第9話 誰を好きになればいい
恋愛大戦争の前哨戦が繰り広げられた翌日。
何も知らない碧斗は、今日も今日とて華月学園高等学校へと足を運んでいる。
まだ転校して二日目だが、色々ありすぎている為、既に精神状態は一ヶ月目くらいの疲労度だ。
「……いない」
"1-B"と書かれたドアを開けると、まだ中には一人も生徒がいなかった。
どうやら、碧斗が一番乗りで登校したらしい。
それもそのはず、なんとなく変な胸騒ぎがしてしまい、早く起きたのだ。
その為、いつもよりも格段と早い登校時間になってしまい、時計はまだ8時少し前を指していた。
「どんな感じで来るんだろうな」
まだ、碧斗しかいない教室。
三人は勿論のこと、他の生徒もまだ来ていない。
「好きだ」と伝えた相手に、三人には"気まずい"という感情が存在するのだろうか。
ふと、そんなことを疑問に思う。
陽葵は性格上、その可能性は低い。
小春は思っていたとしても、それを悟らせなさそうだ。
乃愛は露骨に態度に出しそうだ。
なんとなく三人の対応を想像しながらいると、前のドアから開いた。
入ってきたのは女子四人組で、いつも一緒にいるグループ。
毎朝、一緒に登校しているその四人は、今朝も一緒に登校してきたようだ。
「……」
碧斗には、悲惨な光景である。
未だに友達は二人しかいない為、一緒に登下校をするなんて夢のまた夢だ。
楽しそうに話す四人組に、羨望の眼を向けながらも、碧斗は「自分には友達がいないから無理なことだ」と言い聞かせた。
なんとも悲しい。
「あ、流川くんおはよー」
「おはよう」
挨拶されると、もっと悲しさが増えてしまうのでやめて欲しかったが、相手に悪意は無いので無視はしない。
その四人組が来た後、すぐにドアが開く。
次に入ってきたのは二人の男子だ。
何やらアイドルの話をしており、二人とも楽しそうに笑っていた。
「……」
悲しい。
そうして、続々と生徒が登校してくると、教室内の人数は増えていく。
だが、三人の姿は、未だにない。
時刻は8時10分。いつもなら確実に小春は来ている時間だが、今日はまだいなかった。
昨日、誰かと長話でもしていたのだろうか、そう碧斗が考えていると、当事者が姿を現した。
「ふぅ……」
前方のドアを開け、疲れたように入ってくるのは夜桜小春だ。
その綺麗すぎる黒髪を靡かせ、自分の席へと向かう。
そうして席に着くと、小春の周りにはすぐに女子生徒が集まった。
相変わらずすごい人気で、登校するだけでクラスの雰囲気を変える女の子だ。
「すげえな……」
改めて感じる凄さに、碧斗は声を漏らす。
すると、小春はおもむろに自分の席を立ち上がり、碧斗の方へと上品な足取りで歩み寄った。
「おはようございます、碧斗くん」
「え、は、おれ?」
優しく微笑む小春は、どうやら碧斗にわざわざ挨拶をしに来たらしい。
普段はされる側で、動くことはない小春。
ましてや、わざわざ動いて異性に挨拶など、絶対にしないはず。
「そうですよ、碧斗くんに言いに来たんです」
「お、おはよう」
「なんでそんなに驚いてるのですか?」
「え、いや、本当に俺だったんだって」
「碧斗くんです、本当に」
どうやら本当に、碧斗目当てだったらしい。
そうして、目的を果たした小春は、驚くクラスメイトに目もくれず、嬉しそうに自分の席へと戻った。
まったく状況が飲み込めないままの碧斗。
すると、考える隙もなく、再び前のドアが開いた。
そしてその人物も、他のクラスメイトには目もくれず、碧斗へ一直線に向かっていく。
「ふん、おはよ」
恥ずかしそうに、目を合わせないまま「おはよ」と言う人物。
それは、金色に輝く髪の毛で、高めのポニーテールを巻いている如月乃愛だ。
「え、えぇ?」
困惑のままに、再び声を漏らす碧斗。
「なによ、嬉しかったわけ?」
「あの、その顔で言われても……」
未だに目を合わせないままの乃愛。
どう考えても嬉しそうなのは乃愛の方だ。
「うっさい。友達いなさそうで可哀想だから挨拶してるだけ。勘違いしないでくれる?」
「それは刺さるからやめてくれ……」
「ばーか」
最後の最後に、勇気を振り絞って碧斗と視線を合わせた乃愛。
乃愛の貴重なデレを独り占めする碧斗に、羨望の目線と嫉妬の目線が半々に分かれている。
