第14話 小春と練習
六月某日。
間近に控える体育祭の為、碧斗のクラスは一時間のホームルームを使って種目の練習に励んでいた。
「ちょっと……! はやいよ如月さん……!」
「え、あ、ごめん」
クラスメイトの辛そうな声がグラウンドに響く。
碧斗のクラスは今、自由種目である『大玉転がし』の練習中だ。
「ちょっと早すぎ……」
「割と普通のペースだと思ってたんだけど」
「途中から僕一人で走ってたけどね!?」
自分を置いて、どんどん前に進んでいく金髪ポニーテール美女に、ペアであるクラスメイトは苦情を伝えた。
なんせ運動神経が良い乃愛は、男子にも負けない程に足が速いのだ。
「もー、男の子なんだからついてきなさいよね」
「は、はい……うへへ」
「なに笑ってんの、こわ」
「あ、すみません」
貴重な乃愛からの言葉に、クラスメイトは嬉しくて笑ってしまう。
ドMでしか無いものの、それ程に乃愛の美貌と性格は、男子からすれば魅力的なもの。
「乃愛の相手、絶対大変だよな……あれ」
「そうですね。乃愛は昔から足が速いですから……」
遠くから見ても一発で、"クラスメイトがしごかれている"と分かった碧斗と小春は、クラスメイトへの同情を込めて会話を交わす。
「確かに。言われてみればそうだな。てか、小春もそうじゃ?」
「まあ、私も速い方だと思います。あと陽葵もです。小さい頃は三人で"かけっこ"とかよくしてましたからね」
「へえ〜。今の仲からは想像できないな……」
「誰のせいですか、碧斗くん」
黒髪を靡かせる美女は、頬を膨らませながら碧斗を睨む。
「はい、すいませんでした」
「……とはいえ、スマホ越しでならよく話しますよ。学校でも最近は少しだけ話すようになりました」
「え、スマホ越しだとよく話すの?」
「まあ、はい。碧斗くんの話とか、碧斗くんの話とか、碧斗くんの話とかです」
「……全部俺の話じゃん、それ」
"好きバレ"している今、水道の時のように隠す必要もないので、小春はカミングアウトをする。
実際、碧斗の話(自慢大会)しかしていないので、その答えになるのも仕方が無いのだ。
「そうですよ。――後、陽葵と乃愛からも好きって言われたんですか?」
「え、ええ? なんで知ってんの?」
碧斗も言っていない筈だが、何故か小春はその事を知っていた。
碧斗は、三大美女の間で夜な夜な自慢大会が開かれていることを知らないので、仕方ないことではあるが。
「言ったじゃないですか。碧斗くんの話しかしてないって」
「いや、それはそうだけど……その、好きな食べ物とか、好きな教科とかって思ってたんだけど……」
「それは女の子を知らなさすぎです。そんなしょうもない話はしません」
「しょ、しょうもない? そんな言う?」
「とーにーかーく、陽葵と乃愛にも言われたんですか?」
「……まあ、うん」
「ふん、早く練習しますよ」
頬を膨らませ、若干不貞腐れている小春と共に、碧斗も大玉転がしの練習へと入った。
「じゃあ、碧斗くんは右でお願いしますね」
「おっけ、わかった」
「私は左で頑張ります」
練習を始める為、配置につく碧斗と小春。
小春は左と言っているが、碧斗に触れたいが為にド真ん中にいる。
「小春さん、それ左じゃなくて真ん中だと思うんですけど……」
「え、あ、すみません。ついつい」
「くっそど真ん中でしたけどね」
「てへ」
破壊力抜群の笑顔を、碧斗にだけ見せる三大美女の一角、夜桜小春。
普段、上品に過ごしていることも相まって、たまに見せる小悪魔感は、男のロマンを全て持っていく。
「碧斗くん、準備できましたか?」
「おう、大丈夫だ」
「行きますよ」
「ちょ、ちょっとまって小春」
「……なんですか」
準備を整え、スタートをしようとしていた小春。
だが、目の雰囲気が明らかにおかしいので、碧斗は一旦止めることにした。
「あの……めちゃくちゃ速く行くつもりだったりします……?」
「……どうして分かったんですか」
「いや、目! その目!」
陽葵と乃愛にも好きだと言われた碧斗に対して、小春は妬みすぎている目線を向けていた。
自慢大会の時に陽葵と乃愛からも、「好き」と伝えたことは既に聞いていたので、知らない訳では無かったが、碧斗直々に事実を聞くとさすがの小春でも妬く。
「乃愛には負けたくありませんから。というか陽葵にもですけど」
「それはわかるけども」
「練習から負けたくないので。ほら、行きますよ」
「え、俺今から乃愛のペアの子みたいになるの……?」
振り回される覚悟で、練習に臨む碧斗。
碧斗も運動が出来ない方ではあるが、嫌いではない。
その上で、それを超越する程に三大美女は総じて運動神経が良いので、逃げ道も無い。
「今度こそいきますよ」
「……うい」
碧斗の姿勢が走行姿勢に入ったのを確認すると、小春は「どん」と言いながら走り出した。
その直後、碧斗は「覚悟をしておいて良かった……」と、心の底から安堵した。
「ちょ……おいおいおい、速すぎるって!」
「碧斗くん! ついてきてくださいっ!」
