第359話 赤い糸のお姫様
ムカデはその勢いを増し、まさにやりたい放題だった。
その関節から硬く耳障りな軋むような音をたてながらも気持ちの悪いほどに滑らかに脚を動かして帝国内を徘徊し、進行上に存在する建物などを手当たり次第に破壊しながら暴れ続ける。
見境なく暴れているのか、それとも何らかの目的を持って動いているのかは不明だが一つの事実としてムカデはとある一人を執拗に追いかけていた。
「なんで、こっちに来るの…!」
息を切らせながらムカデから逃げているのはマオだった。
身に纏っていたワンピース状の服はところどころが汚れて破れており、覗く素肌からは血が流れている。
身体能力と言う点においてお世辞にも優れているとは言えないマオは赤いオーラを器用に使い何とか逃げのびているがムカデの執拗な追跡を振りほどくには至らない。
物理的な干渉以外は受け付けない人形兵の特徴をそのまま受け継いでいるムカデに対抗する手段はなく、逃げの一方となっており打開策がない状態だ。
マオを客人と認識している帝国騎士や民兵たちが時折、マオを逃がそうとするもムカデは気にも留めない、あるいは一蹴しやはりマオを付け狙う。
「いい加減止まりたまえ!」
「この化け物め!」
ヒートとレクトもたびたびムカデを抑え込もうとしているものの、人形兵より質量が増した結果、もはや力で押さえつけれるというレベルを超えてしまっており、やはり有効打がなく何度も何度も振り払われる。
マオもただ守られて逃げるばかりではない。
庇われ守られるだけの自分などマオが最も嫌いで唾棄すべきものだ。
故にマオは自分を庇い殴り飛ばされた者たちを赤いオーラでなるべく受け止め、被害を最小限にしながら逃げている。
かつて同族を殺した力で敵対していた種族を守る。
「言葉にするとあまりに滑稽だね…ううん、私にそもそも同族なんていなかったのかもしれない」
そんな事を考えだすと脳裏によぎるのは幼いころ時間を共にした「友達」と当時は呼んでいた者たち。
そして自らを嘲り笑った者たち。
彼らが自分と同じ種族なのかと考えるとやはり違うのだろう。
孤独で一人っきりの魔王。
それがマオだったのだから。
次に思い起こされたのは非道で不器用だった育ての母の顔。
当時は憎いとすら思ったが今になってその無愛想な顔を思い出すとなんとなく笑えてくる。
もう少しだけあの人と向き合うべきだった。
もう少しだけ目を見てちゃんと話すべきだった。
そうすれば何かが違ったかもしれない。
「ううん…きっと何も変わらなかったね」
何がどうなろうとあの人は何も変わらなかっただろう。
それがアルギナというマオの母親なのだから。
そしてマオに願いを託し消えて行った数多の魔王達…関りこそほとんどないがそれでも彼女たちはマオにとって同族と言えるのかもしれない。
いや、マオにとって魔王達は兄と姉のようなものだ。
ならばそれはきっと──
「家族…なのかな」
何を考えてるのか最後までよく分からなかった母と繋がりすら知らなかった兄姉。
もし同族という存在がいるとすればマオのそれは魔族ではなく…。
「っていやいや、なんで今そんな事考えてるのか」
すぐ背後で耳を破壊するかのような轟音がすると共に鋭く砕けた何かの破片がマオの背中に突き刺さり、頬にも一筋の傷をつけた。
更に飛来する砕けた建物の破片をオーラで防ぐもそれとほぼ同時にムカデの手が上空からマオを襲う。
「んぐっ…ん!」
オーラが通じない手から逃れるためにお腹を庇いながら前に飛ぶ。
お腹…そう胎だ。
危機的状況ながらマオは少しだけ笑う。
寄り添う者のいない孤独で哀れで可哀想な魔王…それがマオに与えられた役目であったはずなのに、今は一人どころか両手で抱えることすら出来ない大切なものがある。
数ではない。
数字に表すのなら片手で数えられるか、少なくとも両手は多すぎるほどしかない。
だがその大きさは上が見ないほどに大きい。
それこそ自らが王を務めていた種族を滅ぼしてしまえるほどに。
好きが、いや愛が止まらない。
愛しい家族を愛してやまない、やめることが出来ない。
その愛のためならなんだって出来る。
「まぁそれだけ大切なら重荷を引きずってこんなところに来るなって話なんだけど…いてて…」
本来ならそうするべきだ。
何よりも大切しなければ、誰かが守ってやらなければいけない存在がそこにいるのだから。
でもマオはリリについてくることを選んだ。
そうしなければいけない気がしたのだ。
「…そうだ、お腹の…」
そこでマオはようやく気がついた。
ムカデが何を狙っているのかを。
人形兵は魂を素材として動いているとフォスは言っていた。
ならば何か魂に関連した何かに引き寄せられる…つけ狙うような性質があるのかもしれない。
姉であるリフィルには人の魂を操る力がある。
ならばその血に連なる妹ならば?
すでにマオは胎にいる存在が司るそれの一端を目にしている。
「あー…じゃあ本当にここに赴いちゃったのがダメだったのか~…ごめんよ。でもどうしてもここに、リリについていないとダメだってどうしても思っちゃったの…本当にごめん」
よろよろと立ち上がるマオに影が落ちる。
ムカデが再びその巨大な脚を持ち上げ振り下ろそうとしているのだ。
マオは冷静にそれを見据えながらまだ傍からは分からないほどにしか膨らんでいない腹を撫でる。
「だけど大丈夫。何も怖がることは無いんだよ。ねぇそうでしょう?」
ムカデの脚が、建物をいともたやすく砕き壊す威力を持つそれがマオに振り下ろされ──
「リリーーーー!!」
マオが叫ぶと同時に黒い流れ星が落ちた。
それはムカデの頭部を撃ち抜き、マオに振り下ろされようとしていた脚を消し飛ばした。
巻き上がる土煙を闇が吹き飛ばし、誰かがマオの手を取った。
「ご無事ですか、姫?」
「なにそれ。全然似合わないよ」
「やっぱり?じゃああらためて…お待たせ、マオちゃん」
「うん。まってたよリリ」
マオの大切なものの中で最も大きくて一番大切なもの。
人形少女リリがマオに優しく微笑んだ。
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