第350話 クチナシの戦い

【お知らせ】本日二話投稿になります!

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 帝国に人形兵の襲撃が起こった同時刻。

リリの屋敷では残されたメイラとクチナシは、どこかそわそわしながらもお茶の席を囲んでいた。


「リリさんと魔王様大丈夫かな?」

「心配はないと思いますよ。マスターはよっぽどのことがなければ大事はないでしょうし…魔王様だって十分すぎるほどの戦闘力はあります」


「そうだけど…結局リリさんがまた乗っ取られる可能性も0じゃないんでしょう?」

「ですね。ですができる事はしました。これ以上悩んでも仕方のない事です。対策したこと以上の問題が起こったのならば、その場その場で対処するしかないのですから」


「それはそうだけどさぁ…私たちも手伝いに行ったほうがいいんじゃないの?」

「メイラ、あなたはただ「食料」の調達をしたいだけでしょう」


「てへ」


メイラは舌をだし、わざとらしく笑った。

リリやマオの前では決して見せない、見た目相応の少女のような行動はそれだけクチナシとの仲が気安く、心を許せるものであることを示していた。


「はぁ…それに私たちがここに残ったのも意味があるのです。私とマスターの最悪の予想が当たるのなら…」

「ん?それって──」


メイラがクチナシに話を聞こうとした時、ガチャリと扉が開かれ、顔を青くさせたリフィルがぬいぐるみを抱きしめながら二人のいる部屋に入ってきた。


「クチナシちゃん…」

「どうしましたリフィル」


「なんか…お腹がもにょもにょする…気持ち悪い…」

「大変、私お薬とってくるね」


具合の悪そうなリフィルを目の当たりにし、薬をとってくるために部屋を後にしようとしたメイラだったが、それをなぜかクチナシが手で制した。


「何か変なものでも食べましたか?」

「アマリとお菓子食べた…でもそう言うのじゃなくて…なにか変なのが…う~~~~…」


頭を左右に振りながら、その場に座り込んでしまったリフィルを心配そうに背中をさすりながらメイラはリフィルに視線を向ける。

何故止めるのか?とその目は言っていたがクチナシは考え込むような仕草を見せたまま動かない。


「…まさかこちらに?でも…いえ、姉様もこういう時は直感が正しいと…」

「クチナシちゃん…?」


「メイラ、今すぐどこかに避難しましょう。軽くでいいので準備をしてください」

「ええ?いきなりどうして…」


「説明は後です。とにかく準備を。それとリフィル、アマリリスはどこですか?連れてきてください」

「アマリは…部屋で…」


そこで言葉を切り、リフィルは取り乱したようにその場にふさぎ込む。


「リフィル?どうしましたかリフィル」

「気持ち悪い…気持ち悪い…気持ち悪い…気持ち悪い…!!!なにか…気持ち悪いのが来てる…!!!」


その言葉を聞いた瞬間に弾かれたようにクチナシは立ち上がると、リフィルとアマリリスの部屋に向かって駆け出す。


「メイラ!リフィルを連れて今すぐここを出てください!私も後でアマリリスを連れて行きま、」


その時だった。

屋敷全体を立っていられないほどの振動が襲ったかと思うと、一部が崩れ去り、巨大で歪な腕のようなものが屋敷を貫通するように伸びてきた。


「な、なに!?」

「くっ…狙いはこちらでしたか…」


屋敷を貫いた腕は、そのまま横に薙ぐようにして稼働し、屋敷をどんどんと崩していく。

たまらずメイラはリフィルを抱きかかえて、屋敷の二階から跳び下りて地面に降り立つ。

クチナシもそれに続くように跳び下りると、その腕の正体がおのずとあらわになる。


────人形兵。

現在帝国に送り込まれているはずのそれが一体、この屋敷の前に現れていたのだ。

そしてもう一人、子のおぞましい人形を作った本人にして、それこそ帝国と戦争をしているはずの張本人。


「やーやー、お久しぶりの人はお久しぶり。初めましての方は初めまして。私、一介の研究者をしております、マナギスと申します。どうぞよろしく」


わざとらしく腰を折った後に顔を上げ、にっこりと子供の様に笑う女、マナギスがその姿を現した。

クチナシはそっと目を細めて、その姿を伺う。


最後に見た時とは明らかに容姿が違っており、片目を包帯で覆っており、両腕も不格好で無機質な義手になっている。


薄手のスカート上のローブのようなものに覆われている足も、よく見れば不自然なくぼみ方をしており、脚にも何らかの器具が装着されていることが伺えた。


