第329話 神様の夢話4
「ねーねー!お姉ちゃんは何をしてる人なのー?です!」
「…なんでしょうね」
「お姉ちゃんは~食べ物何が好きー?ミィはね~甘いものなら何でも好きー!です!」
「…どちらかと言うとしょっぱい物のほうが好きかもですね」
フィルマリアが小さな診療所に来てからはや数日。
ミィは毎日フィルマリアの元を訪れ、手を繋ぎならお話をするのが日課となっていた。
あどけない少女にどう対応すればいいのか分からず、ちゃんとした返答は出来ていないにもかかわらずミィは楽しそうに笑い、それがまたフィルマリアを困惑させる。
お姉さんだったのがいつの間にかお姉ちゃんに変わり、明らかに懐かれてきているのだがそれを何故か振り払う事も出来ない。
「ミィ、ちょっといいかな」
「パパ!呼ばれたからちょっと行ってくるね!ます!」
病室に顔をのぞかせた父親に連れられて、ミィは小走りで去っていく。
なんとなくその後を追うことにしたフィルマリアが、気づかれないように気配を消して診療所内を進んでいき、人の気配がする個室をそっとのぞき込むと、父親とミィ、そして一人の老婆が向かい合うようにして座っていた。
「おばあちゃんまだお咳出る?」
「ミィちゃんが頑張ってくれてるからだいぶ楽になって来たわぁ。いつもありがとうね」
「おばあちゃんが良くなってくれたらミィ嬉しい!です!」
「今日もミィちゃんはいい子ね~本当に可愛いわぁ」
「ははは、それでは今日も診察を始めますね」
診療所内で正しい表現なのかは分からないが平和な日常の一コマを切り取ったかのような光景にフィルマリアは吐き気と同時に懐かしいようなくすぐったいような不思議な感覚を覚える。
そうしていると薬のようなものを抱えた母親が現れて、フィルマリアに声をかけた。
「あら、見学かしら?」
「いえ…べつに」
「ふふ、ミィはなにか迷惑をかけていないかしら?あの子あなたに懐いてるみたいだから」
「…とくには」
「そう、ならよければあの子と仲良くして頂戴。何か訳ありならしばらくいていいですからね」
なぜかその場所にいると自分がおかしくなってしまいそうでフィルマリアはその場を早足に立ち去って病室に戻りベッドに腰かけた。
ここしばらく何かが変わってしまうような気がして眠っていないために正しく使われていないベットがぎしっと軋む音を上げる。
「…はぁ」
なんとなしにため息を吐いて、特に意味もなく刀を一本取り出して刀身を見つめる。
まるで透き通った水のような刀身に映るフィルマリアの顔は相変わらず酷いもので…目の下にうっすらと隈はあるし何より表情が死んでいる。
しっかりと目を開いているのに物言わぬ屍のようだ。
こんな自分になぜ小さな子供が寄ってくるのか考えれば考えるほど不思議だった。
「お姉ちゃん!あのねあのね、さっきおばあちゃんから甘いお菓子貰ったんだ!一緒に食べよう!です!」
突然勢いよくミィが病室に飛び込んできたために刀をしまうのが間に合わず、フィルマリアは慌てて刀を持つ手をミィから離す。
咄嗟で無意識の行動だが、ミィという小さな少女の身を案じたという事実にフィルマリアは気づかない。
「わわわわ!なにそれ剣!?お姉ちゃん騎士様なの!?」
「ああいえ、私は騎士ではないです…それにこれは刀と言って…」
「かたな!なにそれなにそれ!かっこいい!お姉ちゃんもっとよく見せて見せて!ます!」
ぐいぐいと距離を詰めて刀を覗き込もうとするミィをフィルマリアは片腕で制するも、それでもよぽっぽど興奮しているのかミィは止まらない。
そして小さな手が刀の刀身に伸ばされて…。
「ミィ!」
「ひぅ!」
フィルマリアの口から出た大きな声にミィは肩を震わせて固まる。
「よく聞いてください。確かに不用心に刀を出していた私にも配慮が足りませんでした。それは謝ります。しかしこれは危険な物で、あなたがもしこの刃の部分に触れでもしたら怪我をするか、最悪指が無くなってしまうかもしれません。それほど危ない物なのですから不用意に触ってはいけません。わかりますか?」
「うん…ごめんなさい…かっこよくてつい…です…」
「分かってくれればそれで…」
そこまで言ってフィルマリアは少し冷静になった。
危ないからなんだというのか、この少女が怪我をしたところでフィルマリアになにか不都合があるわけでもない。
むしろこの子は殺さなければいけない対象なはずで…なぜ自分はわざわざ大声を出してまで少女の行動を諫めたのか…フィルマリアは自分で自分が分からなかった。
「えへへ…」
しょんぼりとしていたはずのミィだが、少しすると今度は嬉しそうに笑いだした。
「…どうかしたのですか?」
「お姉ちゃんが初めてミィのこと名前で呼んでくれたなって!」
「…そう…ですか」
「うん!そうです!ます!ねーねーお姉ちゃん!触らないからかたな見てもいい?です!」
「…どうぞ」
絶対に触らない近づきすぎないという約束をしてフィルマリアはミィに刀を見せた。
目をキラキラとさせて肩を見つめるその姿は…やはり幼き日の最愛の娘を連想させて…。
そしてまたもやフィルマリアは、刀の刃の部分は自分のほうに向けて少女を危険な目にあわせないよう配慮していることに気がつかないのであった。
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