第345話 炎と勇気と歌声と
放たれた赤いオーラがローブの集団を圧し潰す。
なんとも形容しがたい不快な音をたてて真っ赤な水に沈む肉塊が出来上がり、見ようによってはスープの様に見えない事もないかもしれない。
一応は味方という話だがその力を目の当たりにした帝国の騎士達は力の持ち主であるマオに若干の恐怖感じていた。
素性は分からない、しかし皇帝が連れて来た助っ人という事で無下にすることもできない。
見た目は素肌の半分ほどを覆う黒い痣が特徴的な、可愛らしい少女…なのだが可愛らしさの中にどこか妖艶さを感じさせ、さらにはいいようない圧迫感のようなものを感じさせる。
そんな見た目の情報と実際に感じる雰囲気のようなものがアンバランスな不気味な存在。
それが騎士達の見解だ。
そんな事を想われているとは露知らず、マオは半ば上の空で力を振るっていた。
(なにか胸騒ぎのようなものが止まらない)
戦いが始まってからというものマオは不安のようなものをずっと感じている。
悪い事が起こりそうな…ざわざわとしたよくない感覚。
(そして何より…)
マオはリリがいるであろう場所に視線を向ける。
明確なつながりを持ったからなのか、最愛のパートナーのいる位置くらいは手に取るようにわかる。
しかしそれだけだ。
リリが何を考えているかという事までは知ることもできない。
なぜそんな事を今考えてしまうのか、それは先ほどのリリと軽い口づけをして別れる時の事。
マオは直感的にリリが何かを隠していることを感じ取った。
いつも通りの笑顔を浮かべていつものように話していたリリ。
でも何かがいつもと違った。
それはここまでパートナーとして連れ添ったゆえに感じ取れた本当に小さな違和感。
(リリ…)
自分の中のほぼすべてを占める大切な人。
お互いにそう思っているであろうことを今さら疑いはしない。
基本的にどんな些細な事でも話してくれるリリが自分に何かを隠しているというのなら…マオは何も言えない。
遠慮しているわけではなくて、そういうものだから。
でもとにかく何か良くないことが起こる…そんな確信めいた予感がして不安なのだ。
「────────!!!!」
マオと相対していた人形兵が人の悲鳴が幾重にも重なったような気味の悪い叫び声をあげてマオの思考を妨げる。
「うるさいなぁ…もう」
投げやり気味にマオは赤いオーラを人形兵に放つも、やはりその特性に阻まれて影響を及ぼすことは出来ない。
だがすかさず騎士達が人形兵に大砲を打ち込み、その身体の一部を破壊する。
このエリアはこのようにマオがオーラでローブの集団を対処し、その間に騎士達が大砲を打ち込むことで戦線を維持していた。
ジラウドを通じてフォスからは現状維持の命令が下されているため、マオも騎士達も勝負には出ずひたすら防戦に徹している。
それは難しい事ではなく、だからこそマオの中に再び雑念が産まれては消えていく。
「リリ…」
愛しの人の名前を小さく口の中で転がしながら、マオは戦場を駆け抜けた。
────────
マオたちのいた東側に比べ、西側は状況がかなりひっ迫していた。
もはや戦線の維持ができておらず、崩壊していると言ってもいい状況であり、神楽を扱う事の出来る騎士数名が盾となり、民兵たちを逃がそうとしているような状態であった。
すでに騎士、民兵たちの中にも相当数の犠牲者が出てしまっており、いやがおうにもこれは戦争なのだとどこか軽く考えていた一部の民兵たちに知らしめていく。
「足を止めるな!陛下から後退しろと命令が下っている!なりふり構わず走るんだ!」
前線に立つ騎士達が檄を飛ばしてたきつけるも戦争というものを経験したことの無い民兵たちの足は思うようには動かない。
それもそのはず、彼らは少し前まで戦争などとは無縁の民たちだったのだから。
みずから志願し、訓練も受けたとはいえ一度覚えてしまった恐怖というものはなかなかぬぐえない。
さらに前方から迫ってくるのは見る者に不必要な恐怖を与えてくる醜悪な見た目の人形兵だ。
それでもフォスという精神的な支柱を担う事の出来る人物がいる中央や、マオという強者のおかげで余裕をもって前線を維持できている東側はまだいい。
