第347話 連鎖する戦い

 勇者パーティの戦いはまさに英雄の戦いと呼べるものだった。

レクトの振るう大剣は力強く、それでいて流麗な軌跡を描きながらローブの集団を切り裂いていく。


それに追従するのは全てを燃やし尽くす炎。

ヒートの拳に宿る炎はその可憐な容姿とは裏腹に荒々しい格闘術に合わせて敵対する悪を浄化していく。


そして背後でマイクを手に笑顔で歌を歌っているクララ。

ただ遊んでいるだけにも見えるが実は彼女が今この瞬間、最もこの戦場で役立っていると言っても過言ではない。


先祖であるレリズメルドの力が消えはしたものの、その惟神が完全に力を失ったわけではなく、今現在その力はクララの歌を聞いた味方の能力値を底上げするという力として発現されていた。


それはレクト達にのみに作用するものではなく、騎士達や民兵たちにも効力を及ぼしており、さらにはクララが歌う、謎の怪電波を受信しているような歌は奇妙ではあるが不思議と元気を与えるもので、心の折れた民兵たちも不思議と精神を持ち直すことが出来た。


そしてもう一人。


「みなさん!怪我、をした人は、ボクのとこ、ろにきて!」


物陰に隠れていた勇者パーティ最後の一人がその手から青白い光を放ち、兵たちの傷を治していく。


「おお!?俺の腕が治ったぞ!?」

「私の足も!」


戦闘力は皆無に等しいが、並外れた回復能力を持つ少女レイ。

この四人が揃って新生勇者パーティ。


攻撃にサポートに回復、まさにスキのないチーム構成だと言えるだろう。

だが、そんな彼らをもってしても…。


「いやはやフォルスレネスに聞いてはいたが…硬いなこの人形兵とやら」

「ああ…俺の剣もほぼ通らない。ヒートの炎も効いている様子はないか」


「うむ。かっこよく登場はしてみたものの…正直勝てる気はしないな」

「でも諦めないし、一度正義を名乗って立ちはだかったのなら最後まで戦う。だろ?」


「ああその通りだともレクト。君もようやくヒーローの何たるかを理解してきたようだね。流石は僕のパートナーだ。では…行くぞ!」


────────

≪リリside≫



「お~あれって勇者くんじゃん。コウちゃんが言ってた助っ人ってあの子たちだったのね。クララちゃんもいる?ははは、大集合だね」


残り二体の人形兵が西と東にいるから手が出せないのでずっと戦場を眺めていた。

確実にアレを倒せるカオスブレイカーが撃てるのはあと一回…タイミングが重要だ。


私の正直な思いを言わせてもらうとマオちゃんが心配だから東側の奴を今すぐにでも倒してしまいたい。

だけどそうなると残りの一体を対処できなくなるからね…自重している。


当然のことだけど戦況が変わってマオちゃんが危なくなることがあれば迷うことなくそちらを倒す。

コウちゃんにもそこら辺は了承してもらっている。


だから私はのんびりとここに居て、どうなるにせよ状況が動くのを見ていればいいのだけど…たぶん今「見られている」よなぁ…凄く視線を感じるもん。


(姉様)


頭の中に突然クチナシの声が響いた。

とてつもなく嫌な予感がする。


「やっほクチナシ。もしかして「来た」?」

(はい。どうやら予想が当たってしまったようですね。それも一番最悪なパターンです)


「はぁ…数は?」

(人形兵が1…あと本人がいます)


まじか。

この戦いが始まる前に私はクチナシととある話し合いをしていた。

その中でクチナシがコウちゃんの言っていた「なぜ宣戦布告などというものをわざわざよこしたのか」という疑問に対して私を引っ張り出したいのではないか?という答えをクチナシが出したのだ。


マナギスさんは私とコウちゃんが知り合いなのを知っている。

なので帝国にコウちゃんたちだけでは対処できない戦力を送るよ~と伝えることで私に助けを求めるよう仕向けたのではないかと。


確かに考えられない話ではないので可能性の一つとして頭の隅に置いていたのだけど…どうやらビンゴだったらしい。

屋敷のほうにマナギスさんが人形兵を引き連れてやってきたのだ。


「くっそ~私が目的なのか、そっち側が目的なのか分かんなかったから娘たちを置いて来たけど…とりあえずリフィルとアマリリスだけこっちに送ってくれる?」

(…申し訳ありません。アマリリスが捕まってしまっています)


「は?」


クチナシの言葉に私は言葉を失った。

頭の欠陥が数本切れたとでも言えばいいのだろうか?私の頭に血管なんてないけれど、それでも頭の中が真っ赤になったというか、激しい怒りが湧いてきた。

今すぐにマオちゃんを連れて屋敷に…。


(姉様…みすみすこんな失態をした私が言うセリフではないと思いますが…私に任せてください)

「何を言っているの?」


(姉様のほうもそんな余裕はないでしょう。そっちにもおそらく来ていますよね?)

