第324話 死が分かつことのできない二人

「ねえリリ」

「なぁに」


「ドレス…すっごい出来だよね。改めてメイラさん達にお礼言っておかないと」

「だねぇ」


何度でも言うけれど、本当にドレスの出来がヤバい。

仕事ができるが過ぎる、しごできがすぎるだろうというやつだ。

マオちゃんの魅力を極限まで高め、なおかつ邪魔をしない…文句のつけようがない逸品である。


「…だからちょっと気後れしちゃうな。こんな肌で──」

「マオちゃん。関係ないんだよそんな事」


たぶんまた範囲が広がった黒い痣の事を言いたいのだろうけど、そんなものマオちゃんの魅力の前では…いや、むしろその魅力を彩る一つだ。


本人がどう思おうとそこにある以上、自分という物を構成する大切な一つなのだから。

それに私なんて球体関節なんだよ!?肌がどうのこうのと言い出したら一番おかしいのは間違いなく私だ。


「メイラやクチナシだって喜んでくれたほうが嬉しいと思うよ」

「うん…そうだね。私の中では割り切ってるつもりでもさ…他人が絡むとどうしても遠慮しちゃうのは悪い癖だよね…そっか、私って色々と遠慮しすぎなんだなぁ」


何かが納得いったとばかりにマオちゃんは微かに頷く。

うんうん、確かにマオちゃんは遠慮しがちで控えめなところがあるからね、慎ましくて可愛いと思うけどそれで自分を卑下してしまうくらいならば少しばかり尊大で偉そうなほうがいい。


コウちゃんみたいな…いや、あそこまで行くとまた別の問題が産まれるかもしれない。


「…また他の女のこと考えてる」

「すいましぇん!!」


このマオちゃんに備わっている謎のセンサーは一体何なのだろうか…永遠の謎である。


恐ろしいのがこのセンサー…「他人のこと考えている」としか探知してくれず、二人でイチャイチャしている時になんとなく娘たちの事考えていたら、その時も「他の女」判定だった。


そこを他の女といいだしたら色々とどうしようもないと思うのは私だけだろうか…。


「二人の世界にいる時は、私のことだけを考えて欲しいの…」

「!!!!!!!!!???!!?!?!?!!!!!」


え、何今の。

可愛すぎん?いくら何でも可愛すぎない?死ぬが?私死ぬが?いや、もう死んでる?そうか死んでるのか私。


いや、生きてる?いや、絶対死んでる。

たぶん全身から血を噴き出して死んでる。

だってこんなに可愛い。


「──聞いていますか?リリさん」

「んぇ?」


気がつくといつの間にか瓦礫の山の前にたどり着いていて、メイラが困ったように笑って私を見ていた。


「これから誓いの儀式をしますけど準備はいいですか?」

「ああうん!儀式ね儀式!大丈夫大丈夫!よ、よよよ余裕れすよ!」

「リリ、落ち着いて」


とりあえず深呼吸をして内なる高ぶりを抑える。

そうだ、落ち着け。


ここで取り乱すのはポイントがかなり低い。

紳士のようにスマートにマオちゃんを先導し、淑女のように美しく事を進めるのだ。


「おほほほ、取り乱してしまいましたわ、御免あそばせ」

「まだ取り乱してるよ」


腰のあたりをポンポンと叩かれた。

完全に子供扱いである。

まま~。


「こほん、では始めさせてもらいますね」


一体どこで覚えて来たのか、メイラがすらすらと淀みなく式を進めていく。

健やかなるときも病める時も~というやつだ。


こっちではちょっと違うみたいで、私にはよく分からない単語もちらほら出てくるけど、悪い事は言っていないだろうし、今日は私が名実ともにマオちゃんの物になる日なのだから全部に返事をしておけば問題はない。


「最後に、死がふたりを分かつまで…お互いに愛し続けることを誓いますか?」

「いいえ」

「!?」


マオちゃんが最後の一文にだけハッキリと否定の言葉を返した。

メイラも少しだけ驚いたような顔をして、背後のクチナシたちからも若干の困惑が伝わってくる。


私もびっくりしたけれど、すぐにマオちゃんの意図を理解する。

ぎゅっと私とマオちゃんの繋がれた腕にどちらともなく力を込めて、微笑み合う。


「たとえ絶対の死が相手だとしても」

「私たちを分かつことは出来ない」


「「だから死が訪れても、愛し続けることを誓います」」


それを聞き届けたメイラがにっこりと笑って背後のクチナシに目配せをする。

それを合図にマオちゃんの指にはめられた銀色の指輪から一本の赤い糸が現れて、私の指にはめられた指輪と指の間を通ると再びマオちゃんの指輪に絡みつき、見えなくなった。


これでおしまい。


凄く大掛かりな事をやった割には、あっけないものだ。


だからここからは何も関係のない行為だ。

ただお互いの気持ちを確かめ合うだけの…それだけの行為。


「マオちゃん…」

「リリ…」


少しだけ潤んだ瞳を向けてきたマオちゃんに吸い込まれるようにして私たちは軽い口づけをする。

月明かりに照らされる私たちを、家族たちは盛大な拍手で迎え入れてくれたのだった。



──────────


式が終わった後は皆で軽くご飯を食べながらお話をしていた。


いつもと変わらないと言えば変わらない光景だったけど、マオちゃんとメイラがいつもより仲良さそうに話していたのが印象に残っている。


やがて娘たちが睡魔に抗えなくなってきたのでお開きとなり、今はいつもの寝室でドレスを着たまま二人っきりだ。


いや…これから何をするかなんて言葉にするだけ野暮だよね?式の後に二人で寝室でやる事なんて一つしかないよね?ないよ?問題はどう切り出すかだ。


流石にマオちゃんだって分かっているとは思うけれど…そこは雰囲気クラッシャーのマオちゃんだ。

このまま何もアクションを起こさなければドレスを脱いで普通に寝てしまうかもしれない。


しかしあんまりがっつくのも…うむむむむむ…。


「…そろそろドレス脱ごうかな」


あ~~~~!!!!!!悩んでいる間に恐れていた事態が!!!!!マオちゃんがドレスを脱ごうとしてるぅぅぅぅぅぅぅうう!!!なんとか引き留めねば!!!


そう思い、マオちゃんのほうを慌てて振り向くと…まるで誘うかのようにコロンとベッドの上で寝そべっていた。


「ま、マオちゃん…?」

「…このドレス一人じゃ脱げないから」


それは脱がせという事ですか????脱がせと言うのになぜベッドで私にお腹側を見せて転がっているんです?????これはつまり…??????


「ねぇリリ…あんまり焦らされると…恥ずかしいよ…」


マオちゃんのしっとりと濡れた桜色の唇から紡がれた言葉に、私の中で何かが切れた。


紳士は死んだ。

淑女も爆死した。


残るのは本能に忠実な私のみ。

本当は優しくしてあげるべきなんだろうけど…そんな理性はもう残ってなかった。


柔らかさや、べたついているはずなのに不快感の欠片もない汗で一つに交わるような感覚を覚えながらもマオちゃんは嬉しそうに笑いながら、


「大好きだよ」


そう言ってくれた。

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