第330話 神様の夢話5

 今日は天気が悪かった。

病室にいても聞こえてくる大量の雨粒が地面や壁を叩く音に、目と鼻の先に落ちているのではないかと思うほどの雷の音。


窓枠ごと破壊してしまいそうなほどの風…今日は嵐が来るのかもしれないと興味なさげにフィルマリアは診療所の窓から雨に濡れて見ずらい外を眺めていた。


「るんたった~るんるん~。むい?マリアお姉ちゃんお外に何かあるの?あ!もしかして雷さん怖い?です?」

「…さぁ…そうなのかもしれませんね」


着替えなどを持ってミィに手を引かれてお風呂に向かっている最中だったのでわずかに足を止めたことが気になったらしく、フィルマリアと同じようにミィも外を覗く。


いつの間にか名前で呼ばれてしまうほどに関係は進展してしまっており、今もあまりお風呂が好きではないミィがフィルマリアと一緒ならば大人しく入るという事で半ば強制的に連れられている最中だ。


「大丈夫だよマリアお姉ちゃん!」

「なにがです?」


「あのねあのね…雷さんがねおへそをとるって言うのは「めーしん」なんだよ!!ます!!」


ばーん!という交換音でも背負っていそうなドヤ顔で胸を張ったミィの姿にわずかな苦笑を見せつつ、その頭を優しく撫でる。

気持ちよさそうにフィルマリアの手に頭を預けるミィの姿にやはり記憶が刺激される。


「…そう言えばあの時のあれは雷のようでしたね」


思い起こされたのは自分の元に洗脳されたレイが乗り込んできたときの記憶。

フィルマリアの胸に突き立てられた剣から放たれていた光は雷のように見えた。


「あのとき~?」

「…娘がいたのですよ。それをちょっと思い出しただけです」


「えっ!!!」


こぼれ落ちそうなほど両目を見開いてミィは驚いていた。


「マリアお姉ちゃんけっこんしてたの!?です!?」

「…あぁ。いいえ結婚はしていませんが娘はいたのですよ」


「???」

「難しいですかね。まぁあまり気にしないでください」


「うん…ねーねー、マリアお姉ちゃんの子供ってどんな子~?ます」


問われて少しだけフィルマリアは考え込んだ。

あの子はどんな子だったのだろうか…それを語れるほど自分はあの子と向き合えていたのだろうか。


記憶に新しいレイは、顔の見えない姿で自分の呪詛を吐くもので…でも本当にそんな子だっただろうか。

自分が見ているあの子の姿が…本当だったのか分からなくなる。


「マリアお姉ちゃん?」


心配そうに握る手に力を込めるミィの姿にまたもやレイの姿が重なる。


「…そうですね。ミィによく似ていましたよ…本当にいい子で…よく笑って…元気で…私にはもったいないくらいいい子で…」

「マリアお姉ちゃん泣かないで」


ミィが手に持っていた布でフィルマリアの目元を拭う。

そこでようやく自分が泣いていたことに気がついた。


「ごめん…ごめんね、ます。ミィが聞いちゃいけない事きいちゃった…?」

「いいえ…ただ…そうちょっと目にゴミが入っただけです」


「ほんとうに…?」

「ええ。ほんとうです」


「よかった!」


気を取り直して二人で手を繋いで診療所の廊下を歩く。


「ねーねー、マリアお姉ちゃんの子供にミィ会いたいな~!今どこにいるの?ます!」

「…今は少しだけ遠くにいます。でもそうですね、いつかあってもらえますか?」


「うん!楽しみだなぁ~楽しみだなぁ~!お友達になれるかな?」

「ええ、きっと」


それが叶う事は間違いなくない。


何故ならレイは生き返ることは無いのだから。


そしてフィルマリアがありもしない可能性を賭けている方法はミィの死が絶対条件だ。


たとえ神様の力をもってしても敵うことの無い願い。

それでもフィルマリアはその願いが叶うといいなと、その時は心から思っていた。

確実にひとりぼっちの壊れた神様の中で何かが変わってきている。

バラバラになった心が少しずつ…ゆっくりと戻ってくるかのように。


その証拠としてフィルマリアは気がついていないがわずかに表情という物が戻ってきている。

ミィに振り回されている最中に苦笑したり…感情が溢れて泣いたり。


まだ笑えてはいないがこのままいけば神様は失った大切な物を取り戻せるかもしれなかった。

しかしどこまで行ってもこの世界は神様にとって痛い世界で…。


「…っ…ぁ」

「ミィ?」


今までつながれていたはずの小さな手がするりと滑り落ち、ミィが崩れ落ちるように倒れた。


「ミィ!?どうしたのですか!ミィ!」

「…いた…ぃ…」


小さな身体を自ら抱きしめるような恰好で全身に脂汗をかいて震えるその姿にただならぬ様子を覚えたその時、フィルマリアの声を聞きつけたのかミィの両親が慌てて駆け寄ってきた。


「ミィ!くそっ!最近は落ち着いていたのに…!」

「あなた!急いで処置を!」


「分かっている!マリアさんすまない!ちょっとだけ急ぐんだ!」


フィルマリアの腕の中から奪うようにして父親が苦しむミィを抱えて走り去る。


母親もそれに追従するが、フィルマリアはその場に立ち尽くすことしかできず…。


外に雷が落ちて周囲を一瞬だけ不気味に照らす。

ザーと全てを飲み込むかのような雨音はまだやまない。

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