「うん」


(ならばこちらは私が対処します。それが私たちにとって一番いい結果をもたらすと思います)

「…そこでやるつもりなんだね」


クチナシが頷くのが気配でわかった。

誤解しないでほしいのだけど私はクチナシを信じていないわけではない。

ただやっぱり…これからクチナシが状況を利用してやろうとしていることに罪悪感があるだけだ。


(大丈夫です姉様。こちらは私のやるべきことをします。だから姉様も)

「わかった。ねえクチナシ」


(はい)

「君が私の妹分でよかったよ」


(私も…あなたの一部として生まれて幸せでした。姉様)


そこでクチナシの声が途切れた。

これからどうなるのか…もう私にもわからない。

でもだからこそやれることはやらないとね。


「ねぇ!いつまでそこで見てるつもりなのさ!」


私はさっきからずっと視線を感じていた方に声をかけた。


「べつに見ていたわけではありませんよ、あなたを」


物陰から姿を現したのはマリアさんだった。

もうほんとにいろんな人が大集合してるよ!なんなんだいったい。


「嘘だぁ~めちゃくちゃ視線を感じてたよ」

「ただ私が見ていた先にあなたがいただけです」


なんじゃそりゃ。

レイの母親なだけあって意味の分からない事を言うね。


さてさて…この状況どうするべきかな?屋敷のほうは今は気にしない。

クチナシが任せてと言って了承したのだからもはや口をはさむべきことじゃない。


あとでマオちゃんには怒られそうだけどもさ。

戦況のほうもすぐには動かないみたいだし、マリアさんの相手に注視したほうがいいなこれは。


「ところでマリアさんは何をしに来たの?」

「…この場所で何が行われているのか。それを見届けに」


「そうなんだ」


マリアさんは私の隣まで来ると静かに戦場を見下ろした。

私もそれに倣ってなんとなく戦場を見渡す。


こうして改めて俯瞰して見て見ると…魔法やらなにやらあるこの世界においても酷く非日常的に映る光景だ。

普段なら恐ろしいはずの悲鳴もただの雑音に、一つ一つ大切なはずの命もただの数字になっていく。


「愚かだとは思いませんか」

「まぁねぇ」


「私としては勝手に争って死んでくれるのならどんどんどうぞと言いたいところなのですが…あのローブを被った人族…あれはなんですか」

「何って?」


「あれら全員から…欠片の気配がします」

「おお」


この場で出てくる欠片と言うとレイのアレだろう。

どれくらいのレア度があるのか知らないけれど、でもあの数の人全員に欠片があるとすれば…それはまぁどう考えてもマナギスさんの手が入ってるってことだよね。


「それからこれ」


マリアさんが私に小さな何かを投げ渡してきた。

キャッチして見て見るとそれは不自然に黒く染まった石で、感覚的にはレイの欠片だとは思うけど、なんか妙な感じを覚える。


「…」

「答えなさい。ここで一体何が行われているのですか」


「どうして私に聞くのかなぁ。コウちゃんとかに聞いたほうがいいと思うのだけど?」

「それが誰かは分かりませんが、どちらにせよ事情を知っていそうな者には全員訊ねるつもりですよ。たまたまあなたが目についたのと、あなたが懐に隠している欠片の…いえもはやそれは塊と呼べるサイズのそれを回収するためです」


