第339話 魔女の国
三蛇という組織がある。
とある三つの国が秘密裏に立ち上げた連合組織であり、基本的に全ての国が参加している国際評議連合の目を欺き、闇から権力を掌握しようとする裏組織…と言えば聞こえはいいが実情は違う。
最近立ち上げられた新帝国。
新参の国ではあるがその力は強大であり、評議会での発言力もかなり高い。
そうなってくると一つの問題が浮き彫りなる。
それは今の帝国が興された場所がもとはとある小さな王国であり、他国からの侵略を受けていたという点だ。
表立って侵略行為を行っていた隣国はすでに崩れ去ってしまったがこの侵略には裏があり、隣国の支援をする代わりに侵略成功で得た資源等を分割するという条約を結んでいた国があったのだ。
どれだけ調べようとも証拠は巧妙に消されており、国を追求することは出来ない。
だがほぼ間違いないというレベルで帝国…いや、ほぼすべての国から目星をつけられていた三国があり、その国は評議会から半ば締め出され発言力を失ってしまった。
欲望のままに無駄な敵を作った結果の自業自得ともいえるが本人たちはそれで納得ができるはずがなく、三蛇という組織を立ち上げてお互いに手を取り合ったのだ。
だがどれだけ裏から手を回そうとしても帝国はびくともせず、遠回りの懐柔等も意味をなさない。
また他国も帝国を敵に回すことを恐れ、賄賂等で味方に引き込むこともできず…裏組織としても体を成せていないというありさまであり、三蛇は崖っぷちと言っていいレベルまで追い詰められていた。
そんな彼らはある日どこからともなく差し伸べられたとある人物の手を取った。
──魔女の誘惑に乗り、その魂を受け渡したのだ。
「本当に貴様の言うとおりにすればあの帝国を討ち滅ぼせるのだろうな」
「間違いはないのだな!?」
「何とか言いたまえ!」
唾を飛ばしながら叫ぶ三人の国の代表に囲まれた魔女、マナギスは涼しい顔で手元にある水晶玉を弄んでいた。
全身に包帯を巻き、両腕は義手に片目も失い義眼…内臓も半分くらいは人工物に変わってしまっている。
そんな絶望的状況にもかかわらず、マナギスはいつものように余裕な笑みを崩さず、この場においても異様な雰囲気を醸し出している。
「なんか前もこんなことがあったような気がするね?何度も言いますけど大丈夫ですよ~、あなた達がどこまで頑張れるかにもよりますけど人はやればできるんです。死ぬ気で頑張れば出来ない事なんてないのですよ~」
「御託はいい!もう帝国に宣戦布告は出してしまったのだろう!?」
「勝手な事をしおってからに!」
「これで負けでもしたら笑いごとではすまんのだぞ!」
三者三様にマナギスを威圧するように怒鳴り、テーブルを叩き、椅子を蹴り上げる。
今までこのようなやり方しかしてこなかった男たちだが、マナギスにそんなものは通用せず、平然としている。
それが男たちの自尊心を傷つけ、余計に頭に血を登らせる。
「まぁまぁ、そんなに怒っても何もならないですよ。ここ数年魔族の動きが全くと言っていいほど無く、そちらに戦力を回さなくていい今だからこそ兵の数という意味ではさほど脅威ではない帝国を攻め落とすチャンス…そう言ったのはそちらですよ。国の代表なんでしょう?もっとどっしりと構えてましょうよ」
「この…小娘が!!」
「あの皇帝しかり、長年国を引っ張ってきた我々を見下しおって!」
「もし失敗すれば命はないと思え!」
「はぁい、肝に銘じておきますね」
この会議が始まってマナギスは一度も男たちのほうを見ていない。
ただただ話には興味がないとばかりに手元の水晶玉をいじっているだけ。
とうとうそのことに怒りが限界を迎えた一人が椅子を蹴とばしながら立ち上がり、マナギスに掴みかかろうとした。
しかしマナギスの後ろに控えていたローブの人物が男の腕を掴み、止めた。
「貴様!無礼だぞ!」
「…」
ローブの人物は無言で手に力込める。
ギリギリと肉に指が食い込みそうなほどの力で握られ、腕が砕けてしまいそうな痛みに襲われた男は悲鳴をあげる。
「それくらいでやめておきな~せっかくこんなところまでご足労頂いたんだから失礼があっちゃいけないからね~」
やはり興味なさげに、視線すら向けずにマナギスがローブの人物の行動を制した。
「ぐっ…くそ!」
男は苛立ちと、羞恥心を覚えながらもマナギスとローブの人物を睨みながら席に戻る。
