第365話 人形少女とラスボス戦
切り離されたマナギスさんの胴体が地面に落ちると共に残った下半身も崩れ落ちた。
カラカラカランと無機質なその音がやはり私には人の立てる音とは思えなかった。
「いやぁやったねマリアさん」
ニッコリととびっきりの笑顔を投げてみたけれど、マリアさんはそんな私には一瞥もくれずに闇の中に横たわるマナギスさんを見つめている。
そうですか、私には興味なしですか…一緒に戦った中なのだから少しくらい心を開いてくれても罰は当たらないだろうに。
「それにしてもこの刀凄いなぁ」
マリアさんから借りた刀を改めて見つめる。
この世界には珍しい…というかなんであるんだよと言いたくなるほどのこってこての日本刀。
しかしやはりマリアさんのものだけあって普通ではないらしく、私のカオスエンチャントを受けてもひびのひとつも入ってはいない。
それどころか私の腕にもダメージが来ていない。
普段私が使っているナイフもこの私の世界で作った中々に特別製の奴なんだけど…むむむ、これ一本くらいくれないかな?周りにいっぱい突き刺さってるし…こっそりと持っていけばバレないだろうか?
私は闇の中に蠢く人形くんの一体に人知れず指示を出して突き刺さっている刀を一本…いや二本…もう少し欲張って三本ほど回収してもらったのだった。
ちなみに私の持っている一本も合わせれば4本になるので、何も言われない限りはしれッと持って帰ることにしよう、うん。
というかマリアさんはいつまでマナギスさんの残骸を見つめているんだ。
「マリアさん何かそうしてて面白いの?」
「…」
「マリアさん?」
「…」
何も語ろうとしないマリアさんの横顔は、なんとなくだけど悲しげに見えた。
どうしてそんな顔をするのだろうか?仇を取れて嬉しくないのかな?ちなみに私はとくには何も感じていない。
元々マナギスさんの事に関しては私自身の感情は何も伴っていないからね。
この人が特別憎いだとか思っていたわけじゃない。
ただ友達に酷い事をした仇だから、なんとなくむかつく人だったからこうなっただけで、スッキリするとかスカッとしたとかが起こるようなことじゃない。
でもきっとマリアさんにとっては違うのだろう。
「嬉しくないの?マリアさん」
「…さぁ、どうなのでしょうね。でも…そうですね、なんとなくですが…」
酷く虚しい。
そうマリアさんは小さく呟いた。
嬉しいでも、悲しいでもなく虚しい。
私はそんなマリアさんがなんとなく悲しく思えた。
「そんなわけなので、もうそんな小芝居はやめてどこかへ消えなさい」
マリアさんが手に持った長い刀でマナギスさんの上半身をつついてそんな事を言った。
「ありゃ、バレてたか」
むくりとマナギスさんが起き上がって来た。
レイリの身体の方じゃない。
マナギスさん本人の方だ。
なんというか…前世の黒光りするあいつくらいしぶといなこの人。
「死んだふり?姑息だなぁ」
「いやいや、実際に元のこの身体に戻るのが一瞬でも遅れてたら死んでたね。流石に胴体真っ二つはショック死する」
「気合があれば死なないんじゃないの?」
「意地悪なこと言わないでおくれよリリちゃん。さて、じゃあお許しも出たことだし勝てそうにないから帰ろうかな?」
よいしょよいしょとマナギスさんはレイリの身体を拾い上げると、そのまま私たちに背を向けた。
「いいの?マリアさん」
「ええ。どちらにせよ…いえ、今はやめておきましょう」
「ふむぅ?」
私は一瞬だけどうかなと思いはしたけど、惟神の中だし一応バレない様に人形くんたちがレイリの身体に糸を巻き付けているのでもし逃げられても場所は分かるしとりあえずいっかと私も見逃すことにした。
マリアさんがいいというのならとりあえずはいいでしょうと。
それに…すでに私にもあの人を追う余裕はない。
なぜならマリアさんの次の標的はどうやら私らしいから。
その手に握られた異常に長く、白い刀が私にゆっくりと突き付けられる。
「次は私?」
「ええ、元々とりあえずはあなたを殺すつもりでしたから」
「また虚しくならない?」
「なるかもしれないし、ならないかもしれません。殺してみてのお楽しみです」
お楽しみ要素イズどこ?
