第328話 神様の夢話3

 味気のしない食事を無理やり詰め込んだ後、当然のように出された温かいお茶に映った自分の顔をフィルマリアは覗き込む。


まるで死人のように生気のない顔だと思った。

久しぶりに自分の顔をまじまじと見たせいか、それが自分の物だともうまく認識ができない。


「…酷い顔」

「ん?今何か言ったかい?」


「いえ…」


思わず口からこぼれた小さな呟きをごまかして温かいお茶を流し込む。

味は分からないが、こちらは美味しいと感じた。


常に感じている吐き気が限界に達して吐き出される泥…あれに比べれば味のしない液体というだけで何倍もマシだから。


「ああ、ほらミィ。口の端からこぼれているよ」

「あらまぁ、ほらミィ拭いてあげるからこっち向いて」

「んにゃ~」


目の前で繰り広げられる、何気ない家族のひと時、その一シーン。

先ほど一瞬とはいえレイと少女を重ねてしまったせいか、フィルマリアはその光景に以前の自分達を夢想してしまう。


幼いレイと、口うるさいレリズメルドとフィルマリア自身。


かすれた記憶の中に埋もれていた幸せだったころの記憶が思い起こされ…同時に耐えがたい吐き気に襲われた。

そのままいつものように黒い泥を吐き出しかけたが、この時は何故かフィルマリアはそれを必死にこらえた。


何故かはわからない。

でもフィルマリアは確かにこの瞬間、それを吐き出すことを嫌がったのだ。


「お姉さん!だいじょうぶ!」


ただならぬ様子のフィルマリアに気がついたのか、少女が慌てて駆け寄り、その手を取る。

すると何か温かいものが握られた手からフィルマリアの中に流れ込んでくる感覚がして、吐き気が治まりはしないものの、ぐっと楽になったのだ。


「これは…?」

「だいじょうぶだよ~お姉さんはミィがなおしてあげる、ます!」


おそらくは少女の中に存在するレイの欠片によってもたらされている能力だとは思うものの、確信を持ちたくてフィルマリアは向かい側に座る少女の両親に視線を送る。


それを受けた父親が少しだけ真面目な顔で両手を組み、話し合始める。


「そろそろ話をしましょうか。実はここは診療所なんです」

「診療所…」


「ええ、まぁ私自身、しっかりと資格は持っているのですが…今はもっぱら現在体験していただいているように娘のミィが頑張ってくれているのが現状です」


父親は苦笑いを浮かべながらも、少女に愛しさのこもった視線を向けた。


「数日前に少し離れた場所で倒れているあなたを娘が見つけましてね、勝手ながらこちらに運び込んで出来る限りの治療をさせてもらいました。しかしあなたの身体に異常はないと言いますか…私たちではあなたの顔色が悪い原因が突き止められず…情けない話ですが」

「そうですか」


「娘には不思議な力があるんです。娘は手で触れた人の…病気や疾患を軽減してくれます。軽い風邪程度ならばすぐに治してしまう。怪我などの外傷には効果はないようですが」


そうか自分は病気なのかと、この時フィルマリアは他人事のように思った。


「そういうわけなので、具合がよくなるまでゆっくりしていってください。一日に数分ほどミィと手を繋いでいただければすぐに良くなると思いますよ」

「えへへ、お姉さん早く良くなってね!です!」


ニッコリと笑顔を少女は向けたが…その笑顔はフィルマリアには眩しくて痛く…しかし少女の力故か頭痛も吐き気も楽になっていた。


────────


日が落ち、明かりも落とした部屋の中、フィルマリアはベッドに寝転がりながら天井を見つめる。


少女から正式にミィと名乗られ、自分はマリアと名乗り返した。

なぜ名乗ったりしたのか、どうして大人しく病室のベッドで寝ているのか。


ただ少女を殺し、この場を去ればいいだけなのに、それをしないのは何故か。

そんな疑問が頭の中でぐるぐると渦を巻いて頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱す。


「馬鹿馬鹿しい…ただ疲れているだけ…そう、少しだけ疲れているだけ…」


思考から逃げるように、フィルマリアは目を閉じて眠りについた。

現状が理解できなくて、悪夢に逃げた。


そして期待通りにいつもの悪夢はフィルマリアを襲ってくれる。


何の変りもないいつもの繰り返しの悪夢。

自分を責めるレイと、物言わぬ友の亡骸に懺悔を繰り返す。


しかしそんなフィルマリアの手を誰かが掴んで引っ張り戻した。


「っは!!!!?」


全身に汗をかき、呼吸も乱れ、異常な倦怠感に包まれる。

しかしそれが徐々に楽になっていき、そうするとフィルマリアは誰かが手を掴んでいるのに気づき、隣を見た。


そこにいたのは目を閉じたミィ。


少女がその小さな両手でフィルマリアの手を祈るようにして握っていたのだ。


「だいじょうぶだよお姉さん…怖くない…こわくないよ…です」

「…」


健気なその姿に毒気を抜かれたかのようにフィルマリアは脱力する。

そのままゆっくりと身を起こすと、そっとその小さくやわらかな頬に触れて、自分でも驚くほどに優しい声でミィに語りかける。


「…まだ夜ですよ。私の事はいいのでちゃんと寝ないと、ご両親が心配しますよ」

「お姉さん…もうだいじょうぶ?」


「ええ、おかげさまで楽になりました。だからさぁもうお休みなさい」

「うんっ!ばいばいお姉さん!またあした!です!」


ミィはにぱっと笑顔を向けると相変わらず慌ただしくフィルマリアの病室を後にする。

その夜、フィルマリアは眠らずに窓から空を見上げていた。

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