第7話 "結婚の約束":如月乃愛


「さ、いくか」


 心地よい夜風を浴びると同時に、街路灯の下で立ち止まっていた碧斗は歩き出す。

 地面の砂には、一足先に帰宅した小春の足跡が付いていた。


 クラス、否、学年の三大美女の内の二人から、「まだ好きだから」と言われた碧斗。

 どうするのが正解なのか分からないし、正解は存在しないかもしれない。

 だが、それでいい。

 とにかくありのままの自分でいること。

 そして、気持ちに正直になることを、碧斗は決めた。


 丁度いい気温の中、公園から5分程歩いた碧斗は、何事も無く家に入った。

 激動すぎる一日の中で、最も安心出来る場所だ。


「ただいま〜」

「あら、おかえりなさい」


 中から聞こえるのは母親の声だ。

 今日はなんとなく、いつもより沁みる気がする。

 父親はまだ仕事から帰ってきていないようだった。


「なんか疲れてるわね」

「まあ、初日だし」

「本当に一発ギャグやったの?」

「やるわけないだろ……」


 どんだけやってほしいんだよ、とは思いつつ、疲労からそんなことは言えない。

 むしろ、一発ギャグをやってた方が元カノ達からは避けられてたかもしれないと考えると、母親が正解だったとも思えてしまう。

 その場合、確実に友達も出来なくなるのだが。


「ご飯、まだ準備出来てないからお風呂入っちゃって」

「うい、ありがとうございます」


 帰ればご飯があって。

 ご飯が間に合っていなくても、お風呂が沸いていて。

 仕事で疲れているはずなのに、当たり前のようにやってのける母親は偉大だ。

 そんな母親の偉大さに甘えて、碧斗はお風呂に入ることにした。


 湯船に入ると、一気に本音が押し寄せる。


「何も変わってなかったなあ、三人とも」


 陽葵も、小春も、乃愛も、見た目は何も変わっていなかった。

 陽葵と小春に関しては、話した感じも何も変わっていない。

 陽葵であれば、明るい雰囲気にしてくれる。

 小春であれば、落ち着いた雰囲気にしてくれる。

 乃愛に関しては話していない為、まだ分からないものの、きっと乃愛らしい雰囲気にしてくれるだろう。


「……にしても、確かに別格に可愛いな、あの三人は」


 全裸の湯船で、そんなことを呟く碧斗。

 ただの変質者でしかない状況と言葉だが、元カノということで相殺だ。

 

 湯船にいると、やはり安心出来る場所で休息を取るのは大事なことだと改めて思う。

 そうして、疲労をお湯と共に流した碧斗は、お風呂場を出た。


「あ、おかえりお父さん」

「おう、ただいま」


 お風呂を出ると、父親は帰宅していた。


「ご飯よ、碧斗」

「お、ちょうど」


 食卓を見ると、既に夕飯のハンバーグが置いてあり、如何にも美味しそうな湯気が上がっている。

 そして、家族三人で食卓を囲み、「いただきます」と手を合わせた。


「碧斗、学校どうだったんだ?」


 仕事終わりの父親が、如何にも父親らしい質問を碧斗に飛ばす。

 それに続き、母親も「どうだったの?」と興味津々で質問した。


「まあ、楽しかったよ」

「……その割には顔が疲れてないか?」

「そう?」


 父親からも、母親と同じような言葉を碧斗に飛ばした。

 どうやら想像以上に顔に出ていたらしい。


「で、可愛い子は居たのか?」

「あれ? 翔って俺の親父だったっけ?」

「翔? そうか。男に可愛い人がいたんだな」


 まんま翔のような質問をする父親。

 短絡的な思考もまさに翔で、本当に翔が可愛い男の子だと、父親は思っているらしい。

 そんな父親を見て、碧斗は思わず笑ってしまった。


「まあ、顔が疲れてたのは多分、初日だからだよ。ちゃんと友達も出来たし大丈夫そう」

「ええ? 一発ギャグしたのに?」

「だからしてな……」

「まじで? 碧斗一発ギャグしたのか?」


 否定する碧斗を遮り、父親は一方通行的に話を進める。


「してない、してないから!」


 面倒臭くなったので、「したけど」と言おうと思ったが、「見せて」とか言われると一番面倒なので碧斗は強く拒否をする。

 

