第357話 悪夢

 その日、帝国以外の国々はいつも通りの平穏な日常が流れていた。

彼らは帝国で戦争が行われていることすら知らず、今日もいつもと変わらない一日だと思っていた。


当然ながらフォスは近々何者かが侵略戦争を仕掛けてくるかもしれないと評議会に報告しており、その際に援軍はいらないときっぱりと言っていた。


フォスとしては相手が相手なのでおそらくは一般兵など数がいても意味がなく、統率もとりにくい他国の兵などむしろ邪魔にしかならないうえに無駄な犠牲が増えるだけだという判断からの言葉だった。

そして評議会はフォス抜きでの会議の結果、一切介入しない事を決定した。


相手に恐れをなしたからではない、フォスはマナギスの情報を一切共有していないので評議会はおそらく帝国にちょっかいをかけていた国の愚かな暴走だろうと考えていたためにフォスの意見を無視し、恩を売るという案も出たのだが、それでも彼らはそういう決断を下した。


「あの国は短期間で強くなりすぎた」


様々な意見が出て、決断を降すのにも様々な理由が盛り付けられたが一番の理由はそれだった。

表向きは友好国ではあるものの誰もが恐ろしかったのだ。


かつての帝国はあまりの強大さに平等を謳う評議会であってもほとんど絶対の発言力を持つ存在だった。

その国が一度は崩れ去り、その後釜に自らの国がと各々地盤を固めていたところに突如として帝国は復活し、さらに恐ろしいほどの短い間にその強大さの片鱗を示してきたのだ。

このままではまた帝国が全ての国の頂点に立ってしまう…ならば。


「ならばその力を削いでしまえばいい…我々が手を降すわけじゃない。ただかの国の言った通り援軍を送らぬだけだ。なにも責められるようなマネはしない」


戦争をするのなら、あわよくば…いやお綺麗な建前を全てはぎ取ってしまうのならばできるだけたくさんの被害が出て欲しいと各国の代表および最高権力者たちは思っていた。


帝国が負けるとは思っていないし、軍事力や戦闘に関する知識を持つ帝国にモンスターの対処等を担ってもらっているので負けてもらっては困る。

だが自分たちの上に立ってほしくない、手の届かないほどに力を身に着ける前に出る杭を打ち付けたい。


「我々は何もしない…そう何もしないのだ」

「しかり」


その言葉を免罪符に彼らは強者の没落を願っていた。

そしてそれはこの戦争を起こしている者の言を借りるのならば「正しく生きていない」という事になる。

ならばどうなるのだろうか?その答えは突如としてもたらされた。


「ん?おい見ろよ、なんかかわいい子が立ってるぜ」

「お?ほんとだ。珍しい格好してるなぁ。声かけてみるか?」


それを最初に見つけたのはとある国のハンター達だった。

いつの間にかそこにいて、微動だにせず何かを映しているのかも分からない虚ろな瞳で虚空を見つめる少女がとても美しくて声をかけた。


「なぁ君、こんなところに立ち尽くしてどうしたんだい?」

「俺たちこれから昼飯なんだけど一緒にどう?おごるよ」

「…」


少女はゆっくりと声をかけてきたハンターたちに首を動かして視線を向けた。

その時ハンターの中で聴覚に優れた者が少女の首の動きに合わせて何かが軋むような音を微かに聞いた気がしたが気のせいだろうと気に留めなかった。


もしそのハンターがその音を警戒していればこの後の悲劇を回避できただろうか?

答えは否だ。

その不思議な少女…レイリが現れた時点で全ての結末は決まっている。


「どうして何も喋らないんだ?まさか具合でも悪い?」

「そりゃ大変だ、俺たちの借りてる宿がすぐ近くにあるし、そこに連れて行って…」


レイリがおもむろに片腕を上げた。

ただそれだけ。

他に変化は何も起こっていない。

しかし…。


「うぐ、ぎ…なんだ…こ、れ…うぶぶぶぶ…ぐぎゃあああああああああああ!?」


ハンターの一人が喉を抑えて悲鳴をあげた。


「お、おい!?いきなりどうした…ぐヴぇ…おぐぶわぁぁあああああああああ!?」


一人また一人と最初に悲鳴をあげたハンターの近くにいた者から同じように悲鳴を上げていく。

それは感染するように爆発的に広がって行き、ものの数十分で国中に広がってしまう。

何故悲鳴をあげているのか…それは悲鳴をあげている本人にも分かっていない。

とにかく苦しい。


まるで自分の中から大切な何かが無理やり引っこ抜かれているかのような感覚が襲って来て、そのあまりの苦痛に叫ぶことしかできない。


あまりに叫びすぎて喉が裂け、血を吐き出すがそれでも悲鳴を止めることは出来ず…やがて最初に悲鳴をあげたハンターから順に糸が切れたかのように倒れた。


「魂の回収を実行」


レイリの正体はマナギスが作り上げたとある目的のための人形…そのプロトタイプであり起動こそしているものの完全な力を発揮するには「燃料」が足りていなかった。


その燃料とはなにかすでに言わずもがな、この場所に現れたのはそれを調達するため。

そしてレイリにはより効率的に「燃料」を回収する機能が実装されていた。


以前マナギスも使っていたレイの欠片の特性を反転させた魂の回収法…それを発展させ効果範囲が一国を飲み込むほどまでに拡大されたそれをなんの遠慮もなくレイリは現在発揮していた。


「効果範囲の最大値化を確認。影響下の全魂を回収後次の行動に移ります」


プロトタイプの名の通り、レイリにはマナギスの想定する全ての力が想定通りに組み込まれているわけではない。

完全には程遠い未完成体でありその能力にも穴がある。


よってレイリからの魂の搾取を逃れた者も存在していた。

偶然効果範囲外にいた者、体質的な問題で影響がわずかしか及ばなかった者、偶然身に着けていた装備の組み合わせが能力の効果を薄める特性を持つ組み合わせだった者…つまりは運がよかった者たちだ。


マナギスに言わせるのならば天に見捨てられなかった者たちという事になる。

だからレイリはそう言う者たちに対して必要以上の追撃は行わない。


ただ最初の一回で魂を奪われた生きる努力をできなかった者たちの魂を回収するだけ。


「魂の回収を完了。現在、必要数の5パーセントの回収に成功。次の国へ転移を実行します」


レイリが次の犠牲となる国へと転移し、その姿が消えた。

元凶が消えた国は先ほどまでの活気が嘘のように消え去ってしまっていた。

それもそのはず…レイリが回収した必要数の5パーセントほどの「燃料」。

それはその国の全人口の8割もの命を奪っていたのだから。

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