第321話 クララちゃんは次のステージへ
「くぁ~…そらが青いなぁ☆」
屋敷の敷地を後にしてすぐ、クララは空を見上げる。
曇り一つない空は今日も何も知らずに平和を演出していて、なんとなく虚しい気持ちになる。
「クララ・ソラン」
「ん?」
後ろから平坦な声で名前を呼ばれ、クララが振り向くと無表情で真っ白な人形が立っていた。
もはやクララと呼ばれると反応してしまうほどに馴染んでしまったという事実にわずかに苦笑しつつ、クララは可愛らしく首を傾げる。
「クチナシちゃん何かよう~☆あ!今さら苦情は受けつけないよぉ☆」
「そういうわけではありません。これを」
クチナシが右手を差し出すと、そこにこぶし大の光る玉のようなものが現れて、クララの元にゆっくりと流れてくる。
それに触れた瞬間に、それがなんなのかクララには理解できた。
「龍たちの魂…」
「預かっていた分をお返しします。では」
そっけなく踵を返すクチナシをクララは引き留める。
「ちょ、ちょっと!いいの~?ぶっちゃけ~どうやってクチナシちゃんからこれを取り戻そうか悩んでたんだけど~☆」
「ええ。姉様がもういいと言ったのなら、私としてももういいという事なので」
「…姉様?もしかしてリリちゃんの事?…ふ~ん☆」
「…何か?」
「いやいや、何でもないよ☆一応お礼を言っておくね☆あ・り・が・と☆チュッ☆」
クララは腰を90度近く曲げて、腰に片手を置いた後にもう片方の手で投げキッスを投げた。
無表情をわずかに歪めつつクチナシは手を何かを振り払うように数度振るう。
「…あなたどうしてそんな事に…いえ、何でもありません」
「ん~?☆」
「…ああそうだ。最後に一つだけ、共有しておきたいことがあります」
「なぁに☆」
「皇帝さんと悪魔神さんを降し、姉様の主導権を奪うという離れ業をやってのけた人間がいます」
「…ふぇ?」
「魔王様が対処しておそらく死んでいるとは思われるのですが…もしかすれば姉様の身体の一部を持ち出した状態で生存している可能性があります。目的が不明ですが生きていた場合に何らかの行動を起こすかもしれないので一応留意しておいてください」
クチナシが一枚の紙を投げ渡してきたので、それにざっと目を通す。
おおよそただの人間が起こした事態とは思えないが、ここで冗談を言う理由もないので本当なのだろうと記憶の隅にとどめる。
「つくづく人形という物は厄介だねぇ…クララ~もう人形全般嫌いになりそうだよぉ~☆」
「…申し訳ありませんでした。ここまで協力していただけたことに感謝と謝罪を」
頭を下げたクチナシに意外な物を感じつつも、クララは何も言わず立ち去る。
一際強い風が流れ、金色の何かがクララの横を通りりすぎていった。
「おお?なんか風に乗って金色の…なんだこれ?鱗?…て、おわ!?これ欠片じゃん!」
そんなリリの間の抜けたような声を遠くに聞きながら、満足そうに笑う。
「今の時代の事は若い物に託すことにします。それでいいんですよね大祖母様」
────────────
フィルマリアとレリズメルドの戦い…その最後の瞬間にレリズメルドはクララを逃がしていた。
「大祖母様!?ここでクララを切り離したら…!」
「ははは…確かに私の力はかなり弱まるが、お前を残していてもフィルマリアにとどめを刺せるかは分からないからな。それならお前が居なくても倒せる可能性に賭けるさ」
「しかし!!」
「中途半端で優柔不断…私の悪いところだ。でもな、まぁ私とあの人の問題に最後まで付き合わせるわけにはいかんよ、やっぱり。ここまで巻き込んでいおいてどの口が…という話だが、だからこそ、な。どうせなら私は最後まで中途半端で優柔不断を貫くよ」
結果としての話にはなるが、仮にレリズメルドがクララを切り離さなくとも、フィルマリアにとどめを刺すことは出来ないかった。
しかしこの時点でそんな事わかるはずもなく、クララは…いや、龍は始祖であるレリズメルドの願いを叶えるために生きてきた種族だ。
ここで急にこれ以上はダメだと言い渡され、クララの心中は穏やかではなかった。
「大祖母様!!」
「…殴られても構わないという前提で話すのだが…なんだ、親心というやつだ。遠いと言っても親族…なんというか生きて欲しいと思ったんだ」
レリズメルドは困ったように笑い、クララは何も言えなくなってしまった。
「無理にとは言わんがお前も龍の血を繋いでみろ。たぶん私の気持ちがわかるさ。フィルマリアが娘を失い狂う気持ちも…完全に理解できたと言うとおこがましいが、少しは分かった。というわけで好きに生きろ、遠い我が肉親よ。願わくば健やかに寿命を全うしておくれ。それが私がお前に残す願いだ」
とん、と突き飛ばされ、気がつけばクララは霊峰が存在していた場所から数十キロ離れた地点でボロボロの状態で寝ていた。
────────────
そして今、レリズメルドの言葉を思い返しつつ、クララは歩く。
「まずは~アイドル活動をして奴隷を増やしつつ全国を回ろうかな~☆んで~いい伴侶を見つけて龍の魂を元に種族を復興しよう。弱い血は取り込みたくないから婿探しは慎重にしないとなぁ…あ~あ、あのクソガキ…フォスちゃんが男体だったらいい候補だったんだけどぉ☆最近は女体にしかなってないもんな~…うーん…リリちゃんに魂だけで子をなす方法を聞けばよかったかも?いやいや、なんかもう関わらないほうがいいきがするぅ☆」
思いつくことをすでに力のほとんどを失ってしまった神物である古びた本に書き込んでいく。
「あ~そう言えば今代の勇者は男だっけ☆ん~あってみないと何ともだけどクララのアイドルビームでいちころだろうしぃ~候補には入れとこうかなっ☆…よしそうと決まれば勇者くんを探そう☆…っとその前に~」
すらすらと目にも止まらぬ速さで本に何かを書き込んでいく。
その表情は楽しそうに緩められており、もしここに何も知らぬものが居たならば、すぐに恋に落ちてしまう事であっただろう。
それほどまでに魅力的で可憐な笑顔だった。
「よしできた~☆大祖母様の事を歌にしたクララの記念すべき100曲目!待ってろよ~奴隷たちぃ~☆」
宿命から解放されたクララは進んでいく。
その脳内では世を魅了するトップアイドルまで上り詰め、結婚して電撃引退までの道筋が組み立てられていた。
今ここに龍神アイドル伝説の新たな幕が開くのだった。
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