よみがえり

明弓ヒロ(AKARI hiro)

決して離さない

 俺は暗い洞窟の中を朦朧としながら走っていた。ほとんど前も見えず、ゴロゴロとした岩で足元も覚つかないが、無理やり誰かに手を曳かれて走らされていた。


 頭の中は霞がかっているが、わずかに思考力が残っている。一番古い記憶はけたたましいベルの音だ。そして、急かされるように俺は群衆とともに階段を走って下りていった。登っている今とは逆だ。


 だが、それ以上は思い出せない。


 俺を引っ張っているのは誰なのか。暗闇で姿は見えず、わずかに見えるのは相手の手だけだ。


 しばらく走ると疲労で、俺の足取りが鈍くなる。だが、俺を引っ張る手は俺が休むのを許さない。無理やり、俺は走らされる。


 体がだんだんと重くなる。呼吸も苦しく、足は鉛のようだ。


 もう、走れない。俺はもう無理だと相手の手を振りほどこうとした。だが、相手は俺の手をしっかりと握ったままだった。


 俺は放してくれと相手の背に向かって叫んだ。だが、相手は俺の声を無視して、洞窟の中を登り続ける。もう無理だ、走れない、涙声で必死に声を出すが、無駄だった。


 俺の足は止まった。もう限界だ。力尽きた。俺は、その場に転がりこみ、相手の手を振り払った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「先生、心電図が停まりました!」

「すぐに電気ショックの用意を」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 だが、俺は無理やり引き起こされた。振り払ったはずの相手の手が、わずかに指先に引っかかり、さっきよりも力強く握り返してきた。


 再び、俺は洞窟を登り始める。一歩、また、一歩。


 俺を掴んだ手は力強く、そして、暖かい。この手は、俺を決して離さない。


 気が付けば、さっきよりも呼吸がわずかだが楽になっている。鉛のようだった足も少しだが軽くなっている。


 俺は、いや、俺たちは少しずつ歩みを速め、洞窟の中を上へ上へと昇って行った。


 やがて、視界に僅かな光が見えた。

 その光がだんだんと大きくなる。洞窟の出口だ。

 そして、俺の手を引っ張っていた女の姿が見えた。


 女は白衣を着ていた。



 

 

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よみがえり 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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