とにかくそんなわけでマナギスさんをどうするにしろ、私はマリアさんを倒さなければこの先にはいけないらしい。
「…」
「…」
刀を挟んでお互いに視線を交わす。
マリアさんの瞳は今までであったどんな人よりも濁っていて…やっぱり悲しそうに見えた。
「その分かったような瞳…実に不愉快です。あの子の記憶を見たから、私の全てを分かったつもりですか?同情でもしてくれるのですか」
「そんなつもりじゃないよ。別にマリアさんがどうこうじゃなくて、ただ悲しいなって思っただけだから」
「それが不愉快だと言っている」
マリアさんの刀の切っ先が私の目を目掛けて迫って来た。
それを首の動きだけで何とか交わすと、今度は避けた方向に刃がくるりと回転し薙ぎ払いを繰り出してくる。
動きは見えてる。
だけど先ほど私の腕ごとマナギスさんの腕を斬ったという事実があるから、この刀を受け止めることは考えないほうがいい。
「人形くん!」
私の呼びかけと同時に闇の中から人形たちが現れて糸を吐き出し、マリアさんの刀を振るう腕を止める。
「邪魔をするな!」
私は人形たちが作ってくれた隙をついて刀の範囲から逃れたが、人形たちは空から飛来した無数の刀にその身体を貫かれて崩れ去ってしまった。
私の惟神の世界の中でも降ってくることを見ると、あの刀…空から降ってきているわけではないらしい。
「この世界ではさすがに不利ですね。いいでしょう、あなたにも本当の神の力を見せてあげましょう」
そう言うとマリアさんが自分のお腹を小さな刀で貫いた。
刀と肉の隙間から真っ黒なヘドロのようなものがボトボトとこぼれ落ち、私の世界を浸食していく。
「【神威顕界】」
瞬間、目が潰れるかと思うほどの閃光が奔ったかと思うと闇の世界は、その半分が真っ白な世界へと変わってしまっていた。
私の闇がありとあらゆる光が存在していないように、マリアさんのそれは染み一つない、全てが拒絶された真っ白な世界だった。
「…半分しか浸食できないとは思いませんでした。完全にあなたの忌々しい世界を上書きできると踏んでいたのですがね」
「いやぁ結構ギリギリだよ。気を抜くと今にも全部持っていかれそうだ」
私の惟神が喰われていくのが感覚でわかる。
当然ながらこちらも負けるわけにいくかと、逆に食い尽くしてやろうとするのだけどどうやら負けないように踏ん張るだけで精一杯みたいだ。
人形くんたちが総出で頑張ってくれている。
「まさかマリアさんがここまで凄いなんて思わなかった」
「あなたたち惟神を使う神は所詮私の模倣にすぎません。そんなあなたたちが厚顔にも私と同じ神を名乗るなど不遜極まりないと知りなさい」
私は別に神様を名乗っているわけじゃないし、名乗りたいわけでもない。
でもまぁマリアさんが言いたいのはそんな事じゃないのでしょう。
「さぁ行きますよ。あなたは何秒くらい持ちこたえられますかね」
「持ちこたえるどころか勝つ気なんだなぁこれが」
「ほざくなガラクタが」
マリアさんの長い刀が再びその刃を閃かせた。
人形くんたちは今かなり頑張ってくれているから先ほどのような小細工は難しい。
ならばと私はカオスブレイカーを放ってみた。
魔力の一割を消費して放ったそれは、不思議な事にマリアさんに届くことはなく何かに阻まれるように霧散してしまった。
慌てて私は拝借したままの刀にカオスエンチャントを行い、マリアさんの刀を受け止める。
どうだと一か八かやってみたけど何とか受け止めることが出来たようだ。
ただし今にも刀は折れてしまいそうだが。
「っ…!ちょっとその刀ずる過ぎない!?」
「無駄口を叩いている余裕があるのですか?」