「ついてきてじゃなくてさ!」
「はやく!」
「いやもう、小春さん一人で大玉押してますって! 力おかしいって!」
碧斗を置いて、一人で突っ走っていく小春。
元から運動神経が良いと知っているので、碧斗はそこまで驚かないが、何も知らないクラスメイトは、「運動も完璧なの?」と見惚れていた。
「もう、遅いですよ? 碧斗くん」
「いや、小春が速すぎるんだって……」
「陽葵と乃愛ならついてこれますけど」
「それは幼なじみの力ってやつか……」
「そうですね。……でも、碧斗くんには愛の力でついてきてほしいのです」
最後の最後に、ボソッと破壊力抜群の言葉を添える小春さん。
小春自身の愛の力が目覚めたのか、その後は暴走したように走りまくり、5本ほど数をこなした。
「ちょっと……水飲みに……行っていい……?」
「ん、疲れたんですか」
「小春さん……もう……5本も走ってるよ……」
「私たちの昔のかけっこは10回勝負だったんですけどね」
「老いたなぁ……ってならねーよ!」
「ふふ、いいですよ。いってらっしゃい」
余裕そうな、というか余裕な小春と、汗だくな碧斗。
さすがに水分を取らないと死ぬと確信したのか、碧斗は、体育館の外側についている水道へと向かった。
「はぁ……死ぬわほんと……」
小春に比べて情けない姿をしながら、碧斗は水道へと到着する。
まあ、小春が異常なだけかもしれないが。
「――ふ、もう死にそうになってるの?」
水を飲もうとした瞬間、後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこには乃愛の姿があった。
乃愛も、碧斗に好きバレしている今、恥ずかしさは少し軽減されたので普通に話しかけられるようになっている。
「いや……小春やばいってあれ……」
「何言ってんの。弱っちいね碧斗は」
「いやいや、小春のほ……ごぼぼぼぼぼ」
「はあ? 話してる途中に水飲むとか頭おかしいの……って、死にかけてるし」
「ごほっ……はぁうま……回復」
話している途中に水を飲んだせいで溺れかけていた碧斗だが、あまりに疲れすぎていたのですぐに回復した。
「で、小春とは何本やったのよ」
「5本だよ……。やばすぎるだろ」
「やばい? え、5本でそんな疲れてんの?」
嘲笑するように乃愛は碧斗を見る。
「いや、普通に死ぬって。乃愛は何本やったんだよ」
「……10本ですけど?」
「じ、は、え? 10本!?」
「当たり前じゃん」
うん、どう考えても当たり前では無い。
小春の倍なのに、当たり前なわけが無い。
「え、ペアの子どうしたんだよそれ」
「あんたよりも強い男よ。水も飲まないであそこにいるんだから」
"強い男"ということは、碧斗と違って普通に立っているのだろうか。
確認する為に、碧斗は乃愛が指を差す方向を見た。
「……いや、ぶっ倒れてんじゃねーか」
強い弱いの話ではなく、もはや大の字でぶっ倒れているクラスメイトの姿があった。
身をもって乃愛のペアのキツさを教えてくれたクラスメイトには感謝だ。
ああ無情。お疲れ様です。
「てか、水飲まないの?」
「別に疲れてないし。小春と陽葵だって飲んでない」
「もうそのレベルでも戦ってるんだ。……ってじゃあ何しに来たんだよ」
「別にいいでしょ。たまたま通りかかったらあんたがいただけ」
いつものツンを披露する乃愛。
どこへ向かおうとしていたのかは不明だが、わざわざ水道まで来て「たまたま」と言うあたりが、何とも乃愛らしい理由だ。
勿論、乃愛が言うには目的地は水道じゃないらしいので、これからどこかへ向かうのだろう。
「いいなぁ……もう」
ふいにそんなことを呟く乃愛に、碧斗は「ん?」と返す。
「え、あ、何も言ってない! 聞かなかったことにして!」
「いや、いいなぁって言ってたし」
「うっさい! なんでもないからほんとに!」
「えー?」
言葉の真相を究明すべく、ほんの少し乃愛を詰めると、乃愛は急に頬を紅潮させながら、
「無意識に言っちゃった、だけだから! 私だって碧斗とペアになりたいんだもん……陽葵と小春ばっかりずるい……やっぱずるくない! 何でもない!」
「それは無理あるだろ……」
「うっさい! じゃあね! ……頑張って」
乃愛は頬を赤らめたまま、太陽に照らされる金髪ポニーテールと共に水道を後にした。
ちなみに、大の字でぶっ倒れているクラスメイトの場所へと戻ったので、本当の目的地は"碧斗"だったのだろう。
やはり、時折見せてくるデレは、乃愛にしか出せない破壊力がある。
そんな乃愛を後ろから見送った後、碧斗も小春の元へと戻った。
三大美女達の思い出、かけっこ。
シンプルな遊びだが、それでも思い出に根付くのは幼なじみだからなのだろう。
――この時はまだ、三大美女による喧嘩、否、思い出の"かけっこ"が直後に始まることを、碧斗は知る由もなかった。
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