第301話 魔王少女は壊す

 壁をぶち破って現れたマオの姿に茫然としつつもマナギスは研究者の性なのか無意識にマオを観察していた。

見た目は紅色の髪に金が少し混じったような髪色の小柄な美少女だ。


どちらかと言うと可愛らしい印象を与えそうな顔立ちだが、服の隙間から見えている素肌や顔の半分程度を覆っている飛び散ったような黒い痣と、舞い上がる粉塵や瓦礫ををさらに細かく砕いていく赤い霧のようなものがその印象を打ち消し、明らかな人外としての存在感を醸し出していた。


「えーと、どちら様かな?今日は人に会う予定はなかったはずなんだけど」

「…」


マオは何も言わず、ただただ無表情でマナギスを見た後にその背後で拘束されているリリに視線を移した。

リリは目が合ったマオに声をかけようとしたが、普段とは明らかに違う雰囲気に飲まれてしまい言葉に詰まる。


(マオちゃん明らかに怒ってる…私にじゃない…よね…?)


普段から色々と怒られているリリは、普段と比べても比較にならないほどに怒っている様子のマオに恐怖を覚え、その怒りが自分に向けられたものではありませんようにと祈っていた。


「うーんと…初対面だよね?どうしてここが分かったのかな?要件は?」

「…」


マナギスに何を問いかけられてもマオは答えない。


「もしかして喋れないのかな?いやでもさっき何か話してたよね?どういう事だろう?それにその痣…実験中に魂が欠損した人がよくそんな感じになるけどどういう事なのかな?外から手を加えないとそんな風には───」

「ふがふがうるさいのよ豚が。会話をしたいのなら通じる言葉を話しなさい」


「口が悪いなぁ。これでも話し方は丁寧に」

「何言ってるか分かんないって言ってるのよ」


マナギスが何かに圧し潰されるように地面に這いつくばった。

いや、マナギスだけではない。

部屋にあるテーブルや器具、崩れた壁の残骸なども不自然に圧し潰されている。


「うぐぐぐぐぐ…なにこれぇ…!」


身動きの取れないマナギスを無視してマオがリリの元まで歩いて行く。

二人の視線が交わり…マオの瞳から涙があふれた。


「ま、マオちゃん!?」

「無事でよかった…」


マオは拘束されたままのリリに抱き着き、その胸に顔を埋める。

リリからはマオの表情は見えなくなってしまったが、不規則に聞こえる鼻を啜る音がマオの心情を伝えてくる。


「ごめんねマオちゃん…心配かけて」

「うん…許してあげる」


どうやら怒っていないようで一安心すると同時に、マオに涙を流させてしまったとリリは後悔する。

自分が最強だとは思っていないが、人には負けはしないだろうという慢心がなかったかと問われれば無意識のうちに…という可能性を否定はできない。


自分に何かがあれば泣く人がいる。

それを今一度リリは心に刻んだ。


「帰ろう、リリ」

「うん」

「いや、それは困るな」


二人に水を差し、横槍を突き付けつけるように割り込んできた声の主は当然ながらマナギスのもので、なんと全身を襲う謎の圧力に耐え立ち上がっていた。


様々な準備と策を用意し、相手に対応するという戦術を得意とするマナギスだったがこの時に彼女が用いたのは気合。


今にも圧力に屈し、地面に倒れ込んでしまいそうだったが全身に力を入れ、歯を食いしばり根性のままに立ち上がっていたのだ。


「…へぇ。ちょっと待っててねリリ。すぐに終わらせるから」

「う、うん…」


リリから視線を外すと同時にマオの顔から表情が抜け落ちる。

ひたすら感情の見えない瞳でマナギスを見ている。


いや、正確に言うのならマオはマナギスの姿を「見て」はいない。

マオにとってそこにいるのは鳴き声のうるさい豚のような何かなのだから。


「悪いけれど、ただでリリちゃんを連れていかれるわけにはいかないのよね。失ったものが多すぎるから損失は補填しないとさ」


パチンとマナギスの指が鳴るとどこからともなく大小さまざまなパペットたちが現れる。

人形兵は存在しないが、それでもどういう意図があるのか分からない奇妙な形のパペットたちが存在しており不気味な空間を演出していた。


リリのものとは同じようで違う、パペットたちの関節が軋む音が幾重にも重なり耳障りな音をたてる。


「うるさいなぁ」


マオが気だるそうに腕を一振りするとパペットたちに向かってマオの周囲に展開されていた深紅のオーラが放たれ、その身体を圧し潰す。

しかし影響を受けていたのは前面にいたパペットたちだけで、後方にいたパペットたちが影響を受けた仲間を踏み台にしてマオに殺到する。


「マオちゃん!」


リリが叫んだのは半ば反射的だった。

パペットたちの腕はおおよそ何かを害するため、殺すためにしか使えないような形の武器がそれぞれ握られており、そんなものが最愛のパートナーに迫っているのだ。


叫ばないほうがおかしい。


決してマオを侮っていたわけではないが、リリの中でマオはどこまで行っても守ってあげたくなるような儚げで優しい少女だったから。


そしてそれは間違ってはいない。

実際リリと一緒にいる時のマオはそうなのだから…しかし、それ以外には?


マオに近づいたパペットたちの動きが止まり、次の瞬間には地面にめり込んだスクラップに変わる。

パペットたちは指先一つすらマオに触れることは出来ず、深紅のオーラによって無造作にただのゴミクズへと分解されていた。


「なるほど…なるほど。どうやらその赤い靄のような物…空気中の魔力とか霊的な粒子と結びついて物理的な質量を生み出す類の能力に見えるけど…ふんふん、これはなかなかに厄介だねぇ。人形兵がいない今どう対処したものか…」


ちらりとマナギスはリリを見た。

そしてにっこりと笑うとマオに向き直り口を開く。


「わかった、降参しよう。リリちゃんは返すよ。だからもう許してくれないかい?」

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