「…それで、勝算があるというのなら早くそれを見せろ!我々は何も一方的に貴様を糾弾しているわけではない」
「そうだ、はやく帝国に勝てるという根拠を見せろと言っているのだ!」
その言葉を待ってましたとばかりにマナギスは無邪気な笑顔を顔に浮かべると、手に持っていた水晶玉をゆっくりと全員に見えるように掲げた。
「少し時間がかかったけれどようやく人形兵が6体ほど出来上がりました」
「人形兵?」
「ええ、あなた達が恐れている皇帝さんを以前完封した私の作品の一つです」
「おお!?それは本当か!?」
「ええ本当ですよ。さらに以前のより改良を加えているので皇帝さんではまず勝てないでしょうね」
「なんと…!」
「まぁただ一つだけ問題がありまして、一つご協力を頂けたらなと」
「問題だと?なんだ?何でも言ってみろ!あの皇帝の小娘を這いつくばらせることが出来るのならば協力は惜しまんぞ!」
「そうだそうだ!奴がいなければ我々がこんな苦汁をなめるようなことは無くなるわけだしな!」
「しかりしかり!ほら早く言え!我々は何でもできる!そうできるのだ!望むものは何でもくれてやろうぞ!」
マナギスはとびっきり楽しそうな笑顔を見せると手に持った水晶玉を数度指で小突いた。
すると水晶玉から光が放たれ映像を映し出す。
「そう言ってもらえてよかったです!実はこの人形兵たちは燃料が必要でしてね。改良して多少は燃費もマシになったのですがそれでも大食いなのは変わらないので、その協力をしてほしかったんですよ」
水晶玉は三つの場所の光景を映し出しており、男たちはそれぞれその場所に見覚えがあった。
「これは…我が国の領地か?」
「こっちは私のだ」
「私の所も映っているぞ」
映し出されたのは彼らの国のごく普通の一光景。
人々が行き交い、様々な営みが行われるどこにでもあるような日常の風景だ。
「あなた達言ってましたよね?最近は財政事情もひっ迫してきて民の中でも反乱の動きが広まってきていると。「我々の庇護下にある分際で卑しいやつらだ」でしたっけ?ふふっ平和に見えても裏ではどうなっているのか分かったものではないですね。まぁでも私も協力してくれる皆さんの目の下の憂いを取り除いてあげようと思いましてね?ついでですけど利害も一致しているのでね。どうぞご覧くださいませ」
その数秒後。
水晶玉に映し出された平和な日常は地獄に変わった。
巨大で歪な形をしたパペットが映像の中に現れ、建物を破壊し始めたのだ。
人々が突如として始まった暴虐に悲鳴をあげる。
映像の中の人形はそんな人間を見つけると、一直線で向かい、掴み上げて…その禍々しい口でかみ砕いて飲み込んでいく。
「なっ…!?何をしているのだこれは!?」
「ん?言ったでしょう?燃料の調達に協力してほしいって。人形兵は人の命で動くのです。素敵でしょう?」
燃料の補給。
無機質さを感じさせる言葉だが映し出されている光景は吐き気を催させるには十分すぎるほど悪趣味なものだ。
人形兵がその巨大な手で人々を捕まえる際には人の身体の耐久度など考慮しない。
故にただ掴まれるだけで人は血を吐き、全身から骨の砕けるような音をたてながら苦しみの悲鳴をあげる。
そしてそのまま丸のみにされればまだいい方で、数度にわたって足元から噛みちぎられていく者、腹を食い破られてそこから血を啜られている者など様々だ。
だがそれほどの行為を受けても人形兵に食われた者はすぐに死ぬことは出来ない。
その腹の中で想像を絶する苦痛の中、命を吸い上げられ続ける。
それが人形兵の燃料になるという事だ。
「今すぐにやめさせろ!こんなことをして何を考えている!?」
「ふむ?何を考えているですか?帝国に確実に勝つにはやっぱり人形兵が必要だと思いますし、それに反乱分子は摘み取っておいた方が安心できるでしょう?完全にお互いの利害が一致しているではないですか」
マナギスは悪びれる様子や罪悪感を抱いている様子もなく、ただいつものように無邪気な笑みを浮かべている。
「ふ、ふざけるな!我々の国には被害が及ばないようにすると言っていたではないか!あそこには要人もいる!それに建物もこんなに破壊しておいて、これでは労働力も…!」
「被害?被害なんて出ませんよ~おかしなことを言いますね」
「なんだと…?」
「建物が壊れちゃったのは…ごめんなさいね。こちらの復旧には協力しますよ。でも人は別に被害というほどでもないでしょう?私がどうして人形兵をこんな悪趣味な子にしているか分かります?生きるべき人と燃料になるべき人を選別するためです」