「なるほど」


そういうことなら私のところに真っ先に来てくれたのは寧ろ運がよかったと言える。


「マリアさんは私が何かを話したとして、何をするつもりなの?」


私の首筋にヒヤッとした無機質で冷たい何かが押し当てられた。

チラッとみると刀でした。

突然怖すぎるでしょこの人…。


「私はもう今結構投げやりな心情なのです」

「ほほう?」


「今までいろいろな事を考えてきて…回りくどい真似をして…でもようやくそれが全部無駄で馬鹿馬鹿しい事だと理解しました」

「ふんふん」


「なので手始めにここに居る者はみな殺します」

「あちゃ~」


何があったのか知る由もないけど、だいぶ心がすさんでいらっしゃるようで…。


「私が手を降さずとも人は勝手に争い、殺し、死んでいくのです。なら私が殺しても結果は変わらないでしょう?」

「まぁねぇ…でもさ、少なくともコウちゃんたちは死なないために戦っているわけで…結果は変わらないとしても過程は変わっちゃうかなぁ」


マリアさんがどこで誰を殺そうと、それにとやかく言わないけどさ?さすがにこの場の全員と言われるとねぇ…。


コウちゃんにアーちゃん…なによりマオちゃんに手を出させるわけにはいかないわけで。

知らない仲でもないし勇者くんたちも目の前で死なれるのはちょっと目覚めが悪い。


何度だって言うけれど私は別に人の死が好きなわけじゃない。

殺したくて殺したことなんてあんまりないし、死なないでいい人は死ななくていいと思ってる。


「あなたは人ならざる者。だからこそ問いましょう。あなたの目に人という存在は生きる価値があると映りますか?」

「さぁ…そんなこと考えながら生きてないしなぁ。私は私と私の大切な人が幸せならそれでいいんだ。それ以外の事に気を割くなんて器用なことは出来ないよ。あんまり頭よくないしね」


「…そうですか」


マリアさんの雰囲気が一瞬だけ変わった。

すぐに元に戻ったけど、一瞬だけ悲しそうな…そんな気配がした。


「私だってそうだったはずなんですけどね。私と私の大切なものが幸せならそれでよかった…でも私はその大切なものにさらに大切なものを奪われました。大切だったはずの人々はその欲望のまま私の世界を食い荒らし、私から何もかもを奪った。ならば私だってそんな彼らから何もかもを奪う権利があるとは思いませんか」

「思うよ」


「おや」

「ん?」


「肯定してくれるとは思いませんでしたよ」

「そう?」


むしろ否定する要素どこ?と聞きたい。

私はマリアさんの過去をある程度だけど知っている。


レイに聞いたのと…石が私にたくさんの記憶を見せてくれたから。

いつの間にか私の元に飛んできてた鱗のような石はマリアさんと見知らぬ女の子の戦いを見せてくれた。

正直それを知っちゃうとね…元から否定派でもなかったけれどやりたいのならやればいいとしか言えない。


「私だって娘たちやマオちゃんが同じような目に合ったら…きっとマリアさんと同じことをするから」


殺すことで恨みが少しでも張れるかもしれないのなら迷わず殺すだろう。

大切な人が生き返る可能性が少しでもあるのなら、その方法をがむしゃらで試すだろう。


その過程で世界がどうなろうと知ったこっちゃない。

だってそれだけ失ったものは大きいのだから。


愛のためならなんだって許される。

愛のためなら何をやったっていいし、何でもするべきなのだから。


「…」

「あなたの全てを理解することなんてもちろんできてないけれど、それでも私はあなたを否定できないよ」


マオちゃんが死んだのなら私も死ぬ。

だけどマリアさんは大切な人と一緒に死ぬことすら出来なかった。

なまじレイが蘇るかもしれないという希望が見えていたからこそ…余計に辛いんだろうな。


「マリアさんが私の大切な人たちに手を出さないというのなら応援したいくらいだよ」


だけどそういうわけにもいかない。

マリアさんが最終的に作る世界はきっとあまり良くないことになるだろう。


私はマオちゃんと一緒に死ねるのならそれでいい。

でも娘たちがその後生きていけなくなるようなことはダメだ。


それに私は…おせっかいで物好きな前世からの友達とマリアさんを止めると約束してしまったのだから。


「じゃあ私と一緒にこの世界を壊してみますか?」

「のー。いろいろ理由があるので応援したい気持ちはあるけれど、私はマリアさんを止めるよ…でもそのまえに───」


ひゅっと風を切る音が凄く間近で聞こえた。

慌てて首を倒したけれど、少しだけ斬られた私の髪が風に流れて飛んでいく。


「私の邪魔をするというのなら、等しく皆敵です」

「ちょっと待って!まず聞いてほしい事が、」


「あなたと話すことなどありません。前に言いませんでしたっけ?嫌いなんですよあなたの事が」


マリアさんが両手に握った長い刀を無茶苦茶に振り回してくる。

いきなり怖いなぁこの人…。

マリアさんの相手をするのはやぶさかではないけれど…まずはちょっと話しておかないといけないことがある。

なんとか話を聞いてもらえないだろうか…。


マリアさんの刀を何とか避けながら、その場でうろうろとしているといつの間にか私の場所から戦場の人形兵が急速に移動しているのが見えた。

あのままだと数十分…いやもしかすれば数分すれば残り二体の人形兵が直線で結ばれる位置に来るかもしれない。


まずいなぁ…ほんとに一度に色々と起こりすぎている。

でもやるしかない…ここでやらないと今まですべてが無駄になるから。


皆色々な想いを抱えて頑張ってる。

だから私も頑張ろう。

気楽に生きたいけれど、それでも私だって抱えているものくらいあるのだから。

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