第343話 対話拒否
【お知らせ】
ここから一話がやや長めになるため、一日一話投稿になります(二話投稿の日もあるかもしれません)
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フォスは帝国の正門の前で地面に光の剣を突き刺し、腕を組んで仁王立ちをし、迫りくるローブの集団を睨みつけていた。
ただ格好をつけているように見えるが、正真正銘の英雄であるフォスの佇まい、視線には確かな圧が存在しており、対峙する者はそれに飲まれわずかに身を引いてしまう。
しかしローブの集団は臆することもなく背後巨大で歪な人形兵を引き連れただただ規則的に歩くのみ。
「そこで止まれ」
怒鳴るでもなく、声を張り上げたわけでもないフォスの静かな声は不思議と辺りに広がり、ローブの集団も足を止めた。
生ぬるく不快な風が両者の間をすり抜けていく。
「我が名はフォルクアレス。貴様たちが今まさに土足で踏み荒らそうとしている国の皇帝である」
フォスは本名を名乗らない。
代々自らの子として転生する性質上、同じ名前を名乗ると面倒な事が起こるためだ。
そのため新帝国の皇帝に就任した際に前皇帝時代に使っていた名前も捨て去り、対外的に現在はフォルクアレスという名を名乗っていた。
そんなフォスの名乗りを受けてローブの集団の中から一人が列を抜けて数歩前に出る。
「帝国の皇帝よ、私は貴様に名乗る名を持たない。故にこのまま話を続けさせてもらう」
「ほ~う?国の王を貴様呼ばわりしてなおかつ名乗らんとは随分な御身分じゃないか」
自らも本名を名乗っていないがそんな事相手は知る由もないのだから、あくまでもフォスは胸を張る。
そしてローブの人物もまるで煽るように鼻で笑う。
「ふっ、本日をもって墜ちる国の王に敬意を払うだけ無駄だろう?」
「いいや?イキリ散らして涙目で分からされる結末を迎えるくらいなら最初からしおらしくしていた方が恥ずかしさは薄れるぞ?」
「ははは、威厳も何もないな。さすがは人の皮を被るバケモノだ」
「あ?」
「時間が惜しい、早急に決断せよ。この場で降伏し全てを差し出すか。我らが主の偉大なる力の前に国を蹂躙されるか」
「ふむ」
フォスはこの時に少しばかりだが驚きを感じていた。
問答無用で進行してくるかと思えば、曲りなりにも降伏を勧めてくる。
勿論降伏などした暁には何を要求されるのか分かった物では…いや、本当に文字通り全てを奪われるのだろうから選択肢としてはありえないのだが。
ただ少しだけ意外に感じただけ。
(人形兵の存在もある…まだ「あいつら」も到着していないみたいだし話をして時間を稼ぐのもありか?)
フォスは何気ない自然な動作で片腕を背中側に回し、指を動かした。
背後に控えていたジラウドがそれだけで何かを察してさらに騎士達に秘密裏に命令を降していく。
この戦いはどれだけ早く、確実に人形兵を誘導できるかに全てが掛かっているといってもいい。
使える者は全て使い行動すべき…そう考えたフォスはローブの人物の若干イラつく態度を何とか飲み込みつつも会話を続けることにした。
――その時だった。
帝国の中心くらいの場所から突如としていろいろな色が混じり混沌とした黒い柱が飛来し、ローブの集団の背後に控えていた人形兵にぶち当たり、数秒の攻防の後にその頭を吹き飛ばして胴体に風穴を開けた。
人形兵はそれで機能を停止してしまったらしく、その巨体を数度グラグラと揺らしたのちに多数のローブの集団を巻き込んで倒れた。
一体今何が起こったのか、ローブの人物は当然ながらフォスにも一瞬わからなかった。
二人して口をあんぐりと開けて黒い柱が飛んできた方向を見つめる。
そして先に口を開いたのはローブの人物だった。
「はっ…まさか不意打ちを仕掛けてくるとはな。浅ましいな皇帝よ!そっちがその気ならばいいだろう!この国全てを蹂躙してくれる!総員戦闘開始!」
ローブの人物の声に反応して集団が雄叫びを上げながらそれぞれ武器などを取り出す。
周囲に展開していた残り4体の人形兵も、複数の人の悲鳴が重なったような不快な鳴き声を上げて行動を開始した。
立てた計画を早速台無しにされ、そもそもついさっき誘導してから一気にという話をしたばかりではないかと怒りのようなものがフォスの頭の中をぐるぐると駆け巡り、その結果この事態を引き起こしたであろう犯人、リリに向かってフォスは叫んだ。
「こんの…馬鹿野郎がぁああああああああああああああああ!!!!」
そんな心からの叫びを合図に、戦争が始まった。
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ローブの集団が突き出した腕から様々な種類の魔法が放たれる。
フォスはまるで重力を感じさせないような動きで跳ね上がり、魔法を躱すと器用に空中で身体を捻りながら光の矢を4本同時に放ち、ローブの集団を打ち抜く。
「ちっ…余計な手は出すな!皇帝の処理は人形兵に任せて我々は帝国内の「選別」を行う!」
ローブの男の声に反応し、集団が蜘蛛の子を散らすように散り散りに帝国内への侵入を試みる。
それをフォスは慌てるでもなく自然落下しながら冷静な視線で観察していたが、空中で身動きが取れないのを好機と見たのか、はたまた偶然か正面にいた人形兵の一体が耳障りな鳴き声を上げフォスに突進を仕掛けてきた。
「相変わらずクソみてぇな見た目しやがって」
フォスは再び身体を器用に捻って光の弓を引き搾り、人形兵の眉間に目掛けて矢を放つ。
当然通用するとは思っていなかったが案の定、光の矢は人形兵に直撃する寸前で霧散するように消えてしまい、そのまま伸ばされた歪な形の腕がフォスを掴もうとしたその時、黒い触手がフォスの身体に巻き付き、後方に引っ張った。
「フォス様!」
「アルス!このまま我を中央区まで引っ張れ!避難は終わっているのだろう!」
「はい!」
宿主の主、アルスが触手でフォスを持ち上げたまま、さらに複数の触手を器用に動かすことで車椅子に頼らず帝国内を移動していく。
そんな二人を人形兵は周囲を破壊しながら四つん這いの姿勢で追いかけていく。
空中で触手に絡めとられた状態で、馬に乗るよりも早い速度で移動しているにもかかわらずフォスは正確に何度も何度も人形兵の眉間に矢を放ち続ける。
ダメージという点では一切の成果を上げれてはいないが、フォスの目的は人形兵の気を引くこと。
本来なら何としてでも自分の手でぶち壊してやりたいと思うところだが…いや今この瞬間もフォスの中のプライドは意地でもぶち壊せと叫んでいる。
しかしその背に乗る帝国という存在がそのプライドを抑えていた。
かつてフォスは自らが生き残るために帝国内に明確な格差を作り、民の一部を切り捨てた。
それを間違いだとは今でも思っていない。
帝国の皇帝とは国そのものだ。
皇帝が墜ちれば国も墜ちる。
故にあの時はそうするしかなかったし、それが最善だ。
だからといってしかしそれは喜々として民を虐げたという事には繋がらない。
始まりの人生は全ての権利を他者に握られたフォスだからこそ、格差など必要がないのならないほうがいいと思う。
死ななくていいのなら無駄に死なないほうがいいに決まっている。
たとえ押し付けられて成り行きに身を任せた結果だとしても、国を任されたのなら民を守るべきだ。
それが皇帝だから。
だからフォスは自らのプライドを激情を尊厳を噛み殺し、ただただ囮に徹する。
それが今の帝国にとっての最適解だから。
歯がゆさを何度も押し殺し、相手に傷一つつける事の出来ない矢を放つ。
「大丈夫ですよフォス様、あなたの心は国の心。みんなあなたの味方です…そしてだからこそこの国は強いのですから。まだたった数か月…でもそれでもあなた様がいる限りこの場所は何よりも強いのですから」
「…ああ」
思えばアルスとの関係もよくもまぁズルズルとこんなところまできたものだと苦笑いをわずかにうかべながら矢を放ったその瞬間、アルスの進行方向の建物を破壊しながらもう一体の人形兵が姿を現した。
「フォス様には…触らせない…っ!」
一際太い触手を二本アルスは呼び出し、正面からきた人形兵に勢いをつけて振り下ろす。
触れた瞬間から分解が始まっていく触手だが、ありったけの魔力を込めて何とか存在を維持する。
その足元から真っ赤な彼岸花が咲き誇り、広がっていく。
「ちっ!舐めたマネしやがって…!」
今現在二体の人形兵がフォス達を挟んで直線状に位置している。
リリがこの状況を理解しているのなら魔法を撃ちこんでくるはずだが、それより前に後方の追いかけてきている人形兵が追い付いてくる。
アルスも正面の一体を抑えることに全力を注いでおり、後方まで気を回す余裕はない。
「アルス!我をどこでもいいから投げ飛ばせ!あとは我が気を引いて、」
「いやです!私は逆ならいざ知らず、あなた様を我が身可愛さに手放したりしません!」
「そんなこと言ってる場合か!早くしろ!」
「いやです!」
「ちっ!じゃあ我はそのままお前を囮にして逃げるから早く投げろ!」
「あっは!鬼畜で素敵ですぅ…でもそんなどう考えても嘘な言葉を信じるほど頭の中はお花畑じゃないのですよ!」
「馬鹿野郎が!」
フォスは光の弓を剣に変え、自らを絡みとる触手を切断し地面に降り立つとさらに触手の一本を掴みアルスの身体ごと振り回す。
「フォス様!?」
「ぐぐぐぐぐ!胸の肉が重いんだよボケがあぁあああああああああ!!!!!」
遠心力を利用してアルスを触手ごと放り投げる。
その結果として抑えを取り除かれた正面の人形兵が大口を開けてフォスに迫る。
背後のそれも歪な手から耳障りな異音をたてながら伸ばす。
「フォス様!!!!」
フォスはアルスの悲鳴のような声を遠くに聞きながら光の剣を握りしめる。
「あ~…こんなことならもっとエロいことしておけばよかった…服脱いでエロいことして寝れればそれでよかったんだがなぁ…なんなら男体に転生して一発ぐらいやりたかった…」
人を誘惑する悪魔の、そのもはや普段は見る事の出来ないところにあるほくろの位置を記憶するほど貪った肉体を思い返しつつフォスは深くため息を吐いた。
しかしその瞳は鋭い眼光を宿したままで、死んではいない。
最後の最後まであきらめない、たとえどんな獲物が相手だろうと最後にはその喉元にくらいついて噛みちぎる。
それがフォスという英雄なのだから。
巨大な口と腕がフォスを挟むように眼前に迫り…そして────。
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