まるで親に勉強の成果を自慢する子供の様にマナギスは楽しそうに話す。
「この突如訪れた暴虐に屈する人はそれまでの人という事です。努力が足りない、未来に馳せる思いが足りない、必死さが足りない。日々これらをもって前を向いて生きているのなら…そんな素晴らしい人がこんなことで死ぬはずないですし、この瞬間にでも死ぬ気で努力できたのならやはり死ぬことは無いでしょう?人はやればできるし、天はそうやって胸を張って生きる者を見捨てはしないのだから。ならば追い詰められてなお怠惰な、人の輝きを馬鹿にする事しかできない人は燃料になって未来を切り開く礎になってもらう他ないとは思いませんか?だって未来に向かって努力しない人なんて居ないも同じです。そんなものが千人いるよりも尊く輝く一人の方が何億倍も価値がありますよね?」
「頭がおかしいのか貴様!!!」
「衛兵!この狂人を捕らえろ!」
男が叫ぶと同時に会議室の中に複数の武装した兵がなだれ込み、マナギスを囲む。
それでもマナギスは余裕の笑みを絶やさずに水晶玉を弄んでいる。
「なんだ?手を出せないとでも思っているのか?あまり甘く見ていると…」
「ああそうだ、そろそろこっちにもきますよ?人形兵」
「は…?」
何でもない事かの様にマナギスが言った言葉を男たちの脳が理解を拒む。
しかしそれでも現実は迫ってきて…おぞましい悲鳴のような声が聞こえると同時に会議室を突き破るように巨大で歪な腕が現れた。
一変して悲鳴と血飛沫が支配する地獄へと変わった部屋の中でマナギスは人形兵の殺戮を楽しそうに眺めている。
「さてさて、未来に生きるべき素晴らしい人は何人くらいいるのでしょうね~。この場には200人、三国合計では…って私詳しい人口知らないや。まぁ中腹辺り以降にいる人たちは逃げるだろうし、追う時間もないしで1千万人前後を選別対象にできれば上出来かな?」
「例の黒い流れ星のこともありますしもう少し少ないかと…」
「あ~…うーん…まぁいいでしょう。ここで魂を回収できなくても、ね?ようやくあれが完成したわけだしさ」
マナギスは懐から分厚くまとめられた資料のようなものを取り出し、大切なものを愛でるかのように撫でる。
「それは…例の邪教の生き残りが持っていたという?」
「そそ。なんかどっかの悪魔を信仰していた…なんとかって組織が瓦解した際に逃げてきた奴を保護したら喜んで提供してくれた奴。いやぁいい拾いものだったね?その生き残りが邪教の前にいた組織、「魔血神樹」で研究されていた人形の資料だなんてさ。まぁこれを持っていた男はかなり救いようがなかったけどねぇ。犯罪組織から邪教…そして次はウチときたもんだ。速攻で燃料行きだよね」
魔血神樹…それはかつて存在していた犯罪組織。
ありとあらゆる邪法を用いて最強のモンスターを作り世界を支配するという馬鹿げた思想を持っていた者たちの集まりだった組織だ。
だがそんな馬鹿げた理想を彼の者たちは実現寸前まで進めていたのだ。
そう…リリという最強の人形を誕生させたことによって。
「いやぁ当時から存在は知っていたけど私とはあまりにも思想が合わないうえに当初はパペットなんて最弱モンスターに興味はないとかぬかしてたからさ?こっちも興味なんてなかったけどまさかねぇ?ふふっリリちゃんなんてすばらしいパペットを完成させるほどの執念があるなんて驚いたよ。やっぱりすごいよねぇ、あんなどうしようもない連中の集まりでもその気になればあんなに素晴らしい物を作れる…やっぱり人はやればできるんだよ。あの連中が未来に向かって努力できる子達って最初から分かってれば協力を惜しまなかったのにさ。まぁ彼らの志は私がこうして継いだんだ、きっと浮かばれるよね」
うふふと頬を赤らめてまるで恋する乙女の様にマナギスは笑う。
神とすら戦える人形を作る最悪の魔女の手に渡ってしまったのは、災厄を引き起こすほどの力を持った最強の人形の情報。
命の搾取と選別が行われ、悲鳴がこだまするこの場所で魔女はただ一人楽しそうに笑っていた。
この日を境にひっそりととある三国は衰退の一途をたどり、そう遠くはない未来で地図から消えることになる。
これが目先の欲に囚われ魔女の誘いに乗った者の末路──。
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