第346話 正義を示すという事
漆黒の炎がみるも無残に崩された帝国をさらに灼いていく。
突如として現れた謎の黒ずくめの集団に、似たような恰好をしているとはいえローブの集団は警戒心をあらわにし、少しだけ距離を取る。
それとは逆に騎士達は勇者レクトとその一行の事は知っているので、ようやく「助っ人」が間に合ったかと安堵に包まれた。
約一名、クララと名乗るアイドルの存在だけは知る者がいないが勇者パーティと名乗ったことから仲間なのだろうと納得しかけたのだが、しかしそれに待ったをかける者がいた。
「待て、待ちたまえそこのアイドル。僕は君を仲間だとは認めていないぞ。勝手に勇者パーティを名乗るのはやめてもらおうか」
紆余曲折あり、悪魔という枠組みから外れてしまった結果、小柄…とまではいかないがどちらかと言うと背が低い部類に入る少女の姿となっているヒートがビシッとクララに指を付きつける。
「ミャハ☆そんな酷い事言わないでよぉ~☆ここに来るまでにクララいっぱい役に立ったでしょぉ~☆」
「かけられた迷惑のほうが多かったと思うがね」
クララとヒートの間にひりついたような空気が流れていく。
「レクト、君からも何か言ってやりたまえ。迷惑だとハッキリ伝えるべきだ」
「えぇ~勇者くんわぁ~クララの味方だよねぇ☆」
二人からの視線を一身に受けるレクトだが、その両の目は悩むように閉じられて眉間にには深い皺が寄ってしまっている。
明らかに何かを悩んでいますよと腕を組み唸り声をあげて、やがて顔を上げた。
「ヒート」
「なんだい?やっぱり君もあの痛々しいアイドルより僕のほうが──」
「やっぱりあの登場の仕方はどうかと俺は思うんだ。今のままじゃ左右のバランスが悪すぎる。もっとお互い対照的になるようにポーズを取るべきだと思うんだよ」
レクトは大真面目な表情のままヒートにそう言い放った。
表情だけではなく、その視線も真面目なもので一切のおふざけも笑いもなく真剣そのものだ。
そんなレクトの様子に呆れたようにため息を吐いてヒートはその肩を掴む。
「レクト、その件については散々話し合っただろう?僕らのポーズはあれが一番いいんだ。二人で対照的なポーズをとる、確かにそれも一つの形だろう。だが僕たちは闇に紛れて正義を成す存在だ。ならばポーズにもそれ相応の邪道さを求められる。なればこそ己を誇示しつつ、お互いを引き立たせる今のポーズが最高にらしいと君も納得していたではないか」
まさかのポーズ談議が戦場のど真ん中で始まってしまった。
傍から見ればふざけているように…いや、理解できない遥か彼方の次元の話をしているようだが二人の表情がどれだけ真面目に話合っているのかを物語っている。
「ああ、そうだ。一度は納得したものを覆すのは男らしくないかもしれない…でも一度やってみてやっぱり納得できないんだ。確かに俺たちは邪道を行くと決めた。俺は勇者と呼ばれるにはあまりにも未熟だし、たくさんの人を傷つけるという愚かな事を繰り返していた。君も悪魔としてその両の拳を何度も血で汚してきた。そんな俺たちが正義を語るのだから正道ではなく邪道を行く…それに異論はないけれど、それでも正義を名乗るのならばやはり胸を張って誇るべきだ!なればこそ!ポーズにもやはり堂々とした正義を反映させるべきだと思うんだ。二人で一つの、全は一だ!」
「違う、違うぞレクト。何も僕らは正義に胸を張っていないわけではないだろう。ただ邪道という自覚があるのならそれに合わせるべきだという話だ。それに僕らは確かに正義を掲げているが正義とは人それぞれだ。僕の正義、レクトの正義…これだっておそらく細かく突き詰めていけば違うものなんだ。ならばお互いの正義を各々表現し、それを調和させる事こそポーズにおいては重要だと僕は考えているよ」
「…難しいな」
「…ああ、だが無視はできない問題だ。僕らのこれからに関わる」
「そうだな。でも二人で納得できる場所を探っていこう。俺たち二人でこれからも歩んでいくために」
「うむ。そのセリフななかなかキュンポイントが高いぞ」
「ヒート…」
「レクト…」
止まらない二人の間を引き裂くように「はい、どーん☆」とクララがマイクスタンドを持って割り込む。
