第21話 乃愛の想い/忘れ物
お昼休憩中、碧斗は乃愛に呼び出され、とある教室へと出向いていた。
「やっほ、碧斗」
「ん、どーした?」
「いや別に。普通に話したかっただけ」
「……そういうことか」
「珍しく素直だな」とは思ったが、口に出すとぶっ飛ばされそうなのでやめておく。
「てか、あの数学やばくない? 碧斗わかった?」
「まー、大体はって感じかな。応用とか出されたら多分死ぬけど」
「ふーん。すごいねー頭良くて」
「絶対思ってないだろ」
棒読みすぎる乃愛に、思わず言及する碧斗。
だが、乃愛が碧斗を呼び出した理由は、数学の話がしたいわけではない。
否、やけに素直で、"呼び出せた"理由。
――呼び出した理由とは、また別である。
「それよりさ、小春全然分かってなさそうだった」
「小春?」
「そうそう、小春! 久しぶりにあの顔見た」
暗号のような数式に苦しんでいた小春。
普段、完璧で振る舞う小春は、心から困惑している姿を滅多に見せない為、久しぶりにその姿を見れた乃愛は気分が良くなっている。
その為、碧斗を呼び出せた。そして、こんなにも素直になっているのだ。
「俺が見た感じ、全然普通だったけどな」
だがそれは逆に、乃愛と陽葵にしか分からないことでもあった。
小さい頃から一緒にいる三人は、勿論、お互いの頭脳も理解しているのだ。
「え、普通じゃなかったってば。焦りまくってた」
「……そうか? やっぱり、乃愛だから分かること?」
それを言及するように、碧斗は乃愛に問う。
問われた乃愛は――なぜか少し、寂しそうな顔をしていた。
「……まあね。普段は完璧に振る舞ってるくせに本当はバカなんだよ小春って」
「そうなんだな。小春って意外とそんな感じなのか」
「……って、あんたら付き合ってたんだから分かるでしょ。何? 嫉妬でもさせたいの?」
「いや、全然そんな訳じゃなくて……。小学生の頃も確かにバカだったけど、高校生まで続くとは思わなかった。しかもあの雰囲気だしさ」
「ふん。そういうことなら別にいいけどさ! べ・つ・に!」
若干語尾に怒気がある乃愛。
普通に、嫉妬してしまったみたいだ。
――小春が弱みを見せ、気分が上がっている乃愛に、碧斗は一つ引っかかっていることがあった。
「でも、そんな嬉しそうなら、なんで言いふらしたりしないんだ?」
なぜ暴露しないのか、ということ。
幼なじみではあるが、敵でもある。
完璧に振る舞う小春の欠点を、乃愛がクラスメイトに言い振らせば、小春の印象は下がるかもしれない。
そうすれば、碧斗を巡る戦いも、有利に進められるというのに。
それでも、暴露しない理由。
――それは、敵であり、大切な幼なじみでもあるからで。
「……するわけないでしょ、そんなこと」
根は誰よりも優しき美女、如月乃愛は言いきる。
そして、言葉を続けた。
「小春の"あの姿"を見て喜んでいいのは、"今はまだ"私と陽葵だけだから」
小春のことを誰よりも理解してる二人だからこそ、弱みを知るのだって二人でいいと、乃愛は言う。
すると――少し前に見せたような寂しそうな顔つきに変わった乃愛は、「でもね」と言って言葉をつづけた。
「私と陽葵以外には、なるべく完璧でいようとするの、小春って。――私はそれが、少し嫌なんだ」
「嫌、なのか?」
「うん、嫌。だってさ、本当の小春は、今よりもっと可愛いんだよ? 無邪気で、勉強も出来なくて、丁寧な感じなのにすごい面白くて」
寂しそうな顔をした理由。
それは意外にも、本当の小春をみんなに"見てもらえないから"だった。
乃愛は、言葉を続ける。
「それなのに、"完璧"を着飾ってさ。別にいいことかもしれないけど、そう思い込みすぎて自分を追い込んでるんじゃないか、って思って」
「なるほどな」
「だって、期末の結果だって絶対聞かれるじゃん小春は。その度に誤魔化してたら、いつか疲れちゃうと思う。私だったら疲れるもん。まあ、私はバカなのが知れ渡ってるから聞かれないんだけど!」
"完璧"でいることに拘りすぎて、逆に辛くなってしまうのでは無いか、と。
小テストの結果を聞かれた時も、小春は少し罪悪感を抱えたまま、誤魔化していた。
それが何回も積み重なれば、いつか小春は潰れてしまうんじゃないか、と乃愛は心配していた。
「……意外と優しいんだな、乃愛は」
「意外とって何よ。三人の中じゃいっちばん優しいんですけど!」
