第312話 銀の龍と神様
それは黒い流れ星が降り注いでいたのとほぼ同時間。
人世界に龍が住まうと言い伝えられていた霊峰に建てられた小さな小屋…その中で無造作に身体を魔法で縛られた状態で木で出来た安いベッドに座らされたフィルマリアは死んだような目をしていた。
「次の曲いっくよ~☆」
今しがた作りましたとでも言わんばかりの掘っ立て小屋の中で行われていたのはフィルマリアをこの場所に拉致してきた張本人である龍神クラムソラード…ことクララ・ソランによるワンマンライブだった。
現在歌っている曲で通算27曲目であり、謎の怪電波を受信しているとしか思えない歌詞にフィルマリアの心は死にかけている。
逃げようと思えば逃げられる状況なのだが素直に付き合っているのは何か目的があるのか…それともただ律儀なのかは本人にもわかっていない。
「それじゃあ次は~☆」
「もういいです。結構です」
さらに10曲が披露されたのちにフィルマリアはようやくストップをかける。
これ以上は何か大切なものが欠けてしまうと本能がそうさせたのだ。
「え~つまんないの~☆」
「あなた本当にどうしてしまったのですか。何かあったのですか」
「自分勝手な神様に~無理やり操られてたりしたかも~☆」
「…すっかり騙されてしまいましたが、あれあなた自身ではなかったのでしょう?」
フィルマリアはクラムソラードを洗脳し、漆黒の龍として使役していた。
しかしそれはクチナシとクラムソラードが示し合わせて作り出した偽物で、本物の彼女はこの通り歌って踊れるアイドルとしてフィルマリアから隠れていたのだ。
「うふふのふ~。この超完璧美少女アイドルのクララちゃんは~簡単に誰かのものにはならないんだよ~☆」
くるっと一回転して目の横でダブルピースをキメるクララ。
たださえ普段からひどい頭痛がさらに増した気がしてフィルマリアは深くため息を吐く。
「御託はもういいです、私に何の用ですか」
「用があるのは正確にはクララじゃないんだけど~…まぁでもここで済んでくれるのならそれでいいしね」
クララは少しだけアイドルスマイルを薄めるとフィルマリアの目を正面から見つめる。
「なんですか」
「この辺りで~もうやめない?クララ~神様にそろそろこの世界から手を引いてほしいなぁって☆」
「お断りします」
「少しくらい悩んでよ~…せっかくクララの持ち歌を連続披露してあげたのにぃ~☆」
「余計にあなたの言う事を聞きたくなくなりましたよ」
「え~☆…でも実際にさ~それ以上どうするつもりなのさ。神様の進む先には何があるの?」
「私の目的は知っているでしょう?レイを取り戻し、人間を皆殺しにして世界をあるべき姿に戻す。それが到達点です」
「むむむ…まだそういう事言うのか~…じゃあまだまだクララの歌を聞かせて、」
「おやめなさい」
ぴしゃりとクララの言葉を遮ってフィルマリアはベッドから立ち上がり、身体を拘束していた魔法を引きちぎった。
「ありゃりゃ~クララちゃんピンチ~☆」
「…別にもうあなたにこだわる理由もないので邪魔をしないのなら手を降したりはしません。あの歌もいい気分転換にはなりました」
フィルマリアの敵意が向かう場所はあくまで人間だ。
利用できるから洗脳を試みたものの、龍であるクララに特別な害意は無く、むきになって殺す必要はないと考えていた。
めんどくさくなったともいうが…。
ただ唯一、人間ではないがリリは別であり、敵意があるというよりは嫌いなのだ。
「そっかそっか~やっぱり結構クララの歌を気に入ってくれてたんじゃん~☆このテ・レ・や・さん☆」
「ぶち殺しますよ」
そのままフィルマリアはクララに見向きもせずに小屋を出て行こうと歩き出す。
しかしそれを引き留めるのは見逃されたはずのクララだ。
