第361話 人形少女は恐れる

 気持ちの悪い人形を倒して一段落。

とはいかず、私はマオちゃんと合流して怪我の様子を確認していた。


「ああ!こんなところにも傷が…!!なんてこった!!どこかに医者はいないの!?」

「落ち着いてリリ。私は大丈夫だから」


「大丈夫なわけないよ!こんなにいっぱいケガしてるのに!!」


マオちゃんがいつにない押しの強さで絶対について行くというから連れて来たけど…やっぱり失敗だったかもしれないと思い出してる。


でも屋敷のほうに残してきたとしても向こうにも襲撃があったみたいだからどっちもどっちだったかも…あ!そうだ屋敷の方は無事なのだろうか。


一応マリアさんを言いくるめて送り込んだけど…ちょっと早めに向こうに戻ったほうがいいかもしれない。

ただすぐ戻ったらまだ戦闘中かもしれないし、クチナシが最後まで何も言ってこなかったのだから私が心配する必要もないのかもしれない。


とにかく様子を見つつ戻る感じで行こう。

でもまずはマオちゃんの怪我をどうにかしないと…。


クチナシの力が私に統合されたことで、あの子が使っていた身体に悪そうな色の回復効果のある液体を使えるようにはなっているのだけど、マオちゃんの背中にできている傷が問題で、傷を塞ぐことはすぐにできるけど突き刺さった破片が結構喰い込んじゃっているのでこのまま塞ぐと体内にこの破片が残っちゃうのだ。


だから一個一個丁寧に抜いている最中です。


「痛くない?大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」


糸を束ねてピンセットのようなものを作り、マオちゃんの背中から破片をヌルリと抜いていく。

見ているだけで痛そうだけどマオちゃんは涼しい顔をしているので本当に大丈夫なのだとは思う…たぶん。


むしろ世界遺産に指定されてもおかしくない美しさを持つマオちゃんの背中が傷ついているのを見ている私の心が痛い。


「うひぃ~」


もう色々辛いから早く全部抜いてしまおう。

勿論マオちゃんに少しでも痛みを感じさせないように出来るだけ優しくかつ繊細にだ。

そうやって気合を入れていたのに、それを邪魔するように何者かが私の肩を叩いた。


「何してるんだお前ら」


邪魔をするのは誰だこの野郎!と振り返るとそこにいたのは何故か黒い触手にうねうねと絡まれているコウちゃんと、そんなコウちゃんに腕力だけでしがみついているように見えるアーちゃんがいた。


「二人こそ何やってるの?戦争は?」

「もうほぼ終わりだ。どういうわけかローブの集団もほとんどが死んでやがるからな」


「へぇ?」


不思議な事もあるもんだ。

マナギスさんが何か仕込んでいたのかな?…ありそうなのがあの人の怖いところだね。


「あの腐れ頭の女が出てこないのが気になるが…こちらからやれることはない。とりあえずは待機だな」

「わかった~」


というわけでマオちゃんの治療に戻ろう…。


「フォルスレネス。ここにいたのか」

「皇帝さん、おつかれさまです」


なんかさらに人が増えた。

ヒートくんとレクトくんだ。


…ヒートくん?くん?んー?…なんか見た目が…まぁいいや。レクトくんもめちゃくちゃ久しぶりに見た気がするけど、なんだか以前よりスッキリしているような気がする。


なんだそれ?って思われるかもだけど、なんかとにかくスッキリしている感じだ。


「おうガキ共。そっち方はどうだった」

「こっちも何もなかったよ。そこそこ被害は出たけどね」


「そうか。とにかくご苦労だったな。ところであの妙な女はどうしたんだ?」

「ん?…そう言えばクララの姿が見えないな。いつの間にかいなくなってる。まぁあんなピンク頭の花畑女なんていなくていいさ。そんな事より僕はリリさんがあそこまで規格外な事に驚いてるよ…」


ヒートくんが私に何とも言えない目を向けてくる。

なんだいなんだい、人に喧嘩を吹っ掛けて来たり追い回したりしてきたくせに~。


「リリさん…その、お久しぶりです」

「やぁ」


レクトくんが私にぺこりと頭を下げてきたので片腕を上げて挨拶をする。

やっぱりなんかスッキリとしてるよね?以前は何かそれこそ「切れたナイフ」みたいな異名がついてるんじゃないかってくらい様子がおかしかったし。


今はそんな事もなく気まずそうにしながらもちょっとだけ笑っている。

なんか色々話したそうにしているけどそれよりマオちゃんだ。


…はっ!?マオちゃんの背中を出しっぱなしだった!?やばい!マオちゃんの素敵な素肌を他人に見せていい訳がない!どうする!?全員の目を潰す!?

