第13話 小春と乃愛の戦い 後
「よし、じゃあ即興でくじ引き作ってきたから男子から引いて!」
大玉転がしのペア決めをする為、ノートのちぎり紙で作られたくじを持ちながら、クラスメイトは指示を出す。
乃愛と小春にとって、絶対に負けられないくじ引きの始まりだ。
運なので、勝つとか負けるとかそういう問題では無い気もするが、碧斗を巡るものは全て勝負。
勝てば碧斗のペアになれるし、負ければ碧斗のペアにはなれない。
たったそれだけのことだが、二人にとっては絶対に負けられない勝負なのだ。
「小春、引いていいよ?」
小春に最初を促す乃愛。
その声色は、小春にだけ伝わるように勝負の意思が篭っている。
全てを知る碧斗からすれば、怖くて仕方がない。
「お気遣いありがとうございます。では、引かせていただきますね」
小春も、言い切ると同時に「負けない」と言うような視線を乃愛に送る。
感じ取った乃愛は、「受けて立つわよ」と言うように、「ふん」と言いながらそっぽを向いた。
「……ふぅ」
くじを引いた小春。紙を開くと、「4」の文字。
つまり、碧斗が「4」を引けば、ペア成立ということだ。
「次の方どうぞ。乃愛がいいですかね」
「ふん、言われなくても引くわよ」
「ふふ、それはすみません」
すれ違いざまに、視線を交錯させる二人。
間に火花が散りそうな程に、二人の視線はバチバチしていた。
「お願い神様、碧斗と一緒がいい……」
誰にも聞こえないように、本心を囁く乃愛。
すると、割と近めにいたクラスメイトに指摘された。
「の、乃愛ちゃん? なんか言った?」
「……ふぇ?! う、ううん! なんも言ってない!」
「そ、そう」
乃愛の頬が何で赤くなっているのか分からないが、言及するのも野暮なのでクラスメイトはとりあえず納得する。
「お願いお願いお願い……」
願うように、自分の番号を確認する乃愛。
手に取った紙を開くと、「5」の文字。
「……次の人いいよ。夏鈴かな」
確認した乃愛は、夏鈴の名前を呼ぶ。
「か、夏鈴?」
乃愛が、「夏鈴ちゃん」ではなく「夏鈴」と呼んでいる事実に、碧斗は困惑した。
仲良しなイメージが無いだけに、その困惑は更に上乗せされて。
「うん! 分かったよ乃愛!」
「の、乃愛……?」
「……碧斗? どーしたの?」
なぜか不思議そうな顔をしている碧斗に、夏鈴は問う。
「い、いや。全然何でもない」
「あそう。じゃあ行ってくるね」
「おう……」
なぜ、こんなにも乃愛と夏鈴の距離感が近いのか。
気になることではあるが、考えても仕方が無いと結論付け、碧斗は聞き返すのをやめた。
「よいっ!」
手に取った紙を、夏鈴は確認する。
その紙には、「3」の文字だ。
「いいよー! 次の人ー!」
乃愛と小春とは違い、気楽に引いている夏鈴。
一気に殺気が無くなった感じがして、碧斗はなんだがほっこりした。
その後、クラスメイトが二人、くじを引いた。
番号は勿論、「1」と「2」だ。
特に滞りなく終わった女子のくじ引き。
そして、男子のくじ引きが始まる。
「じゃ、次は男子よろしくね」
「はーい」
「ういーす」
クラスメイトの指示に返事をし、男子達はくじを引いた。
「碧斗、何番だった?」
夏鈴の質問が、碧斗に飛ぶ。
そこには戦意や敵意など微塵も含まれてなく、碧斗も答えるのが気楽な程に平和的だ。
「うーんとね、俺の番号は――」
紙を開き、碧斗は夏鈴に自分の番号を伝える。
「ふむふむ、なるほどね。翔くんは何番なんだろー」
「何番なんだろうな。わかんない」
「3番だったらいいなー」
夏鈴の口ぶりからも、碧斗は3番ではないようだ。
そんな会話を挟みつつ、程なくして男子のくじ引きは終えた。
「じゃあ、1番から前に並んで!」
クラスメイトの指示で、運命の瞬間を迎える。
小春と乃愛には、殺伐とした空気感が生まれていた。
皮肉にも乃愛と小春の番号は4番と5番で、前後に並ぶことになってしまったのだ。
神様も性格が悪い。
「碧斗きて……お願い……」
「碧斗くんなら来てくれるはずです……」
「出来れば翔くんがいーなー!」
聞こえないように願望を漏らす小春と乃愛。
そして、微笑ましい程に平和的な夏鈴。
隣に来れば、その人が大玉転がしのペアということだ。
「じゃ、男の子も同じように並んでー」
「ういー」
「はーい」
指示が飛ぶと、1番と2番の位置には、クラスメイトがついた。
残るは3、4、5。
――翔と碧斗ともう一人のクラスメイトも、続くように位置についた。
「――よろしくな」
碧斗は、隣にいる女の子、