「そういうわけにもいかないのよねっ!すぅ~…はわぁあああああああああああああああ☆」
息を吸い、エコーのようなものが掛かった歌声がクララから放たれる。
その歌声は物理的な破壊力を伴い、小屋の扉ごとフィルマリアを打ち抜く。
小屋は崩れたがフィルマリアは大したダメージを受けていないようで、ゆっくりとクララのほうに向きなおる。
「やるつもりですか?私に勝てるとでも?」
「やってみないとわからないよ~☆もう一度くらえ!龍歌唱衝撃波(ドラゴンソング)!」
再び放たれる破壊の歌声をフィルマリアは難なく躱し、いつの間にかその手に作り出していた二振りの刀がクララを襲う。
「アイドルに刃物を向けるなんてサイテー!」
「もうおふざけ無しです。邪魔をするなと言いましたよ」
フィルマリアの刀がクララを切り裂こうとしたが、クララの持つ古びた本が刀を止めた。
クララの持つ神物である本…古びてはいるが背表紙で刀を受け止めてなお形を崩すことは無く…ひとりでにパラパラとページが捲れていき最後の一ページにたどり着く。
そのページは真っ黒に塗りつぶされており、本でありながら何も読み取ることは出来ない。
「今さらあなたの惟神が私に通用するとでも?」
「うふふふ!それはそうなんだけどさ~…ねぇ神様、不思議だとは思わないかな~☆?」
「なにがです?」
「なんで「ワシ」がアイドルなんてものの存在を知っていると思う?」
「…?」
「まだ気づかんか?お前さんはよう知っとるかもしれんが…アイドルなんてものは世界に浸透していた言葉か?」
そこでようやくフィルマリアは気がついた。
自分はアイドルという物を知っていた。
あんな奇抜で物珍しい物の存在をなぜ…?それはその話をしていた者がいたから。
そして話していた人物というのは…レイだ。
その文化をフィルマリアは広めていないし、この世界に存在していたという話も聞かない。
ならばなぜ目の前にいる龍はその話を知っているのか…クララはアイドルなどと言う存在を知る機会など無いはずなのだ。
なのに…。
「驚いとるな?驚いてるね~☆クララがクララでいられる理由…それはただ一つ!「あなた達だけが知る話」を代々受け継いでいるのがクララ達龍という種族だから!決して誰にも情報を漏らさず、代々龍神の地位を継ぐ者だけに一緒に継承されていた最後の一ページ…それがクララが今ここに居る理由!」
真っ黒なページから白銀の光が漏れ出しクララの身体を包んでいく。
フィルマリアはその光に見覚えがあった。
ただ一人、彼女の友と言える存在であった者を象徴するその色を。
「【惟神 万象御伽噺 神綴リ儚ミノ昔話 最終章】」
「っ!!」
それはとっさの行動だった。
フィルマリアは受け止められていないほうの刀を半ば無意識に振るっていた。
何がそうさせたのかフィルマリアにはわからない。
覚えた感情は焦りか恐怖か…それとも…。
刀はクララの肌を切り裂くそのはずだったがまるで硬い石に叩きつけたかのような音が響く。
光が収まると、そこにいたのはクララによく似ているが別人だった。
白銀の髪に銀の瞳の美しい少女。
フィルマリアの刀はその少女のほっそりとした腕に受け止められており、白く細い腕にアクセサリーのように白銀の鱗が生えてそれが刀を受け止めていた。
「あなたは…」
「久しぶりだなフィルマリア。私がわかるか?」
初めて見る顔だがフィルマリアにはそれが誰なのかすぐに分かった。
分からないはずがない。
その雰囲気、白銀の鱗…鋭くも優しい瞳。
それらすべてがその少女の正体をフィルマリアに伝えてくる。
「レリズメルド…」
始まりの龍レリズメルド。
それがその少女の名前だった。
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