第323話 伝えきれない想い

 純白で、幾重にもレースが重ねられている神聖ささえ感じられてしまうドレスに身を包んだマオちゃんは…綺麗だった。


──そう、綺麗。


ただそうとしか言えず、その言葉はきっと、今この瞬間のために生まれた言葉だと思った。

いつもより大人っぽく仕上げられたメイクと、後ろでくくられた髪が普段とは違った印象を持たせていて、それも一つのアクセントになっている。


何か特別な素材でも使われているのか、月明かりを反射してキラキラと光るドレスを完璧に着こなしたマオちゃんは魔王ではなく女神だと確信する。


「な、何か言ってよ…やっぱり似合ってないかな…?」

「んぎしゃdhのがやrdhつs!!!!」


「…なんて?」


びっくりしすぎて舌が回らなかった。


人間あまりにも衝撃的な事態に直面すると色々な物がフリーズするものなのよね。

私は人形だけどさ。


じゃなくて、はやく伝えないと!この気持ちを!


「き、綺麗!すっごく綺麗だよ!マオちゃんはもともと綺麗だけど今はその比じゃないって言うか、いつもは可愛いも入ってて完璧だけど、今は何ていうか可愛い部分が綺麗に変換されて綺麗さ二倍というか…あ!でも可愛いが無くなってるわけじゃなくて、という事はいつものマオちゃんにすっごい綺麗がプラスされてアルティメット綺麗みたいな、でもでもそもそも言葉に言い表せないというか、今のマオちゃんが最強すぎて適切に表現できる言葉が存在していなくて、あ~!もどかしいけどとにかく綺麗で可愛いってことを伝えたくて、お顔はいつにもまして美人だし、その髪型も非常にグッドで、そのドレスもすっごい神秘的で、でもでもそれを着こなすマオちゃんがやっぱりスーパー最強なわけで、ドレスの輝きをもってしてもマオちゃんの魅力を引き出すための一要因にしかならないのはさすがだなって、それはやっぱりマオちゃんがこの世界で一番素敵で可愛いくて綺麗って事で、月明かりなんてマオちゃんの魅力を引き立てるために空気を読んでるよね!月さえも魅了するのはマオちゃんだからこそできる事だと思うよ!なんていうか内面の優しくて強くてかっこいいところが外見にも滲みだしてるよね!この世界の何もかもはマオちゃんを彩るための装飾品だって言っても全く過言じゃな──」

「もういいから!わかったから落ち着いてリリ…!!」


私が伝えたいことの1割を言い切ったあたりで、マオちゃんが両手で顔を覆って座り込んでしまった。

なにかまずい事を言ってしまったのだろうか…。

不安になって隣のクチナシを見ると、何とも言えない目をこちらに向けていて…。


「ごちそうさまです」


それだけを言い残して間に合わせの出席者席に座ってしまった。


「ママ、ママ。ドレス汚れちゃうよ~」

「うーんうーん」


リフィルとアマリリスがマオちゃんのドレスの裾を頑張って持ち上げており、大変そうだったので慌てて駆け寄った。


「マオちゃん、ほら立って」

「う、うん…」


力無く伸ばされたマオちゃんの手を取って、出来るだけ優しく立ち上がらせる。

月明かりに照らされたその顔は、火が出そうなほどに真っ赤になっていた。


「緊張してる…?」

「緊張してるって言うか…恥ずかしいというか…」


「恥ずかしがることなんてないよ!こんなに綺麗なんだから」

「だーかーらー!そう言うのが恥ずかしいの!リリの馬鹿!」


「ええ!?」

「でもその…ありがと…リリも、とっても綺麗だよ」


怒られたかと思えば、真っ赤な顔で微笑んでくれた。


…まさかこれがツンデレ…!?なんだいなんだい、前世では塵程にも興味はなかったけど…いいものだなぁツンデレ…一世を風靡してなお愛される属性なだけはある。


「いやデレデレでは…?」


くっちゃんが何か言っていたけれど、よく聞こえなかった。

とにかく一息ついて、なんとか心を沈めたのちに私はそのままマオちゃんの手を握って高く積まれた瓦礫の前までエスコートする。

幼い娘たちも来ているからあんまり遅くなっちゃだめだからね。


本当は花嫁は御家族がエスコートしてくるんだろうけど、まぁいいでしょう私がやっても。

というか今のマオちゃんを誰にも触らせたくないよ私。


すぐそこのはずなのに、やけに長く感じる廃墟の中を二人寄り添って進んでいく。

瓦礫の前にはいつの間にか修道服のようなものを着たメイラが笑顔で立っている。


怒られそうだから言わないけど、こうしてみるとメイラはわりとアーちゃんに似てるよね。


絶対に怒られるから口にはしないけど、うん。


というかメイラ大丈夫だろうか…?たった数日でドレスを作ったり、軽食を作ってもらったり、ヘアセットや着付けに、こうして神父役までやってもらっている…。


いくらできる女だからと言って頼りすぎなのではないだろうか?いや、もちろん本人には再三無理してないかを確認しているのだけど…まぁたまに屋敷を抜け出したと思ったらお腹をさすりながらツヤツヤの顔で戻ってくるみたいなことが何度かあったので、息抜きはちゃんとしてたみたいだからいいのかな?


「…今ほかの女のこと考えたでしょう」

「んん!?」


口に出さなかったら出さなかったで、マオちゃんに怒られる。


ぎゅうぅぅっと、つねるように腕を掴まれるけれど、人形の腕だから痛くはない…痛くはないけれど、なんとなく心は痛い。


そんなこんなで私たちの結婚式が今、始まる。

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