第363話 人形少女は疑問に思う

 右からマリアさんの刀が、左からは私のナイフがレイリを挟むように襲い掛かった。

マリアさんはどうか知らないけど私は小手調べのつもりで軽くナイフを突き立てようとしてみたわけだけど、綺麗にその腕でナイフも刀も受け止められてしまった。


そこからさらに力を込めて見るもののレイリの腕はピクリとも動かず、ナイフの刃が沈む様子もない。

私と同型の人形というのは伊達ではないらしく、最低限の強さはあるらしい。


「ふふふふ!いいね!見えるよキミたちの動きが!身体も思うように動く…どうやら実験の第一段階は成功みたいだ!」


突然マナギスさんみたいな声でマナギスさんみたいに笑い、話すのが気になるけど…。


「というかマナギスさんなの?レイリの中に入った?」

「見ればわかるでしょうに」


冷静な突っ込みが隣から飛んでくる。

一応は一緒に戦っているのだからもう少し優しくしてほしい。


レイの記憶の中のマリアさんは優しいお姉さんに見えたのになぁ…。

それはともかく、やはりレイリの中にマナギスさんが入っているらしい。

どういう技術かは知らないけれど自ら人形の中に入りたいなんて不思議な人だ。


「マナギスさんは何がしたいの?」


私とマリアさんがそれぞれ掴まれた武器を捨てて少しだけ距離を取る。

武器が使い捨てだとこういう時便利だよね。


「その何がどの部分を指しているのか分からないからなんとも答えられないなぁ」

「え~?…んーとわざわざ人形の中に入ったりして何がしたいのかなって」


「以前話したじゃないか。私はね強い器が欲しいんだ」


レイリ…いやマナギスさんが掌を私たちに向けると先ほどと同じように目に見えない衝撃が私のお腹の部分を襲った。

ちょっとだけお腹がへこんだように見えるけどダイエットできたと割り切ろう。

そのうち治るだろうしね。


一応マリアさんの無事を確かめようと隣を見ると無傷だ。

躱したのかな?凄いな…いやそれもまた偶然なのかな?わからん。

てかこうしている間にもマナギスさんからの遠隔攻撃が続いているので新たなナイフを取り出しつつ走り回る。


「君たちの身体は強い。普通の肉体ならさっきの一撃で決着はとっくについていた…なのにそうはならない。それに比べて私たち人の身体は、肉体はどうだ…人のそれはあまりに脆すぎる。それを直に感じたのは私がわずか片手で数えられるくらいの年齢の小娘だった時だった」


マナギスさんの顔から笑顔が消えた。

声色からもいつもの無邪気さが消えて、ようやくいつもの見た目相応のクールで大人っぽい雰囲気になった…のだけど今度はその見た目が十代半ばほどの少女になっているのでやっぱり違和感は消えない。


「私の両親は驚くほど簡単に死んでしまった。ただ刺してみただけなのに…ただ背後から石をもって殴りつけただけなのに。私はただ人体に興味を持ってどういう仕組みになっているのか知りたかっただけなのにだ。ねぇわかる?子を産み育てている大の大人を齢一桁の小娘がやろうと思えば簡単に殺せるんだよ?それほどに肉の身体は脆くて脆弱だ」


マナギスさんの声にはわかりやすいほどの感情が込められていた。

いつもは何を考えているのかさっぱりわからないし、今も考えていることは分からないけどそれでもその声に含まれた怒りと…あとは悔しさ?落胆?そう言ったものは伝わってくる気がする。


「どれだけがっかりしたと思う?どれだけ悔しかったと思う?…一時的にだったけど私はその事実に打ちひしがれて完全に腐ってしまった」

「そのまま腐れ落ちてしまえばよかったものを」

「同感だねっ!」


そう言いながらマリアさんが刀を手にマナギスさんに斬りかかろうとしていたので、それを援護するつもりで反対側から思いっきりナイフを投げた。

しかし難なくナイフは弾き飛ばされ、マリアさんの刀も見事に受け流されていた。


「実際に腐り落ちる寸前だったよ…でもさそんな私をレイが救ってくれたんだ!あの子は…あの子は本当に素晴らしかった…ただの一研究者に甘んじていた私の心に再び火を灯してくれるほどに!あの子はすごかった…私の両親とは違いどれだけ刺しても、切っても中身を引きずり出しても死にはしなかった…大切な人のためなりたくて、その人に笑ってほしくて誰かを助けられるような人になりたいという一心でその命をどこまでも繋いでいた。だから私はそんな彼女の助けになりたかった!彼女が望んだものを与えてあげたかった!」


マナギスさんがヒートアップしてくるにつれてマリアさんの動きが鈍くなっていく。

遂には口元を抑えて完全に止まってしまったところに、マナギスさんが掌を掲げたので慌ててマリアさんの背後に闇を展開して中の人形にマリアさんの身体を引っ張ってもらって事なきを得た。


