第341話 侵攻開始
マナギスからの宣戦布告で指定された日の前日、帝国内はピリピリとした雰囲気に包まれていた。
フォスはあらかじめマナギスから届いた宣戦布告の事を当然ながら帝国民たちに知らせており、非戦闘民は避難させ、騎士を筆頭に戦える力のある者は武器を与えられ持ち場に配備されている。
馬鹿正直に日時を守らずに進行してくる可能性も考え一週間前から準備をしていたためか、十分な訓練を受けていないものはわずかな疲労が見える。
フォス自身、宣戦布告がもたらされたその日から常に気を張らせて、どこから敵が来てもいいように神経を尖らせている。
「フォス様、少し休憩しませんか。魔王さんがお茶を煎れてくれましたよ」
「…ああ」
アルスに手を引かれてリリとマオがすでにセッティングしていたお茶の席に着く。
「面倒をかけたなリリ、魔王」
「気にしないで~」
「皇帝さんには以前お世話になったので本当に気にしないでください」
屋敷に話を持って行った結果、リリとマオがその翌日から帝国に来て詰めていた。
フォスとしてはリリだけ、もしくはプラスでクチナシかメイラが来るものと思っていたのだがリリと共にやってきたのは意外にもマオだった。
理由としては以前に起こったリリの制御権が奪われるという事態に対しての対処がうまくいっているかの確認のため。
メイラはマオが屋敷にいない以上、屋敷の家事全般をやらないといけないため来れず、クチナシはマナギスと対面した場合、リリと同じようなことにならない保証がないためだ。
だがフォスはその話を聞いてわずかな違和感を感じた。
リリが自分に何か嘘をついているような気がしたのだ。
しかしそれを問い詰める意味はなく、こちらに不都合があるわけでもないし、万が一へそを曲げられても困るうえに結局は「嘘をついている気がする」だけなため追及はしなかった。
「コウちゃん顔怖いよ?私の顔になにかついてる?」
「いや…何でもない」
「ふーん?まぁほらあんまり思いつめないでよ。私が来たんだから大丈夫だって!」
ふふんと自らの胸を叩くリリの姿に敵意は見つけられない。
そもそもフォスとてリリのことは警戒対象であることは間違いないが、同時に自分を陥れるようなことはしないという確信のような物を持っていることも確かで…。
フォスは一度だけ息を吐きだすとこの件を考えることを辞めた。
それよりも考えなければいけないことはいくらでもあるのだから。
「今日も何もないところ見るとやはり明日でしょうか?」
アルスが紅茶を飲みながら話題を振った。
黙っているよりはとフォスも話題に乗り話を広げることにする。
「さぁな…外に出してる奴らからは何の報告もない。明日のいつごろ来るのかは知らんが今だに近くにいないのは確かだ」
「でもあの人って突然出てきて、突然消えるからさ?馬鹿正直に歩いてはこないと思うんだけど」
リリはいつもと変わらない様子で暢気にお茶とお菓子を楽しみながらも話にのってくる。
「あぁだから気が抜けんというわけだ。もしかすれば明日も来ずに明後日くるかもしれんし来ないかもしれん。宣戦布告はこちらを混乱させるための罠…という線も考えられる」
「ふむふむ。ねねコウちゃん、どこかマナギスさんがいそうな場所も分からないの?私がしゅばっと行ってどかーんってして来ようか?」
「やめておけ。そもそもそんな場所なんかない」
実際は怪しいと思っている場所はある。
帝国が経ちあげられたことで評議会から締め出されかけている三国…今この状況で帝国を害して得が…というよりは感情的に害したいと思う奴らがいるとすればそこだ。
しかし怪しいと言うだけでリリを送り込むことはさすがにできない。
どれだけ注意しようともおそらくリリは派遣した国に致命的な被害を与えてしまう。
濡れ衣だった場合、それは取り返しのつかないことになるし、何も知らない無辜の民が犠牲になることをフォスは望まない。
切羽が詰まればそれも考えられる手かもしれないが、この状況でそれに踏み切るほどフォスは人の心を捨ててはいない。
リリが優しいのは身内だけ。
それ以外の被害を彼女は考慮しはしない。
そしてフォスが何より恐れているのはリリの後ろに隠れている小さな邪神。
あれを表に引っ張り出すことがあっては絶対にならない。
リリもリフィルもその特性から考えれば恐ろしく善良ではある…地雷を踏みさえしなければ自ら他人を襲うという事はないからだ。
だがそれでもフォスはこの二人を刺激しないという事を徹底している。
何を考えているのかよくリリは娘を連れて帝国に姿を現す。
その度に出来るだけの兵を周りにつけ、何かやらかさないように、そして帝国の民が不用意に刺激しないように気を付けているほどだ
「そっかぁ~じゃあやっぱり迎え撃つしかないのね~」
「ああだがリリ。お前はなるべくは戦うんじゃないぞ」
「およ?戦わせるために呼んだんじゃ?」
「いや、お前はあの人形兵とやらが出てこない限りは待機だ」
「いいの?それで。別にあの大きいの以外でも手伝ってあげるよ?」
「いいから、厄介なのが出てこない限りは待機だ」
リリは微妙に納得できないようで、頭に「?」を浮かべて首をひねっていたがそれ以上に反論することは無かった。
「魔王もそれでいいな」
「うん」
そこでフォスも自分の分の紅茶に口をつけ一息つく。
