第349話 プライドの一撃

「あああああああああああ!!うぜぇえええええええええええええええ!!!」


フォスのその叫びは大気をも揺るがし、波紋の様に戦場に広がっていく。

隣にいたアルスはとっさに耳を抑えていたが、近くにいた騎士達はあまりの声量に脳まで揺さぶられ、立ち眩みを起こすほどだった。


「どいつもこいつも…ただの一人でさえ我のいう事聞きやしねぇ!どれだけ考えてもただの一つの事柄でさえ思い通りにならん!ふざけんじゃねぇ!」


叫ぶフォスの拳には光の手甲のようなものが装備されており、その拳が地面に叩きつけられる。

帝国の地面にフォスを中心にヒビが入り、そのままもう一撃、さらに一撃、そして一撃と拳を何度も何度も叩きつけていく。


「そのくせやることと責任ばかり増えていきやがって!我をなんだと思ってるんだ!胃がいてぇんだよ!毎日毎日よぉ!こっちはただぐーたらと日々を過ごしたいだけなんだよ!!食ってエロいことして寝てぇんだよ!何もしてねぇのに面倒事の方からやってきやがって…そもそもなんでどいつもこいつも人の国に攻め込んでくるんだ!!かないもしないくせに勝手に敵視して向かってくるんじゃねぇ雑魚共が!!!我が何をした!?ただそこにいただけだろう!?国を普通に運営していただけだろうが!!!!だというのに頭のおかしい人形やら頭のおかしい悪魔やら頭のおかしい原初の神やら頭のおかしい魔女やら…頭のおかしいやつばっか寄ってきやがって…コケにすんのもたいがいにしろ!!!!我が手を出したか!?なんで我ばっかこんな目に合う!?しまいにはキレるぞ馬鹿どもがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


叫びと鬱憤の乗った拳が地面を突き破り、軽く振動を起こした。

ぜーぜーと肩で息をするフォスにそっと寄り添い、フォスを胸に抱く。


「ちなみにフォス様。話を聞く限りリリさんに関しては手を出したのはフォス様のほう…」

「うるせぇ」


伝家の宝刀を抜きつつ、アルスをそっと押し返し、フォスはぐりん!と乱れた髪を直すこともなく首だけで騎士達を睨む。

ホラーさながらのその様子にビビりつつ、騎士達は身を正す。


次にギ、ギ、ギ、ギ、ギとまるで人形のような動きで首を動かし、絶賛戦闘中のレクト達に視線を向ける。

戦いの最中ではあるが背筋にひやりとしたものを感じ、恐る恐る視線の主であるフォスに目を向けた。


「おい」


その短い呼びかけは誰に向けられたものなのか。

その答えはこの場の全員が分かっていた。

何故ならそれはまさにその場の全員に向けられたものなのだから。


「はぁい」


代表としてアルスが返事をする。

戦闘中だというのにその場の空気は恐ろしいほどに凍り付いた静けさに包まれており、誰からともなくごくりと生唾を飲み込む。


その本来はやたらと聞こえるような音ではないにもかかわらず、飲み込んだ者にはとてつもない騒音に感じられた。

やがてフォスがゆっくりと手を上げ、拳を握りしめた。


「アレをぶち壊せ。これ以上舐められてたまるか。理不尽に物事が襲い掛かってくるのなら、全てが無くなるまでぶち殺せ。舐めたマネすり奴が出てくるのなら、生皮剥げるまで引きずりまわしてぶち殺せ。二度と同じような真似をする奴が出てこないように徹底的にやれ」


フォスが起こした揺れの影響か、それとも戦闘の余波なのかフォスの背後にあった建物が一気に崩れ落ちて土煙を上げていく。


「一人一発以上だ。なんでもいい殴り斬りつけ噛み砕け。手元にある石でも何でもいいから投げつけろ。舐められたままで終わるな、踏みにじられ奪われただけで終わるな。我が国の民なのならば…死んでも殺せ。だが我の眼前で死に恥をさらすなんてマネをしてみろ、そんな腑抜けは我が直々に殺し直してやる」


