第313話 銀の龍と神様2

 フィルマリアの視界の端で何かが閃いた。

光を反射して銀色に輝くそれは龍のそれに変化したレリズメルドの爪だ。

刀と爪がぶつ怒りあい、火花を散らす。


「…どういう事でしょうかこれは」

「どういう事だと思う?」


「質問しているのはこちらです。そういうマナーにうるさいのはあなただったでしょうに」

「そうだったか、な!」


レリズメルドの爪がフィルマリアの刀を砕いた。

そのまま追撃を行おうと試みるも、フィルマリアはすでに新たな刀を手にしており、さらには砕けた刀の破片が「都合よく」レリズメルドの動きを阻害する位置に落ちたため動きを止めざるを得なかった。


「相変わらずだな、あなたの能力は」

「…」


フィルマリアは何も言わずにレリズメルドを色々な感情の混じった瞳で見つめていた。

普段表情を見せない彼女にとって、それは異常ともいえるほどの感情の動きだ。


「どういう事だと聞いたな?簡単な事さ。最後に顔を合わせたときに伝えただろう?必ずあなたを止めて見せると」

「…その時にあなたは死んだはずです」


「そうだな…正確には瀕死だった。始まりの樹の残骸の下敷きになってさすがに死を覚悟したが…あなたを止めるまではこちらも死ぬわけにはいかなかったんだよ」

「そんな気持ちだけで生き延びたと?」


「いや?手を貸してくれた者がいたんだよ」


ぐいっとレリズメルドが自ら身に纏っている衣服の首元を引っ張り、胸元を見せつけた。

そこには白い肌を彩るようにまばらに散らばった白銀の鱗に紛れてほのかな暖色に輝く逆さの鱗のようなものが確認でき、そしてそれはフィルマリアには何か一目見ただけで理解できる物だった。


「レイの欠片…」

「ああそうだ。私の命が尽きるその瞬間にこの欠片が私の元に落ちてきた。そして私の鱗と一体化すると身体の中に温かい物が流れる感覚がして…惟神を手に入れた」


「そんなことが…」

「その力を使い私は同胞たる龍を生み出し…我が力を継承させて高めた。それと同時に伝承として私が見聞きしたものすべてを伝え、こうしてあなたに届く日を待っていたんだ。今身体を借りているこの子は…私のひ孫にあたる存在だ」


クラムソラードの使っていた惟神の能力は「継承」。

大本の能力は始まりの龍であるレリズメルドの意志と力を伝承として継承する能力だ。


それを受け継いだ龍が高め、次の世代に継承する…しかしその過程でフィルマリア、ひいてはアルギナにその正体を悟られないように小難しい能力のある本という形で偽装をしていたというのが真相だ。


そして今この瞬間、舞台は整った。


フィルマリアの願いが成就することは無く、それを理解したが最後、世界は終わってしまう。

それは誰よりも彼女の近くにいたレリズメルドが一番良く分かっていることだ。


時間はない、そして継承された力は充分に高まり、フィルマリアは長い年月を傷つき、弱体化している。


「弱みに付け込むようだが…もはやあなたと正々堂々とというのは無理だろう。なりふり構わないのはお互い様のはずだ」

「別に何か文句をつけるつもりはありませんよ。しかしなぜそうまでして私を止めたいのです?あなたには関係のない話でしょう」


「私とあなたではあなたに対する認識が違う。ここで私がどれだけあなたの願いが叶うことは無いと言葉を尽くしたとて受け入れてはくれないのだろう?」

「…」


「しかしもう一度だけ言わせてくれ。我がひ孫からも問われたと思うが…ここでやめにしようフィルマリア。何をどうやろうと、もうどうにもならない。あなたはもう…ゆっくりと休むべきだ」

「もう聞き飽きましたよそういうのは。誰もかれもが私のやることは無駄だと吐き捨てる…そうなったらむしろ意地になると思いませんか?」


ここで止まることなどフィルマリアには出来ない。

それが友の言葉だろうと、そんな機能はとうの昔に彼女の中では壊れてしまっているから。


「なぁ…なんで私の元にレイの欠片がやってきたのだと思う?それはきっとあの子が──」

「言われなくとも分かっています。あの子が私の事を心底憎んでいるという事くらいは」


「フィルマリアそれは」

「もう結構です、たくさんなんですよそんなのは…でも私はあの子の母親なんです…どうなろうとあの子だけは取り戻さないといけないのです」


フィルマリアはレイの記憶を見た。

見たはずだった。


そこにあったのはフィルマリアを母と慕う優しい思いだったはずなのに、永い時を自虐と自傷にまみれてきたフィルマリアの中ではそれさえも歪んでしまっていた。


「あの子はたまたま育てることになった私を母と慕ってくれていた…でも私は何もできなかった…きっと最後の瞬間にあの子は私に呪詛を残したのですね…だからあなたに力を与えたのでしょう…すべてが終わったのなら私は甘んじて罰を受けます。このまま永遠に苦しむ責め苦を受けることになっても構わない…だけどその全てを終えるまでは止まるわけにはいかないのですよレリズメルド」


フィルマリアの瞳は何も映してはいない。

その心を満たしているのは心という器から溢れてこぼれ落ちるほどの後悔と自責…そして恨み。

世界の優しい未来を願っていた神様の姿はそこにはなく、ここに居るのは過去に傷つき未来を呪う何かだ。


「…わかった、もういい。何を言ってもやはりどうにもならないみたいだ。ならばもう決着をつけるしかないなフィルマリア」


レリズメルドが白銀の鱗に覆われた腕を構える。

その胸の逆鱗はかすかな光を帯びており…。


(レリズメルド…お願いお母さんを…)

「ああ、任せておけ。そのために私は今日この時まで子孫を巻き込んでまで生き恥を晒していたのだから」

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