第315話 銀の龍と神様4

 レリズメルドには今まで晴れていたはずの空が黒く沈んだように見えた。

いや、実際に日が影に飲み込まれていたのかもしれない。


それを確認するよりも早くフィルマリアはゆらりと立ち上がり、両手の刀を無茶苦茶に振り回しながらレリズメルドに襲い掛かった。


「くっ…!」


何度やっても刀は鱗を傷つけることはかないはしないが、フィルマリアから放たれる異様な圧に飲まれ、わずかにレリズメルドは気圧される。


「どうして空はあんなに青いの?私のレイが死んだというのに」


打ち付けられた刀にひびが入る。


「どうして風はあんなにも優しく世界を駆け巡るの?あの子は死ぬまで苦しんだのに」


刀が折れて刃があらぬ方向に飛んでいく。


「どうして人間は何も知らない間抜け面を晒して平和に過ごしているの?私の娘はもう笑う事も出来ないのに」


再び刀が生成され、何度も何度もレリズメルドの鱗に叩きつけられる。


「ねえどうして…レイが居なくなったのにこの世界はいつまでも存在しているの?」


一際力強く叩きつけられた刀は勢いよく破損し、飛び散った刃の破片がフィルマリアの頬に一筋の傷をつけ、血が流れていく。


「っ!!!落ち着け!この馬鹿!」


レリズメルドはたまらずフィルマリアの両腕を掴み、無理やり抑え込む。

その時、ようやくレリズメルドは目の前にいる神がどれだけ濁った瞳をしているのかを知り、背筋が凍った。

瞳に何も映っていないどころの話ではない…ひたすら広がる憎しみと恨み。


「やめろフィルマリア!私を見ろ!ここに居る私を!あなたの言っているそれは言っても仕方ない事だ!誰だって…考えても仕方ないんだよそれは!」


フィルマリアは言っているのだ。

自分の大切な人が死んだのにも関わらず、何事もなかったかのように時間の進む世界が嫌だと。


「どんなに高尚な物だったとしても誰かにとって大切な人だとしても…それ以外の人からすれば他人なんだよ!誰だって同じ思いをしてるんだ!あなただけじゃない!」


大切な人が死んだとしても悲しいのはそれを悲しいと思えるほどに距離の近かった者だけだ。

世界中の人が一人の死を悲しむはずがない。

だがフィルマリアはそれを知ったうえで…。


「それが許せないと私は言っているんだ」


フィルマリアが蹴りを放ち、レリズメルドを怯ませ距離を取る。

偶然をコントロールできるはずのフィルマリアだったが、身体中が刀の破片で傷つき血を流している。

無数の傷でボロボロになった身体はまさにその心を映しているようであった。


「それがあなたの本心か。全部最初から分かっていて…それでも今の時代の人々に苦しんでほしいと言うんだな?」

「…そう。だっておかしいじゃない。おかしいでしょう?おかしいよね?おかしいよ!!こんなに悲しいのに…こんなに苦しいのに…こんなに痛いのに…なんで原因を作った人間どもが笑っていられる?」


「レイが復活なんかしないというのも理解しているのか」

「違う、違う違う…あの子は絶対に生き返る。欠片を全部集めれば絶対に戻ってきてくれる…そして私は…あの子を傷つける全てのものが排除された世界をあの子にプレゼントするの…それが私の母親としてあの子にできる唯一の事…」


レリズメルドは覚悟をしてこの場に立っていたはずだった。

かつての友が変わり果てており、殺してでも止めるという覚悟を。


しかしそれでも銀の龍に突き付けられた現実はまるで心臓に刃を突き立てられたように痛かった。

なまじ会話ができてしまっていたから気がつかなかった。


否、都合よく目をそらしてしまっていた。


だがもう逃げるわけにはいかない。


かつての友の…優しい神様だったフィルマリアはそこにはおらず…ただ完全に壊れてしまった過去の残滓がいるだけだ。

血がにじむほどに鱗に覆われた拳を握りしめ今一度覚悟を決める。


「フィルマリア。あなたを…殺す」


次が最後。

何をしてこようとも全力の一撃で決着をつける。


「もう…楽になろうフィルマリア」

「あはははは!…出来ないよそんなこと」


つーと涙が一筋…血に混じってフィルマリアの頬を流れたようにレリズメルドには見えた。


「押しつけなのかもしれない、ただ私の理想を叶えようとしているだけなのかもしれない…でもあなたがそうなってしまう事なんてだれも望んでなどいなかったのに…」


ぐっと足に力を入れ、フィルマリアに向かって踏み込もうとしたその時…フィルマリアが刀で自らの胸を貫いた。


「は…?」


突然の自傷に呆気にとられるがフィルマリアは壊れた機械のように不規則な笑いを漏らしており、胸からこぼれ落ちるのは赤い血ではなく真っ黒な泥のような何かだった。


「ねえレリズメルド。あなたさっき言ったね?私の力は元々戦うためのものなんかじゃないって。でも本当にそうだと思う?」

「なに…?」


「この世界は私の世界…そして私が作り出した人間たちも元をたどれば私の一部…それがあんな醜い争いを繰り返す種族になってしまったという事は…私にもそんな醜いものがあるって事じゃない?ふふふふふふ…あははははは!馬鹿らしい!そう!私にもあるんだよ!」


地面にこぼれた泥はその場を塗りつぶすように広がって行き、フィルマリアの周囲に柱のように立ち上る。

それと同時に起こる爆発的なフィルマリアの力の上昇にレリズメルドは驚愕する。


「まさか…惟神を…!?」

「惟神…?それがいったいどこから来た力なのかは知らないけれど、神としての存在証明など私がする必要なんてある?私が行使するのは神の威光。私の意志は世界の意志」


黒い泥はフィルマリアの身体にまとわりつきながら何かをかたどっていく。

それは黒い翼のように見えた。


「生命一切すべからく私の世界から腐り落ちろ。全て死に殺せ────【神威顕界(かむいけんかい)】」

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