掲げられた時と同じようにゆっくりと拳が下げられ、それと同時に兵たちがゆっくりと己が武器に手をかける。


「やれぇ!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」


フォスの叫びと共に周りの全ての帝国の民たちが人形兵に襲い掛かった。

まるで先ほどまでの押され気味だった状況が嘘であったかのように兵たちに気迫が満ちていた。


「関節だ!関節を狙え!」

「どこだよ関節!へんな構造してるからわかりにきぃよ!!」

「ならばどこでもいいから武器を叩きこめ!皇帝陛下のご命令だぞ!」


大勢の兵に四方八方から攻撃され、人形兵はわずかにその動きを鈍らせる。

しかし神でさえ対抗手段を用意することの難しい人形兵がその程度の障害で完全に沈黙するはずもなく、人をかき分けるようにその歪な腕を振り上げる。


「おっと、僕たちを忘れてもらっては、」

「困るぞ!」


ヒートとレクトが崩れた建物を利用して上空に跳ね上がり、勢いをつけて人形兵の頭部に攻撃を叩き込み、地に押し付けた。


「────────!!!?」


塵と煙を巻きたてながら悲鳴をあげた人形兵をチャンスとばかりに兵たちがさらに追い込んでいく。

だがどれだけ攻撃を加えようとも、人形兵は怯みはすれど倒れることは無い。


もう一歩…リリの魔法のような必殺の威力を持つ攻撃が必要となる。

故にその最後の一押しを加えるのは…。


「アルス、手を貸せ。あのガラクタ野郎を吹っ飛ばす」


今までにないほどの巨大な光の弓をフォスは引いていた。

それはもはや弓ではなくバリスタや巨大な弩弓と呼べる代物で、フォスは全身を使いそれの弓を引いている。

そこに呼びかけられたアルスがそっと寄り添うように手を添える。


「貸せだなんて言わないでください。私の心も体も…力も全てあなたの物なのですから」

「そうかよ」


フォスが構える弓に装填されていた光の矢が黒く染まる。

鋭い視線で倒すべき敵の頭のど真ん中に狙いを定め、呼吸を整えて力の限り弓を引き絞る。

悪魔の力を携えた光の英雄がその最大の一撃を解き放った。


音も空気も…直線上の何もかもを置き去りにして黒く輝く矢は人形兵の元に飛来し…その寸前で何かに激突するように動きを止める。

人形兵の持つ無効化能力が作動したのだ。

フォスのありとあらゆる力は人形兵に通用することは無い。

だがそれは彼女が諦める理由足りえない。


「しゃらくせえんだよ!」


弾かれたように矢を追従して駆け出したフォスがその拳を骨が砕けるほどに握りしめ、矢尻を殴った。

力技。

純粋な力で最後は矢を押し込んだ。


矢自体の威力が高かったのか…フォスの惟神の力故か…もしくはこれまでの戦闘で人形兵の出力が低下していたためか。

あるいはその全てか。

いずれかの要因で矢は人形兵の能力を突破し、その身体を貫き、粉砕したのだった。


「でけぇ面して人様を見下ろしてぇんじゃねぇ…ガラクタ風情が」


それを見届けたフォスは勢いよく血に濡れ、ボロボロになった右腕を天に向かって突き出し、兵たちが勝鬨を上げた。


「ば、馬鹿な…人形兵たちが全滅しただと…?」

「ありえない…そんな事あるはずがない!」


ようやく追いついたローブの集団が、無残な残骸へと変わってしまった人形兵を見つけて茫然と呟いた。

五体いたはずのそれは全て倒され、帝国側の戦力はほとんど削ぐことが出来ていない。


ローブの集団にとってそれは戦意を喪失するには充分な状況であったが彼らの主は逃げ帰るなどした者を許しはしない。

完全に心は折れているにも関わらず、ローブの集団は自暴自棄の叫びを上げながら武器を手に戦争を続けるのだった。

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