第316話 神様といらないもの

「なんだそれは。そんなの私は知らないぞ…」


フィルマリアの事は全て知っている。

何故ならずっと昔から一緒にいたから。


でも分からない。

今目の前で起こっていること全てがレリズメルドの見たことないものだ。


「結局そんなものなんだよレリズメルド。誰も他人のことなんて分かってないんだよ。みんながみんな…大切な人の事くらい100パーセント理解できていればこんなことにはならなかったのにね」


バサッと泥の翼が大きく広がり、弾けた。

レリズメルドにはその瞬間に世界の全てが泥に飲まれてしまったような錯覚に陥り、反射的に目を閉じてしまう。


慌てて目を開くと先ほど感じた感覚とは反対にレリズメルドがいた場所は真っ白な…痛いほどの白、白、白だけで構成された世界となっていた。


レリズメルドには知る由もない事だったが、それは…リリの惟神とは真逆の光景だった。


行き過ぎた白。


まるで自分達以外の何もかもの存在を否定された成れの果てのような世界。


「さぁ全てを終わらせようレリズメルド」


そんな白い世界にゆらりと浮かんでいたフィルマリアがそっと手を伸ばすと空間からフィルマリアの手に収まるように長く美しい刀身を持つ刀が現れた。


フィルマリアの切り札…少なくともレリズメルドはそう思っていたはずの物だ。


彼女の持つ強大な神性を凝縮して作られた…名付けるのならば神刀とでも呼ぶべき、この世のどんな聖剣、魔剣と呼ばれるような武器よりも位の高い神の持つにふさわしい刀。


「落ち着け、気圧されるな。覚悟を決めて来たんだろう。逃げるな、言い訳をするな。生き恥を晒し、死に体を引きずって、それでもここに立ったんだ私は!」


足に力を入れて息を吸い、正面からフィルマリアを見据える。


例えどれだけ壊れていたとしても、長い時を二人で世界の発展と共に生きてきた大切な友人だから。

全ての運命が決まってしまったあの時、そんな大切な人を止めることができなかった後悔だけを胸にレリズメルドはその牙を研ぎ続けてきた。


だから何があろうと折れるわけにはいかない。

ただこの想いをぶつけるだけ。


全身の白銀の鱗が逆立ち、胸の逆鱗もその輝きを増す。

今この場でフィルマリアを止めようとしているのはレリズメルド一人ではない。

壊れた神様が大切だと叫び続ける一人の少女もそこにいる。


「そんなに頑張らなくてもいいよレリズメルド。頑張るって辛いよね。もういいの、あなたもゆっくりお休み」


気がつけばフィルマリアはレリズメルドの目の前に移動していた。

神刀をこの世界に解放した時に生じた余剰分のエネルギーを利用しての高速移動だ。


レリズメルドをもってしても反応できない速度での移動から、流れるような動きで刀が振るわれた。

本来なら必殺の一撃となるそれだが、レリズメルドには勝算があった。


彼女の白銀の鱗には長きにわたり龍たちが貯めてきた魔力が凝縮されており、まさに最強の盾…否、鎧として完成していたためだ。


神刀の一撃も無事にとはいかないだろうが受け止めきれると確信を得ていた。

しかしそれはレリズメルドが知っていることが全てだった場合の話。


「っ!?」


何か異様な物を感じ取ったレリズメルドが神刀から逃れるように横に跳ぶ。

恐怖からではない。


その場にとどまってはいけないと本能が働いた。

フィルマリアの刀が風を切る音に混じって何かが聞こえた気がした。


妙な圧迫感が近づいてくる気がした。


…何かがいる。


「遅い」


回避動作がわずかに遅れ、神刀がレリズメルドの二の腕辺りに触れる。

ガラスが割れるような音と共に鱗がはじけ飛び…二の腕から先がぐちゃりと潰れると同時に切断された。


「ぐあぁあ…っ!?」


レリズメルドは激痛に悶えかけるも精神力で痛みをねじ伏せ、冷静に鱗を使い止血する。


(なんだ、なにがあった…?腕が斬られた、それはいい。だが斬られるよりも前に私の腕は「何かに潰されていた」。そして潰れたところを切断された…)


慌てずに状況を分析し、その間もフィルマリアの一挙手一投足から目をそらさない。

ゆらゆらとその場にいるのに足元が安定していないかのような挙動でフィルマリアはレリズメルドを見つめていた。


「なにか…そこにいるのか…?」


フィルマリアの背後を見つめレリズメルドはそう言ったが、そこには何もいるようには見えない。

ただひたすらに白だけが広がり、見渡せない場所や何かが隠れる場所など無いはずなのにレリズメルドはどうしても何かの気配をフィルマリアの背後に感じてしまう。


だがそこでレリズメルドはわずかな、しかし見逃すことは出来ない以上に気がついた。


「影がない…?」


自分が立っている場所、その足元。

フィルマリアの足元にも影が存在していなかった。


白…自分達以外にはそれしかない世界。


レリズメルドはこの場所は真っ白な壁に囲まれたような世界だと思っていたが違う。

この場所は…白が全体に広がっている世界なのだ。


白いだけの闇。

お互いの姿しか見えない…一滴の染みすら存在を許されない、何もかもを拒絶された世界。


「なんだここは…」


レリズメルドの呟きにフィルマリアは笑みを返す。


ビシッとその頬に小さなひびが入った。

石膏のようなものがパラパラと散らばり、白に溶けて消えていく。


この世界ではフィルマリアが要らない全ての物の存在が拒絶される。


彼女が「いらない」と思うもの…それはこの世界の全て。

自分さえも壊れた神様にとっていらないもの。

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