「マリアさんぼーっとしちゃダメ!」


そうは言ってみたけれど、マリアさんは放心したような虚ろな目でただただマナギスさんを見つめている。


「あの子が何を…何を望んだというんだ!!」

「力だよ。レイは何よりも力が欲しいと願っていた。あの子は私の心を取り戻してくれた恩人だから…だから出来る限りのことをしてあげた!あの子を信じてその身体を徹底的に解剖して、少しでも可能性があるならばと薬だっていっぱい使った!頭も弄り回して少しでも多くあの子の望むものをと努力した!そしてそれにレイはどこまでも答えてくれた…まさに人生で一番充実した時間だったよ…あの実験の日々は…」


まるで酔っているかのようにマナギスさんは顔を赤らめて恍惚とした表情で天を仰いだ。

記憶に酔う…とでも言えばいいのだろうか。

その姿は過去に浸る大人の様にも、新しいおもちゃを買ってもらった子供の様にも見えた。


「でもね、そんな誰よりも素敵な女の子だったレイにも限界が訪れたんだ…肉体の限界さ。あの子の心は死んではいなかった…言葉も喋れなくなって記憶も感情も薄れていたけれど…それでも彼女の魂は、命はその輝きを失っていなかった!…でもその身体がどうしようもなく脆かったんだ。まだ行けた…まだ行けるはずだったんだ「私たち」は。可能性の果てまで!でもそれを邪魔したのが肉の器の限界だ」


今度は心から悲しんでいるような表情を見せて肩を落とした。

この短時間で万華鏡のように表情も雰囲気も変わるマナギスさんに恐怖のような物すら感じてきた。


「身体は限界を迎え、それでも死んでいなかった魂はレイを「神」なんていう存在に変貌させた。それは人として努力してきた彼女に対する冒涜だ。どれだけあの子に謝っても足りはしない…だから私は、だからこそ私は彼女の残した全てを否定しないためにこうして彼女と今も共にいる」


マナギスさんが自らの胸を力強く叩き、ガンッと無機質な音が虚しく響く。

たぶんその身体の中にあるレイの欠片のことを言っているのだろうか…?


「そしてだからこそ私は強い魂の器が欲しい。脆い肉の器ではなく、寿命なんて時間制限もない。人の素晴らしい可能性を未来を、意地を、魂を…心を受け止められるくらいの強い身体が私たち人には必要なんだ。レイリはその第一歩。私たちがさらなる高みへと昇るための大きな一歩だ。わかるかい?この私の想いが。レイの残した光が。それを理不尽に胡坐をかいた神(きみたち)にくじけるかい!?出来るものならやってみたまえ!」

「ごちゃごちゃと減らず口並べて悦に入るなぁああああ!!」


マリアさんが叫ぶと同時に目にも止まらない速さでマナギスさんに斬りかかった。

その一撃も難なく止められて…それでもマナギスさんは刀を振り続ける。


「あの子が望んだ!?全部お前の妄想じゃないか!押し付けじゃないか!そんなゴミにも満たない理由であの子を弄んだのかぁ!!!返せ…私の娘を返せーーーーーー!!!!」


マリアさんが叫ぶたびに、刀を一振りするたびに空から無数の刀が降り注ぎ地面に突き刺さる。

まさに殺戮の雨だ。


ちなみに私にも降り注いでいるし、倒れているコウちゃんたちにも当たりそうなので危ないところに落ちる奴は闇の中にポイして処理している。

そんな私の努力など露知らず、二人の攻防はその激しさを増していく。


「妄想ね…確かにそうかもしれないけどそれでも私は母を自称する君より多くの物をレイに与えられたと思うよ。君はあの子に何をしてあげたのかな?ねぇお母さん?」

「…っ!!」


その瞬間、マリアさんが時間が止まったように硬直し、隙ができた。


「さようなら理不尽な神様。もしよければ人の進歩を…君たちの手から離れていく私たちを祝福してくれるといいな」


マナギスさんの魔法がマリアさんの身体を貫こうとした…ところで私は惟神を展開した。

瞬間、世界は漆黒の闇に包まれる。

一寸の先も見えない黒く深い闇の中…ここは私の世界。


「おや?ここにきて惟神かぁ…リリちゃんも懲りないねぇ」


マリアさんを人形たちに庇わせて事なきを得たのを確認し私も一歩を踏み出す。

いや正直ね?マナギスさんが言っていることは微塵も耳に入ってこなかったけど、腹の立つことを言っていたことだけは理解できた。


マナギスさんはレイの欠片を持っているのに、その記憶を見なかったのだろうか?

あの子の中にあったのはどこまで行っても大切な母との温かい記憶だ。


そこにあった愛しているという想いだった。

それを汚されるのは非情に不快だ。


「ねぇマナギスさん」

「なんだい?」


「一つ疑問なんだけどさ」

「うん」


「人の身体を捨てて寿命からも解放されて?強い力を手にして永遠に生きて…それってさ人間なの?」

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