だがこの場所はそうもいかなかった。
こちら側にも対人形兵用の大砲は充分な数配備されているが、ローブの集団を相手取ることが難しかった。
この大砲は人形兵という巨大な的相手には絶大な威力を発揮するが、人間などの小さな的は狙うにしても問題がありすぎる。
砲弾の重量故に争点に時間がかかること、砲弾とはいってもただの鉄の塊なので地面等にぶつけても爆発することなどは無いのでそういう点でも人相手には効果が薄い。
なのでそこをつかれて数で大砲を狙われてしまえば人形兵に攻撃することもできない。
ローブの人物は一人一人が帝国の騎士に匹敵する力を持っており、神楽が使える騎士をもってしても完全に抑えることは出来ず、こうして瞬く間に戦線は崩壊してしまった。
そしてそうなれば民兵は恐怖に足を取られ、さらに戦力は低下する。
「くそっ!…陛下にこの場を任されたというのになんたる…」
騎士達は羞恥と屈辱に苛まれ、それでもなんとか一人でも生かそうと踏みとどまる。
だがそんな覚悟も全て無駄だとばかりに人形兵は全てを破壊していきながら騎士達に迫る。
「ここまでか…」
先頭に立つ騎士が全てを諦めかけたその時。
「うーーーーーーーーーー…やぁーーーーーーーーーーーー!!」
人形兵の耳障りな鳴き声も、建物が崩れ去る音も、その場の全ての音を飲み込んでしまうかのような大音量でそんな少女の声が響き渡った。
「なんだ…?」
ローブの集団はそれが自分達の背後から聞こえた物だと察知し、一斉に振り向く。
そこにいたのは小柄な少女だった。
キラキラと粒子を振りまいているような銀髪が美しい少女はリボンやフリルといったものがこれでもかとあしらわれた奇抜なデザインの衣服を身に纏っており、戦場には異常なほどミスマッチだ。
その両手にはいわゆるマイクスタンドが握られており、少女は足でリズム取りながらローブの集団に弾けるような可愛らしい笑顔を見せた。
「みんなー!今日は何と何と!?今をトキメク超人気アイドルのクララがゲリラライブをやっちゃうよ~☆なんだかライブをするには不釣り合いな場所だけどぉ~クララが立てばそこがステージ☆マイクを握ればノンストップ☆しょー!ますと!ごーおん☆泣く子も怒ってる子もみんなみんなまとめてクララのファンになぁれ☆ドラゴンソング・きらきらしゅーてぃんぐすたぁ!」
銀の少女…クララが歌うとその歌声は無数の衝撃波を伴う流星となりローブの集団に降り注いでいく。
見た目はキラキラとした星が降り注ぐというファンシーなものだが、星々はローブの集団を貫き、地面にも穴をあけていくというファンシーさとは無縁の威力をもって戦場を蹂躙していく。
「らー!らーーー!ららら~☆いえいいぇい!みんな楽しんでるぅ?☆クララのライブはまだまだ続くけどここらへんで飛び入りのゲストを紹介するよ☆さぁみんな上を見て!」
空には眩しい光を放つ太陽が陣座しており、クララの言葉につられて空を見上げた者の目をくらませる。
だが気づく者は気づく。
太陽に重なるように小さな影ができていて、その影は徐々に大きくなっていく。
いや、落ちてきているのだ。
それは漆黒の炎を纏った黒き鳥。
その鳥が地上に降り立つと同時に漆黒の炎は飛び散り、周囲を焼き尽くしていく。
鳥の形をとっていた漆黒の炎という衣が剥がれた後に姿を見せたのは一組の男女。
黒いコートに身を包んだ長身の男と、男と同じデザインのコートを着こなした赤髪の少女。
二人はお互いに背中合わせのような状態で自らの片眼を手で隠し、ポーズをとっていた。
「人々の助けを求める声が聞こえたのなら勇者の名の元に剣を取り」
「悪が栄えようとするのならば、漆黒の正義をもって悪を討つ」
「「さぁ正義の執行を始めよう」」
黒炎を纏い現れたのは勇者レクトに悪魔…のような何かのヒート。
そのあまりにも意味の分からない言動に騎士達もローブの集団もまるで凍り付いたように立ち尽くす。
「はぁい、というわけで全員そろってクララたちぃ~…勇者パーティでっす☆」
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