「そうかもね、確かに」
「……なに、うざい」
「ごめんごめん」
「……呼び出した理由、これだから」
「これ?」
「うん。こんなこと絶対小春に言えないし、言いたくない。……けど、誰かに言っておきたかったからあんたを呼んだの」
「なるほどな、そういうことか」
「話したかったのはちょっとだけ! だから勘違いしないでねばか」
乃愛が碧斗を呼び出した理由。
それは、小春のことを碧斗に伝えたかったから。
「弱点として存在してるならそれを逆手に」とは考えられず、大切な幼なじみとして心配してしまう。
それが、乃愛の性格で、直接伝えられない乃愛らしさで。
その後は、少しの談笑とからかいを交えて、乃愛と碧斗はその教室を後にした。
ちなみに、「ちょっと話したかった」のレベルでは無いほど、乃愛が楽しそうにしてたのは、ここだけの秘密。
◇◇◇◇◇
「おい、どこ行ってたんだよ碧斗」
「わりわり、ちょっとおばあちゃんを助けてた」
「どこでその言い訳使ってんだよ。今昼だぞ」
1-B教室へ戻ると、寂しそうに一人で弁当を食べる翔がいた。
「ごめんって」
「夏鈴ちゃんのこと考えてたからいいけどな」
「……そうか」
翔に対する夏鈴の力は絶大だな、と再認識しながら、碧斗も昼食を食べ始めた。
談笑(ほぼ夏鈴の話)を交えながら食べ続けていると、翔が思い出したように口を開く。
「そういえば、夏祭りってもうすぐだよな」
「あー、そう言えばそうだね」
華月学園高等学校が建っている地域では、というか大体の地域では、夏になると夏祭りがある。
まさに"夏の風物詩"と言ったイベントで、碧斗も小さい頃からお世話になっているものだ。
「ちょっと、今年はよ」
「ん、どうした」
どうやら、何か大きい決意を持っている翔。
とはいえ、大方の内容を、碧斗は察していた。
「夏鈴ちゃんと行きてーんだ!」
「……」
「まあ、そうだよな」と言わんばかりの顔をしている碧斗。
予想通り、夏鈴のことだった。
「……でも、誘う勇気が出ません」
「うん、それも予想してたぞ」
「だから助けてくれよぉ〜」
「……正直、普通に誘えばいけると思うけどな」
「普通がわかんないんだわ、目の前で爆走するとか?」
「全く普通じゃないけど、面白そうだからやってほしいとは思う」
「まじで!? やろうかな」
奇想天外すぎる発想なのだが、実際やってみれば夏鈴は喜びそうなのも事実。
とはいえ、さすがにリスクが大きすぎるので、碧斗は笑いながら「やめとけ」と返事をした。
「いやー、どうしようかなぁ。きっかけとかねーかなぁ」
「悪いな、タイミングが無いんだ俺も」
体育祭が終わった後、夏鈴と一緒に帰った翔は、帰っ後に碧斗と電話をしていた。
内容は「夏鈴ちゃんと二人で遊びたいから助けてくれ」という、何とも翔らしい内容だ。
その際、碧斗も「いいよ」と言ったのだが、生憎とそのタイミングがまだ無い。
ただ、まだ体育祭が明けたばかりなので、まだまだこれからという訳ではあるが。
すると、小川先生の言葉を思い出したのか、碧斗はある提案をした。
「そうだ翔」
「なんだよ」
「今度の期末で俺に点数勝ったら、その時点で夏鈴に言ってあげるよ」
それは、点数が碧斗より高ければ、夏鈴に言ってあげるというもの。
ちなみに碧斗は、数学終わりに翔が突っ伏していたのを知っているので、あえてこの提案しているのである。
「まじで!? ……って、絶対勝てる気がしないんだけど……」
高揚感を含んだ顔から、一気に絶望感を孕む顔へと変わる翔。
そんな翔を見て、碧斗は笑う。
「大丈夫だって。夏鈴ちゃんの為なら頑張れるんだろ?」
「そうだった! そうだったわ俺! おおお!」
まさに"一大夏鈴"の考え方だ。
とはいえ、そんな性格だからこそ碧斗も絡みやすいし、友達で良かったとも思える。
あまりに気合いが入りすぎた故に、声が大きすぎてクラスメイトからの視線は少し感じるが、普段の翔もそんな感じなので良しとしよう。
ちなみに、その視線の中には夏鈴もちゃんといた。
その後は、五限と六限も順調に消化し、それぞれが帰路についた。
――ある、三人を除いて。
◇◇◇◇◇◇
「やっべ、忘れもんしたから先帰ってて!」
「何忘れ?」
「勉強道具」
「……ええ?」
今日は部活が無い為、碧斗と共に帰っていた翔。
何やら勉強道具を忘れたらしく、教室へと戻るようだ。
