第8話 恋愛大戦争 前哨戦


「話せたぁ……」


 可愛らしい部屋着を身に付けた乃愛は、碧斗との通話が終わった後、安心したように呟く。

 よほど嬉しかったのか、乃愛は枕に顔を埋め、足をバタつかせていた。

 実は学校で話したかったのだが、話しかけられないのが乃愛の性格。

 それはプライドとか邪念とかではない。

 単純に、碧斗の顔を見ると照れてしまうからだった。


 とにかく、電話越しでも会話をすることが出来た乃愛の気持ちは、すっかりと軽くなっていた。

 そして、心の軽さと、夜特有のテンションに身を任せ、再びスマホを開く。

 開いたアプリは、電話ではなく、"トークアプリ"だった。


 メッセージを送る相手。

 それは、碧斗でも、クラスメイトの友達でも無い。

 親でもなければ、姉妹でも無い。


 乃愛:『ねえ、あんたら起きてる?』


 その言葉は――しばらく稼働していなかった、三人のグループトークへと送られた。

 時刻は22時。

 既読が付く気配はない。


「はあ? あいつらもう寝たの?」


 既読がつかないメッセージに、乃愛は蔑むように呟いた。

 だが、そんな乃愛に対して「は?」と言わんばかりに、「既読2」の文字が付く。

 言葉だけでなく、機能でも分かりやすく対立している三人は、むしろ仲が良いのかもしれない。


 小春:『なんですか?』

 陽葵:『もう眠いんですけどー』


 数年振りに稼働したとは思えない程にラフな返答が返ってくる。


 乃愛:『寝てんのかと思った。あんたら子供だし』

 陽葵:『私も乃愛のこと子供だと思ってるから寝てるのかと思ったー』

 小春:『私は二人とも寝てると思ってましたけどね』


 バランスよく仲が悪い。

 本当に、均等に嫌っているようだ。


 乃愛:『まあそれはどうでもいいの。そんなことより』

 小春:『乃愛から言ってきたはずなんですけどね』

 陽葵:『そーだそーだ!』


 仲の悪さ故に、ああ言えばこう言う。

 一向に話が発展しなさそうだったが、ここは乃愛が大人になって話を進めた。


 乃愛:『はいはいごめんごめん。で、本題入っていい?』


 微塵も思っていない謝罪を送る乃愛。

 それに対し、小春と陽葵は嫌味ったらしく返信をする。


 陽葵:『どーせ思ってないんだろうけど、陽葵ちゃんは二人と違って優しいから許しまーす』

 小春:『そんな言い方しか出来ない時点で優しくないですよ。乃愛はすぐ怒りますから、私は普通に許してあげます』

 乃愛:『あんたも若干嫌味ったらしいけど?』

 小春:『うるさいです。早く本題に入ってください』


 むしろ仲が良いくらいにも感じるが、お互いに発言の中身は負の感情しか無い。

 小春の言葉を皮切りに、乃愛は本題に入った。


 乃愛:『碧斗のこと』

 陽葵:『碧斗がなに!? てか私が一番最初に話したから絶対』

 小春:『私だって二人きりで話しました。しかも夜の公園です』


 あえて内容は言わず、乃愛が『碧斗のこと』とだけ送ると、爆発するように他の二人の自慢が始まる。

 そんな二人には負けられないと、乃愛も乗った。


 乃愛:『はあ? 私なんてさっきまで話してたけど? 碧斗も嬉しそうだったなあ』

 小春:『いいえ。碧斗くんは私と話してる時が一番嬉しそうでしたよ』

 陽葵:『そんなわけないじゃん。どう考えても陽葵ちゃんと話してる時が一番だったもんばーか』

 乃愛:『どうせ雰囲気で誤魔化したんでしょあんたは。私はちゃーんと話したから』

 陽葵:『別にそんなことないけど? なんなら私より碧斗の方が楽しそうだったし』

 小春:『盛り上がってるとこ悪いんですが、碧斗くんは落ち着いた雰囲気が好きなので、私が一番ですよ』

 乃愛:『そんなわけないし』

 陽葵:『そんなわけないし!』


 小春の言葉に、乃愛と陽葵は同じ内容で返信をした。

 無論、小春だけに向けている訳では無く、お互いがお互いに向けている。

 

