第344話 やるせない虚しさ

「撃てーーーーーーー!!!!」


そんな空気を振るわせるほどの叫び声と共に、大量の火薬が爆発したような破裂音が聞こえた。

瞬きをするほどの一瞬の後、黒く丸い何かがフォスに迫っていた二体の人形兵の顔面に一発ずつぶつかり、その顔をわずかに砕いた。


「「────────────!!?」」


耳障りな悲鳴をあげながら倒れた人形兵の姿に呆気にとられたフォスは、その黒い何かが飛んできたほうにゆっくりと顔を向ける。

するとそこにいたのは…。


「陛下!待たせてしまい申し訳ありません!!」


ジラウドを先頭に数人の騎士達と数十人からなる民兵たちがいた。

そしてその前方には白く艶のある石のようなもので作られた巨大な大砲が鎮座しており、その砲身からは黒い硝煙がもくもくとあがっていた。


「玉を込めろ!第二射用意!」

「「「はっ!!!」」」


騎士達が素早い動きで大砲に黒い球を込めていく。

先ほど人形兵にぶつかった黒い何かの正体はこれだった。


「ははっ…なんだようまくいったんじゃねえか」


それは以前人形兵に対して手も足も出なかったフォス…いや帝国の者たちが知恵を出し合い完成させた特別製の大砲だった。


人形兵には魔法や神の力といった攻撃は一切通用しない。

ならばそれにどう対抗するべきかというと物理的干渉を行うしかない。

しかし物理的干渉という唯一の弱点であるはずのそれも、あまりに桁外れの耐久力を前に通常の武器などでは傷をつける事すら敵わない。


そこで考案されたのがこの大砲だった。


まず打ち出される砲丸自体は何の仕掛けもない普通のそれだ。

もっとも通常の物よりかなり重量を盛られており、大きさも並ではない。


限界まで鉛を詰め込み、圧縮…鍛え抜かれた帝国騎士達でも十人がかりでなんとか持ち上げることが出来るかどうか…そこからさらに運び出すとなるとさらに人員が必要となるほどの代物だ。



だが当然そんな重量のある物を簡単に打ち出せるはずもない。

よしんば撃ちだせたとしても移動式の砲台では飛距離も、勢いも稼げるはずは無く、実用性には程遠い。

しかしそれを解決するためにフォス達は砲台のほうに細工をした。


アルスを中心に魔法に通じた者たちで特殊な魔法を編み出し、砲台に付与したのだ。

それは撃ちだした砲弾に物理法則を無視した加速と耐久力を付与する魔法…それによって小型の大砲であるに関わらず、異常な質量の砲丸を、ありえない速度で撃ちだすことを可能にしたのだ。


当然、人形兵にぶつかると同時に加速の魔法は無効化されるが、そこまで行ってしまえばもはや魔法は必要ない。


充分な威力で放たれた鉛の塊は、その威力を持って人形兵を砕くことに成功したのだ。


考え、工夫し、協力して困難を打ち破る。

それこそまさに人に与えられた最強の力だ。


「…我が結局何もできてないのだけが業腹もいいところだがな」


次弾の準備をする騎士達を見つめながらフォスは自嘲気味に笑った。

だが次の瞬間フォスの顔面に巨大な質量をもつ何かが超スピードで激突し、その身体をわずかに浮かせて勢いのまま地面に倒した。


(何が起こった…?まさか誤射…暴発…?視界が真っ暗だ…それになんだか眠く…)


甘く、安らぎを覚えるような香りにどこまでも沈み込んで行きそうなほど柔らかさに果てがない何かがフォスの顔を包み込んでいる。


ここしばらくは御無沙汰だったため忘れかけていたが、少し前までは毎日のように枕にし、気が向けば心の赴くままに揉みしだいたそれの正体は…。


「フォスさまぁぁ~~!」


勢いのままにフォスに激突し、その頭を圧し潰さんばかりに抱きしめているアルスの…豊満な胸だ。


「んーーー!!んーーーー!!!?」


鼻も口も恐ろしいほどに柔らかな凶器に塞がれて、呼吸をできずにフォスは暴れるがアルスは「わ~~~~~ん」と泣きじゃくりながら決して離そうとはしない。


いつもは柔和な笑みを浮かべ、どちらかというとおっとりしているタイプなため、かなり珍しい取り乱し方をしていると言える。

しかしそんな事を気にする余裕もなくフォスの命は戦いと関係のないところで終わりを迎えようとしていた。


「…ふ……ぐほっ…」

「フォスさまぁ~わーーーーん!」

「!?アルス嬢!それ以上は陛下が死んでしまいます!」


ビクンビクンとフォスの身体が痙攣を始めたあたりで慌ててジラウドがアルスの胸からフォスを引きぬき、事なきを得た。


「げほっ!!うぇげぼぉほ!ぜーっ…ぜーっ…はぁはぁ…殺す気か!この肉ダルマが!」

「ご、ごめんなさい!でもフォス様が…」


「ああ!?」


酸欠で足りなくなった新鮮な酸素を求めて慌ただしく呼吸をしているのと、怒りが溜まっているので顔を真っ赤にしたフォスに対し、アルスはぎゅっと胸の前で両の手を握りしめるとその瞳を涙で潤ませる。