碧斗はそんなことよりも、「友達いなさそう」という、乃愛の容赦ない一言に打ちひしがれていた。
「なにがあったんだ……」
嬉しそうに帰る乃愛の後ろ姿を見ながら、碧斗はそう呟く。
そうして、チャイムが鳴る五分前程の頃、勢いよく前のドアが開いた。
「うおぉぉ!! 間に合えぇぇ!」
いつもの時間に、いつもの人物が、いつものテンションで入ってくる。
ギリギリ登校常習犯の小野寺陽葵だ。
「遅いよ、陽葵ちゃん」
教卓に座る小川先生が、いつもの如く注意をする。
そして、陽葵は流すように「てへ」と笑うと、
「おはよー!」
と、元気な声でクラスメイトに向けて挨拶をした。
陽葵は平常運転なんだな、と碧斗が安心しようとした、その時だった。
「あ! 碧斗おっはよー!」
いつもなら、みんなに向けての「おはよー!」で終わる陽葵だったが、みんなの前で、碧斗の名前を叫ぶ。
そんな陽葵を想像していなかった訳では無いが、実際やられるとさすがに困惑だ。
とはいえ、無視は良くないと判断した碧斗は、クラスメイトの視線が集まる中、軽く手を上げて反応した。
碧斗の反応を見た陽葵は、時間も時間だった為に碧斗の前に行くことは無かったものの、いつもより高めのテンションの鼻声を歌いながら、自分の席へと向かう。
乃愛と小春の睨む目は、昨日より数倍強い。
「なに、どーしたどーした?」
「うお、おはよう」
「おはよ」
いつの間にか登校していた夏鈴。
夏鈴だけは、いつものように挨拶をしてくれる。
状況が状況だった故に、隣に座っていたことに全く気付かなかった。
「なんであんなに陽葵ちゃんに挨拶されてるの?」
「いやぁ……わかんない」
「わかんない訳ないでしょ!」
「ほんとにわかんない」
「怪しいなあ。まさか、三人から?」
「……はい」
「へえー。夏鈴の心は尚更怪しすぎると言っていますけどー」
絶対に心当たりはあるだろ、という"夏鈴の勘"は当たっている。
だが、「好きだ」と言われたなんて真実を言える訳が無い。
「ほんとにわかんないんだって……」
「ふーん。ならいいけどさー」
夏鈴が呆れる表情をしていると、またしても誰かの足音が、碧斗へと近づいてくる。
「またか……」と思いながらも、碧斗は再びあの三人の内の誰かと対面することを覚悟した。
そして、その人物は、予想通りに碧斗の前で立ち止まった。
「夏鈴ちゃん、おはよー」
「……あれ?」
「あ、おはよ! 翔くん!」
「おお、碧斗もおはよう」
「お、おはよう」
予想していた声とはかけ離れすぎている声質に驚いた碧斗。
それもその通り、立ち止まったのは翔だった。
「なんだよ、なんかあったのか?」
まさかの陽葵よりも遅く登校した翔は、碧斗の疲れた顔を見てそう言う。
碧斗からすれば、翔と夏鈴が普通に仲良しな部分が気になる所だが。
「いや、何もな……」
「あの三人から個別に挨拶されてたんだよ碧斗! やばくない?」
誤魔化そうとした碧斗に、容赦なく夏鈴の横槍が突き刺さる。
「はあ!? まさかお前……」
「いや、俺もわかんないんだってば」
「怪しい。ね? 翔くん?」
「夏鈴ちゃんの言う通り。今日もうなぎだけどあげないからなー」
「うっ……」
大きすぎるうなぎの誘惑に、若干押される碧斗。
「お、やっぱなんかあったな?」
「……ない。本当に」
何とか打ち勝ち、誤魔化した。
――が、"夏鈴の勘"は、それを許してくれない。
「なーんか三人に変なこと言われたとかありそうだよねー。怪しさぷんぷん」
「……」
「まあいーや! チャイム鳴ったし」
救いの手を差し伸べるように、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴る。
同時に、翔も自分の席へと向かった。
"夏鈴の勘"は、時折鋭い部分を突いてくる。
――何か知っているかのようなその口ぶりは、偶然なのだろうか。
その後、なんとなくおかしな様子の三人を感じながらも、四限まで消化した。
お昼時間。
いつも通り、机を動かしたり、席を移動したりと、高校生らしい空間が存在している。
碧斗も、いつも通りに翔と昼食を取っていた。
「今日もうなぎって」
「すげーっしょ? お母さんの財力」
「生々しいこと言うな」
