第302話 魔王少女は壊す2
突然のマナギスの提案にリリは呆気にとられ、マオは沈黙をした。
まだ成果を得られていないにもかかわらず、あれだけこだわっていたリリをあっさり手放すという宣言に不気味な物を感じたがリリはすぐにその思惑に気が付いた。
ここで解放されたとしても、なんの問題も解決しない。
なぜならリリの身体の制御権は未だにマナギスが握っているのだから。
そんな状況で解放されようものなら、魔力が戻った後で何をやらされるか分かったものではないし、ただ単に戻ってくるように操られただけですべて台無しだ。
「ま……っ!」
それをリリはマオに伝えようとしたが、口が動かない。
見るとマナギスの小指がわずかに動いており、どうやら唯一自由に動いていた口を操られてしまっている物と思われた。
まずい…とここにきてリリはようやく焦りだす。
(どうする!?どうしたらいい!?気づいてマオちゃん…!)
身じろぎの一つでもすればマオの気を引けるかもしれなかったが魔力切れのせいでかすかに動くことさえできない。
マナギスに嫌がらせを出来たと思っていた行為がここにきて首を絞める結果になってしまう。
「どうする?えーとマオちゃん?でいいのかな?いい提案だと思うけど?私はとりあえず見逃してもらう。君は無事にリリちゃんを連れて帰れる。ね?」
「…」
マオは動かない。
何も言わずにじっとマナギスを感情の宿らない瞳で見つめているだけだ。
「君もあんまり無理をしたくは無いだろう?分かっているよ、君は自然に産まれてきた命ではないのだろう?」
「…」
「その黒い痣は魂に刻まれた情報が破損したために起こる現象だ。間違いない、実験中にそうなってしまった人を何人も見てきたからね。そして魂は外から直接手を加えなければ破損なんてしない。つまり君について考えられることは二つ…誰かの手によって作られた人工人間か…後天的に改造された改造人間かだ。あってるかな?」
「…」
「何も喋ってはくれないかぁ。聞いてくれるだけでいいけどね!そこで君の痣を見たところ魂の情報は半分近く破損しているね?それでもまぁ普通に生きていく分には問題は無いだろうね、でもさ?そんな人智の及ばない超能力を過度に使用していたらどうなるか…自分でもわかるでしょう?」
(…え?)
相変わらずマオはマナギスの言葉に一切の反応を返さないが、リリは違う。
あの痣ができたとき、クララは確かにリリに問題はないと言った。
しかしマナギスの言葉を信じるのならば…それは違うという事になる。
もし、マオの身体に何か問題があるのなら…それはリリにとって自分の身体の事よりも最も恐れるべきことだ。
しかしどれだけ問い詰めたくても言葉を話すことができない。
リリは圧倒的な焦燥感に駆られていた。
「本来、この世界に魔法なんて特別な力や惟神なんてくだらない能力がある事はおかしい事なんだ。摂理に反している。一個人が物理法則に反したり操ったりするなんて事が出来ていいはずがない。でもそんなおかしなものが存在してしまうのは確かな事だ。そしてそれを行使する本人がそんなものを何の負担もなく操れるなんてさらにおかしい話だと思わないかい?まぁ矛盾するようなことを言うけどもそのような力を使う人はそれを使うに値するだけの「下地」があるわけで…しかし君はどうかな?「個」という物を構成している最も大切な下地である魂が半分以上破損しているんだ。そんな身でそんな強大な力を扱って無事でいられると本当に思っている?」
マナギスの言葉を事実だとこの場で証明できる者はいない。
この場を逃れるために嘘を並べているだけかもしれない。
しかしマナギスは初対面のはずのマオの境遇をほとんど言い当てている、そのため全てを嘘と切り捨てることもできず…リリの中の焦りはどんどん大きくなっていく。
だがそれと反比例するようにマオは冷静を通り越して無であった。
身じろぎ一つせず、喋りもしない。
「そんなわけで君自身も無駄に戦いたくは無いだろう?どうだろうか、ここで手打ちと行こうじゃないか」
そこでマオが右手をマナギスに向けて差し出した。
「なにかな?」
「握手。躾のなってない雌豚でもそれくらい知っているでしょう」
ようやくマオは言葉を発したが、表情は変わらない。
「うーん…ちょっと怖いんだけど…何もしない?」
「和解したいんでしょ」
「分かったよ。でもまだリリちゃんはこっちの手の内にあるってことを忘れないでね」
マナギスはゆっくりと歩みを進め、マオに近づいていく。
マオは差し出した手を動かさずに、じっと待ち受ける。
そして二人の距離があと数歩というところまで近づいた時…マオがギュッと差し出した手を握りしめた。
めしゃりと奇妙で歪な音をたてて…マナギスの五指が捻じれて圧し潰れた。
「うぐぁ…!いぎぃぃい!?」
想像を絶する痛みに指を庇うように座り込むマナギスを、マオは表情の宿らない目で見降ろす。
「私が何の事情も知らずにここまで来たと思った?元からあなたと和解するつもりなんてこれっぽちもない。私からリリを奪った時点でもう死ぬしかないの。そこに私の身体がどうだとかなんの関係もないでしょうに」
マオの中にあるのは家族への愛。
そしてその心のほぼすべてを占めるリリへの想い。
執着、愛情、依存…狂愛と言ってもいいかもしれないそれだが本人にとっては疑う余地すらないほどにまっすぐな純愛だ。
ならば自分の身体より愛の源を優先するのは当然のことで…さらにマオは自分の命に対して執着はない。
なぜなら約束があるのだから。
「たとえ私が死んだとしてもリリは私といてくれるのだもの。なんの問題もないでしょう?さぁリリの制御権を破棄しなさい。それとも指を全部落とされたい?パペットを操る魔法は指で行使するからそっちでもいいのよ私は」
魔を滅ぼした王は悩まない。
悩んで閉じこもり諦めた者の結末を知っているから。
だからただまっすぐに行動するのみ。
全ては愛のために。
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