第358話 率いる者の資格

 帝国では奇妙な黒い光の中から現れた生理的な不快感を抱かせるパペットが暴れまわっていた。

その巨大さ、醜悪さに徐々に兵たちは戦意をくじかれて行き、被害が広がりつつあった。


「おいジラウド。あいつの腕…脚?何本あるように見える?」

「陛下…今はそんな話をしている場合では、」


「いいから答えろ何本に見える」

「…10対の20本でしょうか」


帝国の地を蹂躙しているそれを一言で表すのなら人面のついたムカデだ。

継ぎはぎの長い胴体に以上に関節の多い腕のようにも脚のようにも見えるものが左右に10本ずつついており、その脚を動かし虫の様に徘徊しているのだ。


「ならば顔についている目の数は?いくつに見える」

「へ、陛下…私にあの気持ちの悪い顔を直視しろと…?」


「やれ」

「はっ……おえっ…8、9…10でしょうか…?」


ムカデの顔には不規則に無数の目がちりばめられるように配置されており、それが一層と醜悪さを演出している。

それを根性で恐怖感や忌諱感を押し殺してジラウドは数えた。


「手足が20で目は10…ちょうどここに現れたあのガラクタの数と同じだな?5体だったよな?」

「そう言われればそうですが…まさか?」


「確認してみらんことには分からんが、まぁそういう事だろうな。合体というやつか」


フォスの想像通り、ムカデはこの場に送り込まれていた人形兵に搭載されていた機能による合体形態だ。

人形兵の内部に仕込まれていたレイの欠片の力を使い、残骸同士を無理やりくっつけて生まれた歪な存在。


だがそれが分かったところで何の意味もなく…フォスもそれが分かっていながらあえて確認するようなマネをしたのはただ単純に現実逃避をしたかったから。

それくらい目の前で暴れているムカデは気持ちが悪いのだ。


「だがそうも言ってられんか。見たところ硬さも膂力も5倍…どうすればいいんだあんなの」


人形兵を一体倒すだけでもフォス達にとってはかなりの大事になる。

現にフォスの片腕はダメージを回復できておらず、使い物にならない。


人形兵相手には通用していた特別製の大砲も、ムカデの動きがあまりに素早すぎて当てることが出来ない。

こうしている間にも被害は広がっていき、だが対処法もないと正直お手上げ状態だった。


「レクトとヒートも頑張ってはいるようだが…傷一つついてないな。さて…どうするか」

「一緒に逃げますか?フォス様」


黒い触手が思案するフォスに絡みついた。

それを辿るようにして触手の主であるアルスもその身体を、胸を押し付けるようにしてフォスに絡みつく。


「前から思ってたがお前、そこそこ腕力あるな」

「長年こうやって腕を動かしていたので力がついているのかもですね」


アルスが手を何か棒状のようなものを握るようにして腕を前後に動かす。

それを鼻で笑い飛ばしてアルスを引っぺがし、地面に叩きつけると「あっは!」と恍惚の声が漏れた。


「馬鹿なこと言ってねぇでお前も何かいい方法を考えろ」

「いけずですねぇ。逃げないのならそうですね~…もうリリさんにお願いするしかないのでは?」


「それしかないか…」


いつの間にか原初の神の気配が消えていることにフォスは気がついていたが、リリが加勢に来る気配はない。


「あいつに期待しているわけでもないが…魔王が戦場にいるこの状況で飛び出してこないところを見るにアイツでも対処が難しいのか」

「リリさんの話が本当なら魔力も尽きているはずですしね」


「つまりはお手上げか」

「だから逃げましょう?フォス様。誰も知らないところで二人で気持ちい事をして過ごしましょう?」


ここぞとばかりに自らの欲望を爆発させるアルスに、ジラウドは何か言いたげな視線を向けていたが口出しすることは出来なかった。


何かジラウドが行動を起こそうとするたびにアルスがその視線で牽制していたからだ。

彼女とて神の一柱。


普段は大人しくしているとはいえ人が逆らえる存在ではないのだ。

だがそれともう一つ…ジラウドはただ確信しているから。

フォスがこの状況で逃げるという選択をしないという事を。


「お前はここで逃げると口にする我がお望みなのか?」

「それがあなた様の選択ならば、私は尊重しますよ」


「話にならんな。だからお前はいつまでも駄肉なんだ。我の選択どうこうではなく、お前の気持ちの問題だろうに」

「…気持ち…確かに私は…そう、ここで逃げるあなた様よりはかっこよく立ち向かうフォス様のほうが好きです」


「ふん!言われんでも逃げんわ。期待に添えるかは知らんがな」


まだ動く片腕に光の剣を持ち、ジラウドたち部下を引き連れてフォスは勝ち目のない戦いに赴く。

本来ならば皇帝であるフォスだけでも逃げるべきなのかもしれない。


だがここで逃げるものを民は皇帝とは仰がない。

そして何よりフォス自身のプライドがこの状況で逃げ出すことなど良しとはしないのだから。


「行くぞお前たち」

「「「はっ!!」」」


フォスの言葉に兵たちが声を上げる。

そして。


「あ、フォス様フォス様」

「あ?」


「あれ」


アルスが斜め上の空を指差した。

フォスがその指の先を目で追うと…黒い何かがまるで流れ星の様に横切り、ムカデに向かって行くのが見えた。


「あーあ、阿呆くせぇ」


フォスは光の剣を投げ捨て、その場に寝っ転がった。

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