「フォス様…あなたにとって私はなんですか…?」

「は?何を言ってやがる、こんな時に」


「私は…あなたにとって憎い存在のはずでしょう…?あなたに散々酷いことして…なのにどうして私を逃がしたりするんですか!ああいう時は私を犠牲にしてフォス様が逃げるべきじゃないですか…そもそも私は死ににくいですし…今後同じような状況があったら迷わず私を盾にしてくださいませ!お願いします…」


こらえきれなくなった涙がポロポロとこぼれ落ちて地面を濡らす。

悪魔は自分の思うままに好きなように生きる。


だからストレスや悲しい感情などとは無縁なはずで…だが今、アルスの胸は締め付けられるような痛みに襲われていた。

フォスがどのような表情をしているのか涙が滲み、よく見えない。


「くだらねぇ。状況を考えろと言っている」

「くだらなくなんてありません!大事な事なんです!あなた様の事が好きなんです…例え憎まれていようとも…この世の何よりもあなた様をお慕いしているのです…だから、」


「くだらねぇって言ってんだ、阿保が」


フォスがアルスの胸倉をつかみ、その身体を持ち上げる。

足先が存在していないため、その身体は容易に地面を離れてプランと宙づりになる。


「フォス様…」

「お前は我のなんだだと?あ?んなもん知るか。ペットでも性奴隷でもなんでも好きなの選べ。憎いだろう?ああ憎いさ。忌々しいほどにな。お前のせいでそうとうに苦労させられた。だがな、その程度の苦労なんざ我はいくらでも乗り越えて飲み込んできたのだ。お前ひとりにいつまでも怨恨を注げるほど呑気してねぇんだよこっちは」


乱暴にアルスの涙を拭うとそのまま地面に座らせて、フォスは見下ろすようにして腕を組む。


「お前が何にしろ、お前はすでに我の物だ。我はな自分の物が他人に触られるのが死ぬほど嫌いなんだよ。まして他人に壊されてみろ、不愉快極まりないだろうが」


そう言うとフォスは「ちっ」と舌打ちをしながらアルスに背を向けた。

その顔は不愉快そうに…いや、ばつが悪そうな表情を浮かべていたがそれを見たものは誰もいない。


「あっは…いいんですか?私なんかが…フォス様の所有物で」

「…知るか。いいから早く立て…準備しろ。まだ戦争中なんだぞ」


フォスのその言葉は二人を取り巻く空気故に口出しできなかった騎士達が叫びたかったセリフだった。


「次弾装填完了しました!」

「よし!目標を定めろ!…撃てーーーーーー!!!!」


フォスとアルスの会話を待っていたかのように準備が終わった大砲から砲弾が二体の人形兵に向かって放たれる。

倒せるかは定かではないが確実にダメージを与えることが出来た。

このまま攻撃を続ければあるいは…そう騎士達が前向きな考えを持ったその瞬間──


──放たれた砲弾ごと人形兵を混沌色の柱が飲み込んだ。

凄まじい破壊音と共に、その柱は直線状の全てを飲み込んで消してい去っていく。

その様を白けたようなフォスは見つめている。


「…はぁ。なんかもう何もかも馬鹿馬鹿しくなってこないか?」

「…」


その問いに答える者は誰もいなかった。

フォスはちらりと柱もといリリの魔法が飛んできた方角に視線を向ける。

あまりに距離が離れているので正確な事は言えないがそこで誰かがこちらに向けてぶんぶんと手を振っている気がした。


「ジラウド、他の地区はどうなっている」

「はっ!十分ほど前に作戦は順調だと通信が…なに!?陛下!西側が…ほぼ瓦解していると報告が」


「西か。敵の数は?」

「人形兵が1、ローブが数百だと」


「もう一体の人形兵はどうなっている?」

「そちらは東で、どうやら…そのお連れの女性が対応しているらしく」


「誰だ?…あぁ魔王か」


そう言えばマオの正体を伝えていなかったことを思いだしたが、今説明しても無駄な混乱を招くだけだとそのままにしておくことにした。


「その女性がローブの集団を抑えている間に騎士と兵たちが人形兵に大砲を打ち込むことでなんとか戦線を保てているそうです」

「そうか。しかし誘導を間違えたな、西と東では直線に持っていくのも手間だ。リリの奴は南側に陣取ってるみたいだしな…ちっ、西側に後退命令を出せ。なんとかこっちまで人形兵を誘導してこさせるんだ。とりあえず我らもそちらに向かうぞ」


「はっ!」


ジラウドが小型の通信機能を持つ魔道具を使い連絡を取り、他の騎士達は慌ただしく進軍の準備を始める。

フォスは一足先にとアルスを担いで移動を始めた。


「ふ、フォス様!?わた、私が触手でお運びします!」

「ああ、そうかい。なら早くしろ」


黒い触手に絡めとられ、そのまま移動しながらフォスは西側から上がる黒い煙を視認した。


「はぁ…なかなかうまくいかんものだな」

「ええ、でも大丈夫です。この国は強いですから」


「だといいがな」


西側に近づくにつれて激しくなる爆発音と、肌を焦がすような熱風に焦れたような感覚を覚える。

だがそれに紛れて戦場には似つかわしくない異音が混じっていることにフォスは気がついていなかった。

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