅でも無い。

 そんな翔からの予想外の言葉に、夏鈴も目を丸くする。


「すげーよ! だって、俺も分かんなかったし! 演技が上手いって言うのかな?」


 心優しき翔は、どんな時でも夏鈴のことは貶さない。短絡的な性格も少しあるけど。

 夏鈴に悪意があったとしたらまた別の話だが、今回は夏鈴に悪意は無い。

 だから、碧斗も必要以上に夏鈴を責めたり、貶したりしないのだ。

 いつしか碧斗には、逆に罪悪感が生まれていた。


「夏鈴、その、俺もごめん。変に誤魔化したりしてて」

「あ、いや、うん。大丈夫!」

「大丈夫、か」

「うん! だってね、三人とも碧斗と話したりしたらすごーく嬉しそうに報告してくれるんだよ? だから私も元気になってたし!」

「そう、なんだな。なんかうれしいな」

「あ、でもね、私から碧斗のことは何も言ってないよ? 三人の話聞いてるだけで幸せだなー的な!」

「そうか、最初の方は喜んでたのとか言われなくて良かった」

「ん、喜んでたの? え?」

「あー、何でもないよ? 忘れてくれ」


 うっかり、最初はハーレムを堪能していたことを口に滑らせる碧斗。

 そんな碧斗を見て、夏鈴は何かを思い出したような顔をしてから、口を開いた。


「あ! 碧斗、陽葵ちゃんが碧斗に伝えてほしいって言ってたんだけど……」

「陽葵が? 悪い予感しかしないな」


「また茶化されるのか」と、碧斗は覚悟したが、それは夏鈴の言葉で覆される。


「――"小春のことを変えてほしい"って」

「……変えてほしい?」


 碧斗には、見当がつかなかった。

 完璧として振る舞う小春に、変わって欲しい部分などあるのだろうか、と。


「変えてほしいって、何を?」

「数学の時間、あったじゃん?」

「ああ、うん」

「その時さ、ずっと分からなそうにしてた、って言うか絶対分かってないのに――周りの人には完璧に見せようとするのが、陽葵は嫌なんだって。だから、それを」


 陽葵が夏鈴に伝言したこと。

 それは、乃愛と同じく、"完璧に拘る小春"に思うことがある、ということ。


「乃愛と一緒だな……」

「うん、乃愛も夏鈴にそう言ってくれたけど、碧斗には伝えたって言ってたから」

「そうか。てか、陽葵は何で夏鈴を経由して?」

「それはわかんない。けど、小春には絶対言いたくないって言ってた。多分恥ずかしい……というかプライドなんだろうけど」

「とことん乃愛に似てんな……」


 陽葵も、小春には直接言えない。

 変わってほしくても、どうしてもプライドが邪魔して、無駄なことを言ってしまうから。

 だから、三人を理解している碧斗に頼む。

 乃愛なりの、陽葵なりの、今の最大限の優しさだ。


「そう。だから、碧斗に変えてほしいって言ってたんだけど……引き受けてくれる? ――夏鈴も、碧斗にしか出来ないと思うから」


 真っ直ぐな瞳で、碧斗を見つめる夏鈴。

 そして、夏鈴に頼まれた時、碧斗は翔の言葉を思い出した。

 

 ――三人を成長させるのは、お前じゃなきゃいけないと。


「――当たり前だ」


 強く、強く言いきる。

 そんな碧斗を見て、翔は微笑んだ。


「えへへ、ありがとう」

 

 もう少しで、日が沈む。

 翔が気付かせてくれた気持ち、夏鈴が、陽葵が、乃愛が、頼ってくれた気持ち。

 そして何より――この学校に来て、最初に出来た友達が、この二人で良かったと、心から思う。


 ◇◇◇◇◇


 今日は、翔と夏鈴と碧斗の三人で帰路についていた。


「なあ、夏鈴と翔に一つお願いがあるんだけど……」

「ん? なーに?」

「やっぱり秘密にしといてほしい……」


 翔にも頼んだ内容を、夏鈴にも頼む。

 ――やっぱり、碧斗にはまだ覚悟は無かった。


「え? まさか裏で優越感に浸ろうとしてる……?」

「してない、全然してない」

「まあー、夏鈴からは言わないけどさ。いつかバレちゃうと思うよ? 絶対、碧斗に嫉妬してる人だっているだろうし」

「俺に嫉妬?」

「うん。三大美女と良い雰囲気って噂になってるの知らない?」

「碧斗、男の俺でもたまに聞くくらいだ」

「そんなかよ……ってまあ、あんなに露骨にアピールされてたらそうなるよな」

「でしょ。だから、三大美女を狙ってる子とかが碧斗に話しかけに来たりさ。もしかしたら喧嘩とかになっちゃうかもしれないじゃん? その時は、隠さない方がいいんじゃない?」


 妬み。それを碧斗にぶつける人は少なからず出てくるのでは無いか、と。

 その際は、公表して理解を得るしかないと夏鈴は言う。

 翔と、同じ考えだ。


「碧斗、俺もそう思うぜ。言葉で黙らせるってのもかっこいいからな。腕っぷしには自信あるのか?」

「いやないよ……。殴り合いの喧嘩なんてしたことない」

「んだよそれ。まあでも、どんなにカッケー奴が来ても三人は渡すなよ?……いや、渡すならお前が信頼出来る奴に渡せ」

「夏鈴もそう思う! イケメンって大体性格悪いからね〜」 

「まあ、うん。陽葵たちの感情だから分からないけど、出来る限りのことはする。……夏鈴、俺は性格良いか?」

「碧斗は良いと思う!」

「……それ、ブ……」

「まあ困ったら俺たちを呼んでくれよ!」


 碧斗が良くない思い込みをしようとした所を、翔が言葉で黙らせる。

 そのまま、談笑を挟みつつ、三人は帰路についた。

 帰路の途中、翔が夏鈴を夏祭りに誘えるように言葉で誘導したものの、恥ずかしすぎて誘えなかったのは秘密にしておこう。


――――――――


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