しかしそんな状態にも関わらず、マナギスは無邪気な笑みを浮かべ、ある種の余裕のようなものを感じさせながらその場にいた。

人形兵という存在に対する自信か、それとも…。


「まさかこちらの方に来るとは思いませんでしたよ。てっきりマスターのほうが狙いかと思いましたが」

「ふむ?あぁその顔、もしかしてマスターというのはリリちゃんの事かな?という事は私の計画がリリちゃんに帝国行ってもらう事というのは分かってたみたいだね?でも、目的のほうを逆に見ちゃったわけだ!」


逆。

クチナシとリリは確かにマナギスの狙いがリリかもしれないという仮説に行きついた折に、それが当たっていた場合、狙いはリリだろうと思っていた。


しかしマナギスの口ぶりから本当の狙いはリリではなく、この屋敷だったという事になる。

クチナシは珍しい事に少しだけ動揺をしながらも、マナギスと会話をしている間ずっと指から糸を伸ばしアマリリスの捜索をしていた。


アマリリスは幼く儚げな様子からは想像できないが、すでにリフィルの手によって異常な存在へと変わり果てている。

そのため屋敷の崩壊に巻き込まれたところで大事にはなりはしないが、クチナシは胸騒ぎのようなものを抑えきれない。


「あ、もしかして探してるのはこの子かな?」


マナギスのそんな何でもないような口調で放たれた言葉の後、屋敷に腕を突っ込んでいた人形兵がその腕を引きぬき、ゆっくりと掌を開いた。

そこには鎖のようなもので口を塞がれ、四肢を拘束されたアマリリスの姿があった、


「アマリ!!!」


リフィルの絶叫が辺りに響いた。

しかし囚われているアマリリスはぐったりとしており、身じろぎ一つしない。


「あははは、いやぁ…本当はそこのリフィルちゃんを捕まえるつもりだったのだけどさ?めちゃくちゃな魔力を持ってる子がいたからこの子だ!って思ったら違う子だったよ、失敗失敗。ていうか魔力が異常すぎるよね?この子。流石に危なすぎるから厳重に封印をかけさせてもらったけど」

「狙いはリフィルだという事ですか?」


「そうそう。正体は分からないけど、その子は神様の一種。ならそんな物には本来興味はないんだけどさ?でもリフィルちゃんの持つ魂を取り出す力には非常に興味があるの。だからちょ~っと協力してくれないかなって」

「…そんなに興味があるのなら見せてあげる」


リフィルがメイラの腕の中から降り立ち、血走った目でマナギスの姿を捉え、ゆっくりと手に持ったぬいぐるみを掲げた。


「私のアマリに手を出す奴は…ゆるさない」

「ふふふ」


マナギスはかつて、映像越しではあったがリフィルの力を目の当たりにしていた。

その恐ろしさは説明されるまでもなく理解しているがマナギスは笑ったまま動こうともしない。

そしてそれとは逆に徐々にリフィルの顔が険しく歪んでいく。


「なんで…「掴めない」…」

「あはははははは!そりゃそうだよ!これでも神様の力の対策なんてお手のものなんだ。それが魂に関することなんてドンピシャで私の得意分野だからねぇ…あとそれと気合だね。リフィルちゃんは人の魂を抜き取ることが出来るみたいだけど、自分の魂なんて意志を強く持てば他人に引っこ抜かれるなんてことないんだよ。わかるかな?」


「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!「じゃあ死ね!血を吐いて惨たらしく死ね!!!」」


リフィルのその言葉は邪神からの絶対命令。

死ねと命令が下されたのならば、それを受けた者は等しく死に絶えるのが絶対のルールだ。

しかしマナギスはそれでも涼しい顔してその場にいる。


「うそ…死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!死ね!!!!!!!!」

「やれやれ、どういう教育を受けているのかな君は。リリちゃんは人に軽々しく死ねと言ってはいけないと教えてくれなかったのかい?」


なんどリフィルの言葉をその身に受けようと、マナギスはその命令には従わない。


「…なん、で…」


その場にぺたんと脱力したように座り込んだリフィルを見てマナギスは可愛らしい子供の様に笑う。


「なんでもかんでもさっきのと同じだよ。君のその言葉も、結局は魂に作用しているだけ。私には通じない、それにほら…私さちょっと前に大事故に巻き込まれてさぁ~耳もぶっちゃけあまり聞こえてないんだよね?全く聞こえてないわけじゃないけれど、それも関係しているのかもね?会話は唇を読めば問題ないんだけどね?まぁどちらにせよ私に通用するものではないさ、だって人に魂をどうこうされるほど意志が弱くはないからね」