私が半ばパニックになっているとマオちゃんがにっこりとした笑顔で首を動かして私の方を見た。


「リリ?」

「え…ど、どうしたの…?」


このマオちゃんの笑顔は…怒っている時の顔だ。

私にはわかる、間違いない。


あばばばばばばばば!やっぱりみんなに素肌を晒しちゃってるのがダメだった!?ひぃ~!全員の目玉をくりぬくしかないいぃいいいい!!


私がナイフを片手に行動をしようとするとマオちゃんが力強く私の腕を掴み、笑顔を維持した顔をこれでもかと近づけてくる。


こ、こわひぃぃいい~!


「ま、マオちゃん落ち着いて…」

「リリ?」


「は、はい…」

「私、リリに男の子の知り合いがいるなんて聞いてないんだけど?」


「え…?」


な、なに?マオちゃんは何を言ってるの!?


「え?じゃないんだけど?どうして男の子の知り合いがいることを黙ってたの?どういう事?どういう関係?言えない関係なの?ねぇ?リリ?説明して?出来るよね?出来ないわけないよね?ね?リリ?はやく、ほら?ねぇ?ねぇねぇねぇ?」

「あばばばばばばばばb…い、いやレクトくんとは何も…」


「名前で呼び合うような関係なんだ?なんで?ねぇなんで?」

「えぇ!?」


名前もだめですか!?そんなの回避のしようがない!

でもだめだ、このスイッチの入ったマオちゃんには常識なんて通用しない!ど、どどどどどどどどどうすれば…!?誰か助けて神様!!!

そんな私の天にも縋る願いを聞き届けてくれたのは神様じゃなかった。


「やっほー楽しそうだね」


聞き覚えのある腹立たしいほどに無邪気な声。

真っ先に反応したのはさすがの反射神経を持つコウちゃんだ。


それに続いて私も声のしたほうを振り向く。

腹立たしいどころか腹の立つ無邪気な笑顔で手を振っているのは言うまでもなくマナギスさんだ。

隣に知らない女の子を連れているのが気になる。


「ようやくお出ましかよ、ゲボ女」

「うんうん、用ができたからこっちに来てみたんだけど、まさか人形兵がみんなやられてるとは思わなかったよ。それに私の部下たちの魂が消えてるという事は奥の手の「合体」も使ったみたいだけど…あはははは!いやいや凄いな。敵ながらあっぱれだ」


マナギスさんはニコニコと嬉しそうに笑っている。

それに反比例して隣にいる女の子は表情一つ変えはしない。


クチナシよりも表情がないかもしれないなあの子。

ただなんというか…不気味というか不穏というかそう言う気配がしているのだけ気にかかる。


「余裕だな。言っておくが今度は何があっても逃がすつもりはないぞ」

「あぁ大丈夫だよ。私も今回ばかりは私も逃げるつもりはないんだ。「本気」なんだよね」


パチンとマナギスさんの指が鳴る。

するとその隣にいた少女がゆっくりと腕を上げ、その掌を私たちに向けてきた。

ゾクリと背筋を冷たいものが滑り落ちた。


「マオちゃん!」

「え?」


私は慌ててマオちゃんを空間転移の闇の中に押し込んだ。

行先は屋敷。


マナギスさんがこちらにいるという事は向こうは安全のはずだ。

それに咄嗟に他の場所を指定する余裕はなかった。

とにかくマオちゃんを逃がすことだけしか考えられなかった。


そして次の瞬間、ヒートくんとレクトくんが血を流しながら倒れた。

アーちゃんもそのお腹に大穴が開いて、中身がぼとぼとと地面にこぼれ落ちている。


コウちゃんは一か八か逃げられたのかアーちゃんが庇ったのか片腕が肘の下からちぎれ飛ぶくらいで済んでいるようだ。

私も破損部位こそないが右腕が変な方向にへし曲がってしまっている。

危なかった…本当に危なかった。


一瞬でも判断が遅れていたらマオちゃんにも被害が及んでいた。

勿論ここに居るみんなが怪我をしたのがどうでもいいというわけじゃない。


私は腕を無理やり元の角度に戻して、手の中に赤と青の身体に悪そうな色の液体を作り出すと皆に向けて振りまいておいた。

これですぐに命にかかわるなんてことは無いはず…。


「ひゅ~小手調べとはいえリリちゃんにはほとんどダメージなしか。やっぱ凄いね君は」


ぱちぱちと拍手をしているその姿が本当に腹立たしい。

でもそれよりまずは…


「なんなのその子」


マナギスさんの隣にいる女の子。

正直異常だ。

何をされたのかよく分からなかった。

今の私でも驚くくらいの意味の分からない攻撃…そんなことが出来る存在がただの女の子なわけがない。


「レイリとか言う名前らしいですよ」

「ん?」


いつの間にか私の隣にはマリアさんが立っていた。

なんでみんな突然現れるのか…気配も感じさせず近寄ってくるの本当にやめて欲しいと思った。

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