――夜桜小春へと、挨拶をする。
「碧斗くん! よろしくお願いしますね」
「おう、なんか元気だな」
「それはそうですよ。碧斗くんとペアを組めるなんてとても嬉しいですから」
小春は、優しい微笑みを浮かべていた。
「碧斗、番号間違えてない? 見せて?」
「え、まじで?」
悔しさのあまり、現実逃避がしたい乃愛は碧斗の紙を取ると、「4」の文字が書いてあるのをしっかりと確認した。
「え、間違えてないですよね?」
不安そうに、小春は尋ねる。
「うん。4番だから合ってると思うけど」
「ふふ、良かったです」
改めて、間違えていないことを確認した小春は、心の中で「よしゃ」と呟く。
そして、なんとなく後ろからすすり声のような音が聞こえたので振り返ると、そこには少し涙目になっている乃愛がいた。
「の、乃愛……?」
「見ないで、あっち向いてて。うざい」
泣きそうになるほどに、乃愛は碧斗のペアになりたかった。
実行委員も陽葵に取られ、寂しさも増していたのだ。
「よろしくね、梅澤くん」
「う、うん。よろしく如月さん」
ずっとメソメソしていられないし、何よりそんなことをすればペアの子が一番傷ついてしまう。
根は優しき乃愛は、切り替えて挨拶をした。
三大美女・如月乃愛とペアになった生徒は、嬉しさからド緊張していた。
「何、緊張してるの?」
「え、ぜ、全然してないよ?」
「そう。ならいいけど。まあよろしくね」
「う、うん。てか、なんか目赤い気がするんだけど……」
「あ、ああ! あくびあくび! 今日は眠い日だから!」
「そ、そっか。まあ可愛いのでいいと思います……」
「それはどうも」
碧斗以外に言われても、特に嬉しくない「かわいい」に、乃愛は表面上で感謝をする。
そして、後ろで繰り広げられる会話を聞く小春は、嬉しそうに「ふふ」と笑った。
無論、その笑いには、優越感と嘲笑も、少しだけ含まれている。
「碧斗くんは、運動神経いいですもんね」
「いやいや、そんなにだよ。小春の方が良いくらいかも?」
「ふふ、本当に褒め上手ですね」
「事実だよ。小学校の頃からそうだろ」
「まあそうですね。じゃあ、1位になったらくっついてもいいということですか?」
「"じゃあ"の意味が分からないんだが……」
小春の"じゃあ"は、碧斗にくっつく為の呪文的な言葉である。
一方その頃、3番の場所では、
「お、夏鈴ちゃんよろしくなー」
「翔くん! よかった!」
「よ、よかった?」
「うん! 翔くんと一緒にやりたかったから!」
「おいおい、全くかわいいな夏鈴ちゃんは」
「えへへ。まあ翔くん足速そうだし? 期待しちゃおっかなー?」
「任せてくださいよ、ご褒美はジュースで頼むぜ?」
「んー、1位になったらいいよ!」
と、無事にペアになった夏鈴と翔の平和な会話が繰り広げられている。
夏鈴の心は、体育祭が迫り来る嫌悪感よりも、翔と共にペアになれたことの幸福感の方が勝っていた。
――――――――――
あれから時は経ち、夜。
今日は、乃愛と小春の個人トークが稼働していた。
乃愛:『ねえ』
小春:『なんですか?』
乃愛:『ずるい! ずるい!』
小春:『ふふ、それはすいません。でも、運の強さも大事ですから』
乃愛:『愛の重さは私の方が勝ってるのに』
小春:『愛の重さで決めたとしても、私が碧斗くんとペアだった気がしますよ』
乃愛:『はあ!? そんなわけないでしょ!?』
小春:『そんなわけありますもん!』
乃愛:『何よあります"もん"って。無さすぎて変な話し方になっちゃってるけど?』
とにかく小さな部分の揚げ足を取る乃愛。
それほどに、悔しくて仕方がない。
小春:『そんなのどうだっていいですー』
乃愛:『あーもー、ずーるーい!』
小春:『私の勝ちですよね』
乃愛:『今日は、よ。今日は!!』
小春:『ふん、分かってます。変わってって言われても絶対変わりませんからね!』
乃愛:『むかつく! 小春やだ!』
小春:『べーだ』
仲が良さそうな会話をしているが、乃愛の嫉妬は本物だし、小春の優越感も本物だ。
ちなみにこの後は、グループトークでお馴染みの「碧斗自慢大会」が開催された。
勿論、陽葵も含めて。
――――――――
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
面白い、面白くなりそうと感じてくださった方は、よろしければフォローと、☆マークの評価をお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます