第327話 神様の夢話2
ギィギィと踏む度に音が鳴る床を歩きながらフィルマリアは少女を探す。
欠片を回収するために。
魔族がいなくなった今、欠片の回収効率はかなり落ちてしまい、明らかに居場所が分かっている物を逃す手はない。
ただ矮小で弱小な子供から欠片を回収するだけ。
何も問題は起こるはずは無い…そう思っていたフィルマリアが廊下の曲がり角を曲がると同時に何かがその顔に激突し、ベチャリと潰れた。
「…」
視界は白い何かに覆い尽くされ、不快な感触が重力に従って下に流れ落ちていく。
フィルマリアはほとんど口にしたことは無かったが、間違いなくそれはケーキと呼ばれるものだった。
「あわわわわわ…」
「こ、コラ!ミィ!なんてことを!申し訳ありません!今お風呂の用意を…!」
「まぁ大変!先に拭くものを持ってこなくちゃ!」
ケーキに視界を遮られているため見えてはいないが、先ほどの少女が慌てる声と、おそらく大人の男女の声が聞こえて、バタバタとフィルマリアの周りで物音をたてている。
攻撃なら対処ができる。
しかしいきなり顔面にケーキをぶつけられたのをどうとればよいか分からず、また初めての経験なために完全にフリーズしてしまい、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
やがてそのまま引っ張られるようにして風呂に案内され、今現在頭がフリーズしたままのフィルマリアは素直に浴槽に浸かっていた。
「はっ…私は何を」
目の前を不格好な鳥型の玩具が流れていく。
身体の汚れは勝手に浄化されるために、お風呂に入るという習慣はあまりなかったが感覚の鈍くなったフィルマリアには自分が浸かっているいる浴槽に貯められている物がお湯なのか水なのかもわからない。
湯気が立ち上っていることからおそらくお湯なのだろうと判断し、適当なところで切り上げようと考えはするがお風呂から上がるタイミングがつかめない。
しばらくそうしていると、風呂場の扉の向こうに小さな気配を感じて、先ほどの少女の声が聞こえてくる。
「あ、あの…お姉さんごめんなさい…お着替え用意したので置いておくね…ます」
「…どうも」
何と返していいかもわからないので、ありきたりな返事をすると少女は事の経緯を語りだす。
どうやらフィルマリアの意識が戻ったものの顔色が悪いのを見た少女が、自分のおやつにと出されたケーキをフィルマリアに渡そうとしたのだが、急に曲がり角から現れたフィルマリアに驚き転んでしまった…という事らしい。
「ケーキ…甘くて幸せだから…お姉さんも元気になると…ひっく…ぐすっ…思ってぇ…ごめんなさいぃぃ~…」
少女は少し泣いているらしく、鼻をすする音が浴槽に響く。
「…今一人ですか?」
「ふぇ…?は、はい…一人…ます」
それを聞いたフィルマリアは浴槽から立ち上がり、静かに扉を開けた。
そこには身体を拭く用なのか、折りたたまれた布を持って少女が涙目で佇んでおり、今が絶好のタイミングとばかりにフィルマリアは右手の指をそろえ手刀の形を取り、ゆっくりと、そして的確に喉に向かって突き出そうとして…頭に微弱な電気が流れたかのように一つの記憶がよみがえった。
「っ」
「お姉さん、どうかしましたか?」
ズキズキと頭が割れそうなほどの頭痛がフィルマリアを襲い、その間に浮かんでくるのはレイとの思い出。
(お母さん!これあげる!)
(これは…レイのおやつじゃない。いらないの?)
(ううん!お母さん疲れてるみたいだから!これね甘くて凄く美味しいんだよ!これ食べて元気出して!)
もうそれがいつのことだったかは思い出せないけれど、でも無くしたくない大切な思い出。
魔族や人族の事で頭を悩ませていたフィルマリアにレイが、自分の好物だった果物を差し出してくれた時の記憶。
「お姉さん(お母さん)、大丈夫?」
「──っ!!!!!?」
少女の心配そうな顔に、幼かったころのレイの姿が重なり…フィルマリアは手刀を組んでいた手をそっと少女の頭に乗せた。
「…大丈夫です…少し…のぼせてしまっただけです」
「わわっ、それは大変、です!お水貰ってくる!ます!」
またもや慌ただしく少女は風呂場を出て行こうとして…慌てて引き返してきてフィルマリアに布を渡して今度こそ慌ただしく出て行った。
手渡された布を握りしめながらフィルマリアは茫然と少女が去っていた方向を見つめる。
「私は…何をしているの…?」
────────
風呂から上がったフィルマリアは、少女に手を引かれ、彼女の家族が囲む食卓に座らされた。
テーブルには質素ながらも美味しそうな香りをたてる料理が並べられているが、やはりフィルマリアにはその香りも、温度も分からなかった。
「いやぁこの度は娘が粗相をしてしまい申し訳ない!」
「申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」
少女の父親が最初に頭を下げたのに追従し、母親、少女と順番に頭を下げる。
「いえ…お気になさらずに」
なぜ自分が今こんなことになっているのか、全てが疑問だが何故かどうすることもできない。
ただこの場で少女を殺せばそれで終わるはずなのに、何故かそうしようとすると手が止まってしまう。
なので仕方なくフィルマリアは誘われるままに大人しく座って謝罪を受け入れている。
「心ばかりですが御飯を用意したのでいっぱい食べてくださいね」
「…いただきます」
魚のようなものを口に含み、数度咀嚼をして飲み込む。
スープのようなものを匙で掬い、飲み込む。
パンのようなものをちぎって飲み込む。
感覚の壊れたフィルマリアにはその全てが触感の違うゴムのようにしか感じられない。
「お姉さん美味しい?あのね、ママの料理はとっても美味しいって評判なんだよ!です!」
「…ええ、とっても美味しいですね」
なぜそんな嘘をついたのか。
やはりフィルマリアにはわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます