第20話 夜桜小春の弱点


 体育祭も終わり、週も明けた日。

 今日からはまた、いつも通りの日常が始まる。


「え!? 陽葵、一回も遅刻しなかったの!?」

「ん、そーだよ。そんな驚く?」

「当たり前でしょ!? だっていつもギリギリに来るあの陽葵が……」


 クラスメイトと談笑する陽葵。

 体育祭実行委員だった陽葵が、朝の集まりを一回も遅刻せずに出たことに驚いているようだ。


「やる時はやるんですから陽葵ちゃんは! リレーかっこよかったでしょ!」

「ちょーかっこよかった! 特に最後三人で抱きついてた所とかほんと最高だった!」

「あ……うんうん、ありがとー!」


 表面上、クラスの中で三人は仲良しなので、こういう時に誤魔化さなければいけない。

 そしてそれは勿論、陽葵だけではなく――


「あのリレー最高だったよ小春! めっちゃ速かったし!」

「ふふ、ありがとうございます。運動は昔から得意なんです」

「ほーんと何でも出来るよね、小春は」

「いえいえ、出来ないこともありますよ。でも、嬉しいです」

「でも私の推しポイントはね、最後に三人でハグしてた所かなぁー」

「あ……あぁ! そこですか! 嬉しさのあまりに抱きついてしまいました……」

「そういうとこが可愛い!」


 こちらも、悟られないように誤魔化す小春。

 ちなみに、「抱きついてしまいました」は勿論、小春にとって悪い意味である。


「乃愛ー! 体育祭お疲れ!」

「うん! ありがとー」

「あんな足速かったの?」

「まあね。昔からよく走ってたからその名残かな」


 まだ入学して二ヶ月少しということもあり、クラスメイト達は三大美女の想像以上の運動神経に驚いていた。


「てか、三人で抱きついてたのやばすぎた。目の保養って感じ」


 やはり、三大美女達の戯れは破壊力抜群のようで、こちらのクラスメイトも同じ事を口にする。


「え……あ、あれね! ってか、私のこと褒めなさいよ」

「あ、乃愛は当たり前のように可愛かったよ? その上でやっぱ三人がくっつくと最高なんだなーって」

「そ、そう。それならいいけど……」

「定期的に見たいなあ、あの絡み」

「え!? あ……う、うん! タイミングがあったらね! 私からは行かないけど!」


 普段の性格上、少しだけ本音を混ぜてもバレない乃愛。

 その点は、二人よりも若干アドバンテージがあると言ったところだ。


 そうして、各方面で談笑という名の誤魔化しをしていると、小川先生が教室に入ってきた。


「はーいおはよー……って、陽葵ちゃんがいる!?」

「おはよー! なんか実行委員のおかげで早起き得意になったかも!」

「まあ、言っても20分なんだけどね?」


 時刻は8時20分。

 いつも陽葵は25分前後に来ている為、実は5分程しか変わっていない。


「陽葵ちゃんにとっては5分でも成長なのですよ!」

「そうね、褒めないとわざと遅刻しそうだから褒めておきます」

「えへへー、それでよし!」


 お互いに微笑む陽葵と小川先生。

 そんな会話を挟みつつ時間を過ごすと、程なくして朝のチャイムが鳴った。


「はーいじゃあ朝のホームルーム始めるよ!」


 小川先生の言葉を皮切りに、いつも通りのホームルームが始まっていく。

 出欠を取り、今日の予定を伝え、質問コーナーへと。

 特に何事もなく朝のホームルームが終わりかけた時、小川先生から最後の一言が入った。


「じゃ、今日も問題なく過ごすようにね!」

「はーい」

「で、もう一つ伝えておくことがあるんだけど」


 碧斗が転校してきた時のような口ぶりで話す小川先生。


「体育祭が終わった後は何があると思う?」

「夏休みですよねー?」


 クラスメイトの一人が言う。


「いや、まあそれはそうなんだけどさ、その前にあるでしょ?」

「その前?」

「そう、その前に」


 7月の後半からは、待ちに待った夏休み。