 本題に入ろうとしていた乃愛だったが、多分このまま話していれば、勝手にそっちの方向へ行くと判断した為、明確に言及することはやめた。


 陽葵:『じゃあなに? 二人は私よりも碧斗の事が分かってるつもりなの?』

 小春:『つもり、じゃなくて分かってます』

 乃愛:『分かってる所か、分かりすぎてるわよ』

 陽葵:『へぇー。じゃあ言わせてもらうけど』

 乃愛:『何? またしょうもないこと?』

 小春:『期待してませんが、聞きます』


 そうして、少しの時間を置いた後、陽葵がメッセージを送った。


 陽葵:『私、まだまだ碧斗のこと大好きだから。乃愛と小春には悪いけど、それも伝えちゃったもーん』


 小春と乃愛を差し置いて、自分だけ碧斗に愛情を伝えたと思っている陽葵。

 勿論、そんな事実は二人の言葉で打ち砕かれる。


 小春:『悪い? 何が悪いんですか?』

 乃愛:『悪いどころか、全然望むところなんですけど?』

 陽葵:『はー?』

 小春:『私も、夜の公園で伝えましたから。いまでも大好きですって。はっきり伝えましたよ』

 乃愛:『私なんて今さっき伝えたばっかりだけど?』


 陽葵だけではなく、小春も乃愛も、同じことをしている。

 仲が悪い故の運命なのか、必然なのか。

 とはいえ、これで仲が良くなることは無い。

 そんな事実を裏付けるように、陽葵は返信をした。


 陽葵:『ふん。別にいいもーん。二人が言ってたって私が一番好きなのは変わらないからねー』

 乃愛:『はあ? 頭おかしいんじゃないの? 一番好きなのは私よ』

 小春:『二人ともおかしいと思います。失礼ですけど、一番好きなのは私ですよ。いや、失礼でもないですね』


 "碧斗が一番好きなのは私"と、碧斗の知らない場所で主張し合う学園三大美女。

 それは、煽りでも何でもなく、心の底から思っていることだった。


 小春:『質問なんですが、二人は碧斗くんに彼女がいないことを確認したんですか?』


 好きになるのは勝手だが、相手に彼女がいては元も子も無い。

 否、三人の美貌と性格があれば、そんな彼女はすぐに奪い取れるとは思うが、それを実行する程に人間は廃れていないし、むしろしたくない。

 あくまで正式に、純愛を。

 そんなことを確認するように、小春は確認を取る。


 乃愛:『え、し、したし!』

 陽葵:『し、ました! はいしましたけど!?』


 明らかに動揺する二人。

 一応"幼なじみ"だ。そんな二人を、小春は逃さない。


 小春:『ほら、してないじゃないですか。私はちゃんとしましたから』

 乃愛:『うるさ』

 陽葵:『あーむかつくーーいらいらーー』


 簡単に見抜かれ、乃愛と陽葵は言い返せない。

 小春の完璧な性格に、まんまとやられたようだった。

 だが、やっぱり三人は幼なじみ。

 陽葵と乃愛も、やられっぱなしでは居られない。


 乃愛:『てか、確認した上でそんなこと言ってるなら、碧斗に彼女はいないってことだよね』

 陽葵:『確かにそうじゃん。もしこれで居たら小春サイテーだもんねー?』


 小春の完璧な性格故に、それは碧斗に彼女がいない事を証明する裏付けでもあった。

 確認した上で「碧斗が好き」と言っているのなら、それはつまり碧斗に彼女はいないということ。


 小春:『し、しりませんよそんなの』


 小春もまた、分かりやすく動揺している。

 普段そんな一面を見せない為、少しの動揺でも分かりやすい。

 それは幼なじみという関係も相まって、陽葵と乃愛には余裕でお見通しだ。


 陽葵:『嘘だな、うん』

 乃愛:『嘘つくの下手すぎ』


 そもそもさっき「私は確認しました」と言っていた小春。

 もはや下手どころの騒ぎでは無い気もするが、小春の完璧すぎる性格故の愛嬌ということにしておこう。


 乃愛:『とりあえず、碧斗に彼女はいないってことね』

 陽葵:『言わなくても分かるけどねー』

 小春:『ふん。無駄なこと言わなければ良かったです』 

 

 これで、三人の懸念点は一気に晴れた。

 碧斗に彼女がいないと分かった今、着眼点はたった一つに絞られる。


 乃愛:『じゃ、私の碧斗だから。二人はどっかいってて』

 小春:『それは厳しいですね。私の碧斗くんです』

 陽葵:『二人がどっかいってよ。言っとくけど私の碧斗だもーん』


 ――それは、誰の碧斗か、ということ。

 "自分の碧斗だ"と信じてやまない三人は、それを証明するように碧斗への愛情を文にする。

 そしてそれは――恋愛大戦争の前哨戦を繰り広げているようでもあった。


 小春:『じゃあ、誰が碧斗くんを落とせるか勝負でもしますか?』

 乃愛:『やるだけ無駄。私が勝つに決まってるから。まあ、やってあげてもいいけど?』

 陽葵:『全然いいよ? 陽葵ちゃんの相手になれるように頑張ってねー!』


 プライドからとりあえず最初は否定して、結局受け入れる乃愛と、素直に受け入れる陽葵。

 受け入れ方は違えど、三人に共通しているものがある。

 それは、全員が自信を持っており、負けるビジョンなど微塵も浮かんでいないということ。


 小春:『そうですか。それでは、私は寝ますので。せいぜい明日から頑張ってくださいね。おやすみなさい』

 乃愛:『こっちのセリフよばーか。おやすみ』

 陽葵:『そんな二人を差し置いて陽葵ちゃんが一番になりマース! おやすみー!』


 嫌味ったらしい内容を残す三人だが、「おやすみ」の挨拶は欠かさない。

 改めて、仲が良いのではないかと勘違いする程だが、碧斗を奪い合う「恋愛大戦争」の前哨戦をこなした三人だ。


 絶対に碧斗を渡さないという"決意"と、私が負けるわけないという"自信"を胸に、三人は眠りにつく。

 時折聞こえる鈴虫の鳴き声が、まるで三人を応援している様に聞こえて。


――――――――


 最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 面白い、面白くなりそうと感じてくださった方は、よろしければフォローと、☆マークの評価をお願いいたします。


  

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る