「なんだ〜」

「なんだ〜」


 本当に、家族だ。

 考え方も、言うタイミングも、内容も。

 お風呂上がりだからかは分からないが、なんとなく心が暖かくなった気がした。



 時は経ち、夜も更けきった頃。

 明日も学校があるので、碧斗は早めに布団に入る。

 とはいえ、ここからスマホタイムが始まるので、一時間弱は寝ないのだが。


 適当におすすめの動画を漁ったり、推しの動画をチェックしたり、まだ途中だったアニメを見たり。

 手のひら程のサイズしかないスマホなのに、得られる幸福感は、何事にも例え難い程に大きい。

 そんな文明の利器を、今日も今日とて碧斗はフル活用していた。


 中学の友達に連絡を返し、そろそろ眠りにつこうとしていた時。

 充電器に挿していたスマホが、ブルブルと振動していた。

 どうやら見間違いでは無いらしく、アラームと同じ音楽がスマホから流れている。

 だが、この時間にアラームを設定している訳ではない。

 つまり――誰かからの電話だ。


「……誰だ」


 無視するのもありだったが、その後に何度も電話がかかってくる方が面倒だと考えた碧斗は、発信者の名前を確認する為にスマホの画面を見た。

 その画面が示していた人物は――


「――え?」


 画面を見ると、『乃愛』の二文字。

 碧斗の知り合いに、乃愛という名前の女の子は一人しかいない。――元カノだ。

 性格的にも、なんとなく断ったら面倒くさそうなので碧斗は出ることにした。


「もしもし」

『は? 本当に繋がったんだけど』


 かけてきたくせに、と言いたいところだが、乃愛はそういう性格だ。


「繋がるだろ、そりゃ」

『いや……消してんのかなって思って』

「消す理由が無いけどね」

『何その言い方。私はあんたの連絡先くらいいつでも消せるんだけど?』


 碧斗に消す理由が無いと言われた乃愛の返事には、少しだけ喜びが混じっていた。


「じゃあ消せばいいじゃん」

『今日ちょうど消そうと思ってたの。そしたらあんたが転校してきたんでしょ』

「関係あるのかそれ……」

『あるの! うっさい』


 刺々しい言葉を向ける乃愛だが、碧斗は特に不快感を感じていなかった。

 慣れすぎた雰囲気と、言葉遣い。


「もう寝るとこだったんだけど」

『文句ばっかり言うなし。連絡先消す前の最後の電話なんだから話しなさいよ。……今日だって一回も話してないんだから』


 刺々しい言葉に不快感を覚えないのは、時折見せるこのデレだ。

 そして、三大美女に君臨する理由も、同じくこのデレである。


『……てか、ほかの二人とは話したの?』

「うん、まあ」

『はあ!? なんで私には話しかけてこないわけ!?』


 自分だけ話せていない事実に、少々怒る乃愛。


「いや、話しかけられたんだよ。俺から話しかけた訳じゃない」

『ふん。それならいいけどさ』

「なんだよ」


 気に食わなそうな言い方をした乃愛に、碧斗は疑問を飛ばす。

 すると、少しの沈黙を挟んだ後、乃愛は小さな声で呟いた。


『……私には話しかけなさいよ』

「だって怖いんだもん」

『なに他の男子と同じこと言ってんの。……あんたは慣れてるんだからいいでしょ』

「まあそうだけど、さ」

『ていうか、メソメソしすぎ。自己紹介の時』

「それは、うん。認めます」

『……かっこいいんだから堂々としてればいいのに』


 慣れてる理由――それは元カノだからだ。

 乃愛とは、幼稚園の頃に両想いだった。

 元カノと呼んでいいのかは分からないが、ある日、滑り台の下で、「結婚しようね?」と約束をした。

 だが、小学生に上がると同時に関わりも少なくなってしまい、気付いたらそんな約束も消えていた。

