第366話 人形少女の見たもの

「こうしていると初めて惟神を使ったときの事を思い出すね」


懐かしいなぁ。

確かあの時はアルギナさんにマオちゃんとのお付き合いを認めてもらおうと必死だったんだよね~。

あの戦いがあったからあって今がある。


そう考えると惟神に目覚めてからずっと一緒だったクチナシは私のキューピットでもあったのかもしれない。


ギョロリと動く巨大な瞳が私を映す。

この巨大人形ちゃんはクチナシじゃない。

その姿を再現しただけの存在だ。


「だけどそんなことは関係ないよね。またよろしくね、もう一度私に力を貸しておくれ」


くるっと振り向いてマリアさんと再び対峙する。

本人には何もしていないはずなのに、なぜかマリアさんは顔を抑えてうずくまっており、指の隙間からは白い石膏のようなものがパラパラとこぼれ落ちていた。


「マリアさん?」

「やってくれましたね…よくも…よくもぉ!!!」


身体全体を目に見えない圧のようなものが襲ってきた。

それと同時に背後の巨大人形ちゃんが動き出し、目に見えない何かをその両手でつかんだ。


何かの正体が目に見えず、分からないために巨大人形ちゃんが独り相撲をしているようにしか見えないが、やはり確実に何か実体を伴った存在がそこには居るらしい。


「何がそこにいるのかな。ここにきてそんな小細工はやめない?お互いに全力じゃないと納得できないでしょう?」

「「それ」が見えないのは私が隠しているからじゃない…お前たちが見ようとしないから」


「んえ?」

「ここは私の世界…私が司る私が創った世界。でもお前たちこの世界にすむ生きとし生ける者たちは我が物顔で世界を占拠し、土足で踏み荒らして全てを汚していく。私が分け与えたものであることも忘れ、その欲望のままに私と私の世界から何もかもを奪い穢していく…でもお前たちはそろってその汚れから目を反らし、自分たちは関係ないと目を背けた。だから見えないんだ「私」の姿が!」


その何かが巨大人形ちゃんを押しのけた。


「そんなに見たくないのなら…いいでしょう私が見せてあげましょう。お前たちがやったことの結果を…その目に焼き付けろ!!!」


マリアさんが叫ぶと同時に世界が割れた。

白と黒に二分されていた世界がガラスの様に砕け散り、今まで空間だったはずの…世界だったはずの何かが地面にバラバラに落ちてパリンと音をたてる。


割れた世界の中から現れたのは何もない純白。

どこから来たのか真っ白な羽根が風もないのに舞い上がり、やがて黒い泥のような物に変わって白に飲まれていく。


そして──


「なに…それ…」


マリアさんの隣にそれはいた。


無数の触手のような…人の腕のようなものが絡み合い、巨大な玉のようなものを形成している。

またその間から不規則に形の違う様々な翼が無造作に突き出していて、そのどれもが例外なく腐ったかのように変色し、傷ついていた。


グチャグチャに絡み合った腕と翼の塊の中心には目を閉じたマリアさんを模った石像のようなものが鎮座していて泥の涙を流している。


いや、目からだけじゃない。

その全身から泥が絶え間なくこぼれ落ちていて…また今この瞬間も腐り続けているかのようにべちゃべちゃと肉が剥がれ落ちていく。


──腐った神様。

それが私が抱いた印象だった。


「────────────!!!!」


腐った神様が金切り声を上げ、腐った無数の腕が私に向かって凄い速度で向かってくる。


「っ」


咄嗟に回避行動をとろうとしたけれど、それよりも早く巨大人形ちゃんが私を庇うようにその腕で私を包んで守ってくれた。


最初の頃よりも私が強くなっている影響なのか巨大人形ちゃんもレベルアップしているようで、マリアさん由来の攻撃を受けてもなんともないらしい。


「醜いと思いますか?この姿が」

「そうね~少なくとも綺麗だとは思わないかなぁ」


目を反らしたくなるほどには嫌な見た目だと思う。

マナギスさんの人形兵は生理的に気持ちが悪かったけれど、マリアさんのそれはもっと根源的な何かを思い起こさせた。


それを直視していたくない、近くにいたくない。

怖くて恐ろしくて…何故かひどい罪悪感に襲われる。


「そうでしょうね。しかしこの姿を見て暗い感情を覚えるという事は…意外にもあなた、存外とまともなのですね」

「どういう事なのかな」


「これは「今の私」…この世界を司る神という概念の姿です。面白いでしょう?」

「…なにが面白いのかな」


マリアさんが刀を手放して、両手を広げてその場でくるりくるりと回る。

白い世界にマリアさんの独特な髪が混じり合って独特で幻想的な光景を作り出す。


「この世界が始まった時、私という神は今こうして話している「私」のような少女の姿をしていた。始まったばかりの世界には何もない無垢なものだったから。ならば今は?その答えが「それ」」


動きを止めたマリアさんが腐った神様を指差す。

べちゃべちゃと不快な音と腐臭をまき散らしながら無数の腕が中心の像を掴もうと…いや縋り付こうとしているように蠢く。


「人は…いいえ、この世界に属するありとあらゆる生きとし生けるもはその欲望を抑えることが出来ない。どれだけ与えても…もっと、もっとよこせとそれ以上のものを世界(わたし)から無理やり奪い取っていく」

「…なるほどね」


つまり見たままなのだろう。

あの腐っている手はマリアさんの石像…神様から何もかもを奪おうと蠢いているこの世界の命たち。


「私だってここに居るのに、大切なものくらい持っている一人なのにお前たちはそれすらも私から奪ってそれが当然とばかりに笑うんだ。あれだけたくさんの物を与えたのに…どれだけ幸せを願って心を砕いても、私のたった一つの幸せすら残さず踏みつぶされた。だからねぇ…そう、そろそろ私の番でしょう?」


巨大人形ちゃんの腕の隙間から覗くマリアさんは…笑っていた。

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