「でも、碧斗の弁当もめっちゃ美味そうだけどな」
「うなぎに言われてもなあ……っておい!」
当たり前のように卵焼きを横取りする翔。
だが、不快感など無く、むしろ嬉しさすら感じていた。
勿論、ドMとかそんなものではなく、仲良くなれていることに対してだ。
「うめぇ」
「お前のもよこせ!」
「ちょ、やめろ!」
「うんま」
おかずを取り合う翔と碧斗。
その対象はうなぎと卵焼きであり、明らかに対価として合っていない。
まあ、本人達は楽しんでいるので良しとする。
「てか、夏鈴と仲良かったんだな」
「そりゃーな。お前が来る前から話す方だったし」
「そうなんだな。でもなんでちゃん付け?」
「そっちの方が呼びやすくね? 夏鈴ってなんかかりんとうみたいじゃん」
「文字数的には夏鈴ちゃんの方がかりんとうに近いけどな?」
そうして、なんやかんやと昼食を食べ終えた碧斗は、手洗いをする為に廊下に備え付けられている手洗い場へと向かった。
トイレとは別の場所にあり、男女共用で使える場所だ。
――足を運ぶと、既に一人の女子生徒がいた。
「小春?」
碧斗が声をかけると、小春は驚いたように肩をピクっとさせた。
「え、あ、碧斗くん! こんにちは」
「ごめんね、急に声掛けて」
「あ、だ、大丈夫ですよ! 少しだけ驚きましたが」
驚いた、の一言では収まらない程に、小春は何故か動揺していた。
そんな小春の二人で手を洗いながら、碧斗は言葉を続けた。
「今日の朝、珍しく来るの遅かったよな。転校二日目のくせに、わかった口聞くなって感じだけど」
「え、あ、はい。確かに遅かったですね」
「寝坊した?」
「い、いえ。そんなことはないです。少しだけ、寝るのが遅くなってしまって」
「今でも九時に寝てるの?」
「は、はい! その通りです! 碧斗くんはさすがですね」
「小学生の頃からそうだもんな。覚えてる」
会話を続ける碧斗と小春。
やはり、小春は動揺していた。
「そう、なんですよ。それなのに昨日は23時くらいに寝てしまって」
確か、乃愛から電話がかかってきたのは22時だった。
そう考えると、いつも22時に寝る碧斗ですら眠かったので、小春の場合はもっと眠かっただろう。
それを抑えるほどの用事があったのだろうか。
「おそ! 電話かなんかしてたの?」
碧斗が聞くと、小春は更に動揺した。
「い、いえいえ! 全然何もですよ! 本当に。本当の本当に」
明らかに何かある小春の態度。
それを証明するように、小春の手は水道の射程から大外れしている。
「にしては……手洗えてないくらいに動揺してるけど」
「え? あぁ! わざとですよ、ふふふふ」
「……」
笑い方すらおかしくなっている気もするが、本気で聞かれたくないことだったら失礼なので、碧斗は深追いするのをやめた。
「それでは! 私は戻りますね」
「う、うん」
「ふふ、今日もかっこいいです」
いつもの笑い方で、優しく微笑む小春。
そして、碧斗に返事も言わせないまま、小春はその場を後にした。
「それではここまで。流川君は渡すものがあるから、後で第一数学室まで来てください」
あれから時は経ち、五限目の終わりを迎えた。
どうやら、何かを渡すらしく、碧斗は個別で呼ばれたようだ。
「なになに碧斗、なんかやらかしちゃった?」
「多分、色々渡すんでしょ。俺そのファイル持ってないし」
「なーんだ。怒られるのかと思ってた」
「なんでちょっと落ち込んでるんだよ。怒られてほしいの?」
「そ、そんなことないよ? 夏鈴は優しいからねー」
「完全に図星だな……」
分かりやすすぎる夏鈴。
そんな所が、友達として好きな部分でもあるのだが。
そうして碧斗は、第一数学室へと向かった。
第一数学室は、別棟にある。
その為、階段を上がる必要があった。
そして、その階段へ出るために、教室を出てすぐの曲がり角を曲がろうとした時。
「わっ!」
「おぉ!?」
「えへへー、びっくりした?」
持ち前の声の大きさを活かし、碧斗を驚かせた陽葵。
「びっくりした……。って、何してるんだよ」
「私も数学の先生に用事があってさ。一緒に行こーかなーって思って」
「用事?」
「うん! 課題出し忘れてた!」
なんとも陽葵らしい用事だ。
断る理由も無い為、碧斗は陽葵と共に第一数学室へと向かった。