翔にしては珍しすぎる発言なので碧斗は驚いたが、これも夏鈴と夏祭りに行く為、と考えたらなんとなく微笑ましくなったので止めなかった。
「あー、めんどくせー」
華月学園校舎へと戻りながら、翔は呟く。
ちなみに、面倒臭いのは取りに行くことについてではなく、取りに行く物が「勉強道具」であることに向けてだ。
そうして、鈍い足取りで歩いていると、なんやかんやで華月学園の校舎へと到着した。
「愛を〜叫んで〜」
流行りの歌を口ずさみながら、1-Bの教室へと向かう。
というか、口ずさむ歌が翔らしく無さすぎる。
「恋を〜唄って〜……って、誰かいるのか?」
らしくない歌を口ずさみながら、1-B教室の手前へと到着すると、何やら教室の中から音が聞こえてきた。
――誰かが話している声だ。
不審者だったりしたら怖いので、翔は死角に隠れ、声の主を観察することにした。
「……!?」
中から聞こえる、誰かの声。
それは二人ではなく、声質の違う三人だ。
そして翔でも、誰かすぐに分かるほどに、有名な三人。
――三大美女の声が、1-Bから聞こえる。
「んで、夏祭りのことなんだけど」
乃愛の声を聞く限り、夏祭りについて話しているようだ。
言い方から、この集まりも、乃愛が催したものだと伝わる。
「私は三人で行くつもりとかないから」
「陽葵ちゃんもー。むりむりー!」
「私だってそうですけど」
「……は?」
あの三大美女が、お互いを避けるような発言をしている。
今まで雰囲気が悪くなることはあったものの、普通に仲良しだと思っていた翔は驚愕していた。
「というか、そんなの分かりきってることですよね」
「一応言っておこうって思ったのよ」
小春と乃愛の会話からも、三人の仲が不仲であることは本当だ。
中々に衝撃な事実だが、翔はバレないように聞き続けた。
「そう言えば小春、今日の数学めっちゃ焦ってたよね」
「確かに! 私と乃愛は堂々と間違えたってのにさ!」
「だからなんですか?」
「……」
どんどんと雰囲気が悪くなっていく三人。
言葉だけを聞いている翔にも、それが伝わる。
そうして、三人がお互いに向けた嘲笑を済ませると、本題に入り始めた。
「そんな小春を見て決めたんだけど」
「うん」
「はい」
「なんだ……」
重くなる雰囲気を感じながら、一言も聞き逃さないように、翔は耳を傾ける。
そして――
「次の期末で、一番点数が高かった人が碧斗と夏祭り行けるってことにしない?」
と、乃愛が言った。
「……は? 碧斗……?」
翔に羨望の感情は無い。
あるのはただの混乱と、一つの疑問だけ。
普段過ごしている上で、若干引っかかってはいたことだが、こうして直に三大美女の言葉を聞けば、その引っかかりも立派な疑問へと変わる。
それは――どういう関係性なんだ、と。
「いいよー! って、陽葵ちゃん勝てる気しないんですけどー!」
「陽葵は体育祭のボーナスタイムがあったんだから別にいいでしょ」
「……体育祭のボーナスタイムってまさか」
短絡的な思考の持ち主である翔でも、すぐにピンと来ることがある。
それは――ボーナスタイムとは、実行委員のことであるということだ。
碧斗が実行委員に決まった後、三大美女が揃って立候補した事も、時折雰囲気が悪くなっていたことも、大玉転がしで"わざわざ"碧斗を推薦したことも、この会話を聞けば全て合点がいく。
「で? 小春はどうなの?」
「……わかりました。それでいいですよ」
「勝てるわけなくないか……?」
乃愛と陽葵がバカなのは知っている。
そんな二人が、勉強で勝負を挑むだろうか。
しかも相手は、完璧で知られる小春だ。
どう考えても勝算など無いはず。
――それは、小春の頭が良かった場合の話だが。
翔も、そこまでは気づけなかった。
「ふん。じゃあ決まりね。点数高かった人が碧斗と夏祭りデートできる。それでいい?」
「はーい!」
「わかりました」
こうして、翔がすぐ側で聞く中、三大美女達の勝負と報酬が決まった。
「……あいつは、何者なんだ」
聞いていたことがバレないよう、男子トイレに駆け込んだ翔は、ポツンと呟く。
三大美女から直々に求められ、ましてや碧斗を巡って雰囲気が悪くなっていたとは。
衝撃的な事実を聞いた翔は、忘れ物を取りに行くことを忘れ、家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます