第12話 小春と乃愛の戦い 前


「今から配るねー!」


 実行委員として前に立つ陽葵から、クラス全体へと言葉が向けられた。

 六月末に控える体育祭について、決めておかなければならないことがあるからだ。


「ほい! じゃー見てもらえば分かると思うんだけど、リレーと大玉転がしの選手? 生徒? を決めたいと思いまーす!」


 こういう時、元気な陽葵は積極的に話してくれるので、転校してあまり時が経っていない碧斗からすれば、とても助かっている。


「リレーか……っし」


 そう呟くのは、小学生の頃に県大会で一位を取った程の実力を持つ翔だ。

 華月学園では、陸上部ではなく他の部活に入っている為、「久しぶりに腕を鳴らす機会が来るな」と、嬉しそうな顔をしていた。


「はぁ……」


 一方、運動があまり得意ではない夏鈴は、迫りくる体育祭に嫌悪感を示していた。

 出来るなら参加したくないのだが、そう上手くいかないのも高校生の運命。


「じゃ、クラス対抗リレーから決めちゃお! 五人! 走ってくれる人挙手!」


 陽葵の陽気な声が響く。

 すると、ちょうど五人の男子が手を挙げた。


「……ふむ、男子しかいないけど大丈夫かな?」

「いいんじゃない?」

「え、ほんとに? まあ碧斗が言うなら大丈夫か!」

「いや、怖いから一応先生に聞いてくれ。怖いから」


 会議室で一度、自分のせいにされている碧斗。

 もう一度そんなことをされたら困る。

 そんな碧斗の思いを察したのか、陽葵は若干拗ねながら小川先生へと確認をとった。


「"こ"がわせんせー、男子だけでも大丈夫ー?」

「陽葵ちゃん、"お"がわね。大丈夫だよ」

「てへへ」


 担任の先生の名前を間違える陽葵と、それを訂正する小川先生。

 そんな二人を見て、クラスには笑いが起き、一気に雰囲気が明るくなる。

 陽葵の笑顔に見惚れている男子生徒も少なくない。


「大丈夫みたいだから、挙手してくれてる五人でけってー! ありがと!」

「走る順番も決めないとな」

「ん、そーだね」


 クラスメイトの前なので、名前を呼んでくれない碧斗に若干怒りつつ、陽葵は話を進める。

 クラスメイト全員の前で、馴れ馴れしく三大美女の名前を呼んでしまえば、再びクラスメイトに騒がれるので仕方ないことではあるのだが。


「陽葵ちゃーん!」


 そんな碧斗の思惑とは裏腹に、堂々と陽葵の名前を呼ぶ生徒。


「ん、翔くん? どーしたの?」


 間宮翔だ。

 男らしい性格をしている翔は、こういう時に無駄な邪念を抱かない、というか、そもそも夏鈴にしか興味が無いので、堂々と名前を呼べるのだ。

 そして、普段から隣の席であるため、陽葵も陽葵で馴れ馴れしく返事をした。


「リレーの順番? 今から決めるんだろ?」

「その通り!」

「じゃあさ、俺アンカーやってもいいか? 他の四人がいいよって言ってくれたらだけど」


 五人の内の一人である翔は、自分がアンカーになりたいと申し出た。


「え、翔くんって足速いの?」

「まあまあ自信はあるぜい」

「すごー! どれくらい?」

「うーん、みんなのお父さんくらいか?」

「まじ!? すっげー!」


 意味不明すぎる例えを出す翔と、何故か納得している陽葵。

 そんなバカ二人のバカすぎる会話を、小春と乃愛は興味が無さそうに見つめている。

 否、ムカついてるのかもしれない。


「じゃ、私は翔くんがアンカーでいいと思うんだけどさ、他の四人はどう? 希望とかあるー?」


 翔との会話の後、陽葵は他の四人へと視線を移す。

 

「ないです! 全然ないです!」

「小野寺さんのしたいままに!」

「全然ありません!」

「どこでも大丈夫です!」


 陽葵の可愛さにやられ、四人の男子達は素直に陽葵の要求を飲む。

 無論、"嫌われたくないから"では無く、陽葵に"良い印象を持たれたいから"だ。


「なら、俺がアンカーで決まりだな!」

「うん! よろしくね〜! 他の四人のことも、陽葵ちゃんは応援してます!」

「はーい!」


 陽葵に向けて元気な返事をして、翔を含む五人は席に着く。

 "陽葵ちゃんが応援してくれた"という事実からか、翔以外の四人の顔はとても嬉しそうだった。


「翔くんって足速いんだ」


 リレーの走順が決まると、夏鈴はボソッと呟いた。

 翔とは仲良しなものの、まだ入学して二ヶ月なので全てを知っている訳ではない。

 足の速さも初耳だった為、少々驚いたようだ。


「次は大玉転がしのペア決めするよー!」


 順調にリレーの走順決めを終えた後、次なる話題へと陽葵は入る。


「んーと、これは二人一組の男女ペアね! それを五つ作ります!」


 "二人一組の男女ペア"