「そういえばさ」
向かう途中、気になっていた事を陽葵に問う。
陽葵が「うん?」と返事をしたことを確認して、碧斗は言葉を続けた。
「小春の様子がおかしいんだけど、なんか知ってる?」
「え? 知らない知らない! 全然知らない!」
「……陽葵もか」
小春よりもわかりやすい陽葵。
「ほんとに知らないってば! 全然、夜とか話し込んだわけじゃないし?」
「話し込んだ?」
「あ、え? どーしたの碧斗。陽葵ちゃんはそんなこと一言も言ってません!」
「その割には、動揺して歩き方変になってるけど?」
「……!?」
左腕を前にすると同時に左足を、右腕を前にすると同時に右足を踏み出して歩く陽葵。動揺から人間離れした歩き方をしていた。
やはり、小春は何らかの理由で夜更かししていたようだ。
陽葵のわかりやすさからも、真実だろう。
「で、何話してたんだ」
「だーかーらー! 何も話してない! トークグループだって久しぶりに動いた訳じゃないの!」
「話したツールはグループトーク、ね」
誤魔化せば誤魔化そうとする程にボロが出てくる陽葵。
内容は分からないが、夜にグループトークで話したことは確かだ。
「てことは……乃愛もか?」
「は!? なんでバレた!?……って別にバレてないか! そんなことしてないしてない!」
「もうバレバレだから誤魔化すな」
「……乃愛と小春と三人で話したけど、内容は教えないもん! 女の子の秘密だから」
ついに押し負けた陽葵は、誤魔化さずに事実を伝えた。
「秘密とか共有するくらいには仲も戻ってるんだな」
「もううるさい! 他の話しよ、ね?……ってもう第一数学室の前だし!」
「ほんとだ。陽葵、先行っていいよ」
いつの間にか到着していた数学第一室。
陽葵は、碧斗に「ありがと!」と笑顔で言ってから、一足先に入っていった。
課題の提出だけだった陽葵は、10秒もしない内に、数学第一室から出てきた。
碧斗は、出てきた陽葵を確認して、すれ違うように第一数学室に入ろうとした――時だった。
「やっぱ一番かっこいいね、碧斗は」
と、すれ違いざまに、碧斗の耳元で囁く陽葵。
普段、元気印の陽葵が出したとは思えない程の、妖艶な声色で。
返事も聞かず、走り去っていく陽葵。
碧斗は陽葵を見るように後ろを振り返ると、陽葵も走っている途中に後ろを振り向き、碧斗に手を振った。
小春と同じく、最後に褒め言葉を言い残して去っていく陽葵。
碧斗はなんとなく、三人が話した内容が想像出来た気がした。
今日も今日とて、学校は終わりの時間を迎えた。
「さようなら〜」
帰りのホームルームが終わり、賑やかだった教室は、段々と静かになっていく。
特に用事も無い碧斗は、ゆっくりと帰宅準備をしてから、帰るために腰を上げた。
「ねえ。待って」
帰ろうとした碧斗を制止したのは、乃愛だ。
窓から差し込む夕日のせいか、乃愛自身のせいかは分からないが、頬は相変わらず赤い。
既に他の生徒は帰り、二人だけの教室。
乃愛の目は、碧斗の目としっかり交錯していた。
「ん、どうしたの?」
「どーしたって。誰とも話せないあんたの為に話しかけてるんだけど」
「じゃ、帰るわ」
「待ってってば! 座って、はやく」
素直になれない乃愛に、碧斗は若干からかい気味に返す。
そんな碧斗を止めるように、乃愛は碧斗を無理矢理連れ戻した。
「ちょっとだけ、話そ」
視線を逸らしながら、珍しく素直な気持ちを口にした。
「まあ、ちゃんと言ってくれたからいいよ」
「まあって何。えらそうにしないで」
「はい。すいません」
「……うれしいからいいけど」
照れながら、"聞こえないように"言っているつもりの乃愛だが、ばっちりと碧斗には聞こえている。
碧斗以外の生徒ならば一発で惚れるだろう。
「そういえば、小春と陽葵と話したんだって?」
「え? なんで知ってるの?」
「そんな風なことを陽葵から聞いた」
「まあ、うん」
陽葵と小春とは違い、素直に認める乃愛。
「ちなみに、何話したんだ?」
素直に認めてくれた乃愛ならば、教えてくれるかもしれない。
期待はしてないが、ダメ元で碧斗は聞いた。
「べ、別にあんたのことなんか話してないし。てか話すわけないし」
「……怪しいな」
「怪しいってなに。そうやって詰めれば宣戦布告し合ったとか言うとでも思ってるの?」