 答えとしては合っているが、それは小川先生の求む答えではない。


「え、なんですか?」


 また別のクラスメイトが確認すると、小川先生は意地悪な笑みを浮かべて、答え合わせをした。


「――テスト、だよ」


 小川先生が口にしたのは、全学生が嫌がる行事。

 定期テスト、だ。


「……え? そんな行事あった?」

「あるに決まってるでしょ!」


 やりたくないが為に、とぼけている乃愛に小川先生は言う。

 とはいえ、そんなことでテストが無くなるなら、全生徒がとぼけまくるので、無くなっていないということは逃れられないということだ。


「とにかく! テストがあるからちゃんと勉強もするようにね! 号令!」


 そうして、小川先生の悪魔の宣告を終えると、生徒たちは憂鬱な気分で号令をした。


「テストだってよー……」


 朝のホームルームが終わった後、隣に座る夏鈴は呟く。


「んな。夏鈴は勉強得意なのか?」

「夏鈴の小テストの点数覚えてる?」

「あ、あ……」

「そういうこと」


 自信満々なニッコニコの笑顔で問い詰める夏鈴だが、以前の会話で「100点中のテストで10点を取った」と言っていた。

 その事からも、夏鈴は勉強も苦手なのだろう。


「ま、努力すれば何とかなるんだけどさー。生憎夏鈴には努力する才能がないのですよ」

「それ、ただ単にサボりなんじゃ……」

「えへ、そういうことかも」


 運動は先天的な影響があるので仕方ないものの、勉強に関しては後天的なもので、努力次第で何とかなる部分も多い。

 それを分かっている夏鈴だが、勉強はめんどくさいらしい。

 実に夏鈴らしい、というか学生らしい考え方だ。


「碧斗は出来るの? 勉強」

「まあ、運動よりかは得意だな」


 碧斗は、勉強に関しては出来る方だ。

 とはいっても、平均より若干上くらいのレベルであり、自慢できるほどでは無いのだが。


「へえー、なんか意外かも」

「意外?」

「うん、全然そんなイメージないから」

「まあそうか。ちなみにどんなイメージを持ってるんだ」

「んー……まずは勉強出来なさそう、あとはお弁当美味しそう、それに友達いない、あとは……」

「ごめん、聞いた俺が悪かったから静かにしてください……って "友達いない"だけ言いきってるのなんで!?」


 純粋な瞳で、夏鈴はえげつない事を言う。

 悪意が籠っていない感じが、碧斗には逆に刺さりまくっているようだ。

 そうして、碧斗が若干可哀想になってくる会話を挟みつつ、程なくして一限目のチャイムが鳴った。

 


「それでは、号令を」


 担当の先生の合図で、数学の授業が始まる。

 テスト前ということもあり、その声色にも気合いが入っているようだ。


「テスト前なので、しっかり聞いておくように」


 その気持ちを裏付けするように、数学の先生からの注意が飛んだ。

 朝のホームルームで小川先生から言われていたので分かっているものの、テストが来る事実を再確認させられると、やはり悲しくなる。


「二次関数のグラフは頂点を通り……」


 聞くに堪えない、というかそもそも何を言ってるのか分からない内容を、数学の先生は言っていく。

 頭の良い生徒には理解出来ているのだろうが――この女の子は、何一つ理解出来ていない。


「……なにを……言って……」


 あまりの複雑さに、思わず空漠たる声を、誰にも聞こえないように漏らすのは――夜桜小春だ。

 そう、完璧で知られる夜桜小春、実は勉強が大の苦手なんです。


「だからこのグラフの最大値はこの数値になって……」


 そんな小春などお構い無しに、数学の先生は淡々と説明を続ける。


「……ちょ……え……はい……?」


 どんどんと展開されていく謎の数式、そしてグラフ。

「何かの暗号ですか?」と言ってやりたいのを抑えて、なんとか頭の引き出しへと入れようとしていた。

 だが、全く分からない。

 

 クラスメイト達は、普段の行いからも小春は勉強が出来ると思い込んでいる。

 華月学園では中間テストは無く、期末テストのみとなっているということも相まって、小春の学力をまだ正式に知ることは出来ていないからだ。

 その事が、小春にとってプレッシャーになっているのも確かだった。

 夏鈴が伝説の点数を取った小テストでは、小春の点数も割と伝説級だった。

 が、"完璧"として振る舞っている小春はそんなことを言える訳も無く、「何点だった?」と質問してきたクラスメイトには、「まあまあでした」と答えを誤魔化した。


「じゃあ問1、小野寺答えは何だ?」

「3xの4.3の2乗分の6……?」

「何を言ってるんだお前は」


 小野寺陽葵はこの通り。

 言わずもがなの、おバカさん。

 碧斗のせいで第一志望校に落ちたと言っていたが、本当の理由はもっと下らない。

 その陽気すぎる性格と自分が大好きな性格故に、「もしかしたら受かるかも?」という謎すぎる自信で偏差値高めの高校を受験して、当たり前のように落ちただけなのだ。

 ただ、一応勉強はしていたので、華月学園高等学校には合格できた。

 ちなみに、例の小テストでは、伝説どころか歴史に名を残す点数を取っている。


「じゃあ、如月。お前が答えてみろ」

「えーっと……4x!」

「違うぞ」


 如月乃愛も、この通り。

 小春と陽葵に比べればほんの少しだけ勉強は出来るものの、全く得意ではない。

 むしろ、クラスで見れば出来ない方だ。

 まあ、小春と陽葵が勉強出来ない時点で、乃愛も出来ないのだが。


 そんな訳で、三大美女は勉強が出来ない。

 ――が、クラスメイトがそれを知るのは、乃愛と陽葵だけ。

 乃愛と陽葵は、よく授業中に指名されるので、遺憾無くバカを発揮して間違える。

 一方で小春は、指名されることが無い為、そのバカがバレることは無い。

 運が良いのか悪いのか。

 だが、そんな事実が――小春の中に、弱点として存在していた。

 完璧で振る舞う以上、弱さを見せては行けない。

 "絶対に見せるな"と言うのは大袈裟なものの、小春の完璧な性格故に、それに近い信念があるのだ。

 だから、小テストの点数だって聞かれれば誤魔化すしかなくて。


「それでは、終わります。テストまでしっかり勉強するように」 


 結局、小春は何も分からないまま、数学の授業は終わりを迎えた。


「はぁー、難しいなあ」


 数学の先生が退室すると同時に、小春の隣に座るクラスメイトはそう呟く。


「小春ちゃん、わかった? 最大値がどーたらこーたら」

「まあ、まあです」

「やっぱすごいね小春ちゃんは。私なんて全然わかんなかったよ」

「ふふ、でも難しかったので仕方ないと思いますよ」


 優しく微笑む小春。

 その笑顔には、本当の自分を隠しているという罪悪感がほんの少しだけあって。

 人にガッカリさせたくない、失望させたくない。

 "人の為に"を思う優しい気持ちが、無意識の内に小春を苦しめていた。



「あのさ、本当に何言ってるのか全然分からないんですけど……」


 勉強嫌いな夏鈴は、絶望するように自分の机に突っ伏していた。


「まじであの先生何? どこからきたスパイ? なんであんな暗号みたいなことずっと言ってんの……?」

「どんだけ分からなかったんだよ」


 机に伏しながら、とぼとぼとした口調で絶望する夏鈴に、碧斗は思わずツッコむ。

 そんな碧斗のツッコミに、夏鈴はおもむろに顔を上げて反応した。


「どんだけって言うか、もうね、夏鈴の脳みそ自体が拒否してるレベルだよ……って、碧斗はわかったの?」


 まあまあ勉強が出来る碧斗は、若干「ん?」とはなったものの、頑張れば理解出来た内容だったので「まあまあだな」と答える。

 

「はあー、意味不明。夏鈴が碧斗よりバカな訳ないのに……」

「所々で俺を蔑むよな夏鈴は」

「まあ、友達だからだよ。碧斗以外には言わないからこんなこと。あと翔くん」

「そ、そうか。それはどうも」


 思わぬ所で特別扱いされている碧斗。

 とはいえ、夏鈴の性格的に、下心は無さそうだ。


「てか翔くん、分かったのかな?」

「絶対分かってないだろうな、あいつは」


 思わず倒置法になってしまう程に、碧斗は確信している。

 そうして、翔の机を見ると、机に突っ伏していたので、まんま予想通りだった。

 勿論、隣に座る陽葵も突っ伏していた。



 四限まで終わり、お昼休憩。

 碧斗は、とある人物に呼ばれ、無人の教室へと向かっていた。


「お、いたいた」


 その教室に入ると、中にいたのは――如月乃愛。


 乃愛が呼び出した理由、そして、本当の想いを、この時はまだ、知る由もなく。


――――――――


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