 今の性格からは想像も出来ないほどに甘々で、可愛らしかったのだが。


「昔は甘々だったのになあ」


 不意に、碧斗は乃愛をからかうように言った。


『まじうっさいんだけど! 消すよ!?』

「元々消す予定じゃなかったっけ?」

『連絡先じゃなくて存在を消してやるって言ってんの!』

「それは怖いからやめてくれ」


 乃愛は、接しやすい雰囲気を漂わせている。

 その性格と、強気な言葉のおかげで、変に気を使わなくて済む。

 そう考えると、他の二人とはまた違うベクトルの雰囲気を、乃愛は持っていた。


「で、何の電話なんだ」

『言ったでしょ。連絡先消す前の最後の電話だって』

「そうか、じゃあな」

『ねえ、待って切らないで! ちゃんと言うから!』


 冗談で切ろうとすると、乃愛は必死に止めてくる。

 普段は強気な分、話せば意外とチョロい部分に男子達は魅力を感じるのだろう。

 ――ただ、それは碧斗限定の話。


 間もなくして、乃愛は露骨に照れながら口を開いた。


『……いい? 今から言うことに返事とかしなくていいから、黙って聞いてて』

「……」

『わかったの!?』

「はい。わかりました」


 言われた通り、返事をしないでいた碧斗。

 言われた通りにしているのだが、何故か乃愛は怒ってきて。

 ――その理由は、勇気を振り絞る前に、碧斗の声を少しでも聞いていたいからで。


『あんたが覚えてるかわかんないけど、私は幼稚園の頃にした"結婚の約束"覚えてるんだから』

「――」

『それで、あんたがまさか転校生でやってくるなんて……。想像もしてなかったけど、今は少し嬉しいかも。ほんの少しね』


 露骨に声色が嬉しくなっている乃愛。

 そして、本当の電話の目的を伝える為に、言葉を続けた。

 

『じゃ、本題言うから! 絶対聞いてよ! でも返事は絶対しないで』

「――」

『私、まだあんたと結婚したいと思ってるから。ほんとに、ほんとに思ってるから!』


 勇気を振り絞った理由を、電話越しに乃愛は言った。

 照れ隠しの方法は、さながら小春のようで。

 それでも、「好き」とは直接言えないのが、どこか乃愛らしくて。


『じゃ、それだけだから。おやすみ!』

「――」

『おやすみは!?』


 頑張って言い切った乃愛は、まるでご褒美のように碧斗の声をせがむ。

 碧斗は、返事をしないルールを破り、「おやすみ」と返した。

 そして、碧斗の声を聞いた瞬間、乃愛は返事もせずに電話を切った。

 そんな切り方も、本当に乃愛らしい。


 陽葵、小春、乃愛。

 これで元カノ三人から、愛を伝えられた。

 それぞれが、それぞれらしい伝え方と言葉で。


 答えはすぐには出せないし、出すものでもない。

 とにかく自分の気持ちに正直になって、浮かんでくる答えを待つだけ。

 

 ――この、三人の様に。

 

 伝えたい時に、伝えたい方法で、伝えたい言葉を。

 陽葵が言ってくれた、「自分らしさ」

 小春が言ってくれた、「ありのまま」

 乃愛が言ってくれた、「堂々と」

 さながら、三人を表しているような言葉だが、どれも大切な言葉だ。

 関係がどうこう以前に、三人は大事なことを気付かれてくれた気がする。


 少々の感謝と、三大美女からの告白を受けた微量の嬉しさを胸に、限界だった眠気を解放させた。

 乃愛との初めての会話が電話越しになるとは思っていなかったが、これも"乃愛らしさ"ということにしておこう。


――――――――


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