「ほぼ答え言ってるだろそれ……」
「……あ」
碧斗に言われ、自分の発言を振り返った乃愛は、あちゃーと言わんばかりに自分の頭に手を置いた。
すると、バレたことを気楽に受け取ったのか、乃愛は二人の愚痴を漏らす。
「……小春と陽葵、すぐ寝るんだもん」
「へえ。その言い方だと寂しい風にも聞こえるんだけど」
「はあ!? そんな訳ないでしょ!?」
「でも、おやすみは言い合ったんだろ?」
「……うん」
全てを見透かすように、碧斗は言及していく。
三人の元カレだからこそ、分かることだ。
「なんだかんだ優しいよな、三人とも」
「別に。小春と陽葵なんてどうでもいいし」
「"あんな奴ら"って言わないあたりに優しさが出てるぞ」
「なんなのもう、うっさい」
「ごめんごめん」
不貞腐れる乃愛に、碧斗は笑いながら視線を向ける。
そして、一番気になっていたことを聞いた。
「本当は、仲直りしたいんだろ?」
「……誰のせいでこうなってると思ってるのよ」
「それは……うん。言い返せない」
正真正銘、碧斗のせいなので、何も反論は出来ない。
すると、乃愛は本心を語り始めた。
「私は仲直りしたいよ、本当は。でも、二人に負けたくないのも事実だから」
意外にも、乃愛は仲直りをしたいらしい。
否、他の二人も本当はそう思っていても、照れ臭くて言えないだけかもしれないが。
「……あんたが転校してきたからそれは長くなりそうだけどね」
「そうだよ、な。なんか罪悪感が」
「今更感じたって遅いし」
「今更?」
相変わらず、碧斗は鈍感だ。
「……ああもう! ほんとに鈍感! 腹立つ!」
電話の内容やら会話やらは簡単に見透かしてくる癖に、乃愛にとって一番大事な部分には何も気付かない。
「好きすぎるの! あんたが! わかる?」
「……」
黙る碧斗は気にせず、乃愛は言葉を続ける。
「なんでこんなに好きにならなくちゃいけないの? 罪悪感じゃなくてもう犯罪だから! ばーか! かっこいいのもムカつく!」
電話越しでの物足りなさを解消するように、乃愛は勇気を振り絞って、面と向かって「好き」と言いきった。
小春にも、陽葵にも負けたくない、その一心で。
「じゃあね! イケメン鈍感男! 絶対私の男にしてやる!」
黙る碧斗を取り残し、乃愛は顔を紅潮させたまま教室を後にする。
勿論、紅潮しているのは夕日のせいではない。
乃愛が帰り、一人取り残された教室。
碧斗には引っかかることがあった。
小春も、陽葵も、乃愛も、最後に褒め言葉を残して去っていったこと。
三人の様子が、一日中明らかに変だったこと。
そして何よりも――絶対私の男にしてやる、という乃愛の言葉の真意。
それは、鈍感な碧斗でも、すぐにピンと来ることがある。
――うん、やっぱり俺のこと奪い合ってますよね!?
華月学園の三大美女が、俺を求めて奪い合ってますよね!!
と。
普通の生徒からすれば、夢すぎる状況なのだが、碧斗は違う。元カノだ。
とはいえ、流れに身を任せると決意しておいて良かったとも思う。
変に正義感を振りかざして、「お前らとは関わらない」なんて言ってしまえばそれこそ可哀想だし、クラスから省かれるのも目に見えている。
だからこそ、ありのままでいい。
変に気を張る必要なんて無い。
三人に流されて、過ごすだけでいい。
きっと明日からは、好きバレした(というか改めて告白した)三人も開き直って露骨にアピールしてくるだろう。
クラスメイトには何とかして誤魔化すしかないな。
翔は「羨ましい」なんて言うだろうか。
まあ、夏鈴の事が好きらしいしそんなことは無いか。
碧斗は、「ふぅ」と、一回深呼吸をしてから、今まで着飾っていた自分を捨てるように、引っかかっていたことを叫んだ。
「俺は誰を好きになればいいんだぁぁあ!」
色々とカッコつけていた自分を捨て、我に返った碧斗は孤独の教室で叫んだ。
ありのまま、自分の気持ちに正直になるとはこういうことだ。
正直、いや正直というか普通に、碧斗だって男だ。
三大美女とも言われる程の女の子達に、「やっぱり好き」なんて言われてしまったら、誰だって気になってしまう。
それが碧斗の性であり、男の性なのだ。
――うん、三大美女から求められて嬉しくないわけがないだろ!?