「もうもう☆二人でいい雰囲気作るのきんしぃ~☆それに勇者くんはクララとも一緒に長い人生を歩んでくれるんだよねぇ~☆」
クララがマイクスタンドを器用に使い、ヒートを押し出してレクトの腕を取り胸に抱く。
そのままスリスリと身体を擦りつけながらしなやかで可愛らしい指でレクトのお腹から胸にかけてつーっと撫でる。
「なななな!?クララ!そういうのはやめろって言ってるだろう!?俺にはヒートという心に決めた人が…!」
「あんな朴念仁の中二病よりクララのほうがいいでしょぉ~☆今をトキメク人気アイドルなんだよぉ☆」
「関係ないしよくない!俺はヒートを裏切らないって決めてるんだ!」
レクトは力まかせにクララを引き離そうとするが、まるで杭でも打ち付けているかのようにビクともしない。
「じゃあ~子種だけでも頂戴?ね?クララと~子づくりしてくれたらぁ~それでいいからぁ☆ま、そのままクララのテクにメロメロになっちゃうかもしれないけどねぇ~?☆」
レクトの腕にしがみついたまま、クララは流すように不敵な視線をヒートに向けた。
「そんな真似できるわけないだろう!?俺はヒートとしかそんな行為はしな…」
そこでレクトは口をつぐんだ。
すぐ隣からじりじりとした熱気と、身を震わせるほどの怒気を感じたためだ。
おそるおそるそちらに首を向けると表情の抜け落ちたヒートが、その手に漆黒の炎を纏わせて佇んでいた。
「頭花畑の三流アイドルが…君の抱き着いているそれは僕の物だ。闇の炎に脳内の花畑ごと滅却されたくないのなら早々にその手を離したまえ」
「えぇ~んこわぁ~い☆勇者くんたすけて~☆」
「いや、いいから離してくれ!ヒートも落ち着いて!俺も燃える!」
「ていうか~勇者くんとヒートくんって~そういうのご無沙汰なんでしょ~☆たまってるんじゃないの勇者くん☆クララが~ぜ~んぶ受け止めてあげるからぁ~勇者くんは気持ちよぉ~くなってくれるだけでいいんだよぉ?☆ね?クララ勇者くんとのつよぉい子供が欲しいのぉ~☆」
「やめろ。それはこれからの人生を共に歩むと決めた僕の役割だ。レクトの子種は一匹たりとも貴様にはやらん。それくらいなら僕の中に全部よこせレクト!」
だんだんと収拾がつかなくなってきてレクトは顔色を青ざめさせていく。
見た目は幼さの残る少女なのに、時折妖艶な雰囲気を纏うクララのささやきにどうしてもレクトの男の部分は反応してしまいそうになるが、その度にレクトは鋼の精神で煩悩を抑え込みクララを拒否し続けてきた。
そういう真似はやめて欲しい、受け入れることは出来ないと何度も伝えているがクララは諦めない。
そして同時に、そういう事が御無沙汰というのも事実だった。
今は女性の身体とはいえどもヒートの内面は男性のそれで…全くしないわけではないし、最近ではだいぶ改善されてきてはいるがやはりヒートにはまだ女の部分を使う行為に抵抗がある。
レクトはその度に無理をしなくていい、自分は耐えられると伝えるがヒートもやはり折れない。
お互いに妥協と改善を繰り返し、今では一月に一度くらいなら影響の出ない範囲で行為に及ぶことが出来るようになったのだが一月という時間はレクトにとってはあまりに長く…ひたすら筋トレや修行等で発散しているもののたまる一方…そこにクララは巧妙に付け込んでくる。
クララとて種族の繁栄が掛かっているため、言動はふざけているように見えるかもしれないがその実真剣だ。
そのような事情が重なり、この三人は今のような奇妙な関係性を構築するように至っていた。
「貴様ら!何をふざけた話をしている!お前たちやってしまえ!」
そこでようやく我に返り、そしてしびれを切らしたローブの集団がレクト達に襲い掛かる。
不謹慎ではあるかもしれないがレクトはその時、人知れずホッとした。
ローブの集団が動いたことにより、ヒートの視線はそちらに向けられ、クララもレクトの腕から手を離してマイクスタンドを構えたことにより、修羅場から解放されたためだ。
「二人とも話は後だ。今は」
「ああ、僕らの正義を示すとしよう」
「うふふふ~☆クララの歌を思う存分聞かせてあげる!」
新生勇者パーティ。
その実力が今ここに発揮される。
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