 その言葉を聞いた瞬間、興味が無さそうだった乃愛と小春の視線は一気に陽葵へと向く。


「……」


 そんな二人の執念の強さに、碧斗の心は驚愕と嬉しさで半々だ。


「じゃ、リレーは男子だけだったし……今度は女子から決めよっかな! 女子でやりたい人挙手! ちなみに私はやりませんよっ!」


 小春と乃愛が手を挙げることなど分かりきっている陽葵は、「ハンデあげるよ」とでも伝えるように、自分は手を挙げないことを宣告する。

 他のクラスメイトは「何の報告?」と思っているが、乃愛と小春は「うざ」としか思っていない。

 とはいえ、チャンスはものにしたいと考える乃愛と小春は、挙手をした。

 嫌々ながらも、何か一つの種目には参加しなければならない使命感から、夏鈴も静かに挙手をした。


「ふんふん……え、夏鈴ちゃんも!?」

「か、夏鈴ちゃんって呼んでんの?」


 運動嫌いな夏鈴が、自分から挙手をした事実に驚く陽葵に、碧斗は声をかける。


「うん、夏鈴ちゃんが手挙げるって奇跡だよ!?」

「ちゃん付けするほど仲良かった?……って、陽葵の性格ならみんなそう呼ぶか」

「そりゃー私は小野寺陽葵ちゃんですからね、みんなと仲良しなんですよ」

「ま、確かにそうだな」


「意外だな」とは思ったが、確かに陽葵はみんなと話している所をよく見るので、碧斗は言及するのをやめた。


 改めて、挙手している女子を見ると、小春と乃愛と夏鈴以外にも二人手を挙げており、ぴったり五人となっていた。


「女子の大玉転がしは決定だね、まあがんばれー」

「露骨すぎるだろそれは」


 男子の時とは明らかに熱量が違う応援。

 それも悪い意味で。

 遺憾無く、不仲の片鱗を見せているが、クラスメイトは気付いていない。


「じゃ、次男子決めるよ! はい挙手!」


 朗らかな声で陽葵が挙手の合図をすると、男子は手を挙げる。

 その中には、翔の姿もあった。


「翔くん頑張りすぎじゃない!?」

「な、すげーよあいつ」


 リレーに引き続き立候補する翔。

 その力量に陽葵と碧斗は驚いた声を出す。

 そんな二人を見て、翔は口を開いた。


「男にはな……やらなきゃいけない理由があるんだよ」

「ん、洋画でも始まるのか?」

「え、翔くんおかしくなった?」

「おかしくなってねーし、洋画も始まんねーわ!」


 急に海外映画の俳優みたいなことを言う翔に、またも驚く二人。

 勿論、翔が頑張る理由は「夏鈴」が立候補したからだ。


 女子と同じく、男子も順調に決まるかと思われたが、そうは行かない。

 女子は五人ぴったりだったので良かったものの、男子は――四人しか手を挙げていなかった。

 あと一人、足りていない。

 そんな男子の状態を見かねた――乃愛が、口を開く。


「ちょっといい? 陽葵」

「はーい、って、乃愛か。なに?」

「あんたの隣にいる碧斗にやらせて、あと一人」


「え? 碧斗?」

「うん。そう言ってるんだけど」

「え、別に聞こえてない訳じゃないけど、乃愛がそんなこと言うの珍しいなって!」


 陽葵も、裏では乃愛が碧斗を狙っているのを十分に理解しているが、あえてとぼけている。


 如月乃愛は、基本的に自分から男子生徒へ絡みに行くことはない。

 本人の性格ありきな部分もあるのだが、純粋に他の男子に興味が無いからだ。

 だが、根は優しい女の子なので、話しかけられれば普通に返すし、変に避けたりはしない。

 普段はサバサバしていて、近づけない雰囲気を出している乃愛。

 でも、話しかければ普通に優しくしてくれる乃愛に、男子達はメロメロなのだ。


「碧斗はまだ転校してちょっとでしょ? だったらやらせた方がいいじゃん」

「え、でも私たちも初めての体育祭だよ?」

「……まあそうだけどさ、友達だっていないじゃん? だからやらせてあげてって話!」


 相変わらず、照れ隠しで"友達いない"を使う乃愛。

「それ、刺さるんだよなあ」と碧斗は思いつつも、事実なので心の内に留めておく。


「まあいいけどさ、碧斗が……」

「私も乃愛の言う通りでいいと思いますよ」


 再び乃愛に反論しようとする陽葵を、――同じく三大美女の一角、小春が制する。


「こ、小春?」

「碧斗くんの為にも、あと一人は碧斗くんでいいと思います。高校生活に友達は必要不可欠ですから。というか、陽葵は大玉転がしには参加しないんだから細かいことを気にしなくていいんじゃないですか」

「そんな言い方されたら陽葵ちゃんさすがに悲しむんですけど。……まあその通りだけどさ」


 不仲の片鱗を見せ、少し雰囲気が険悪になる小春と陽葵。

 てか、


 ――あの、小春さん? それ遠回しに乃愛と同じこと言ってません? 普通に刺さるんですけど……


 と、心の内で呟く碧斗。

 そして、独占欲から、らしからぬ性格悪めの発言をする小春。

 そんな小春と陽葵の少々険悪になる雰囲気に、普段、仲の良い姿しか知らないクラスメイトは少し驚いている。

 だが、普段の性格が完璧な為、クラスメイトは「転校生の為を思ってる優しい女の子」としか思っていない。

 勿論、転校生が碧斗じゃなければ、小春もこんなことはしていない。


「陽葵、それでいいですか?」

「んー……碧斗がいいならいいけどさあ……」

「そうですか、よかったです」

「ふん。てか、あんたが最初から立候補しなさいよ」

「あ、すいません……」


 まんまと、小春に言いくるめられる陽葵と、何故か乃愛から怒られる碧斗。

「素直になれよ……」と、碧斗は心の中で呟くも、乃愛にそんなことを言ったら存在を消されるので言わないでおく。

 そして、度重なる"三大美女からの優遇"に、碧斗への妬みの視線がちらほら。


「んーじゃあ、碧斗は? 良い?」

「まあ、うん。いいよ」


 妬みの視線は気になるが、拒否する理由もないので、碧斗は首を縦に振った。


 参加者が決まれば、残すはあと一つ。

 というか、小春と乃愛にとってはここが一番大事と言っても過言ではない。


「参加者も決まったことだし、ペア決めるよー!」


 先程の険悪な雰囲気を吹き飛ばすように、陽葵が陽気な声を出す。


「じゃー、決まった人達で集まって話し合っていいよ!」


 よりにもよって、再び険悪になりそうな案を陽葵は出した。

 だがそれもわざと。

 さっき小春に言いくるめられたささやかな仕返しだ。


「丁度いいわ」

「そのつもりでしたよ」


 だが、そんな陽葵の思惑とは裏腹に、小春と乃愛は闘志を燃やしていた。

 

 翔、碧斗を含めた男子五人。そして小春、乃愛、夏鈴を含めた女子五人の計十人が、ペア決めの為に空いているスペースへと移動する。


「どーやって決める?」

「うーん」


 先頭に立って話してくれるのは、クラスメイトだ。

 だが、少し困っている様子だ。

 誰がいい、なんて選ぶのは倫理的に少しまずい気がするし、かと言って他の方法も思い付かない。

 そんなクラスメイト達を見て、乃愛が助け舟を出した。


「くじ引きとかは? 男女別で引いてさ、同じ番号の人がペアになるとか」


 乃愛はこういう時に優しいので、ツンツンな性格でも女子達から好かれている。


「あ、いいねそれ。ありがとう乃愛ちゃん」

「全然いいよ。こちらこそ考えてくれてありがとうって感じだから」


 優しい笑顔を向け、乃愛はクラスメイトへとお礼をする。

 そんな時、また別のクラスメイトが横槍を挟んだ。

 

「そんなめんどくさいことしなくても、じゃんけ……」

「乃愛が決めてくれたなら、それに従いましょう? じゃんけんでもいいと思いますが、私はくじ引きでいいと思いますよ。でも、案を出してくれて嬉しいです」


「じゃんけん」と言わせないように、小春は言葉で制止する。

 それもそのはず、小春と乃愛には「じゃんけん」に関して陽葵との苦い思い出があるのだ。

 もしもじゃんけんでもして、小春が乃愛に負ければ、あるいは乃愛が小春に負ければ、その時点で「じゃんけん」という項目では三人の中で一番最下位になってしまう。

 そんなことは絶対避けたいため、乃愛も提案する時点で「くじ引き」を要求した。プライドとは怖いものだ。

「乃愛を庇うプライドはあるのかよ」と、碧斗は心の中で思った。


「そ、そうだね。夜桜さんが言うならそれで行こ!」


 小春に好印象を与えたいクラスメイトは、言われるがままに賛同する。

 そして小春も、「ふふ、ありがとうございます」と優しい微笑みをその生徒へと向けた。


「夏鈴、翔くんとペアになりたいなー」

「意外だな」

「え、そう?」


 唐突に、碧斗の横に立つ夏鈴はそんなことを呟いた。


「うん……ってまあ、俺が言えることじゃないか」

「普通に翔くんと仲良いよ? 夏鈴」

「そうだな、ごめんよ」

「乃愛と小春、碧斗とペアになりたそうだなー」

「そんなことないだろ絶対」


 "夏鈴の勘"は、今日も今日とて冴え渡る。

「乃愛」と「小春」と、下の名前で呼ぶ程仲良しなのか、とは思ったが、下手なことを聞くとまた夏鈴の勘が冴え渡りそうなのでやめた。


 こうして、乃愛と小春の戦いが、幕を開ける。

 碧斗のペアを賭けた、絶対に負けられない戦いが――


――――――――


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