酒を飲みたい気分だがいつ敵が来るかもわからない状況で酔うわけにもいかず、また酒好きではあるが酔いやすいフォスの特性を理解しているアルスが全ての酒を隠してしまったのだ。
「というかあの大きな人形来るのかな?」
「さぁな。あの女は一年前のあの時に今いる人形兵は最後の一体、量産は出来ないと言っていた。量産は出来ないという事は言いかえれば遅くとも作ることは出来るという事だ。我の力が全く…辛うじて通用しないという事は分かっているだろうから喧嘩を吹っ掛けてきたという事は1,2体はいそうだがな」
「そっかぁ…まぁそっちは任せてよ。あ、あとこれ」
「ん?」
リリが空間に闇を作り出し、その中から何かを取り出した。
両手で持てるほどの箱のようなものの中に銀色の小さなアクセサリーのようなものが大量に入っている。
「なんだ?これは」
「えっとね、クチナシと魔法を作ってる時になんとなくできたやつを応用したもので…え~となんだっけ?マオちゃん覚えてる?」
マオは少しだけあちゃ~というような顔をして頭を押さえながら口を開いた。
「それは確か所持している人とその周囲10メートルほどの人の魂に関する干渉を無効化できる魔道具だったよね…」
「ああうん、それだ!コウちゃんに渡しておいてって言われてたの」
ガンッ!とテーブルを叩き割る勢いで殴りつけながらフォスは立ち上がる。
「なんで今さら出すんだよ!!前日だぞ今!?」
「ごめんごめん、忘れてたんだよ~」
「皇帝さんごめん…私も確認しておけばよかった…」
あはははと呑気に笑うリリと申し訳なさそうに頭を下げたマオが対照的だ。
フォスは慌ててジラウドを呼びつけると、配備されている兵に急いで配れと命令を下す。
ただでさえ張り詰めた帝国内が、無駄な慌ただしさに包まれる。
「はぁ…お前、もう忘れてることは無いんだろうな」
「たぶん?」
「しっかりしてくれ…まぁだがあの女の力の一つに対抗ができるようになったのは僥倖か…奴が出てきたら一般兵は下げるしかなかったからな」
「うんうん、よかったよかった」
呑気に笑うリリを見て、フォスは虚脱感に襲われる。
ここまで張り詰めている自分が馬鹿みたいだ。
しかしどれだけ準備しても、ねばつくような不安感が何故か拭えない。
「フォス様」
今まで黙っていたアルスがそっとフォスに耳打ちをする。
「あ?」
「例の助っ人の件ですが、明日にはこちらにたどり着けるようです」
「ギリギリじゃねえか。何してんだあいつら」
「なんでも少々問題が発生していたようで…」
どいつもこいつも…と痛む頭を押さえる。
こういうのが嫌だから再び皇帝になんてなりたくなかったのだと心の中でぶつくさと言いながらも、その責任を放棄することはしないのが彼女という個人をよく表している。
そしてそれを誰よりも理解しているアルスがフォスの頭をそっと抱きしめて、その豊満な胸を押し付ける。
「フォス様、あまり考えすぎるのもよくないですよ~」
「…」
フォスはアルスの胸の感触と、その香りに包まれて全身の力が抜けるような感覚を味わう。
実は本人の知らないところでアルスによる「刷り込み」が行われており、フォスが難しい顔をしていれば決まってこうやって抱きしめ、甘やかすことでこの行為に安心感を伴わせることに成功していたのである。
自らの身体を使い、他者の思考を誘導する…まさにアルスの得意分野だ。
「おほぉ~あれがバブみって言うのかなぁ~」
フォスの頭を包み込み、むにゅんと形を変えるあまりにも豊満な母性の象徴をリリは興味深そうに観察していたがその隣で光の消えた瞳をリリに向けているマオの存在には気がついていない。
──そして翌日。
夜が明けて日が昇ると同時にそれは現れた。
「数はおおよそ千か…」
帝国の正門に向かって進軍してくるローブに身を包んだ集団が確認された。
ジラウドが外を見つめるフォスの側で膝をついて報告を始める。
「陛下、一応確認しましたが例の女性と巨大なパペットの存在は確認されていないようです。全員がフードで顔を隠しているために確実ではありませんが」
「そうか、先に我が出る。お前は騎士達と兵を連れていつでも出れるようにしておけ」
「陛下がですか…?それはなりません!せめて騎士の誰かを」
「うるせぇ。黙っていう事を聞け。これは命令だ」
「…かしこまりました」
相手はあの頭のおかしい女だ、何をしてくるか分からないからと先陣を切るつもりで準備をしていたフォスだが、それに水を差すかのように取り乱した騎士の一人がなだれ込むようにフォスの元に駆け込んできた。
「陛下!!」
「なんだ、騒がしいぞ」
「確認できました!「人形兵」です!!」
「ちっ…あぁわかった。どっちの方向だ、正門か?」
騎士はフォスの質問にすぐには答えず、うろたえるように目を動かしている。
「どうした!早く陛下の質問に答えんか!」
ジラウドが檄を飛ばすと騎士はごくりと生唾を飲み込んで、かすれたような声で…。
「せ、正門と…西門東門からも…ぜ、全部で「五体」が確認できました…!!」
「…なんだと?」
フォスとてそんな状況を予測していなかったわけではない。
しかし予想はしていてるからと言って実際に起こることを歓迎できるはずもなく…魔女との戦争は最悪の状態での開戦となった。
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