誰を好きになればいいの!? ええ!?
そして、このように素直に思ったことを思って、言いたいことを言おうと、心に誓った。
心の中はどうせ誰にも聞かれないし、分からない。
だからこそ、可愛いと思ったら可愛いと言いたいし、美しいと思ったら美しいと言いたいのだ。
それは同時に、碧斗を巡る恋愛大戦争の、本戦開始を告げる声でもあった。
――――――――――――――――――――――
夜。
陽葵、小春、乃愛のグループトークは、今日も動いていた。
乃愛:『ねえ、多分バレた』
小春:『何がですか?』
陽葵:『何が何が? 乃愛と小春がバカなこと?』
小春:『陽葵にだけは言われたくありません。乃愛にも言われたくありませんけど』
乃愛:『バカはそっちの二人でしょ。てか全然違う。無駄なこと言わなくていいから黙って聞いてて』
陽葵:『なになに、陽葵ちゃんちょっと怖いんですけど』
小春:『なんですか?』
乃愛:『私、色々あってゆっくり下駄箱まで歩いてたんだけどさ』
陽葵:『うん』
小春:『はい』
乃愛は長い文章を打っているのか、返事が遅い。
陽葵:『ねーなに? 早く言ってくれない?』
小春:『そうですよ。焦らすのは良くないと思います』
我慢しきれない二人がそう送ると、すぐに乃愛からのメッセージが返ってくる。
乃愛:『誰を好きになればいいんだーって、碧斗がめっちゃ大きい声で叫んでた』
どうやら、一人の教室だと思い込んで叫んだ碧斗の"喜びの宣言"は、乃愛に聞こえていたらしい。
ドンマイ碧斗。合掌。
だが、三人には、そんな碧斗を蔑む様子は無かった。
むしろ、士気上昇している。
小春:『碧斗くんらしいですね』
陽葵:『かわいいなー、碧斗のそーゆーとこ』
乃愛:『ま、そもそも私一人の碧斗だけどね。勘違いしてるから教室まで戻って言ってやろうかとも思ったし』
小春:『何言ってるんですか? 碧斗くんの発言に釣られて乃愛も頭が狂ったんですか?』
乃愛:『は? 狂ってんのはあんたでしょばーか』
陽葵:『まあまあ。二人とも狂ってるんだから落ち着いてよ。碧斗は陽葵ちゃんの男って決まってんの』
今宵のグループトークも、結局行き着く場所は碧斗の奪い合い。
乃愛:『まあ、バレたってことは逆に堂々とアピール出来るってことだから』
小春:『そうですね。でも、二人にはそんなことをする勇気も無いと思いますが』
陽葵:『碧斗から小春の様子が変だったって聞いたなー。水出てんのに意味不明な場所に手置いてたってまじー? やば笑』
乃愛:『陽葵もバカみたいな歩き方してたって聞いたけど? だっさー笑』
小春:『二人がなんと言おうと勝手ですが、今日、碧斗くんと一番最初に話したのは私なので』
無駄なプライドの張り合いと、お互いを罵り合う内容で、今日もグループトークは大賑わいだ。
乃愛:『ふん。まあ今だけ調子乗ってれば? 私は寝るから。おやすみ』
小春:『私は事実を言ってるだけで調子には乗ってませんけどね。それでは、おやすみなさい』
陽葵:『碧斗が夢に出てきますよーにー。おやすみなさーい』
どんなに罵り合っても、「おやすみ」の挨拶だけは欠かさない三人。
陽葵はただの願望を述べているだけな気もするが、本人がいいならそれでいいだろう。
こうして、碧斗に三人の勝負がバレた今、邪魔するものはもう何も無い。
碧斗を自分の男にする為に、ひたすらにアピールするだけ。
明日から、恋愛大戦争――本戦の幕開けだ。
――――――――
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