身長の2、3倍ほどはありそうな長い刀をマリアさんはまるで羽毛の様に軽々と振るい続ける。
さっきの戦いでは腕だから助かったけど、あんなので色々なところを切られ続けたらさすがに死ぬ。
あまり長くは受け止められないし、身体で受けるわけにもいかない。
地味に厄介だ。
でもそれはまだマリアさんの力の一部でしかないのだ。
本命は別にあった。
「っ!?」
突然真横から殴られたかのような衝撃が私を襲った。
いや、ようなではなくてたぶん本当に殴られた。
マリアさんの白い世界のエリアでは何も見えないけれど、私の闇のエリアに入った時にぼんやりとだが巨大で歪なシルエットの何かが見えた。
「もらった」
マリアさんの刀が私の右頬を削り取った。
鋭い痛みが奔ってボロボロと破片が落ちていく。
「少しずれましたか。でも次はないですよ」
やっぱりこの人…強い。
私を含めた神様を自分の模倣だと言い切るだけのことはある。
でもこっちだって負けるわけにはいかないのだ。
だからやめよう、手を抜くのは。
何度も言っているが私はマリアさんを否定するつもりがない。
同じ状況に立たされて、マリアさんと同じような力があったのなら私だって同じことをするから。
レイのお母さんを止めて欲しいという涙の訴えを聞いていたから。
だからそう…違うと否定していたけれど、もしかすれば私はマリアさんに同情していたのかもしれない。
無意識下で手を抜いてしまっていたのだ。
でもそれは皆に失礼だ。
こうして私を殺そうとしているマリアさんにも、泣いていたレイにも…ここまで私を送り出してくれた皆にとにかく失礼だ。
難しい事を考えるなと言ったのは私だ。
私は私でただ全力をぶつければいいのだ。
「ふぅ…マリアさん、もうこれ以上は好き勝手はやらせないよ」
「よくほざきますね」
頬の傷を修復してマリアさんに向き合う。
やっばりとても悲しい目をしているけれど、それがなんだ。
あの人は悲しいけれど、後ろ向きだけど前に進んでいる。
だから同情なんてするな、人にそんな事をするほど私は大層な人間じゃないでしょうに。
刀を構えてその動きを伺う。
やっぱり何かの気配がする。
とても大きな何かがまた私に牙をむく瞬間を今か今かと伺っている。
それならば私にも考えがある。
「ずっと殺風景だと思ってたんだ」
私の闇の世界はあまりに広い。
先の見えない闇がどこまでも続く、黒一色の世界だ。
初めてこの力を覚醒した時にはそんなことは思わなかったのに。
あの頃と今までの違い…それは何だろうか?そんなもの分かりきっている。
「さあマリアさん、もう一度来なよ!」
「…」
巨大な気配が一気に距離を詰めてきたのが分かった。
私の闇の中に入ったことでうっすらとその姿が見える。
「今だ!来て!」
私の指に無数の赤い糸が結ばれる。
それを勢いよく引っ張り、そして─────マリアさんの巨大な何かを闇の中から現れた巨大な拳が殴り飛ばした。
「それはいったい…」
マリアさんの茫然とした呟きを受けて私はゆっくりと背後を振り返る。
バキッバキッと粉砕音のようにも聞こえる大きな音が白と黒の世界に鳴り響く。
「おかえり」
今ここに居るのは意識なんてないただ形だけを模倣したソレだ。
でもそれでも…懐かしいその姿に自然と笑みがこぼれた。
闇の中から這い出してきたのは口の無い巨大な顔と人形の腕。
勿論人形兵だなんて悪趣味なものでは断じてない。
この力を手に入れた時からずっとそばにいてくれた大切な私の半身。
始めて出会った時の巨大人形ちゃんと私が呼んでいたころのクチナシの姿がそこにはあった。
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