「戯言ですね」


リフィルを庇うように、クチナシが前に出てマナギスと対峙する。

先ほどまさにリリに状況の説明を終え、この場を任せて欲しいと誰よりも敬愛する主人…いや姉と約束をした。

ならばこそクチナシがこれからやることは一つだ。


「ん~…君はリリちゃんのなんなのかな?そっくりだけど」

「私はマスターの…姉様の妹です」


「ふむ…同型の姉妹機…というわけじゃなさそうだね。リリちゃんは神様の力を持った人形だけど…君は神様の力が人形の形をとっているだけに見える。なら正直君に興味はないなぁ」

「私だってあなたのような人に興味など微塵もありません。ですが姉様の大切なものに手を出したあなたを放っておくのは私という存在にかけて許容できません」


「うふふふふ。私と戦うの?この状況で?」


マナギスの側に控えている人形兵がアマリリスの小さな身体を指で摘まみ、見せつけるように突き出す。

リフィルの瞳からは大粒の涙がこぼれ、時折聞き取れないほどのかすれた声が漏れ出ている。


「どんな状況でもです」

「へぇ~…じゃあ例えばだけど…私に手を出せばこの女の子を殺すと言ったら?いや、もっといこうかな?この女の子を助けたかったらさぁ、ねぇリフィルちゃん。私の代わりにそこのお人形さんと戦ってくれないかな?…とか言ったら?どうする?戦えないでしょう?どんな状況でもと言い放つのなら、それ相応の覚悟を持ってもらわないと」


「どんな状況でもと言っているはずです。御託を並べているところから見ると怖いのですか?この私が」

「んにゃ?生きているのかどうかさえ確かじゃない、君のような神様なんて障害にもならないよ」


「そうですか」


そこでマナギスはクチナシの瞳が一瞬だけどこか別の方向に動いたのに気がついた。


「ん?…あ」


いつの間にか人形兵の真下まで移動してきたメイラが自らの血で作った柱を駆け上がり、囚われているアマリリスに手を伸ばしていた。

しかし、人形兵は瞬時に動き出し、もう片方の腕でメイラを殴りつけ、その巨大な質量の塊に圧し潰されてしまった。


「はぁい残念でした。以前までは人形兵は片腕がふさがってると自立が難しかったのだけど、その欠点も最近解消できたんだ。うまく不意を突いたつもりかもしれなかったけど…甘かったね」

「研究者を名乗った割には観察が甘いですね」


「はて?」

「血がべっとりと付着していますよ」


「血…?」


何かがマナギスの頭の中に引っかかっていたが、それをすぐに思い出した。

そう言えば血を操る悪魔がいたはずだと。


正確に言うのなら忘れていたわけではない、興味がなかっただけ。

しかしこの瞬間それがまずい方に働いてしまった。


飛び散った血がアマリリスの身体を覆い、そこから無数の棘が突き出した。

人形兵には当然ながらその棘は何のダメージをも与えない。


しかし血の棘を弾くということは摘まんでいるアマリリスの身体をも弾くという事で…磁石が反発するように投げ出されたアマリリスを起き上がったメイラが受け止める。


「ナイスですメイラ」

「死ぬかと思った…クチナシちゃんから多めに血を飲み込んでおけって言われてて助かったよ。それにしてもこの鎖…全然取れない…!」


「それは後です。そのままリフィルも連れて下がっていてください。彼女の相手は私がします」


メイラは静かに頷くと、座り込むリフィルも抱き上げてクチナシの背後に下がる。

運ばれながらもマナギスを見つめるリフィルのガラス玉のような瞳が、どす黒く染まっていることに誰も気づくことはなかった。


「まぁ…まぁまぁまぁまぁ。はじめから人違いだったわけだし、いいよいいよ。前向きに行こう。君を倒せば何も変わらないわけだからさ。そっちの援軍とかが来ちゃう前にさくっと終わらせよう」

「…」


クチナシの静かな視線と、マナギスの無邪気な視線がぶつかる。

そのまま二人は動かず、まるで時が止まったのかと錯覚するほどだったが人形兵が叫び声をあげ、戦いの火ぶたが切って落とされた。

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